第4話
強敵だった。
俺はもうヘトヘトだった。中堅会社の新人二十三名に、ちょっとしたソフトの使い方を教えるという講座。助手も顔なじみが一人付く。報酬もいつもの倍だ。九時から十五時までの拘束。良い話だと思ったのが間違いだった。
中に三名ほど、定年後再雇用の爺さんがいたんだが、これがヒドかった。
一々こちらに刃向かって指示に従わない。助手にはセクハラ。仕舞いには勝手に席を離れて雑談を始める。おまけに声がでかい。助手は泣いちゃうし、残りの新人は俺にどうにかしろと詰め寄るし。
これが学生なら一喝すればまだどうにかなるが、どうもあの爺さん達、でかい会社の役付きだったらしい。注意したら、学長とは親しいのだぞ、と来たもんだ。
そう言われちゃ、ただの非常勤講師では強く出られない。
おだてたり宥めたりしながら邪魔にならないように進行し、終わった時には、すっかり疲れ果てていた。
「坂田先生、ほんとヒドい目に遭いましたね。後二日有るんですけど、どうしましょう。私、あの講座、やる自信ありません」
助手の牧ちゃん(二十四才独身彼氏無し)が、つややかな黒髪のポニテをイヤイヤとふった。なんか良い匂いがする。小鼻が膨らんで、顔がだらしなくなる。慌てて手のひらで鼻と口を隠した。お兄さんはちょっと頼りがいのある所を見せたいからね。
「とりあえず事務局に抗議しよう。お昼は捕まえられなかったけど、今なら事務長もいるはずだし」
その後、俺と牧ちゃんの必死の抗議に事務長もお怒り。学長に確認したら、そんな奴とは思わなかった、気にせずやれ、と。そんなこんなで残りの講座から爺さん達を排除する約束を取り付けた。
くたびれ果てた俺たちは、外に出た。牧ちゃんは体調不良と言うことで早退。ま、バレバレだけどね。目をつぶって貰った。
昼間っからやってる薄暗い居酒屋に上がり込み、酒とつまみを適当に。
乾杯。
そして、適当な雑談。最近見た物とか、食べ物の話。牧ちゃん、トカゲを飼いだしたとかで、写真見せて貰ったり。
二人で飲むのは三回目か? まぁ楽しい飲み会だ。男女と言うよりは、兄妹という感じ。年は離れてるしね。
「でも、あの事務長が怒ってくれるとは思いませんでしたよー。坂田先生の抗議すごかったですもんねー」
「いやー、そーかなー? まぁ俺もやる時はやるってことさ」
今は流通していないはずの、国産天然ウナギの白焼きを頬張りながら俺は照れた。二人とも結構なペースで飲んでるので、ちょっとろれつが怪しい。
BGM代わりに流れてるラジオが五時を告げたばかり。
「あれ? そんなストラップ付けてましたっけ?」
「ん? あー、これね」
牧ちゃんが俺のスマホのストラップに目をつけた。血のように真っ赤な♂のマーク。
「なんか、やらしー」
「いやいや、違うって。勇気をくれるおまじないみたいなもんだよ」
俺は正直に告げた。全部は告げないけどね。
マルス。ゲブラー。意思、闘争。戦争。勝利。
一瞬キーワードが頭をよぎり。ストラップがとろりと赤く光った。
「ふーん? そうなんですか? じゃぁ今日は奢りって事で!」
「いや待って、牧ちゃん、それ意味分からないよ」
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