第九話「バンドマンのドリーマー保険編・『あぶらイカ』売れたいよー!」

「世間一般的に二十五才でフリーターは普通です。しかし、新卒でさえも就職が出来ないこの時代。二十五も三十も四十も五十も関係ないですね。自立さえしていれば。お電話でお話しした資料を今日はお持ちいただけましたでしょうか?」

「あ、持ってきたっす。でも資料って言っても…。これでいいっすか?」

 飯塚っすが封筒を取り出してそれを大山が受け取り二枚の紙を取り出す。一枚は市販の履歴書。もう一枚がバンドマン飯塚っすの活動歴書。それを大山が読み上げる。

「学歴、坂上工業高校中退。免許、中型二輪。趣味、料理。職歴、アルバイト。居酒屋、警備員を掛け持ちで九年間。音楽歴、十五年。父親の影響でアコースティックギターを始める。中学高校で二つのバンドに所属。ギター担当。高校中退後、『あぶらイカ』を結成。来年結成十年目」

「へえー、なかなかいい経歴ですね。それじゃあご持参いただいたCDを聴かせてもらいますね。君、それでは再生してくれるかな」

「CD入りまーす!」

 ここから三十分。飯塚っすの解説を聞かされながら「あぶらイカ」の曲を黙って聴く二人。飯塚っすは不安そうな表情を一切見せない。自分の音楽によほどの自信を持っているのだろう。全ての曲が終わり、飯塚っすの「以上っす」の言葉と同時に二人は盛大な拍手を三十秒続けた。

「いやあー、素晴らしい!いいものを聴かせていただきました。僕は好きだねえ」

「私もとても素晴らしいと思いました」

「ありがとうございまっす!!」

「これらの作詞作曲はメンバーがやっているんですか?」

「作詞作曲も全部俺がやってるっす!」

「なるほど。ただ一つ思ったことがありましてね」

「なんすか?」

「飯塚様、あなたは海外のミュージシャンの影響をかなり受けてますね」

「あ、分かります?めっちゃ影響受けてますね」

「『あぶらイカ』の曲を聴いてましてね、なんとなくあの曲に似てるなあってのを感じてましたので」

「…分かります?やっぱ」

「いえいえ。世界的なバンドも必ず誰かしらの影響を受けてるもんですし、いい方は悪くなりますがパクることもよくある話ですよ。それがダメとなったら世の音楽はほとんど全て否定しなければいけないことになります。大きく言えば全ての創作活動を否定することになります。ラーメン屋さんが別のラーメン屋さんに『うちのラーメンをパクりやがって!』と怒りますか?そりゃあ、環境ややり方にもよりますが。家電メーカーが『うちのパソコンをパクりやがって!』と怒ります?そこは競争が生まれるんだと思います。いいものを適正な価格で。こういったものは全てユーザーに選ぶ権利があると思いますよ。趣味が料理と言うことですが自炊もされてますでしょう?」

「居酒屋では賄いが出るんで。あとは食材をよく余り物をもらって持って帰ってるっす。バリバリ自炊っすよ」

「食費を抑えるために自炊するなら食材もスーパーで安いものを買われてますか?」

「当然っす。タイムセールで安くなるのも見逃せないっすね。俺の月の食費、一万円以下っすから」

「お酒は飲まれないんですか?」

「あ、飲むっすね。ロックっすから」

「お酒代も含めて一万円以下ですか?」

「そんなわけないっすよ。ライブの打ち上げとか家飲みとか酒代は相当かけてるっすね。まあ、それでも酒も業務用スーパーで買うし、打ち上げもバイト先の店を使ったりして割引してもらってるっす」

「おタバコは吸われますか?」

「ヘビースモーカーっすね」

「いやあ、素晴らしい。実にロックですね」

「あざっす!」

「それでですね。先ほどのお話の続きなんですが。今の日本の音楽業界。まあ、漫画でも映画でも役者でもいいです。共通していることは一つだけだと思います。なんだと思います?」

「そんなの売れたもん勝ちっしょ」

「その通りです。どれだけ稚拙だと言われようがくだらないと言われようが売れたものが勝ちなんです。CDにおまけをつけて、それを目当てのファンがCDを大人買いしようと売れたものが勝ち。それに文句を言うのは負け犬の遠吠え。芸人さんが小説を書いてそれがバカ売れしても売れたもの勝ちなんです。そしていい悪いを決めるのは全てユーザーに権利があります。お金を払って購入し、結果面白くなかったら次から購入するのを止めるのも自由ですし、面白いと思ったら次からも購入するだろうし、お金も惜しみなく出しますでしょう。たまたま入ったお店の料理が旨かった。そしてそのお店の常連になる。たまたまテレビで見た役者さんがとてもよかったからその役者さんが出ている映画をレンタルで借りた。するとその映画がとても面白かった。だから今度はその映画を撮った監督さんの別の作品をレンタルして借りる。ファンになる。DVDを購入する。そうやってそれが今の文化になっているのではないでしょうか?では本物を見抜く力はどうやれば身に付くのか?本物とは一体どうすれば分かるのか?それは分かりますか?」

