第三十話「サラッと船保険、そして橋本の過去と大山の初めて」

「ファファファファファ―――――ン。回想終わり!」

「そんなこともあったでございますねえでございます」

「おっと失礼、電話だ。もしもーし。え?『船保険』の?だからいったでしょう!!『組まないこと!買い占めないこと!トイレに流さないこと!金借りること!』って!だめじゃないですか!分かりましたよ!今日の夜にでも伺いますので。電話を切ってと。ところで君ぃ。君はコスモを感じたことはあるかい?」

「ないでございます」

「それではWi-Fiは時に邪魔だと感じたことはないかい?」

「あ、それはあるでございます。外で、スマホでネットを見ようと思うとWi-Fi接続の画面が出てきて邪魔だと感じるでございます」

「『北斗の件』が最初は『北東の県』だったとは知っているかい?」

「それは知らないでございます」

「じゃあ、そろそろ本題に移ろう。大山君。君には今日付けで『ファイナンシャル・ドリーム』の坂上町本社から移転を命じる」

「え!?でございます」

「君には今後『ファイナンシャル・ドリーム』アメリカ支店の支店長としてアメリカに行ってもらう。いいね。これは社長命令であり、断ることは出来ない」

「でも私は英語も喋れないでございます。いくら世界一の保険屋を目指していると言ってもいきなりアメリカで保険屋をするのは無理があるでございます」

「英語は喋れなくてもいい。専属の通訳を付けよう。向こうのスポーツ医学はとても進んでいる。君のその膝は必ず治る。そして君はもう一度跳ぶんだ。世界中の誰よりも高く跳ぶんだ。君にはそれが出来る。まだ全然間に合うんだ。いいかい、君はもう一度跳ぶんだ。そしてあの少年に、君に手紙を送り続けてくれたあの少年に会うんだ。それには君がもう一度跳ぶしかないんだ」

