第十一話「バンドマンのドリーマー保険編・『ゲッチュしようぜ!』と『え?うわー!気が付けば搾取されてんじゃん!』」

「それはずばり『ファイナンシャル・ドリーム』がつぶれたら俺の正社員の保証はないと言うことっす!」

「なるほどなるほど。本当にあなたは優秀な方ですねえ。今すぐにでも我が社で働いて欲しいぐらいです。しかしですね。『ファイナンシャル・ドリーム』は世界一を目指している保険屋ですよ。簡単にはつぶれません。いえ、私と大山がいる限りつぶしませんよ」

「口では何とでも言えるっすよ」

「その疑り深さと慎重さは大事です。それではここで一つお話をさせていただきます。それは『ファイナンシャル・ドリーム』の株式に関してです。この会社を立ち上げたのは三年前なんですよ。私とこの大山の二人で立ち上げました。最初は随分と苦労したものだねえ。君ぃ」

「苦労ですか?そんなに苦労は感じなかったですわね」

「それは大山君。君が優秀過ぎるからだよ!まあ、苦労したと言った方が受けがいいかなって思いまして。本当はそんなに苦労してないですね。軌道に乗るまでとんとん拍子でした。それでも株式会社にしたのは一年前です。最初の二年はみなし法人でやってました。銀行に口座を作るのが難しかったのが苦労したことかな?まあ個人の口座でやってました。何故だか分かりますか?今のベンチャー企業や若い方、起業される方って形から入る方が実に多いですね」

「ヒルズ族みたいな人たちっすか?」

「そうそう。ご存知ですか?起業する時に最初の二年はみなし法人で経営するのは商売の鉄則なんですよ」

「そうなんすか?」

「理由は一つだけ。税金対策です。消費税ってありますよね。どんどん上がってますね」

「消費税っすか?あれはひどいっすよ。単純に十万使ったら八千円は消費税で撮られてるんですよね?」

「この国の消費税は近々また上がるそうです。『痛みを分かち合う』とね。根っこの部分では庶民に負担を押し付けてるだけだと思いますが。ただ、この消費税。企業ももちろん毎年払わなければいけないんですよ。売り上げに対して八パーセント。あなたが働いている居酒屋さんも一日二十万円売り上げたとして、一万六千円を国に支払わなければいけないんです。一か月で約四十五万ですかね。商いで設けたお金から消費税を取られ、設けたお金を使う時にも消費税をまた取られて。二重取りですよ」

「え?どゆことっすか?」

「あなたが売れて、はい、CDがミリオンヒット!一億円入ってきました!『やったー!一億ゲット!ロトの剣ゲット!青いイナズマが僕を責める、心、体、焼き尽くす、ゲッチュ!』はい、もう一回」

 橋本の言葉と同時に立ち上がり激しいゼスチャーと共に大山が叫ぶ。

「やったー!一億円ゲッチュ!ロトの剣ゲッチュ!青いイナズマが僕を責める、心、体、焼き尽くす、ゲッチュ!」

「……おん、なんでもないっす…」

 うっかり禁句を言いそうになる飯塚っす。

「一億ゲッチュしてそこから八百万円とられます。九千二百万円手元に残りました。はい、それをあなたが使いました。九千二百万円の八パーセント、七百三十六万円をさらに取られます。さあ、あなたは一億円をゲッチュしていくら使えたでしょう?」

「うーん。九千万円残らないっすねえ」

「実際に使える金額は八千四百六十四万円です。実際に納めた消費税は千五百三十六万円。消費税十五・三六パーセントですよ。これが数字のマジックです」

「ふへー」

「まだまだありますよ。大手の鉄道のス〇カ購入時のデボジット、預り金五百円。あれも戻らないお金なんじゃないですかねえ。一億人から五百円で五百億円。アーマゾーンで誘導されるプライム会員費。銀行のATM利用手数料。最初に消費税三パーセントが導入されて自動販売機に疑問を持ちませんでした?」

「あ、覚えてるっす。十円上がったんすよね」

「そう。自動販売機は消費税十パーセント。そして消費税五パーセントになった時に百二十円に。二十パーセントです。今はいくらか分かりますね?」

「うわあ…。気が付かないって怖いっすね…」

「話を戻します。起業した場合、みなし法人にすることで最初の二年間は消費税が免除されるんです。独立する際には何かとお金もかかりますからね。この二年間の消費税免除は大きいですよ。うちは三年やってようやく最初の消費税を今度支払う予定です。もちろん私もこんな知識最初から知ってた訳じゃありませんよ。前の会社にいた時のクライアントの一人に税理士様がいらっしゃいまして。その方が起業する際にいろいろとレクチャーしてくれたんです。ありがたいですよね」

「いい話っすねえ。勉強にもなったっす」

「そして『ファイナンシャル・ドリーム』がつぶれない根拠。我が社の株券は百株ありまして資本金は一千万円です。一株十万円と言うことです。株式会社とは株券を多く持っている人間が決定権を持つんです。つまり、五十一株握っている人間はその会社の決定権を握っていると言っていいんです。我が社の株は私が三十三株、この大山が三十三株握っています。私と大山が決別しない限り過半数を握っていることになります。そして残りの三十四株。ある一人の人間が握っています。誰だと思います?」

