第十五話「初恋告白保険・『ピ・エ・ロ・じぶんのぶん♪』!」

「最初は『ゴム跳び』でした。私がまだ斎藤様と同じ年ぐらいの頃です。近所の女の子たちが学年関係なく集まってみんなで『ゴム跳び』をやってました。斎藤様は『ゴム跳び』をご存知でしょうか?」

「…知らない」

「輪ゴムをですね、たくさんの輪ゴムをつなげて二メートルほどの輪を作るんです。それを二人の子がその輪の中に入って二メートルほどお互い離れてちょうどゴムがピンと真っすぐに真横に張るようにするんです。そしてそのゴムの高さをくるぶしの高さから始めて、だんだんと高くしていくんです。そしてそのゴムをリズムに乗って跨いだり、ゴムを踏んだり、その輪の中に入ったりするんです。今でも覚えてますよ。『ピ、エ、ロ、じぶんのぶん♪一回♪二ぃ回♪三回♪』と歌いながらゴムを跨いでましたね。そしてゴムの高さをどんどん上げて行って最後にはゴムの両端の子が両手を真上に伸ばして身長よりも高いゴムを飛び越えるんです。普通に考えるとそんな高さを飛ぶのは無理だと思うじゃないですか?しかしルールがありまして。ゴムに足以外が触れなければ何をしてもセーフだったのです。それにゴムですから足をかけてしまえば下にビヨーンと伸びます。なので身長よりも高い高さだろうと両手を地面につけて逆立ちの要領で足を思いっきり上げてゴムに足を引っかけてゴムを下にビヨーンと伸ばして下げてからそれをキープした状態で残った足は普通に輪の中に入れられますので。スカートが捲れようがお構いなしでやってましたね。そして私が他の子と違ったのが私はどんな高さも逆立ちは使わない、つまり足を思い切り振り上げていました。自分でも気付いていなかったのですがある日言われて気付きました。『めぐみっちゃん、飛んでるよ』と。あ、私の下の名前は恵子(けいこ)でニックネーム『めぐみっちゃん』でした。それでですね。下にマットもありません。そんな状況でも私は身長よりも高いところにあるゴムまで片足でジャンプして足を思い切り上げてそれを飛び越えていたのです。そして高学年になって体育の時間で高跳びをする時も同じ要領で。助走をつけて歩幅を合わせて。あとは心の中でリズムをとってました。『ピ、エ、ロ、じぶんのぶん♪』と。この『ピ、エ、ロ』で助走をつけて、『じぶんの』で歩幅を合わせて、『ぶん♪』のタイミングで跳ぶんです。専門用語で『はさみ跳び』と言う跳び方でした。その時から私は学年で一番高く跳んでました。男子よりも高く跳んでました。本格的に走り高跳びを始めたのは中学で陸上部に入ってからでした。信じられないでしょうが陸上部に入部しても私はその学校で一番高く跳べました。三年の男子よりも高くです。一年生で入部したばかりの私がですよ。中学の時もずっと『はさみ跳び』でした。そして高校に進学しても陸上部に入りました。さすがに高校では三年生の男子には入部したての私は勝てませんでした。そこで初めて『背面跳び』を教わりました。『はさみ跳び』はバーを跨ぐように跳ぶのです。だからそれまでの私はバーを跳び越えても高跳びにはゴム跳びとは違ってマットが敷かれているのですがマットに倒れこむことはなかったのです。『背面跳び』は背中からマットに落ちるのです。それとは別に足がバーに引っかからないように足をうまく抜いてやるんです。足がバーに触れてバーを落としてしまうと失敗ですからね。心の中で先ほどご説明した『ピ、エ、ロ、じぶんのぶん♪』のリズムに『一回♪』を付け足したのです。『ぶん♪』でジャンプして『一回♪』で足を抜くんです。『背面跳び』を身に付けた私は三年生の男子の誰よりも高く跳べるようになりました。そしてインターハイで三位になりました。高校一年の私がです。周りからすごく騒がれたものです。全国からたくさんの人からお手紙をいただきました。先ほど言ったように今の斎藤様と同じぐらいの男性からもお手紙をいただきました。とても嬉しかったのを覚えています。当然私は全てのお手紙にお返事を書きました。お小遣いがほとんど切手代に消えてました。私は誰よりも高く跳びたかった。大きな大会でも心の中ではあの頃のみんなの『恵っちゃん』の声が聞こえてました。だからプレッシャーを感じたこともありませんでした。学校の関係者からや知らない同じ学校の生徒からも期待の声をいつもかけられてました。来年は日本一だ、勝てなかった二人も来年には卒業していなくなる、と。優勝した方の記録を覚えていました。それを超えれば私は誰よりも高く跳べたことになるのかなと思ってました。その時、私は自分の異変に気付いてなかったのです。私の膝はボロボロで悲鳴を上げていたのです。突然の激しい痛み。私は跳ぶことが出来なくなりました。それでも私は跳ぶことを諦めなかった。膝の手術。長いリハビリ。私の心を支えてくれたのは『ピ、エ、ロ、じぶんのぶん♪』のメロディーと一人の男性からのお手紙でした。その方は斎藤様と同じ小学四年生の方でした。跳べない私に何通もお手紙を書いてくれました。私の膝は結局もとに戻ることはありませんでした。それでも私は高跳びを続けました。いつも踏み切る足、ジャンプする足は左足でした。こうカーブを描きながら右側から助走して跳んでたんです。それを右足でジャンプするようにしたり。跳び方にもいろんな種類があるのです。いろんな跳び方を全て何度も繰り返してやってみました。それでも自分の中の感覚で分かるんです。『あ、私はもうあの頃のように跳ぶことは出来ないんだ』と。跳べない私は普通の女子高生です。周りから期待されることも、声を掛けられることも全くなくなりました。お手紙をいただくこともなくなりました。しかし、その一人の男性だけは私が高校を卒業するまでお手紙を書いて送り続けてくれました。私にお手紙を送ってくれた方は皆さん写真を同封されてる方が多かったのですがその方はお手紙だけを送り続けてくれました。その方は私の跳ぶ姿を見て走り高跳びを始めたと書いてくれました。そして絶対にいつの日か私がまた跳べる日が必ず来ると書いてくれました。今でも覚えています。最後にいただいた手紙に『僕と大山さんと二人揃って一緒にオリンピックに出よう』と。私はその方のお名前と年齢しか知りません。顔も今何をされているのかも知りません。私はあの方の心を裏切ってしまったのかと言う気持ちを今でも心に持っています。そうですね。あの方が私にどんな気持ちを持っていらっしゃったかも私には分かりません。それでも自分の気持ちは分かります。私が異性に特別な感情を持ったのはあの方が初めてでした。そうですね、今でもその気持ちは変わらないですね。名前と年齢しか知らない男性を私はもう十年以上思い続けております」

