第六話「パチンコ保険編・かーなーらーず♪最後に酒が勝つー♪」

「最後に二つ質問ええか?」

「はい。どうぞ」

 橋本が大山に代わって答える。

「一つ目は最初に預ける五万円はいつ返してくれるんや?」

「それは保険を解約する時になります」

「そしたらわしが『梁山パーク』のノウハウをしっかり学んでプロになればこの保険は解約するで。そん時に返してくれるんやな?」

「もちろんです。ただし、不正行為が発覚した場合はお返し出来ませんよ」

「こう見えてもわしは正直者の山さんと呼ばれてきた男やで!ズルなんかせえへんわい!」

「もちろん。山田様を信頼してますので。これからさらに信頼を深めていければと思っております」

「二つ目は『梁山パーク』の軍団員が約百名って言うてたな。こんな町の七軒のホールに対してその人数は多すぎちゃうか?わしもパチンコよく打ってるし、よく見る顔は覚えてるけどそんなにいつも勝ってる奴っておるかあ?プロみたいな奴なんかせいぜい二、三人がええとこやで。百人もおらんやろ?」

「『梁山パーク』はスロット専門も多いんですよ」

「あ!なるほどなあ」

「『スロット保険』もやっておりまして。山田様はスロットもやりますか?」

「いや、やらんけど。たまにテレビで見るよ。ペカってランプが光るんやろ?」

「そうです。スロットは基本二種類ありまして。Aタイプと呼ばれるノーマル機とアシスト機能が付いたAT、ART機。我が社はノーマル機限定で保険をお受けしております」

「昔はスロプロのイメージがあったけど、今はおばあちゃんとかもスロット打ってるもんなあ」

「私が言うのもなんですが一番固いのはパチスロのノーマル機を打つことだと思いますね。パチンコと違う点は二つあります。一つはパチンコの場合、台により回る台回らない台と差があります。そこで勝つ確率を求めることが出来ます。要は目に見える部分なんです。スロットは釘と言う概念がありません。千円で回せる回数もベルなどの子役に若干の差がありますが基本的にどの台も同じなんです。スロットは設定が六段階に分けられてまして、まあ、四段階の台もありますが。設定が高いほど当たる確率が高くなってるんですよ。その見えない設定を大当たり確率から推測するのがスロットです。そしてノーマル機は確変のない甘デジを打つのに似てますね。ビックとレギュラーは分かりますか?」

「よくバケばっかりっていうやつ?」

「そうです。ビック一回で大体三百枚。レギュラー、つまりバケだと一回百枚ほどのコインが出ます。ノーマル機はビック自体に設定差はあまりないんですがレギュラーには大きな設定差があります。設定一だと四百分の一に近く、設定六だと三百分の一を切ります。機種にもよりますが既に打たれているノーマル機でレギュラーがよく当たっている台、レギュラー確率が三百分の一より高い確率で当たっている台を拾って打つのが一番固いと思いますね。ビックとレギュラーの合算確率で言いますと設定六なら大体百三十分の一前後です。設定一なら百八十分の一ぐらいですかね。確変もない普通のパチンコ機で同じ釘、同じ回転数の台で一方が百三十分の一、もう一方が百八十分の一。パチンコに例えるならどちらが勝てるか分かりますよね?」

「そんなん当たり前やん」

「プロはまずノーマル機専門の方が圧倒的に多いです。AT、ART機は波が激しく高設定でぼろ負け、低設定でまぐれ勝ちも多いです。また勝つ時の金額も桁違いです。万枚出ることもあります。それでもノーマル機は固いんです。そしてプロは縦と横の両方を見ます」

