第8話

 中央線に乗ってどんぶらこ。とある駅で降りて、会場へ。

 会場までは数分の距離なんだが。めちゃめちゃ見られてる。俺は左腕に絡んで歩くそいつを見た。ジト目で。

 つややかな黒髪に白い肌。来ているのはクソ高そうな和服。地味と言えば地味だが、高そうな生地なんだろうな、とはシロウト目にも分かる奴だ。その上の顔は、まぁまぁ良い。町を歩けば目が追う位には。俺のジト目に気づいたそいつは上目遣いに俺を見て微笑む。


 が分かっていても破壊力がある。


「どうしたんですぅ?」

「まさかハルさんとこうして歩く事になるとはね」

「うふふ。たまには良い物でしょう?」


 不思議なタクシーの運転手のハルさんに、借りを作ったのは先日の事だ。物理的に転移する物の怪が発生し、手早く対応する必要があった。転移パターンを解析する間もない。そこでハルさんの力を借りたのだが。料金は払ってもそれだけで済むはずも無く。今日のデートと相成ったわけだ。


 会場には、沢山のブースが出来ていて、書籍、鉱石、魔術武器など色んな物品を頒布している。コスプレや占いの実演をしている人も居る。

 ここは「オカケット」。同人即売会だ。VRが発達し、物理書籍も物理的なデバイスもずいぶん廃れた。VRなら会場代も格安だし、とんでもないデータも簡単にコピー可能。でもやっぱり実際に体面で物理頒布も悪くない。

 「オカケット」は、企業ブースがない。全員シロウトという建前だ。後、ここがポイントで、本物の結社が紛れている。見所のある奴をスカウトする場でもある。


 町を歩くよりずいぶんと濃厚なマナを感じる会場を、ハルさんと俺がブースを冷やかしながらそぞろ歩く。割と年齢層が高い。十代は余り見なくて。三十代、四十代が主かな。明らかにリタイア世代だろう身なりの良い人も目に付く。

 所々、本物の気配がする。濃いマナの為に空気がまるで海底のように揺らめく。

 まるで夏祭りの屋台のようで心が浮き立って、ちょいちょいと要らない物も買ってしまう。

 気が大きくなってつい、ハルさんにもプレゼントだ。調子に乗られると面倒だなと思ったが後の祭り。


「あらぁ?」


 ハルさんが足を止めた。ちっこいブース。品の良い背広を身につけた一人の老人。シワシワの不機嫌そうな顔をした爺さんが店番してる。爺さんは半目のままピクリとも動かねぇ。こっちには気づいてそうなもんだが。

 出品は一つ。新刊二万円と強気のプレートが置かれた分厚い黒革の本。

 題名は……


「『召喚と喚起 その実例と精髄』ですかぁ?」

「実例かぁ。これ書いたのご老人ですか?」


 さすがの俺も初対面の相手に爺さん呼ばわりはしない。現代日本に住む常識的な魔術師なのだ。


「あぁわしだ。君達、ようだ」


 なんちゅう渋い声。素人と思えない声の使い方。そしてその中に混じる人を使い慣れた態度。ただ者じゃ無いな、この爺さん。


「君たちなら売っても良い、いや、ここでは頒布というべきだったね」

「少し見せていただいても?」

「あぁ、存分に検分したまえ」


 丁寧になめされた黒革の表紙には題名が刻まれ、銀が打たれている。

 中は全て羊皮紙だ。さすがに字は印刷のようだが、羊皮紙は馬鹿高い。何部刷ったか知らないが、二万でも赤字では無いか?

 内容もしっかりしてる。妄想で書かれた物では無いようだ。


「三部、いただけますか」


 自分用と、ハルさん用、それと一人、上げたい奴がいる。喜ぶだろう。


「すまんが、対面に限っておってな。二部なら構わんよ」

「分かりました」


 四万円と黒革の本が交換された。良い買い物をしたと思う。


「良い魔術ライフを」


 ブースを去る時に、ぼそりと言われた。

 しばらく経って振り返ってみたが、ブースはまだそこにあり、爺さんもそこに座っていた。夢のような一瞬だったが、現実だったのだと思い笑いがこみ上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る