第四話「パチンコ保険編・勝てる気しないよねー」

「次は『パチンコ保険』編の巻かなああああ?」

「とても分かりやすい独り言でございます」

「今何時かな?」

「そうね大体の午後三時前でございます」

 ピンポーン。

「恵子君、お客様だよ。はい、いつものように」

 中指でトレードマークを一押し。ガチャリ。

「いらっしゃいませ!『ファイナンシャル・ドリーム』へようこそ!」

「電話した山田だけど…。チラシに書いてあったことってホンマかいな?」

「ホンマかいな?ホン魔界村な?ホンマでんがな。山田様」

 チラシに書いてあったこと。


『熱くなってパチンコでよく負けている方!保険であなたの負けたお金が返ってきます!!』


「山田様!お待ちしておりました!チラシに書いてあったことは本当ですよ。まあ、お座りになってください。ちょうど三時ですし、おやつの時間ですね。君ぃ、お茶と茶菓子を頼むよ」

「俺はパチンコで結構やられててな。ついつい熱くなって負けることが多い。それをオタクらの保険に入れば負けた時にお金を払ってくれるってことだろ?それだけ聞けばおいしい話だがどうせあれだろ?月の掛け金が十万とか。そんな金があれば俺はパチンコの方に突っ込むよ」

 このだーやま君は典型的なギャンブル依存症のようだ。それでもチラシを見て『ファイナンシャル・ドリーム』を訪ねてくるとはまだ救いがある。何とかしたいと考えているのだ。大山がボードに湯飲みを三つとかっぱえびせんを入れたケースを乗せて戻ってくる。

「それは山田様。あなた次第です。パチンコで負けてらっしゃると。うちの保険ではパチプロのような方、つまり月々の収支がプラスの方なら掛け金は数千円になっていますし、現在の山田様のような方なら少しお高くなってきますね。まあ、三時ですしね。まずはこちらのおやつをどうぞ。東京ではカールが売ってないそうですねえ。僕は断然こちらでして。あれ?CM覚えてます?『やめられない止まらない、かっぱえびせん』?『やめられない止まらない、カルビーかっぱえびせん』?『やめられない止まらない、カルビーのかっぱえびせん』?どれでしたっけ?」

「なんかあったなあ。そう言われると。あれ?なんだっけ?うーん?分かんねえや。でもちょっとあんた面白いな。保険屋さんって」

 このだーやま君。ユーモアが通じるようである。午前中にやってきたミセス田中と違うタイプであり、頭も柔らかい。

「とりあえず最初にお電話でお話ししました資料をお見せいただけますでしょうか?」

 橋本の声でだーやま君がポケットからボロボロになった紙を取り出す。

「とりあえずこの紙に書いてきたけど」

「あ、ありがとうございます。それでは拝見致しますね。と言うよりこのジャンルは私よりもこの大山の方が得意ジャンルでしてね。えーと、まずパチンコ歴が二十年」

「CRが出始めた頃ですね」

「そうそう。懐かしいなあ。てか、あんた女なのによく知ってるなあ。見た目も若いのに」

「ありがとうございまーす!!」

「彼女はまだ二十代なんですよ」

「へえー」

「見た目は頭脳!大人は子供!たったひとつの真実見抜く!……取り乱しました」

「このお姉ちゃんも面白いねえー」

「ありがとうございまーす!!」

「次にパチンコ屋に行く頻度がほぼ毎日」

「まあ、自営業なんでかみさんの目を盗んで。いや、仕事はちゃんとしてますよ!」

「山田様は社長さんなんですねえ。みーんなもしゃっちょさんも♪UNOぉぉぉ!!!……取り乱しました。それにしても自営業ならパチンコに行く時間もかなり融通が利きますよね?」

