第十話「バンドマンのドリーマー保険編・『ロックな保険』!」
「人生には常に!」
「そう!人生には常にリスクがある!!あー、社員っていいなー。こんな俺でも昔はバンドマンだったんだぞお。そりゃあルックスもいけてたし、追っかけの女の子たちに囲まれてウハウハだったなあー。はあー、でも今はしがない日雇い派遣のその日暮らし。自分より若い奴に現場では怒鳴られて大卒がそんなに偉いのか!あいつらはレールの上を走ってきた人生。いや、走ってもいない。引かれたレールを惰性で動いてきただけじゃないか!はあー、今日も屋台で安い酒をかっくらって『おやじぃーー!おでだって、らてにとひくってきてんりゃないどーー!!』『はあ、お客さん飲みすぎですよー』と注意される日々!年金なんて払ってないし!!『まーちゃん、俺たちもう終わっちゃったのかなあ』『バカヤロー。とっくに終わってるよ』。人生劇場・完。うわー、危ない!危ない!危なーーーい!!!はい」
「危ない!危ない!危なーーーい!!!音痴と言わないでね♡次は命日ですからね♡」
「ご、ごめんなさい…っす…」
大山がすごんで飯塚っすがひるむ。ソファーに再び腰を下ろし橋本が口を開く。
「私は学歴ってやつがあまり好きでありませんでしてね。今の日本の雇用形態も気に入らないですねえ。就職活動って言葉自体大嫌いですね。基本的に自分の会社で働いてもらいたいから求人を出しておきながら立場は圧倒的に企業が強く、胡麻をする若者たち。昔は企業が頭を下げて働いてくださいって立場だったんですがね。それで『ドリーマー保険』いきます。君ぃ!電卓用意!」
「電卓入りまーす!」
「飯塚様。あなたの年齢が今二十五才。独身。彼女は?」
「え、あー、もう五年以上付き合ってる女がいるっす」
「彼女さんはあなたの将来についてなんとおっしゃってますか?」
「それがですね。今日、ここに来たのも彼女から強く勧められてきたのも理由の一つっす。紹介してもらったのも彼女の知り合いからなんすよ」
「彼女はいつまで待つとおっしゃってます?」
「そっすね。具体的には言ってないですがいずれ結婚したいみたいっすね」
「あなたにはその気がありますか?」
「え?どゆことっすか?」
「今の彼女さんと一緒になる気はありますか?」
「あるっす。もし金があれば明日にでも籍を入れる気はあるっす。でも俺は学歴もないし、将来も不透明だし、今の俺じゃ苦労を掛けるだけっす。今でも支えてくれてるところがすげえデカいってのも分かってるし…」
「夢と女の両方を持つのはとても大変なことなんです。いい彼女さんですね。さて、電卓の方はどうかな?数字は出たかね?」
ものすごい勢いで電卓を叩いていた大山の指が止まる。
「出ました。こちらです」
電卓を受け取り橋本が飯塚っすに電卓の数字を見せる。
「なんすかこれ?0.001って」
「今のあなたが売れる確率、つまり今の『あぶらイカ』が売れてそれで将来食べていける確率です。0.001パーセント。つまり十万分の一ってことですね」
「な!?な!?なんすか!?この数字!?根拠はあるんすか!?」
「この確率を見て夢を諦める気になりました?」
「ならないっす。でも、十万分の一って…」
「飯塚様。私は『今の』と言いましたのに気付いてますか?」
「『今の』?」
「そうです。今現在の今日の今日。今の瞬間の『あぶらイカ』が売れる確率です。それでもジャンボ宝くじで一等を当てるより百倍高い確率ですよ。そして確率を上げることはいくらでもできます」
「それで保険屋さんは俺の将来にどういう保険をかけてくれるっすか?『ドリーマー保険』の説明を聞かせてもらいたいっすね。月々数千円とか払うなら貯金するっすよ。俺は」
「その前に私の夢も聞いてもらえますか?」
「夢?保険屋さんが?」
「そうです。私たちの夢はこの会社『ファイナンシャル・ドリーム』を日本一の保険屋、いや、世界一の保険屋にすることです。そして世界に一つだけの他では誰も扱わない保険を請け負っていくことです。私もこの大山も元は普通の保険屋に勤めていました。リスクを負わない今の保険屋に嫌気がさしたんですよ。どうですか?この話を聞いてあなたは笑いますか?」
「笑うわけないっすよ。最高っすよ!ロックじゃん!すげえ!」
「ありがとうございます。それでは『ドリーマー保険』のご説明に戻ります。掛け金はゼロ円です」
「え?」
「つまり本来の保険の姿であるお客様が支払う月々の掛け金や最初の加入金はありません」
「マジっすか?」
「マジです。本気と書いて『ポンギ』です(これはゴリさんの名言だなあ。すげえ笑ったなあ)」
「え、え、えっとー。それで俺の将来の保証はどうなるんすか?」
「今、ここで正社員として『ファイナンシャル・ドリーム』から正式な採用書を日付なしで発行いたします。十年後でもいい。二十年後でもいい。あなたが夢を諦める時が来たら、その時はその書類に日付を書いてもらいます。我が社の福利厚生は他社に比べてもかなり手厚く設定してます。先ほど言いましたように私は学歴と言うものが好きではありませんでしてね。そして夢を追う人間が大好きなんですよ。我が社はこれから支店も増やしていきたいし、社員を雇うにも履歴書一枚とたった数十分の面接で人を見ることは出来ません。それに保険屋と言う仕事は職業柄様々な人間と会います。中には企業の偉い人も多い。もし、うちで働きながら他に待遇のいい話をそういう方から受けてそれに魅力を感じればその時は転職されても全然いいです」
「へえー。俺が保険屋さんかあ…。保険屋って楽しいっすか?」
「最高に楽しいですね。あなたの言葉を借りるなら実にロックな職業ですね」
「なるほど…」
「ただし!ここからがこの保険の肝です!その確率を引き当てて、つまりあなたが夢を掴んでバンドが売れて億万長者になった時!あなたの収入の一割を、つまり『あぶらイカ』であなたが得た収入の一割を解散するまで払ってもらいます。解散後もカラオケ収入などもなくなるまでずっと一割!年収一億なら毎年一千万です!」
「なるほどねえ。これはロックな保険っすなあ」
「確率が確率ですから。当然の請求だと思われます。それとこちらが逆の場合。我が社の基本給をプリントアウトしたものです」
一枚の紙を橋本は取り出し飯塚っすに手渡す。
「ふあ~。これは…。なるほど…」
「今日、就職を希望する、つまり今日夢を諦めると最短でリスクもない状態。基本給二十五万円スタート。あなたが夢を追い続けて年を重ねる毎に基本給は下がっていきます。四十才で正社員になったとして基本給は十九万円。五十才になると基本給は十六万円。まあ、我が社は歩合も付きますのでその辺のブラック企業よりも安定した収入をお約束出来るかと。もちろん週休二日制ですし祝日も休み。夏季冬季休暇もあります。賞与も年二回。終身雇用。基本九時五時で残業なし。まあ、保険屋と言うものはお客様の要望には常に対応しなければいけませんから会社から支給する携帯には夜も電話はかかってきますが、そんなの正社員なら普通ですよ」
「これはすげえっす!と、言いたいっすけど。一つだけ落とし穴があるっすね」
「落とし穴とは?」
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