第十六話「初恋告白保険・『水兵リーベ僕の船、七曲署ゴシップクラッカー』だぜ!」

「え?き…九十九パーセントってこと?」

「はい。そうです」

「ほ、本当に!?九十九パーセントって僕は朝美姉ちゃんと結婚出来るってこと?」

「ほぼ限りなく百パーセントに近い確率で結婚も可能です」

「それってどういう方程式で求めた数字なの?」

「斎藤様は『サインコサインタンジェント』をご存知ですか?」

「うん。高校の数学で使うやつだよね」

「では『水兵リーベ僕の船、七曲署ゴシップクラッカー』をご存知ですか?」

「う…、それは知らない」

「この数式も斎藤様がもっと大きくなると必ずその意味を知る時がきます。我々はプロの保険屋としてありとあらゆる数式と方程式を用いて正確な数字を導き出すことが出来ます。その結果が九十九パーセントと言う数字です」

「本当にぃ?でも嬉しいなあー。僕と朝美姉ちゃんが結婚かあ。へへへ…。あ!そんなに高い確率なら保険いらないじゃん!」

「いえ。斎藤様。この数字はあくまで『告白保険』に加入した場合の可能性であります」

「じゃあ保険に入らなかったら?」

「その数字は言えませんが今の確率よりも著しく数字は下がりますね。三十パーセントにも満たないでしょうね」

「え!そんなに変わるの!?じゃあ保険に入るよ!保険に入れば九十九パーセントなんでしょ?」

「我々はプロの保険屋でございます。プロとはそれを生業としてお金を稼ぐことです。我々はボランティアで保険の仕事をしているわけではありませんので。きっちりと掛け金、つまりお金を払っていただきますよ」

「…うん。分かったよ。でも僕、そんなにお金持ってないよ」

「それも含めて『告白保険』の内容をご説明いたします。いいですか。今から私が申し上げることをしっかりと覚えてください。もちろん書類に明記してお帰りの際に同じ内容のものをお渡しいたしますが」

「う、うん」

「まず決して焦らないこと。今はまだあなたの想いを伝える時ではありません。朝美ちゃんにとってあなたはまだ何人かいる仲のいい異性の一人です。それに今、朝美ちゃんが他の誰かを好きになっている可能性もあります。あなたより仲がいい特別な異性がいるかもしれません。想像してください。斎藤様。朝美ちゃんがあなたではなく他の男性と仲良くしている姿を。どうです?」

「うーーーー。なんかすごく嫌な気持ちになる。絶対ヤダ!」

「でも現実としてあなた以外の男性と朝美ちゃんがあなたより特別仲良くしてたらどうします?諦めます?ギブアップします?」

「奪い返す!」

「そうです。その気持ちをまずいつまでも大事にしてください。そして時間をかけること。今はまだ朝美ちゃんにとってあなたは親戚の可愛い男の子と思っている可能性は高いです。今の斎藤様と同じように人は『初恋』を必ず体験します。そしてその後、『恋』をまた繰り返します。特にあなたぐらいの年頃から中学、高校と大きくなるにつれてみんな学校やそれ以外の場所やきっかけで多くの異性に出会います。それは学校を卒業して我々のように社会に出ても同じです。人間は誰かを好きになるのです。でも一方通行で終わる『恋』も実に多いのです。何故ならあなたが朝美ちゃんを好きでも、朝美ちゃんもあなたのことを好きでないと『恋』は成就いたしません。お互いが好きと言う感情を持って初めて『恋』は成就するのです。しかしお互いが好きでなくても、例えばどちらか一人しか好きと言う感情を持っていなくても『恋』が成就することもあるのが現実です」

