第八話「バンドマンのドリーマー保険編・え?あの『ミスティル』にダメ出し?」
ピンポーン。
午後二時に事務所のベルが鳴る。
「君ぃ!お客さんだ」
「サーイエッサーでございます」
腕組みしながら中指で黒ぶち眼鏡をグイっと押し、大山がいつものように変身する。
「あのお…、電話した飯塚っす…」
「お待ちしておりました。飯塚様!キャッ!金髪のロン毛でイケメンですね!」
「すいませんね。君。飯塚様をソファーにご案内して。お飲み物は、えーっと、ロックな飲み物と行きましょうか。君、ロックなやつを三つ頼むよ」
「あ、さーせん。なんかロックな保険屋さんがいると聞いたんす。今日はよろしくっす。ロックな飲み物ってなんすか?」
「まあ、それは来てのお楽しみとしましょう。今日はどういったご相談でしょうか?」
「それなんすが…、俺、電話でも話しましたし、見ての通りバンドマンなんすよ」
「音楽は私も彼女も好きでよく聞きますよ。幅広く。飯塚様はどんなバンドをされているのでしょうか?」
「日本語ロックっすね。バンド名は『あぶらイカ』っす。四人組のバンドで俺はギター兼ヴォーカルっす。これCD持ってきたんすよ。聞いてもらえば分かるかなって」
「ほう。これはありがたいですね。これから聞いてみましょう」
そこに大山がボードに三つのグラスとCDプレイヤーを乗せて戻ってくる。
「レモネードです。最高にロックでしょ?」
「あ、hideさんですね。これはロックっすねえ」
「レモンはスラングで不良品を意味するらしいですね。それにedをつけて過去形にして『元不良品』とは素晴らしい発想ですよね」
「音楽は感性ですからね。これが正解ってないですよね」
「そっすねえ。こればっかりは何が売れるか何がうけるかって今はもう分かんないっすねえ」
「このCDを聞かせてもらう前に一つ私のお話を聞いてもらえますでしょうか?飯塚様」
「いっすよ。今日は時間ありますんで」
「デビュー前の『ミスティル』にダメ出しした事務所の話なんですが」
「え?『ミスティル』ってあの『ミスティル』っすか!?」
「そうです。今や国民的なバンドの『ミスティル』がデビュー前にデモテープをいろんな事務所に送ってた時の話です」
「へー、面白そう」
「私の友人に五十を過ぎても未だにステージに立ち続けている方がいらっしゃいましてね。まあ、その方はもう二十年前には就職もされて今は趣味で音楽を続けていらっしゃる方でしてね。あなたと同じギターを演奏されている方です。その方がまだ本格的に活動されていた若い頃の話なんですがね。東京の小さな事務所に所属していたそうなんです」
「東京の事務所っすか!それだけでもすごいっすねえ!」
「ブルーハート様とか同じライブハウスのステージでやってたそうです」
「マジっすか!すげえ!」
「あのヴォーカルの方って独特なキャラをされているじゃないですか。あれ、作ってるわけじゃなく普段からあんなキャラだそうですよ」
「へえええ!ロックだ!」
「他にもいろいろと裏事情は聞きましたねえ。〇〇〇がすごく金にうるさいとか」
「えええ!これって放送出来ないっすねえ!」
「まあ、ビジネスとして大きなお金が動く世界でもありますからね。そこで本題に戻ります。当時その友人の方が事務所でお茶を飲んでる時にその事務所の社長さんが一本のデモテープを取り出してその方に聞かせたんですね。『これさあ、新人さんから送られたデモテープなんだけどどう思うか聴いてみて』とね。まあその方も軽い気持ちで『あ、いいっすよー』って感じで。それが『ミスティル』の有名なあの曲だったんです」
「マジっすかあ!!」
「そしてそのデモテープを聴いたその方が一言、『よく分かんないけどダメなんじゃないっすか?』と。そしてその事務所の社長さんも『そっかあー、やっぱりダメだよね』と。あの『ミスティル』がですよ。でも今でこそ名前もビックネームになり、この話を聞けば誰しもが『それって節穴じゃない?だってミスティルだよ?』となりますよね」
「そりゃそうなりますでしょー。だってあの『ミスティル』ですもん」
「でもその方や事務所の社長さんもプロですよ。演奏力や歌唱力、オリジナリティーを見る目は確かです。ダメ出ししたってのも結果論です。ただ、『本物』は『運』に振り回されてもかなり高い確率で世に出ます。その方の所属するバンドのステージを私は今も見に行きますがまあすごいですよ。そんな方が世に出られないのもまた一つの事実なんです」
「それはすげえ分かる気がするっすね。テレビなんか見てても『なんだ!このクソみたいなバンドが何で売れてるんじゃ!』ってのはよく思いますもん」
「確かに今の日本の音楽シーンはいろいろと言われると思います。まあ、出尽くした感はありますし、昔の方は本当にPVを見てもオリジナリティーに溢れています。理由はいろいろとあるんでしょう。まずカラオケの普及。歌のうまい人は本当に溢れていると思います。もう一つはネットの普及。今は簡単に自分の作ったものや有名になりたい人たちがネットにそれらを公開することが出来ますし、それを見る方も増えています。逆に言いますとそういったものが先行してもっと大事なことがついて来れてない、そういった時代になったとも言えるでしょう。例えば私の携帯には音楽データがそれなりに入ってます。少しお見せしますね。アーティスト数にして約五百。これらの名前を全てご存知でしょうか?」
橋本が飯塚っすにスマホを音楽モードにして画面を見せてスライドさせる。
「うーん。知ってるのもあるし、知らないのもあるっすねえ」
「先ほど『ミスティル』にダメ出しをした方は全て知ってましたねえ。まあ先ほどから申し上げますように感性ですので。好き嫌いは誰しもがありますし。そういえば昔『まずいカレーなんかない!』とおっしゃった方もいましたねえ。あれは名言でしたね」
「あ、それいいっすねえ」
「少し長くなってしまいました。それで本日の飯塚様のご相談をお聞かせいただきますか?」
「あ、なんかもっといろいろ聞きたいっすけどそうっすねえー」
「お話ならいつでも致しますよ」
「それで俺、今年で二十五になるんすよ。そこで将来のこととか考えるといろいろあるじゃないっすか。バンドは続けたいっすけど。もしダメだったらって考えると就職とか問題が出てくるじゃないっすか?」
「なるほど。『ドリーマー保険』ですね?」
「『ドリーマー保険』?」
「あなたは将来なりたいものがある!夢がある!しかし現実を考えるといつまでも夢を追い続けるわけにもいかない。かと言って夢を諦めたくない!夢を追うにもリスクがある!」
「まさにその通りっす!」
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