第十九話「マイホーム保険編・『え?電波子?』だぜ!」
「いいですよ。そのネタは差し上げます。それで続きを」
「息子が今年から中学に上がりまして。家族構成はその三人です。予算的には頭金に五百万用意出来るよ。収入は僕が年収四百万ちょっとかな。家内の稼ぎが月に十万ちょっと。今住んでるここが家賃八万の2DKなんだけど。マイホーム購入を考えたきっかけは息子がうるさいので家を買った方がいいのかと考えたのと、人に聞いた話だと家賃払うよりローンの方が安くなって将来自分のものになると聞いたのと、ほら、家賃だけ払い続けても自分のものにならないでしょ?あとはチラシを見たら結構魅力的かなっと思ったから。以上!かな」
「そうねえ。いつやるの?今でしょ!いつ買うの?今でしょ!なーんちゃって」
「いつやるの?暇でしょ!やるなら暇なときしかねえ、やるなら暇なときしかねえ。MUON…聞こえないね、です」
「あ、ちょっとちょっと待って。そのネタもメモらせて。明日使っていい?」
「差し上げますよ。それにしても頭金五百万円は頑張って貯められましたね。素晴らしいですね。そのご年齢でその金額はすごいと思いますよ」
「で!しょう?僕はねえ、お金を使わないんですよお。趣味貯金で通帳見ながらニヤニヤするのが好きでして。まあ、息子にはお金は惜しまないですよ。家内も働いてくれてるのもありますし。この辺でドーンと大きな買い物としてマイホームなんですよ。酒もタバコもやらないし、車も安い軽自動車。これと言って趣味もありませんしね。でも家族三人でにぎやかに平和に暮らせてるのが一番です。家内もこの通り明るいのがとりえですので。そういった意味で家内と息子のためと言う考えもあるのかなあ…」
「新原様のその考え方。とても素敵だと思いますよ。それでは現実的なお話といきましょう。まず不動産の営業マンが持ってくる『掘り出し物』。まず相手の考えと新原様の考えは別物と思ってください。向こうは『売りたい』でこちらは『買いたい』です。本当の『掘り出し物』なら勝手に売れます。この場合、『掘り出し物』イコール『訳アリ』と基本的に考えてください。内見には何件か行かれましたか?」
「そ!だねえ。何件か見に行ったねえ」
「向こうは新原様をせかすような発言などはありませんでしたか?」
「せかすような…。うーん、どうだろう?」
「例えば『他の人からも申し込みが入っている』や『キャンセル待ちの人がいる』のようなセリフです」
「あ!言われたわ」
「基本的にそういうセリフは聞き流していただいて結構です。いつまでも待たせておいていいですよ。それでものんびりしすぎるのもよくないです。出来るだけ多くの物件を見ることも大事です。例えばですよ。駅から徒歩五分の物件で本当に駅から徒歩五分だと思いますか?」
「え!そうじゃないの?」
「不動産業界では徒歩一分を八十メートルと国が決めています。しかしですよ。徒歩五分で実際に歩いてみると。はい、信号五つ全部赤でした。ものすごい坂道で行きはよいよい帰りはなんとやら。信号はないけれど、よく吠える怖い犬がいるのでそこは避けて通らないといけない。言い出したらこれはキリがないんですよ。物件もまたしかり。最低でも一週間ぐらいそこに住んでみないと見えてこないものは確実にあります。しかしそれは出来ないですからね。意図的に瑕疵を隠す場合も十分あります」
「ん!かし?その言葉は専門家の人から聞いたなあ。どういう意味?」
「お菓子を隠してるんじゃないの?」
「パンがなければお米を食べればいいじゃないのです」
「君ぃ。今のはミセス新原様はボケたわけじゃないよ。あ、失礼。瑕疵とは簡単に言えば欠陥、売りたい側が買いたい側に教えたくない部分のことです。まあ、それに権利関係などもあります。その買いたい物件の持ち主は誰であるかなど。明確にすべきことは多いんです。例えば、今のこのマンション。家賃八万円とおっしゃいましたよね。何年住んでらっしゃいますか?」
「うちの子が生まれて少ししてからだから…。それでも十年以上は住んでるかなあ」
「そうなんですかあ。それならまあ、細かく見ていませんので断言は出来ませんが預けている敷金は全額戻ってくるはずですね。契約書を読んで無茶な特約、つまり無茶な契約は国が認めませんので。ハウスクリーニング代もたかが知れてますでしょうし」
「え!敷金三か月分入れてますよ!二十四万円戻ってくるのお?」
