第七話「時を止める保険屋さんとその時の中でさらに時を止める保険屋さん」
「売れないバンドマン、ロックな人生も大変だ!の巻ぃ~」
「はい?何か言いましたでございますか?」
「家を~作る~なら~♪家を~作る~なら~♪君ぃ!本日のスケジュールはどうなってるのかい?」
「本日は午後二時から『ドリーマー保険』希望のバンドマンの方が来所予定、そして午後七時には『マイホーム保険』希望の方のお住まいに訪問予定でございます」
「ほうほう。なるほどなるほどなるほど・ザ・ワールド!」
「『パチンコ保険』の保険受け取りの留守電も二件入ってましたでございます。そちらは朝一だとのことでございます」
「ダメだよ~。君ぃ~。この国では『ザ・ワールド!』と言われたら動きを止めないと。時が止まるんだからね」
「お言葉ですが社長。私も時を止める能力を持っているでございます。社長の『ザ・ワールド』で止まった時間の中をさらに私は時間を止めて動いていたでございます。ダメなのは社長の方でございます」
トレードマークを中指で何度も押しながら大山が橋本を跳ね返す。
「うーん、それは失敬。まさか君も同じ能力を持っているとは。惹かれ合うもんだねえ。『パチンコ保険』の方は僕が処理しておくから。君は朝の素敵なドリンクを頼むよ」
「了解でございます。今朝は何をお飲みになりたい気分でございますか?」
「ギンギラギンにさりげなく、そいつがオーレの飲み方。カフェオーレで頼むよ」
「金と銀の器を抱いて罪と罰のオーレを満たした正直者が街を走るでございます」
「はっはっは。交差点でいろんなものを拾ったもんだよ」
『ファイナンシャル・ドリーム』の社内では常にこんな会話が飛び交っている。もちろん対面式をモットーとするため、外回りも多い。それでも午前中は大概事務所での作業がメインとなる。また、事務所での対応は基本夕方五時まで。それでも二人の配った名刺に記載されたそれぞれの携帯には朝から夜まで電話がかかってくる。お客様からのお電話には丁寧に対応する。営業の基本である。電話に出られない時も必ず一秒でも早くショートメールを送る。人対人。そして出来るだけ大事なことは電話ではなく直接会って話すこと。これは二人の共通した考えでもある。独立して二人で三年前に『ファイナンシャル・ドリーム』を立ち上げた時も以前に勤めていた保険屋で担当していたクライアントから実にたくさんのお声をかけていただいた。
「今後も橋本さんにお願いしたい」
「大山さんにはこれからもお付き合いをお願いしたい」
しかし、普通の保険屋がやっていることはしない。オンリーワンの保険屋を、日本に一つだけの、そして世界に一つだけの保険屋を目指した二人はそんなお客様の声に一つ一つ丁寧に自分たちの夢を語り、それでも協力したいと言うありがたいお声をかけてくれるクライアントに「何かリスクを背負う時は是非」と名刺を配った。そんなクライアントの元に二人は毎月コツコツと足を運び、顔を見せる。世間話もする。独立する際にクライアントを引き抜くことは営業の世界ではよくあることだ。しかし、同じ保険屋でも同じものは扱わないのでクライアントの引き抜きなど考えない。『ファイナンシャル・ドリーム』の顧客はポスティングしたチラシよりもそんなクライアントからの紹介の数の方が圧倒的に多かった。もちろん大山にセクハラ紛いのことを言ってくるクライアントもいなかった。
ここで少し遅くなったが彼らに自己紹介をしてもらおう。
「初めまして。最初に一分間だけお客様のお時間をいただきます。(スマホを取り出し)こちらが私の三十二年前の写真になります。生まれたての可愛い写真でしょう。アプリで加工してかなり盛ってますが。そしてこちらが私の子供たち、と言いましても私は独身ですが。白猫がコジロー、黒いのがリキマルです(どんどんスライドさせて画像を提示)。それから中学高校とバスケット部で、大学では軽音楽サークルに所属しておりました。そして大学卒業後フリーターを経て、世界各国を旅し、大手保険屋に就職。そしてその経験を生かして世界に一つだけの保険屋を目指し企業し、『ファイナンシャル・ドリーム』の代表をやらせていただいております橋本広幸と申します。よろしくお願いします」
そう言って最後に『ファイナンシャル・ドリーム』の名刺の画像をスライドさせるとスマホの側面から画像と同じ名刺が飛び出してくる。
「お初にお目にかかります。まずは一分だけ私のご挨拶を。こちらが私の二十八年前の写真になります。わがままを言って右側より撮ってもらいました。プライベートは秘密ですが行き遅れた読書と映画鑑賞とラーメン屋巡りをこよなく愛するしがない未亡人、夫はリバーフェニックスと言う名のハリウッドスターでした。中学高校と陸上部所属、走り高跳びでインターハイ全国三位がいい思い出です。大学ではラーメン同好会にてラーメン娘として全国各地のラーメンを食して回ったのがいい思い出です。卒業後に大手保険屋に就職。その経験を活かし『ファイナンシャル・ドリーム』にて世界一の保険屋を現在目指して奮闘中です。大山恵子と申します。これをよいご縁によろしくお願いします」
相手に自分のことに興味を持ってもらうことは営業をしていく上ではとても大事なことになる。ただの一枚の名刺を丁寧に渡すだけでは意味がない。そんな名刺はたいていゴミ箱行きである。そして『ファイナンシャル・ドリーム』では時間を割いてまで来所、もしくは訪問でも保険の説明を聞いてくれた相手には必ず翌日に届くようにお礼のハガキを手書きで送る。お客様との信頼関係を築き上げることはとても大事なことなのである。また、この画期的な保険屋にも残念ながら何とか二人を騙して保険金をふんだくろうと言う人間も、最初から保険金目当てで保険に加入してくる人間も存在する。まあ、そういう人間に対してどう対応するかも含めてこの赤黒眼鏡のコンビを見ていこうではないか。
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