第十四話「初恋告白保険編・橋本の初恋だぜ!」

「ま、斎藤様。斎藤様のご相談に入る前に私の昔話をお聞かせします。斎藤様のこれからの人生に少しでも何かプラスになれば、ご参考になればと思います。実は私の初めて好きになった相手も親戚のお姉ちゃんでした。S県の隣の県と離れておりましてね。私は小学校の時に夏休み、冬休み、春休みの年三回だけその親戚のお姉ちゃんがいる母の実家に家族旅行ですかね。二泊か三泊、泊りがけで遊びに行ってました。私には姉が一人いましてね。姉が四つ年上でした。そして親戚のお姉ちゃんは私の六つ年上。そう、斎藤様と全く同じ状況でした。親戚のお姉ちゃんは聡美ちゃんと言う方でした。聡美ちゃんには二つ年上のお兄さんがいました。私は母の実家に家族旅行へ行く時はいつも胸をワクワクさせていたものです。と言っても聡美ちゃんは年の近い姉と遊ぶことが多かったのですが。聡美ちゃんのお兄さんは私たちが遊びに行っても何も相手はしてくれなかったですね。それでも年がすごく離れた私のことを聡美ちゃんはよく相手にしてくれました。広幸、広幸、とね。姉と遊びながら私を一人にすることは決してなかったです。一緒に近所の田舎を駆け回り、都市部のデパートへお買い物に行ったり、母の実家の古い屋根裏部屋を探検したり。年三回だけのとっておきの楽しい時間でした。幼かった私はいつも実家から帰る日には聡美ちゃんとお別れするのが寂しくてね。駅に向かうタクシーの中、いつも泣きながら母の実家の玄関からタクシーに、本当見えなくなるまで手を振ってくれた聡美ちゃんの姿は今でも忘れられないものです。そして帰りの電車の中ではしょんぼりして。そのまま数日間しょんぼりして。新学期が始まるとそんな気持ちをいつの間にか忘れてしまって。その繰り返しでした。そして私も姉も聡美ちゃんもいつの間にか大きくなり。母の実家へ家族で行くこともなくなりました。そして私もたくさんの人を好きになり。大人になったある日、母から聞かされました。聡美ちゃんは私の顔の知らないお医者さんとお見合いで結婚し、遠くの町へ引っ越してしまったことを。私はその時初めて自分の気持ちに気付きました。ああ、聡美ちゃんのことが私は好きだったんだ。私の初恋の相手は聡美ちゃんだったんだ、と。聡美ちゃんがお見合い結婚をしたと聞かされた時はとても落ち込んだものでした。それが仕方のないことだと分かっていても。私には何も出来ないことも。それが聡美ちゃんにとって幸せなのかも私には分かりません。ただ、あの頃の自分に、大きくなった私が何か伝えることが出来るのであれば…。君の感じていた気持ちは恋であり、自分の気持ちをちゃんと伝えた方が結果は別として、大人になった時に後悔することも少なかったんじゃないかなあ、とね。以上が私の昔話でございます」

「へえ…。橋本、元気出せよ」

「ありがとうございます!しかし我が社『ファイナンシャル・ドリーム』では『結婚保険』をよく扱ってますが、『初恋告白保険』を扱うのは実は初めてのことなんです。しかし、考えてみると『告白』はとてもリスクの伴うことですし、『初恋』なら本当に大事なことですね。私たちも斎藤様に教えられましたね。これは立派な保険商品になりえることを。お受けいたしましょう」

「で、どうやって保険かけてくれるの?」

「その親戚のお姉ちゃんのお名前は?」

「近藤朝美ちゃんって言うんだ」

 そう言って斎藤コナンが一枚の写真を大事そうにランドセルから取り出し二人に差し出す。写真にはセーラー服を着た田舎っぽいけどかわいらしい女の子と斎藤コナンのツーショット。笑顔の朝美ねえとは正反対で低い背をゴマかそうと精いっぱい背伸びをしながら震えているのが伝わってくる。相当この朝美ねえを意識しているのが微笑ましい。この二人があと十年ずつ年を取ったなら。二十歳と二十六歳の姉さん女房のカップルなど普通に存在する。しかし小学四年生と高校一年生。橋本の頭の中でたくさんのアイデアがフル回転で生み出されていく。

「斎藤様もすみにおけないですねえ。朝美さんですか。とてもかわいらしく素晴らしい女性だと一目見ただけで伝わってきますねえ」

「当然だろ!僕の朝美ちゃんだぞ!」

「そうですね。でも今はまだ『僕の』と言うのは早いですね。朝美ちゃんはあなたの気持ちには気付いてない、そうですね?」

「…多分。…でも朝美姉ちゃんは僕にすごく優しいし、いつも遊んでくれるぞ!」

「なら何故うちの保険へ?必ず勝てる試合に保険はいらないのではありませんか?」

「う、うん…」

「あら、でも私は高校生の時に斎藤様と同じぐらいの男性からたくさんお手紙で好意を告げられたことがありますわよ」

「え!大山さん。それって本当!?」

「私は嘘とラーメンのお世辞だけは言いません。本当です」

「うちの大山は高校時代に陸上の選手でしてね。走り高跳びで全国三位を取ったことがあるんですよ。確か一年の時だから朝美ちゃんと同じ十六の時かな?」

「全国三位!?すげえ!大山さんすげえ!」

 大山がトレードマークである黒ぶち眼鏡をそっと外す。平たく止めたピン止めを外し、そして後ろに束ねた髪をほどきバサッとおろす。

「斎藤様。これはとても貴重なことでありますよ。うちの大山がお客様の前で眼鏡を取ったことも髪をおろした姿を見せたのも初めてのことです」

「大山さん…。全然別人みたい…。めちゃくちゃ美人。え?初めてって、僕しか見たことがないってこと?」

「そうです。斎藤様。保険屋と言う仕事は特に女性の場合、見た目が武器になることも多いです。しかし私は見た目を売りにしているわけではありません。あくまで私、大山と言う人間を見て、知ってもらってお客様と信頼関係を築くことを心掛けてまいりました。これからもその考え方は変わらないと思います。なら何故、斎藤様に私のもう一つの顔をお見せしたか。それを今から少しだけご説明いたしますね」

「う、うん…」

 斎藤コナンもビビるほどの美貌の大山。そりゃそうだ。口癖が「ざます」のPTAのような地味な保険屋レディーがシンデレラに化けたのだから。

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