「え!なんで?」

「斎藤様は学校のクラスメイトに可愛いなって子はいませんか?」

「えー、…ブスばっかだよ」

「斎藤様。正直に言ってください。我々も真剣にお話ししています」

「……うん。まあ、いいなって子はいるかなあ。でも朝美姉ちゃんと比べたらブスだよ!」

「じゃあ、そのいいなって思う子から好きと言われたらどうします?」

「え?」

「斎藤様は今、ほんの少し迷いましたね。それが先ほど言った『計算』です。本当に朝美ちゃんと結婚したいならそこは『え?』じゃなく『断る』と言います。例えその相手のことが好きじゃなくても自分のことを好きになってくれてその想いを伝えられたら。これから異性に興味を持ってくると自分は好きじゃないけどとりあえず特別な関係になるか、特別仲良くしてもいいか、自分の好きな人とうまくいけばその人に乗り換えればいい。そう思って好きでもない相手と『恋』を成就させる人も多いのです。しかし斎藤様。あなたの朝美ちゃんへの想い、好きと言う気持ちは本物です。その気持ちをこれからも大事にしてください。これは別に朝美ちゃんをずっと好きでいろと強制しているわけではありません。斎藤様もこれからたくさんの出会いをします。もしかすれば朝美ちゃんより好きになってしまう相手に出会うこともあるかもしれません。その時は自分の気持ちに従ってください」

「そんなことありえないね。僕は朝美姉ちゃんと結婚するもん。九十九パーセントだもんね」

「では次です。朝美ちゃんに好きになってもらうのです。朝美ちゃんに斎藤様がナンバーワンの男だと思わせることです。お写真で拝見いたしましたがライバルは多いでしょう。それでもライバル全員に勝つことです。誰よりも魅力的で素敵な男になることです。自分を磨くのです。斎藤様はとても知識が豊富です。そして大事なものを持っていらっしゃる。これからもっともっと魅力的な男になるのです。あなたは先ほど二回、『ブス』の言葉を使いました。魅力的な男はそのような言葉を使ってはいけません。人間の見た目は本人の努力とは関係ありません。生んでくれた両親に感謝しかありません。あなたが今ここに存在することも当たり前のように思われますが奇跡的だと考えられませんか?物事には全て理由があります。あなたが今日この時間に『ファイナンシャル・ドリーム』の扉を開けたことも理由があったからです。あなたが斎藤家に生まれ、そして親戚の朝美ちゃんに出会った。これにも全て理由があるのです。しかし、それを偶然と捉えるか、必然と捉えるか。物事をいろんな角度から柔軟な発想で見ることが出来るようになることも大事です。そして喜怒哀楽をしっかりと持つのです。楽しければ笑ってください。悲しい時は泣いていいと思います。大事なものを守るために時に怒ることも必要です。人は大きくなると楽しくないのに無理して笑うこともあるのです。泣きたいのを我慢することもあるのです。怒りたいのにそれを自分の中にため込んでしまうのです。そしてその怒りを自分よりも弱いものにぶつけるのです。喜怒哀楽を素直に表せなくなるとつまらない人間になります。朝美ちゃんのことを誰かが『ブス』と言ったらどう思いますか?」

「腹が立つよ!そんなこと言う奴は僕がぶっとばしてやる!」

「そうです。それが正しい怒りです。自分の大事なものを守るための怒りです。しかし、あなたはクラスメイトのことを『ブス』と言った。もしあなたが『ブス』と言った女の子のことを好きになっている人がいたらどう思うか分かりますね?」

「うん…」

「それが分かることも素晴らしいことです。人の気持ちを考えると優しくなれます。魅力的な男には優しさは欠かせません。そして喜怒哀楽でもなく人間が持つ感情で唯一、自分でコントロール出来ない感情が人を好きになる気持ちです。好きに理由はいりません。理由のある好きはまた別物です。美味しいからお母さんの作るハンバーグが好き、楽しいからテレビが好き、面白いから本が好き。でもハンバーグに胸はドキドキしませんよ」