「んーーー?なんだろ?同業に認められることっすか?」

「それもあります。一流は一流を知るとはよく言ったもんです。まあ、一流には偏屈な方も多いですからね。しかしそれでは本物を百パーセントはまだ見抜けませんね。私が考える本物の定義はただ一つ。世界で通用する人間ですね」

「世界…」

「そうです。世界です。日本では誰も知らないバンド。全く知名度がないバンド。それでも海外に活動拠点を置いて海外で活動されているバンドをいくつか知ってます。まあ、そういう方たちの音楽を聴くと素人の私でもすごさは感じますね。これは私の考えなのですが、そもそも音楽に作詞と言う作業は必要ないと思っています。洋楽をよく聞くのですが、歌詞の意味なんて私はさっぱり分かりません。まあ、海外へ放浪の旅を何年かしていた経験のある私ですが現地の言葉を覚えようとはしませんでした。何とかなるもんでしてね、これが。音楽とは文字通り『音』を『楽しむ』ものだと思います。そこに歌詞、つまりメッセージ性が入ってくると純粋に『音』を『楽しむ』ことが出来なくなります。そしてメッセージ性がない状態こそ、演奏力と歌唱力のみがものをいうと思いますね。そう思いませんか?」

「なるほど…。確かに曲を作っている時、作詞と言葉の文字数、メロディーに乗せるってのを意識してたっすね。それに洋楽で『すげえかっこいい!』って曲も何を歌っているか意味はさっぱり分かってないっすねえ」

「言語って世界には山ほどありますが日本語って一番難しいって言われてるんです。英語も地域によってまた使い方も変わってきますしね。イギリス英語って言葉があるぐらいですし。日本では誰しもが知る大御所でも世界的には無名っていくらでもあるじゃないですか。邦楽を外国の方が聴くとよく言われるのがどれも同じに聴こえる、なんですよ。これは別に外国の方が音楽の本物を聞き分ける耳を持っているという話ではありません。外国の方は耳が肥えているって話も聞きますが演奏力のレベルの差が分かるような耳を持っている方は少数中の少数です。だから結局どれも同じに聴こえるって言われるんだと思います。『Bラッシュ』と言う名のバンドがありました。私はとても好きでしてね」

「俺も好きっすよ。『Bラッシュ』。確かにあのバンドは歌詞は意味ないのが多いっすね。まああるやつもありましたけど」

「ですよね?じゃあ何故?歌に歌詞があるのか?それはそこに思いが宿るからだと思います。ラブソングや人生の応援歌。言葉には不思議な力がありまして時に人を勇気付けます。もちろん真逆もあります。人を刃物のように傷付けることもあります。言葉の意味が分かるからこそ記憶に残る曲も多数あります。そうですねえ。そういう歌は『詩楽』と呼んだ方がいいかもですね。よく聞くじゃないですか?『あ、この曲懐かしいなあ。昔、車の中でよく聞いたなあ』とか『この曲聞くと予備校時代を思い出すなあ』とか。それに日本人で洋楽を聴くきっかけが、歌詞が素晴らしかったからって人なんています?少なくとも私は聞いたことないですね。『オールバックが大好きなのは気合が入るから』。これ最高の歌詞だと思いませんか?」

「あー、高校中退する前の悪さばっかしてた頃を思い出すっすねえ。『パボッと広げるぜ』っすよね」

「でしょう?カラオケがあれだけ人気があるのは『詩楽』の意味合いが強いんだと思いますね。シャネルで身を固めていても本物だろうと偽物だろうと多くの人間には区別がつかないんです。だからこそ本物はすごいんです。そうですねえ。あなたが一番すごいと思うバンドを教えてもらえませんか?」

「そっすねえ。うーん。『くるーり』かなあ?すげえって思うっすね」

「なるほど。いいですねえー。私は『聖飢魔2』かな。君は?」

「私は『ラーメンス』がすごいと思いますわね」

「『ラーメンス』もすごいっすね!女性バンド」

「ハピネスタイム♪いつだって独りぼっちでも♪本当のことだけ知りたい♪」

「……すんません。音痴っすね…」

「プッツーン」

「あ!これはヤバい!君は禁句を言ってしまった!ヤバい!ヤバいぞ!と言うわけで少しお時間をいただきますね」

 さあ、いつものあの言葉の時間だ。二人がソファーから立ち上がる。

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