「大体ホールにいることが多いぐらいだなあ。朝一から並ぶことも多いしなあ」

「それで収支はつけていない。大体負けることが多い。勝つ時はドーンと勝つ、と」

「山田様はマックスタイプメインですね?」

「そう。マックスしか打たねえなあ。ルパンとか」

「リーチが長い」

「北斗とか」

「突然時短で即終了」

「ガロとか」

「ST即抜け」

「お姉ちゃん、本当詳しいねえ」

「仕事柄、商品知識は大事ですので」

「ここで私から独り言を少々。昔のパチンコは一回の大当たりで二千四百発の玉が獲得出来ました。当時は一玉二・五円換金が主流でしたので一回の大当たりで六千円分の出玉が獲得となり、そのまま止めると六千円に、続けるとなると一玉の貸し出し料金が四円ですので約一万円分の玉が手元にあることになります。そのまま続けて出玉が増えればそれだけプラスも多くなりますし、いかに少ない現金投資で持ち球での遊戯になるかが勝ち負けの大きな差となってました。最初に二万円突っ込むと大当たり三回続いても六千円×三で二千円負けていることになります。そしてCR機、俗に言う確率変動機が登場しました。奇数の数字で大当たりすると次回までの大当たりが保証されたり、確率変動、つまり確変が二回分保証されたりと。確変図柄が続くと延々と大当たりが続いたり。いやあ、昔はよかった。今のパチンコは規制が多くなりまして。まず換金率が等価、今は等価よりちょっと少ない一玉三・三円が主流となりました。なので持ち球遊戯のメリットは少なくなりました。デメリットは昔と同じですが換金率が高いほど台は回りません。昔なら一玉二・五円ですので一回の大当たりで六千円分の出玉で百八十分の一の大当たり確率の台なら千円で三十回転する台を打てば計算ではプラスマイナスゼロとなります。事実、昔はそのぐらい回る台が普通にありました。そして換金率の高いパチンコ屋もありました。昔も一玉四円交換のお店がありました。そんな店は同じ台でも一回の大当たりで獲得する出玉が二千四百玉×四で九千六百円。同じ百八十分の一の確率の台でも等価交換なら千円で二十回も回ればプラスになる計算です。パチンコは確率のギャンブル、まあ全てのギャンブルは確率で成り立っています。千円でこれだけ回転すればプラスマイナスゼロになる回転数をボーダー回転数と言います。さあここから!山田様!昔と今の両方のパチンコをご存知の山田様から見て今のパチンコのダメなところはどこだと思いますか?」

「随分分かりやすい独り言だなあ。せやなあ。ダメなところは……、たくさんあるな。あ、タバコ吸っていい?」

「あ、どうぞどうぞ!うちの保険はいくらおタバコを吸おうとお酒を飲まれようと全く関係ありませんので!」

 大山が大きめのこれで殴ると頭から血がダラダラと流れるであろうテレビでもよく見るクリスタルの灰皿を差し出す。だーやま君がタバコを咥えるのを見て、大山が素早くライターを差し出す。

「お、悪いね。なんかそういうお店に来ているみたいやなあ」

 シュボッ!

 松田優作さんの探偵物語仕様に改造された百円ライターがものすごい炎を吹き出す。だーやま君が思わずたじろぐ。

「あ、これはこれは。大変失礼致しました」

「え、何?勇作ライターやん。懐かしいなあ。ちょっと見せて」

「よろしければ差し上げます」

「え!いいの?ありがとお」

 だーやま君は勇作ライターが気に入ったようだ。勇作気分で改めてタバコに火を点け百円ライターを懐かしそうに見つめるだーやま君に橋本が続ける。

「それでは独り言の続きです。今のパチンコのここがダメ!まず一回の大当たりでの出玉が少ない!昔は普通に一回二千四百発出てましたが今は二百発、三百発も当たり前。中には大当たりしても出玉なしも普通にある!!そして回らない!千円で五回転などざら!リーチが長いのも全て回らないのをゴマかすため!保留玉、つまりスタートに入ってストックされる保留の色が変わらないと当たらない!赤保留だろうと金保留だろうとあっさり外れます!!しっかーも!昔と違って台のボーダー回転数も曖昧で分からない。何故なら、今の台は大当たりしてもアタッカーまで釘がひどくて大当たり中にしっかりと玉を拾わないようにしている!!正規の出玉さえもホールの釘調整で得られない!!そして!一番たちが悪いのがST機!普通確率変動をゲットすると次回まで大当たりは保証されています。しかしこのST!決められた回転数まで確変が続きます、と言う仕組み。なんじゃそりゃあ!!五万円使いました、ようやく大当たり引きました、さあST突入、出玉は手元に三百発。さあー、ST百回転中は大当たり確率が九十九分の一になってます!ST中の大当たりの七十パーセントは十六ラウンドで出玉が二千発!はい!そのまま大当たりせずにSTをスルーする確率は?はい、三十四パーセント!!三回に一回以上の確率です!あり・えなーい!!どうなってんだ!!」