「なんで僕がハンバーグが好きなこと知ってるの?」

「これも確率です。ハンバーグは美味しいですからね。そしてここからが重要です。朝美ちゃんとこれから『交換日記』をおこなってください」

「『交換日記』?」

「そうです。斎藤様はスマホを持ってません。それがとても素晴らしい。ようは『文通』のことです。大山の先ほどのお手紙の話を思い出してください。それと同じことです。一冊のノートに一日の出来事や読んだ本の感想でもいい。短い文章でいいです。それを書いて朝美ちゃんに渡して、それに対して朝美ちゃんも短い文章でたわいのない出来事などを書いてあなたに渡す。その繰り返しを頻繁にするのです。朝美ちゃんは『交換日記』を断ることはないでしょう?」

「うん。絶対やってくれるよ」

「それをまずあなたが小学校を卒業するまで続けること」

「ええ!これから二年以上も?」

「そうです。最初に言ったように焦ってはいけません。時間をかけるのです。まだあなたは朝美ちゃんの中では特別な存在ではないのです。君。そのお手紙を最後までくれた方を最初から特別に思っていたかね?」

「いいえ。たくさんの方からお手紙をいただいてましたし、その中の誰かに対して特別な感情を持つことはありませんでした」

「斎藤様。大山が何故、最後までお手紙を送り続けてくれた方に特別な感情を持ったか分かりますか?」

「うん。なんか分かる気がする…」

「きっと大山に最後までお手紙を送り続けてくれた方だけが一番彼女のことを想っていたのでしょう。跳べなくなった彼女に何故あなたはお手紙を送り続けたのですかとその方に聞いてもきっと理由を説明することは難しいと思いますよ。斎藤様。卒業まで『交換日記』を続けると約束出来ますか?」

「うん。約束する」

「それではお金の話をしましょう。『告白保険』の掛け金は…。斎藤様のご予算はどれぐらいありますでしょうか?」

「えーとね、月のお小遣いが四百円。五年生になったら五百円に増えるよ。あとお年玉を貯金してるよ。お母さんが管理してるからどれくらい貯まってるか知らないけど」

「お年玉はお母さんに管理を任せましょう。それで保険の掛け金はお小遣いの半分。毎月四年生のうちは二百円。五年生になったら二百五十円。いいですね?」

「半分かあ…」

「この掛け金は掛け捨てではありません。貯蓄タイプの掛け金になります。斎藤様から毎月お支払いいただいたお金は『ファイナンシャル・ドリーム』に貯金していると思ってください。そして半年に一度。クリスマスや朝美ちゃんの誕生日などイベントの時にその貯まったお金でプレゼントを買って送りましょう。それなら月のお小遣いの半分も我慢出来るのではありませんか?」

「プレゼントかあ…。それいいなあ」

「『交換日記』を続ければ朝美ちゃんが喜びそうなプレゼントのヒントも分かるかもしれませんしね。保険の掛け金は上限を千円までと設定します。斎藤様が大きくなってアルバイトをしてお金を稼いだり、お小遣いが三千円になるかもしれません。それでも上限はあくまで月千円まで。あまり高すぎるプレゼントを送っても相手は気を使ってしまいますのでね。どうですか?例えライバルが朝美ちゃんより年上のかっこいい男性だろうと『交換日記』をする相手はあなただけです。今の時代、あなたのライバルはスマホでやり取りを済ませていると思います。おそらくそうでしょうね。そこにノートに手書きのやりとりです。そして年二回のプレゼント。そしてあなたが男として魅力的な人間に成長するのです。限りなく百に近い九十九パーセントの意味が分かりますよね?」

「うん。分かる。僕、もう『ブス』とか二度と言わないよ」

「素晴らしい。それだけで、今日一時間ほどであなたは確実に成長されました。これを継続していきましょう。掛け金は毎月事務所へ持参してください。その時に状況が変わったり、聞きたいことがあれば何でもご相談ください。最後に一つだけ。何故確率が九十九パーセントなのか分かりますか?残りの一パーセントの意味は分かりますか?」

「えー、分かんない」

「それはあなたの気が変わることです。一人の人間を、同じ人間をずっと好きでい続けることはとても難しいことです。朝美ちゃんがもし急にすごく太っておデブちゃんになったり、ニキビがたくさん出来ちゃってお顔がニキビだらけになってもあなたの気持ちは変わらないと言い切れますか?」