「え?君は未亡人でリバーフェニックスが旦那さんじゃなかったっけ?」

「それは保険屋・大山の顔ですわ」

「大山さんは本当に今でもその子のことが好きなの?」

「もちろんです。私はとても一途なんです。私が何故、斎藤様にだけ初めてこの顔をお見せしたか分かりますか?」

「分かんない」

「女と言う生き物は精一杯の継続的な想いにとても弱いと言うことです。斎藤様は初めて人を好きになられた。それを『初恋』と言います。『初恋』は人生に一度きりです。そして人は大きくなると図書館や本からは得られないたくさんのことを身に付けます。それを人は『計算』と言います」

「『計算』なら知ってるよお。算数でしょ?」

「いえ、算数ではありません。人を好きになることに今の斎藤様は自分の気持ちに素直に従ってます。しかし、大きくなるとそこに様々な『計算』が入ってきます。単純に見た目が美人だから。お金をすごく持っているから。ピーがピーでピーだから」

「ん?ピーって何?」

「ピーはピーです。ね、図書館で本をたくさん読んでいてもピーが分からないでしょう?それでも斎藤様もいつの日かピーの意味を知る時が必ずきます」

「あ!放送禁止用語だね!」

「んー、素晴らしいですわ」

「へっへー。僕は普通の小学四年生じゃないからね!」

「では斎藤様。眼鏡を外す前の私と今の私。どちらがいいと思いますか?」

「んー、どっちがいいかと言われたら今の方かなあ」

「朝美ちゃんと私。どっちがいいですか?」

「そんなの聞かなくても分かるでしょ?朝美姉ちゃんに決まってるよ!」

「ですよねえー。だから私は顔をお見せしました。そういうことです」

「?」

「斎藤様。大山はあなたと対等になるために、同じ目線で話をするべきと判断して初めてお客様にこの顔をお見せしたのです。そして高校時代の話をするのも同じく初めてのことです。あなたは我々よりも一回りも二回りもお若い。しかし他のお客様が持たない、いや、失ってしまったものをあなたは持っていらっしゃる。そんなあなたへの大山の最大限の敬意の表し方なのですよ。大山は年齢や見た目などは余計なものでしかない、しっかりと人間と人間の会話をしたかったのです。だから一つだけ約束してもらえませんか?」

「約束?」

「はい。大山の過去のこと、もう一つの顔のこと。このことは今ここだけの話と言うことで。決して誰にも言わないということです」

「うん、約束する。絶対誰にも言わないよ。だから僕のことも誰にも内緒だよ」

「はい。約束します。では、斎藤様の『告白保険』の話をしましょう。君、電卓用意!」

「電卓入りまーす!ピ、エ、ロ、じぶんのぶん♪一回♪二―回♪三回♪」

 大山がいつもと違うリズムで電卓を弾く。そして電卓を橋本に手渡し、それを橋本が斎藤コナンに見せつける。

「これが今回、橋本様が朝美ちゃんとカップルになれる可能性でございます」

 電卓には九十九の数字が。

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