第二十二話「大山のプライベートはちょっと切ないんだぜ!!」
では『ファイナンシャル・ドリーム』の大山はどうなのだろう?女性なので気を使ってプライベートをお見せしてもらおう。え?取材NG?そこは私の顔に免じて。皆さんも知りたがっているようですよ。え?あんたの顔に免じてって言われてもあんたの顔は別に特別じゃない?うーん。今度とっておきのラーメン屋を教えるから。え?おごり?チャーシュー、メンマ、味たまご、トッピングも全のっけ?しかも塩、醤油、味噌、とんこつ、全種?分かりましたよー。プロデューサーに経費で落としてもらうから。と言うわけで商談成立。では大山のプライベートをお見せしてもらおう。
「パチンコ保険」をメインに担当していない大山の携帯は夜に電話が殺到することもない。また、基本九時から五時までの営業である『ファイナンシャル・ドリーム』。定時で帰る日も多い。それでもお客さんの元にお邪魔にならない程度に訪問を心掛けている大山は電車やバスを使って退社後も何件かお客さんのところを回り、早い時には夕方六時に、遅い時でも夜九時に、大体は夜七時半から八時の間に帰宅する。彼女が済んでいるところは坂上町のちょいと高めの家賃のマンションの一階。一人暮らしの女性は一階を嫌がると聞いたことがあるが彼女は敢えて一階に住んでいるらしい。エントランスの宅配ロッカーの荷物を確認し、オートロックの番号を押してマンションに入っていく。橋本と同じく1DKで家賃九万円。キッチンもバスルームも最新式、新築でまだ年数も経ってないのであろう。帰宅した大山は自分宛の郵便物や荷物と橋本やお客さんからもらった手土産をテーブルの上に置き、食材などは冷蔵庫に、お、冷蔵庫も最新式だ。え?これから着替えるからあっち向いてろ?分かりました。女性の着替えを覗くような趣味はございませんのでご安心を。え?着替え終わりました?スエットに着替えてトレードマークの黒縁眼鏡も外し、束ねた髪の毛もおろした大山の姿を確認。それから晩御飯の用意を始める。が、橋本と違って料理は苦手のようだ。ニンジンやジャガイモもまな板に載せて包丁を大きく両手で振りかぶってガンッと切っている。皮を剥かないのですかな?それから玉ねぎもガンッ!牛肉もガンッ!どうやらカレーを作っているようである。しかし…。ご飯を炊くのを忘れているのではないか?お鍋でぐつぐつカレーを煮込んでいる。いつも『ファイナンシャル・ドリーム』では素敵なドリンクを提供している大山が料理は苦手だったとは…。お米はどうするのだろう。それから大山はもう一つの鍋でお湯を沸かし、そこにラーメンを突っ込む。もしかして…、カレーラーメンか!しかし…、ここで気が付いたが大山は帰宅してから一言も喋っていない。橋本はあれだけ一人でもペラペラ喋っているのに対照的に大山は無言。しかも笑顔も一切見せない。無表情。黙々とカレーを煮込み、ラーメンを茹でて。大量に買い込んであるペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら、カレーラーメンを食べる大山。食事の際は髪の毛が邪魔になるようで髪を束ねるが、食べ終わって後片付けを済ますと再度髪の毛をおろす。部屋に移動するようである。大山の部屋を見てみよう。かなり広い。十畳の広さで床は畳である。新築のマンションならフローリングだと思うのだが。おそらくこの畳は大山が後から購入して敷いたのであろう。部屋の中には腰の高さまでのベッド、この時代にブラウン管のテレビ、VHSのビデオデッキ、そして化粧台と大きな鏡。テレビを点けっぱなしで見ることもなく、大山は化粧台に座り、引き出しの中を開ける。たくさんの手紙やはがきがそこには入っていた。それらを取り出し、黙々と眺める大山。それらに目を通してから無駄に広いこの部屋で大山がたくさんの輪ゴムを繋げた輪っかを取り出す。それらを壁に取り付けてあるフックに通して輪ゴムの輪を床に平行に腰の高さで張る。表情を全く変えない大山が帰宅して初めてボソリと呟いた。「ピ、エ、ロ、じぶんのぶん」。その言葉と独特のリズムでゴム飛びを始める大山。「一回、二ぃ回、三回」。床は畳であるがドンドン足音が響く。なるほど、だから一階に住んでいるのか!汗が滴る。髪の毛が乱れる。それでも何度も繰り返される彼女の言葉。そしてそれが終わったら、ベッドに向かって繰り返される背面跳び。大きめのマットレスを二重に敷いてあるベッドの上に何度も背面跳びで背中から落ちる。バーなどない。繰り返される「ピ、エ、ロ、じぶんのぶん。一回」の言葉とリズム。私は彼女の姿を見ていて目頭が熱くなるのを感じている。繰り返される背面跳びと大山が繰り返し続けた特別な言葉、そして無表情の大山。大山は実は視力は左右共に2・0。トレードマークは伊達メガネだそうだ。そしてお風呂を沸かし、撮影NGながら1時間ほど長風呂を堪能し、ドライヤーで髪の毛を乾かし、歯を磨き、部屋の化粧台の前に座りお肌の手入れをし、膝に医者から処方された湿布を貼り、テレビを消し、ベッドの中に潜り込み、リモコンで部屋の電気を消してから午前0時。眠りにつく。起床は朝七時。目覚めた大山はジャージに着替え、坂上町をウォーキングで歩く。そして時折走り、そして歩き、また走る。膝に痛みを感じることはない。通行人の多くが大山の姿を見て振り返るがお客さんだろうと『ファイナンシャル・ドリーム』の大山だとは気が付かない。無表情でウォーキングとランニングを交互に繰り返す。そして八時に自宅に戻り、沸かしておいたお風呂に浸かり十分でお風呂タイムを終わらせる。髪の毛を乾かし、出社の準備に十分。八時二十分。カロリーメイトを頬張りながら事務所へ向かうバスに乗り、八時三十七分に事務所前の停留所で降りる。八時四十分には事務所の鍵を開け、橋本が出社するのを待つ。「おはようでございます」。この一言が『ファイナンシャル・ドリーム』での大山の一日で最初にする仕事と決まっている。
「休日でございますか?休日も特に変わったことはしないでございます。そうですねえでございます。ラーメン屋巡りをするのは欠かさないでございます。取材する意味は特にないと思うでございます」
少し私には大山の取材をこれ以上続けるのは辛くなってくる気がする。大山のプライベートは以上で皆さんにも大体伝わったことだろうし。それではまた彼らの仕事ぶりを見せてもらおうではないか。
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