「縦と横?何それ?」

「縦とは前日、前々日とデータを見ること。横とはその同じ機種の並びでその日のデータを見ることです。縦のデータでプロは朝一から横のデータのないノーマル機を『今日はこの台に高設定が入るであろう』と予想して打ちます。坂上町でもスロットに力を入れているホールは多いです。朝一の台選びで失敗した場合すぐに第二の本命、第三の本命と決めた台を渡り歩きますが既に取られていることも多いです。スロプロは縦のデータを徹底的に調べます。前日の閉店間際に全台のデータチェックは基本ですし、短時間しか打てないサラリーマンがフラっと空けた高設定らしき台をすぐさま確保します。バケ、つまりレギュラーばかりが続いて耐え切れなくなった素人さんが台を捨てることも多いですからね。二つ目のパチンコとの違いが一日に回せる回転数です。パチンコが一日三千回転回せないのに対してスロットは丸一日打てば九千回以上回せます。朝一でノーマル機の高設定を掴めば終日打ち切るのがプロです。確変の概念がありませんので。閉店ギリギリまで打ち切ることが出来ます。パチンコのほぼ三倍一日で回せるスロットは確率がそれだけ収束しやすいので。それにバケ、つまりコインが少ないレギュラーばかりが続いて怒る方も多いですがノーマル機の概念として私はビックのコインで回してバケのコインがそのまま貯まるものだと考えております。ビックの回数は終日打ってもどの設定も同じぐらいなんです。しかしバケの回数は設定差で二十回以上の差が出ます。バケ百枚が二十回で二千枚の差です。スロットで二千枚は換金すると四万近いですね。それにビックが高設定の挙動に合わせてついてくると三千枚、四千枚となります。今のスロプロは基本その考え方で打ってます出玉率もその通りになることは一日単位ではまずないですね。ビックに偏り連荘すれば一時間で二千枚近く出ることもよくある話でして」

「ふーん。スロットねえ。そんなに固いんかあ」

「それでもやっぱり無駄な投資はあるんです。目押しが出来ないで当たっているのにあたりが揃えられなくてコインを無駄に使ったり、子役、つまりベルとかと同じで払い戻しのあるチェリーを狙って打たない方も多いですので。技術介入出来る部分もあるのにそのハードルが高い、面倒くさいと感じる方には向いてないですね」

「確かにわしは目押しなんか出来んし。パチンコで十分や」

「まあ、機会がありましたらスロットもいいかもですね」

「よっしゃ!大体わかったわ。今日五万持っとるで。ほな契約するわ」

「ありがとうございます!それでは大山君、契約書を準備して」

「契約書入りまーす!」

 契約内容はほとんど説明したものばかりである。それを確認しだーやま君が五万円を支払いサインする。

「今がちょうど夕方四時過ぎですか。山田様は今日さっそくホールに行かれますか?」

「そりゃあもちろん!打つに決まってるでえ!と言いたいけど、あれ?確か五時間以上八時間未満が二割やったな?」

「はい。そうなります」

「それで保険は一日単位で即日でもおりる。けれどオタクの営業時間の朝九時から夕方五時までの間がお金の受け取りが出来る時間と」

「そうですね。一か月まとめても大丈夫です。あとは各ホールの『先生』方を覚えるまでは打つ前にどのホールで打つか打つ前にご連絡ください。こちらから『先生』に山田様が打ちに行かれると連絡をしますので。またその日によって圧倒的に有利なホールがある場合はそちらをお勧めする時もありますので。『先生』からの毎日の状況報告は結構大きいですから。ちなみに今日は『坂上ホームラン』によさげな台がいくつかあると報告が来てますね」

「『坂上ホームラン』なら車でここから二十分ぐらいやな。四時半には打ち始めれるとして…、閉店二時間前が通常状態ならカウントされんとして…、閉店が十一時なら九時かあ」

「山田様。坂上町のパチンコ屋が十一時十分前に閉店です。八時五十分までですよ」

「あ!確かに…。てことは状況次第では…、…四時間二十分の稼働になるんかあ。勝っても三割…。三万勝っても九千円…。負けたら半額…、三万が一万五千円…」

「山田様。その考え方が一番大事なんですよ。等価でない限り持ち球で長時間回す、確率を追うにはより多くの回転数を求める。とても大事なことなんです。説明を聞く前の山田様なら迷わず打ちに行ってましたよね?」

「…。そうやなあ」

「いいですよ。その考え方をまず持っていただいたことで私どもは十分です。特別今日だけは負けた場合全額我が社の保険で負担しますよ。最初に『先生』から山田様の打ち方にいろいろと注文が入ると思いますし。それらを勉強する意味でも閉店まで打ってきてください」

「え!マジで!?いいの?」

「今日だけですよ。規定用紙は一か月分お渡ししておきます。『坂上ホームラン』ですね?それでは今日のあそこの今の時間は…、清水さんにお願いするかな。清水と言う『先生』に電話入れておきますので。ホールに付いたらこちらに電話してください。清水の電話番号です」

 携帯のメモリーを見ながら橋本がメモ用紙に電話番号を記入する。だーやま君の目がキラキラ輝いている。今日はいくら負けても保険がおりる。橋本と大山が急ぎながら事務所を後にするだーやま君に頼むから車で事故らないでくれと願いながら見送る。