「社長…。私は…、もう一度跳ぶことが出来るんでしょうか?」

「跳べるに決まってるじゃないか。ここで少し昔話をしよう。僕が昔、バスケットをしていたのを知っているね?」

「話だけは知ってます」

「僕は中学MVPだった。いろんな強豪校からスカウトの話も貰った。しかしある監督に憧れてその監督が顧問をされている高校を選んだんだ」

「その監督の名前はもしかして…」

「ああ、『ぜんざい先生』と言う方だったよ」

「…」

「昔はとても厳しい方だったらしいんだけど僕が高校に入学した頃にはすごく性格も丸くなっててね。名前通りぜんざいが大好きでいつもぜんざいばかり食べてらっしゃったから体系も小太りでまんまるとした方だったよ。まあ、僕は中学MVPだったからね。ぜんざい先生を日本一にしようと一年の時からチームの中心選手として活躍していたよ。しかしある日、膝を痛めてね。まあ、無理してプレーを続けてたんだけど、結局コートの中で試合中に倒れ込んでしまってね。それからリハビリで何とかチームに戻ったんだけどチームに僕の居場所がないと勘違いしちゃってね。悪の道へ進んでしまったんだ。まずパンチパーマをかけて。まあ手が付けられない悪だったね。夜の校舎窓ガラス磨いて回ったり、時には鍵がちゃんと閉まっているか確認して回ったり。うん、フランスパンを大量に抱え込んでお金を払わずに持ち逃げしたり。それでも自分に嘘はつけないもんだね。僕の心はいつだってあのバスケットボールにあったんだ。ある日、どうせ僕がプレイ出来ないんだったらチームもめちゃくちゃにしてやろうと悪仲間を連れてチームメイトが練習しているコートに殴り込みをかけたんだ。うん、全員バスケットシューズに履き替えてそのまま乗り込んだもんだよ。そして悪仲間と一緒になってモップを持ってね。『おーい、こっち汚れてるぞー!』と。そしてチームメイトとモップの取り合いになって、モップが折れちゃって。そこにぜんざい先生が現れてさあ。僕は涙を流しながらこう言ったんだ。『ぜんざい先生…、さかあがり決死隊です…』ってね。ぜんざい先生は〇〇がしたいですって言えばまあたいていのことは聞いてくれたね。他にも「ぜんざい先生、早弁がしたいです」とか「ぜんざい先生、ドラクエの新作が発売するんで徹夜で並びに行きたいです」とか「ぜんざい先生、マックのコーラが飲みたいです。あ、近所のマックじゃなく隣町のマックのコーラが飲みたいです。ぜんざい先生が買ってきたマックのコーラが飲みたいです」など。まあ、僕の膝はとっくに治っていたし、チームに居場所がないと思っていたのも僕の勘違いだったと気が付いてね。それからは無駄にした時間を取り戻そうと必死で頑張ったもんだよ。そして最後のインターハイに出場が決まって。二回戦でとんでもないチームとあたったんだ。当時日本一強いチームと言われていた高校にあたってね。しかしなんと前半でとんでもないリードを奪われたんだけど、後半からじわじわと追いついていき、残り一秒で二点ビハインドの状態でフリーの僕に絶好のパスが通ったんだ。僕は普通のシュートならまず百パーセントの確率でシュートを決める自信があった。しかしそこで僕は迷った。三点シュートなら逆転勝ちで日本一のチームに勝つことが出来る、と。二点なら同点どまりで延長を戦う体力なんて僕のチームにはもう残ってなかった。そして三点シュート、スリーポイントシュートをフリーで決める確率は大体八十パーセントぐらいだと自分でも分かっていた。僕のそれまでの人生で最大の選択であり、リスクだった。僕はスリーポイントを選んだ。そしてそのシュートは外れてチームは負けた。チームメイトもぜんざい先生も誰一人として僕を責めるようなことは言わなかった。でも、あのシュートが決まっていたら…。僕らは日本一のチームに勝利していたし、それで他のチームメイトも大学の推薦とかいろいろと失うものも多かったんだ。人生にもし自分の好きな時に戻ってもう一度やり直すことが出来たら…。そんなことを何度考えたことだろうね。結局、人生にやり直しは出来るけれど、一度選択したことをやり直すことは出来ないんだ。人はそれを後悔し、そこから何かを学ぶことしか出来ないんだよね。人生とは選択と後悔の繰り返しと言ったよね。そして人は反省し、同じ過ちを犯さないように成長する。そしてリスクを負わなくなる。安全を求めてしまうようになる。だけど人生にリスクは常につきまとうもんだ。そんな大馬鹿野郎が一人ぐらいいたっていいだろ?だから僕は保険屋と言う仕事を選び、『ファイナンシャル・ドリーム』を作った。日本一の保険屋に、そして世界一の保険屋に。世界に一つだけの保険屋だ。普通じゃ背負わないようなリスクを請け負う夢の保険屋だ!最高だろ!?」

「社長…」

「だから君はもう一度跳ぶんだ。いいね。そして初恋のあの少年と出会うんだ。人が聞いたら笑うかもしれないだろう。けど、僕らはこの三年間、いつだって不可能を可能にしてきただろ?僕の夢はとてつもなく大きいんだ。君がもう一度跳べば、世界中の誰よりも高く跳べる。そしてオリンピックだ!坂上町に立派な競技場が完成してそこで君が日本代表として誰よりも高く跳ぶんだ!君の初恋の少年だって一緒に跳ぶんだ!そして君たちは仲良くこの町で一緒に生涯の愛を誓い、暮らしていくんだ!君たちには『結婚保険』なんか必要ないだろうね。どうだい?そんな夢を見てみたいもんだろう!?」

「社長…、私は名前と年齢しか知らないあの方をずっと想い続けてきました。私は今の年になっても未だに初恋の真っ最中なんです。キスもしたこともありません。いつかあの方のためにと大事に守り続けてきました。だけど…、今ここで社長にだけは特別にこれだけはいいかなと思い、私の初めてを社長にあげます。私の人生初の投げキッスです」

 そう言って大山が橋本に両手で笑顔で投げキッスを送る。

「受け取りキッス!」

 そう言って唇をたらこにして橋本が大山の投げキッスを受け取る。

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