「全額は無理だとしてもそれに近い金額は取り戻せるかと。これはよければうちが間に入りますよ」
「うん!うん!いいねえ!二十四万はでかいよ!諭吉さんが二十四人だからね」
「契約ごとはまずしっかりと書類の内容を全て把握することが大事になります。人間とはどうしても想像力に限界があります。そうですねえ。例えばですよ。サッカーの試合を見ていてシュートがゴールポストに当たってゴールに入らなかったとします。新原様ならそれを見てどう思いますか?」
「お!それは惜しい!あと少しずれてたら!と思うかな」
「実際にサッカーのゴールポストの面積をご存知ですか?」
「ん!?面積?うーん、分かんない」
「ゴールポストの面積と畳一畳分が同じ面積だそうですよ。かなり広いと思いませんか?」
「は!畳一畳分!?意外と広いもんだねえ」
「一平方メートル。一片の長さは分かりますか?」
「ん!どれぐらい?」
「百センチです」
「へ!へえーへえ。三百五十八へえ」
「それではペットボトルの飲み口の直径をご存知ですか?」
「え!どれも同じでしょ?あれって」
「いいえ。違います。ミネラルウオーター、特に海外のものだとぐびぐびと飲めるように少し広めで二十八ミリです。国内のペットボトルの規格だとそれより若干小さくなっています」
「へ!へえへえへえへえ!八百八へえ」
「そこでです。いろいろとご説明することも多いのですがここで少し我々にお時間をいただけますでしょうか?」
「お!お時間?いいよ」
隣でマイホーム持ちたい芸人嫁に持ちネタのレクチャーをしていた大山も会話を中断し、橋本と一緒にいつものように立ち上がる。
「人生には常に!」
「そう!人生には常にリスクがある!!念願のマイホーム!一生に一度のお買い物!掘り出し物件?え!こんな素敵な家がこんなに安く買えちゃうの!?やったー!やったー!やったーまん!ここは父さんの書斎だぞお!ここは子供部屋!庭付き一戸建てで駐車場もあるぞおおお!やったねパパ!今夜はハンバーグでハンバートハンバートだ!!しかーし!あれ?床のエンピツが転がりだした?あれ?オバケが出る?シロアリさんたら読まずに食べてるしーーー!!土地も値下がり!給料も右肩下がり!ヘイ!YO!父さん!会社が倒産!残ったローン!ラス牌でトリプルローン!人生ハコテン!家族も目が点!ついでに僕の最近のお気に入りのゲームはメガテン!!ああああ!危ない!危ない!危なーーーい!!はい、どうぞ」
「危ない!危ない!危なーーーい!!」
さすがのマイホーム持ちたい芸人の二人もポカーンと二人の姿を見つめる。そしてマイホーム持ちたい芸人嫁がポツリ。
「あのお…、それも明日使っていい?」
「さすがにこれはうちの売りですから。と言いたいところですが流行らせたいと言う気持ちもありますので特別に共有ということで」
そう言いながら二人は椅子に座る。
「実際にマイホームを購入することは一生に一度の大きな買い物でありイベントです。しかし何点か気を付けて、あとは我が社ならではの裏技を使えばこの坂上町でマイホームを買うことはかなりのリスクを抑えることが出来るのです。それを今からご説明致します。まずいろいろと裏技は結構出尽くしてる感があるのでそれ以外の方法です。それはずばり三つ!世界一の保険屋さんを目指している我が『ファイナンシャル・ドリーム』は『匠』と繋がっていること!坂上町町長と繋がっていること!そして最後にこの坂上町の土地価格は近い将来確実に上がると言うこと!!新原様。あなたは家族思いでとても素晴らしい方です。家族の為に自分の好きなことも我慢されてお金を貯められていらっしゃる。そしてご家族の為にマイホームを買おうとその大事なお金を使おうと決心された。せめて小さくてもいいので書斎を持つことをお勧めいたします。フラット35や融資比率や返済比率などはもう皆さんネットで調べるので省きますね。大事なことは押し付けることはよくないと言うことです。これは私の友人の経験談なのですが。結婚を前提とした彼女とお付き合いしている時に両親と二世帯住宅を作ったのです。しかしその彼女とは別れ、別の女性と結婚しました。しかし、キッチンの高さは元の彼女に合わせた高さで作ってあったので結婚した女性には低すぎたのです。結果、その友人夫婦は嫁さんと母親が噛み合わず、別の家に引っ越しました。