「そんなの関係ないよ!朝美姉ちゃんはどんなに太ってもニキビが出来ても僕は結婚するんだもん!」

「言い切りましたね。もし気が変わった時は正直におっしゃってください。その時はその時点で貯まっている掛け金はお返しすることは出来ません。最高で半年分六千円になります。よろしいですね」

「いいよ」

「そして肝心な保険です。もしあなたが『交換日記』を続けても、プレゼントを送り続けても、魅力的な男に成長しても、朝美ちゃんがあなたを特別好きにならなかった場合。相手に自分の特別な想いを伝えることを『告白』と言います。そこで断られること、つまり朝美ちゃんがあなたには特別好きと言う感情をどうしても持てないと言われることも予想されます。これを『振られる』と言います。『振られる』とあなたは朝美ちゃんと結婚することは出来ません。人は誰もが『初恋』を経験し、それから『恋』をたくさんし、そしてたくさん『振られる』ことも経験します。人は『振られる』と心に大きな痛みを負います。ここで二択です。一つは金銭的補償。あなたがお支払いした掛け金の合計をプレゼントで使ったお金も使わなかったと計算し、全額お返しします。もう一つは『振られる』時に抱える心の大きな痛みを我々が共になくして差し上げます。お好きな方を選んでいただいて結構です」

「心の痛み?それをなくせる?よく分かんないけど、九十九パーセントの確率だろ?」

「はい。限りなく百に近い九十九パーセントです」

「だったら契約するよ」

「ありがとうございます。それでは契約書と今日お話ししたこれからのプランの説明書をご用意いたします。君。頼むよ」

「了解ですわ」

「橋本。お前、結構すごい奴だな。これからは橋本さんと呼ぶようにするよ」

「年上を敬うこと。斎藤様はまた一つ魅力的な男に成長されましたよ」

「へっへー」

 アポなしの斎藤コナンは書類と朝美ちゃんの写真を大事そうにランドセルにしまい、「ファイナンシャル・ドリーム」を後にした。



「ふー。この後『結婚保険』編をする前に台本にないお客さんでちょっとびっくりしたねえ」

「それでもなかなか素敵なお客様でございますでしたわ。あ、私はすでにいつもの大山恵子の姿に戻っているでございます。それにしても社長。サラッとネタバレはまずいのではでございます」

「あ。これは失敬。それにしても君の過去は聞いていたけれどお手紙を送り続けてくれた男の子の話は初めて聞いたよ。あれ、本当の話なの?」

「どうなんでございますでしょうかねえでございます」

「まあ、信じるも信じないも自由と言うことでいいかな?」

「結論から申し上げますと本当でございます」

「あらら。想像に委ねることもなく。言い切るんだね。君は」

「今回のお客様に一番びっくりしたのが私でございます。まるであの方とお話ししている気持ちになったでございます」

「君はその方を今も探し続けているのかい?もしそうなら探し方は簡単だ。君がもう一度跳べばいい。それだけじゃないかい?」

「私はもう一度誰よりも高く跳ぶことが出来るでございますでしょうか?」

「そうだねえ、おっといけない。時間が押しているぞ。これから『マイホーム保険』のご相談の時間だ。事務所に鍵をかけてお客様のところに車で向かうのだ。今日はどっちが運転する?」

「今回はこれで決めるでございます」

 そう言って大山が引き出しから六本の棒を取り出し半分の三本を橋本に手渡す。棒の先に何かついているようだ。

「じゃあ、同時にいくよ」

「了解でございます」

「来週もまた見てくださいね~!ジャン、ケン、ポン!」

「社長の負けでございます。運転よろしくでございます」

「あー、負けたあー。それにしても時間が押していると言うのにわざわざこれをやるう?」

 赤黒メガネのこのコンビ。実にくだらないことに拘っているがそこがまた魅力である。それにしても明かされた過去に少しびっくりである。今後もこの二人から目が離せない。

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