「え?分かんないっす?誰っすか?」

「ここに我が社の株式名簿のコピーがあります。ご覧ください」

「ん?山田河尾?誰っすか?この人?」

「今、日本で売れてるバンド『メッチャウレテール』をWikipediaで検索してください。ヴォーカルの本名を見てもらえますか?」

「ちょっと待って。まさか…」

 スマホを弄り飯塚っすの手がカタカタ震える。

「今や億万長者の『メッチャウレテール』のヴォーカル・マウンテンリバーさん。この方が我が社の株を三十四株持ってらっしゃるのです。そして我が社になにかあれば彼がいくらでも金を出してくれると契約を交わしているんです。どうですか?『ファイナンシャル・ドリーム』が簡単につぶれないと信じていただけましたか?」

「すげえ!すげえっす!すげえっす!でもあんな大物がなんで?」

「彼とは私が放浪の旅に出ている時に知り合いましてね。彼は本物でしたね。いいご縁がありまして。『ドリーマー保険』も彼と食事をしている時に『いつかこんなのを作れればいいね』と話していたのがきっかけです。夢追い人が人生に保険掛けんな!と普通なら言うところですが彼は頭の柔らかい方でしたね。夢を追うリスクも十分存じておられる方です」

「それじゃあ『あぶらイカ』をマウンテンリバーさんに紹介してくれればいいじゃないっすか!それが一番手っ取り早いじゃないっすか?」

「残念ですがそれは出来ません。それをやればあなたは『ドリーマー』ではなくなってしまいます。他に協力できることはいくらでもやりますが近道であり裏道である隠し通路を教えてしまう、そしてそれを利用することは『ズルい』ことだと思いませんか?」

「すんませんっす!さっきの言葉は忘れてください!俺、ロックじゃなかったっす!」

「世界を見据えて、あなたがあなたの力で夢をゲッチュしてください。そして今の彼女さんをフォーエバー大事にしてあげてください。あなたが億万長者になってそこからお金をいただくのもよし。それに見切りをつけて我が社で我々と同じ夢を追うのもよし。人は年老いても夢を持ち続けるべきだと思うのです。夢は子供たちだけのものでもありませんし、寝ている時に見るものでもありませんよ。それでは契約といきますか。まあ、求人を出さない我が社の青田刈りとでも思っていただければいいかと」

「青田刈りってなんすか?」

「柔道の技に大外刈りとかあるじゃないですか。あの親戚と思っていただければいいかと。あ、そうそう。今度お話ししました『ミスティルにダメ出しした人』のライブをご一緒に見に行きましょう。私は彼も本物だと思ってますので」

「あ、いいっすねえ!是非連れてってください」

「あ、我が社の規則は髪型自由、服装自由ですので。その自慢の長髪、すごく似合ってますよ」

 契約書にサインし、「ファイナンシャル・ドリーム」の採用通知書を持って飯塚っすは二人に丁寧に頭を下げて事務所を後にした。



「今はああいう若者をあまり見なくなったねえ」

「まあ、就職も新卒でもかなり厳しいと聞くでございます」

「結局さあ、終身雇用もこの国ではすでに破綻しているし、転職も盛んにおこなわれてるんだよねえ。そこで企業が重視するものってあんまり意味がないと思うんだよね」

「基本、公務員になれないとアウトの風潮は感じるでございます」

「やれニートだ、引きこもりだとか言うけどさあ。雇用がない現実と雇用があっても劣悪な環境の方が大問題だと僕は思うね。でもこの『ドリーマー保険』は我々にとってもメリットは人材を確保する以外は無料で大きな宝くじを買うようなもんで確実に儲けが出るわけではないんだよね。それでもこの商品を考え、売り出したのも君なんだよね。君は跳べなくなった。足のケガで。それでもまたいつの日か跳べる日が来ることを信じている?そうなんだろ?」

「社長が最後のインターハイで外した残り一秒での決まれば逆転のスリーポイントシュート。もしあのシュートをあの日あの時に戻ってもう一度投げることが許されるなら。そして決まるまで何度も保険が効くならば」

「…いつか我が社も大きくなったら実業団チームでも作るかい?」

「ございますでございますでございます」

 人生は常に選択の連続である。時に人は限りなくゼロに近い確率であろうと自分を信じて敢えてリスクを選ぶ勇気を持つ。人はそれを愚かな行為と言うだろうがそんな愚か者のごく僅かな人間が特別な存在になる時がある。才能とは成功者への侮辱の言葉である。自分を信じ努力し続けることが出来る人間は本当に少ない。人生に失敗は必ず誰にでも訪れる。そんな失敗を例えやり直すことが出来なくても失ったものや敗れたものを保険で何とか出来るのならば。そして後悔は確実に保険で何とか出来ると信じている二人。それにしてもこの二人。過去にいろいろと何かあったようだ。それはまたこの二人が自らの口から語ってくれるであろう。おっと、新しいお客さんがまた『ファイナンシャル・ドリーム』に訪れたようだ。アポなしで現れたこのお客さん。ん?ん?んんんん?

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