そこから彼らが学んだことは自分が今までやってきたから、あんたもやりなさいはやってはいけないということです。人権講習でもパワハラにあたると言ってましたねえ。そこでまず『匠』です。よくテレビなんかで見ませんか?リフォーム前とリフォーム後ってやつです。我々の人脈にその『匠』がいらっしゃいます。欠陥が見つかったり、長く住んで環境が変わったり、心境が変わることもあります。そんな時はリフォームで劇的な前後が可能なのです。もし転勤で賃貸にする時はお客さんの要望に応えてあげることも出来ます。そして二つ目の『坂上町町長』。よく公務員の方が『我々のことを税金から給料もらってるくせに!と言うけれど我々も税金を払っている!』と言いますよね。あれは詭弁です。公務員にも二種類ありましてね。普通に競争のない公務員と、税務署や警察なんかは競争のある公務員です。後者で競争に負けた人たちは民間側によく来るんですよ。『抜け道とかいろいろ教えますから顧問として雇ってー」と。まあ、それらもひっくるめて正確に言うなら『我々は皆さんの税金から給料を貰っているけど、実際には形として支払う分の税金の分を多めに貰ってそれを形として税金と言う形で引かれてるだけで実際は皆さんの税金からお給料をいただいております。なので皆様の為に奉仕の気持ちを忘れずに働きたいと常に心掛けております』と言わないとダメだと思います。もちろん前者の方々もノルマがありません。残業もありません。逆に消防やレスキューの方々なんかは素晴らしいとも思いますよ。これも人の言葉の受け売りですが近江商人を描いた『商魂』という本があります。その本のむすびに『働く』ことの意味が書かれています。『働くとは人が動くことではなく、他人(はた)を楽(らく)させるために奉仕することである。そこに報酬(むくい)があらわれる』と。とても本質を捉えた言葉だと思いませんか?役所の人間も結局は人なんです。役所にはいろんな窓口があり、たくさんの職員がいますが極端に言えばこの坂上町の決まりではなく、その対応にあたった人間次第で対応も百八十度変わるんです。仕事を失って税金が払えなくなった。窓口に減額や分割での支払いの相談に行きました。そこで『それは大変ですねえ。いいですよ。ご相談に乗りますよ』と言う職員もいれば『そんなの関係ないですね。払えないなら差し押さえするだけです』と言う職員もいます。この町をよくしようと時間外に働く職員もいればそうじゃない職員もいます。しかし、その役所のトップである坂上町町長は話をよく聞いてくれる方でして。我々もよく職員に対して指導や口添えをしていただいております。ある日、突然マイホームのベランダの前に高層マンションが建つことや嫌悪施設が作られることはまずありません。そんな計画が立ち上がっても我々が相談してそれを阻止します。そして三つ目。『坂上町の土地価格は上がる』。これなんですが近い将来、坂上町に大きな陸上競技場が建設されます。そして陸上で世界一の選手がこの坂上町に拠点を置き、その競技場を満員にする。その選手は頻繁にその競技場で輝きを放ちます。ちょっとしたおらが村のスターですね。いや、そんなレベルでは済まないくらいすごい選手です。その方は人間的にも魅力的な方でして。小さなお子さんにも無料で教室を開いたりするでしょう。サインも行列の終わりまでする方でしょう。どうです?とても夢がある話だと思いませんか?近隣どころか全国からこの坂上町にその選手を目当てに人が殺到するでしょう。そんな競技場がこの坂上町に近い将来、確実に建設に着手されるのです。そうですねえ。その選手はこの先オリンピックで金メダルを獲るでしょう。そしてその選手に教えられた子がそれに続くでしょう。もちろんリスクはあります。しかし、それを最小限に抑えたうえでの我々『ファイナンシャル・ドリーム』がご提案出来る『マイホーム保険』が以上になります」
「そ!それで、その保険の料金はおいくらになります?」
「君ぃ!電卓用意!」
「電波子入りまーす!」
「え?電波子?」
「電卓と言いましたわよ」
「あら、そお?」
そしていつものようにものすごいスピードで電卓を弾く大山。そして電卓を橋本が受け取りマイホーム持ちたい芸人二人に提示しながら説明する。
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