 橋本がテーブルを両手でバンバン叩きながらだーやま君の想いを代弁する。

「あんたが言うたとおりですわ」

「しかし、『宝くじプロ』は聞いたことがないですが『パチプロ』は存在します。何故だか分かりますか?山田様」

 テーブルを叩くのを止め、橋本がニヤリと笑いながら尋ねる。

「言われてみればプロみたいな人はおるなあ。テレビでもよく見るし」

「山田様。テレビによく出ている方々は『ライター』です。もちろん実践などは自腹で打っているのでしょうがそういう方たちは出演料やライターでの原稿料でいい収入を得ているのです。プロの存在が明白な理由。それはパチンコが確率のゲームだからです。山田様はパチンコ屋の控除率をご存知ですか?」

「なんだそれ?『控除率』?」

「ギャンブルには全て胴元が存在します。今、この国で認められているギャンブルは五つ。『オートレース』、『競馬』、『競艇』、『競輪』、『宝くじ』。ギャンブルは胴元が儲かる仕組みになっています。胴元が控除した金額を配当として支払うことによりギャンブルはなりたっているのです。しかし、『パチンコ』は国が認めたギャンブルではありません。そこは三点方式で遊戯としてなりたっているのです。だから『パチンコ』には控除率は存在しません。控除率が決まってないいいいい?そんなの勝てるかああああ!!」

 今度は大山がテーブルをバンバン叩く。タバコの煙を吐きながらキョトンとするだーやま君。

「山田様は『遠隔操作』を信じますか?」

 橋本の言葉にだーやま君の目がぎょろりと素早く反応する。

「『遠隔操作』ってあれだろ?店が大当たりを操作するってやつだろ?確かにこっちが大ハマりしてる時に隣に座った奴が一回転で大当たりしたり、三万四万突っ込んで俺が止めた台に後から座った奴が一回転で大当たりさせたりとか。あきらかに確率ではすまんだろってことはよくあるなあ」

「俗に言う『おかまを掘られた』ってやつですね。じゃあ逆は?」

「……、うーん。あるかなあ」

「マックス機で朝一、五百円で大当たり。それから二十連荘。確変が終わってもその後の時短でさらに確変引き戻し、その繰り返し。何をやっても大当たり。閉店間際に出玉を流したらドル箱三十箱で十五万円」

「そりゃあ毎日打ってりゃ年に何度かはそういう日も…」

「『遠隔操作』は存在します。が、やるにはリスクが高すぎます。少なくともこの坂上町のパチンコ屋ではそういった不正はないです。この国の数あるホールでもそんなリスクを背負ってまで『遠隔操作』をするホールは極めて稀でしょう。さあここからが我が社の『パチンコ保険』のご説明になります。パチンコとは全ての台に確率が決まっています。百分の一より当たりやすい甘デジだろうと三百分の一より当たらないマックス台だろうと分母数の回転をさせて大当たりする確率は六十六パーセント。確率分母数の二倍回して大当たりする確率は八十八パーセント。三倍で九十六パーセント。普通のサイコロを六分の一だと思って六回振れば必ず一が出るわけではありません。このパーセンテージはどの確立にも当てはまります。そして確率とは最終的に必ず近似値に収束するものなのです。サイコロを二十回振っても一が出ないことも百人いれば四人は出てくるのです。しかし!サイコロを一万回振れば必ず一が出る確率は限りなく六分の一に近づくのです!同じ一万円でもサイコロを五回振れる場合と十回振れる場合、どちらの方が一を出しやすいですか?」

「そりゃあ十回振れる方だろう」

「そう!それをご理解いただければ話は早い!山田様、少しだけお時間いただいてよろしいでしょうか?」

「ん?なになに?」

だーやま君の返事で二人は立ち上がる。

「人生には常に!」

「そう!人生には常にリスクがある!あー、今日もまた負けちゃった!昨日も一昨日も負けたのに!使っちゃいけないお金まで突っ込んでしまった!もう止めよう、そんな時にあんなに熱いリーチがかかって外して止めれるか!気が付きゃ財布の中の札はゼロ!ATMに直行!あ、このホールにはATMがあるから親切。何々?このATMでおろせる金額は一日三万円まで?なんだ!その、ちっぽけな良心は!?あと一万突っ込めばあの台は爆発するんだ!もう千回以上回してるんだ!!えーい!コンビニのATMまで行ったるわい!そして気が付けば借金地獄!!危ない!危ない!危なーーーい!!!はい」

「危ない!危ない!危なーーーい!!!」

 半分呆れながら半分自虐的な表情で二人を見るだーやま君。そしてまたソファーに座り淡々と話し始める橋本。

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