「いやー、『パチンコ保険』もかなり需要があるねえ」

「本当にまったくでございます」

「特に顧客はおじいさんおばあさんが多いねえ」

「それは何となくわかる気がするでございます」

「あとはプータロー君も多いよねえ」

「ろくでなしですがいいお客様でございます」

「結局パチンコもスロットもプロが成り立つ以上、一日単位では負けても長いスパンで見れば一か月毎日八時間以上打てば一か月で二百四十時間以上。クソみたいな千円で五回転みたいな台を絶対に打たずにボーダープラス三回以上の台を打てばまあ勝ちますよ。甘デジオンリーだろうがマックスオンリーだろうが。そうねえ、毎日通っても勝率五割ぐらいじゃないの」

「現実として坂上町にはそういう台が常にある状況でございますからねでございます。考えなしに漫然と打たれているアホたれが山ほどいるのが現状だとは思いますでございます」

「まあねえ。もともとは君がパチンコのプロで素人だった僕が教えてもらったらこれは保険向きだなって思ったもんね。釘なんか分かんなくても分かる人が一人いればあとは打ち方さえしっかり教えた通りに打ってくれたら代打ちが増えてメリットだけなんだよねえ。大山君、君はえらあーーーーーーーーーーーーーい!」

「タマの扱いは超一流でございますからでございます。はっ!ポッでございます。下ネタ赤面でござーますう」

「さあ、『りんな』ちゃんに報告しとこーっと。『かーなーらーずー♪最後に酒が勝つー♪河島イングリッシュより』っと」

「さわ…さわ…でございます。またもや下ネタ赤面でござあまーす」

 『ファイナンシャル・ドリーム』の「パチンコ保険」と「スロット保険」。現在の加入者百六名。勝ち頭は「先生」クラスが約四十名で月の稼ぎが平均四十万円。「先生」は一割の四万円×四十名で百六十万円。少なくともマイナスにはならない副業としては稼げるかな?大体月に五万から十万勝つがたまーにマイナスの人間が過半数の約五十名。主に平日は夕方から、土日は朝からのサラリーマンを筆頭に年金暮らしのおじいさんおばあさんも多い。五万の二割からたまに三割で、一万円から一万五千円が二十人で約二十万円強。五万の一割が二十人で十万円。五万円負けの半額が十人でマイナス二十五万円。確率の偏りや回転数を追えなかったり、言われた打ち方が出来ない人間が十名ちょっと。月に十万から十五万負けの半額。六万の十名ちょっとでマイナス七十万円。『ファイナンシャル・ドリーム』に毎月入る金額は八十万円から百万円。そして預り金は五百三十万円。

 人生には常にリスクがある。「ギャンブル保険」は『ファイナンシャル・ドリーム』の立派な収入源の一つである。

「結局さあ、ギャンブルでも保険として負えるリスクと負えないリスクがあるじゃん?」

「そでございます」

「宝くじなんか完全に運じゃない?プロがいたら会ってみたいよ。レース系もコントロール出来ないじゃん?だから倍率が成り立つわけじゃん?麻雀みたいに対人ギャンブルだと保険無理っすとは言わないけどさあ。全員にお願いされたら儲け出ないじゃん?パチンコパチスロは対人とはちょっと違うんだよね。パチンコ屋さんも人件費なんかおならみたいなもんじゃない?一日で十万負ける人が普通にいるんだから。日給一万五千円の従業員がその人だけで六人雇えてお釣りくるんだし。儲けは設備投資に大半使うわけでさあ。お客さん集めるために新台どんどん入れてさあ、清潔な環境作ってさあ、居心地のいい設備?高そうなデータマシンを各台に取り付けて、挙句の果てにはテレビ見れて携帯の充電器も備え付けて。それでも儲かるし、勝ってる人は勝ってるのが現実なんだよなあ。一円パチンコなんてボーダー回転把握してる人いるの?そもそも一円パチンコで換金は千円から五百円単位って!九百九十九玉だったら全部お菓子に変えるの?あ・ほ・か。まあ、一つだけ言えるのはこの保険に入ったら今まで娯楽だったパチンコを労働と感じるだろうね。以上が最後のひっとりごとおおおお!」

「眼牌出来る印南様も今ならネット麻雀でオーマイガーでございます」

「はっはっはー♪大山君、ダブ東一枚♪」

 この二人、実に面白いがよく聞くとオヤジである。

 夢の世界一、世界に一つだけの保険屋「ファイナンシャル・ドリーム」。彼らの請け負うリスクはまだまだこんなもんじゃない。

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