第三話「お受験保険編・『りんなちゃん』に報告だぜ!!」

「は、八十万円?」

「はい。これは今回のリスクに対して我が社が付けられる最高の保険金額になります。細かくご説明いたします。まず合格率六十パーセントを最悪の場合の差額二百万円に掛けまして一パーセントを二万円として六十パーセント強で百二十万円。二百万円から百二十万円を差し引いてこの金額になります。今回、我が社の『受験保険』に加入していただくには掛け金が八十万円になります。これからこの保険のメリット、デメリットをご説明します。まずメリットです。ご加入されましたら私立の大手高校へ進学された場合、つまり受験に失敗した場合を指します。差額分の二百万円を入学手続き前に一括で我が社がお支払い致します。つまり、この保険に加入して頂ければその時点で私立へ進学した際の負担はゼロになります。メリットその二。さらに受験に失敗された場合、それに上乗せで頂いた八十万円から進学準備費用、つまり高校受験の為に支払った塾の金額百万円に対して意味がなかったという意味でさらに五十万円を我が社が負担します。もちろんそれも二百万円と一緒にお支払い致します。もちろん坂上高校に合格した場合は塾に支払った百万円は意味があったということで五十万円の返金はありません。簡単に言いますと八十万円の加入金で受験に失敗した場合は二百五十万円、私立へ進学する場合の公立高校より倍以上かかるお金と塾へ支払った形のないものに対しての高額な今まで支払った意味のない百万円の半額の五十万円が戻ってくるということです。ハッキリ言います。これは破格です」

 ミセス田中が考え込む。掛け金が八十万円、受験に失敗するとリターンが二百五十万円。しかもその金額には差額の二百万円とは別に塾へ支払った分の百万円の半額の五十万円まで補償してもらえる。その五十万円が大きい。「ファイナンシャル・ドリーム」の「受験保険」のからくりは存在する。保険とは多人数が金銭を出し合ってその資金で事故が発生したものに補償金が支払われる。坂上町に限らず、このS県の高校受験の合格率は八十パーセントに限りなく近い数字になる。そしてこの「受験保険」の掛け金は全員同じ金額。八十万円。十人で八百万円が集まる。三人が受験に失敗した場合、二百五十万円を三人に支払って七百五十万円。それでも五十万円が利益になる。さらにこの「受験保険」は加入者が多い。今年は二百人近い希望者が加入している。この加入者数で極端な確率の偏りはない。保険金目当ての詐欺も成立しない。合格率が変動して仮に十パーセント下がった七十パーセントに下がっても二百人相手だとそれでも「ファイナンシャル・ドリーム」には一千万円の利益が入る。しかも一年で。数字通り八十パーセントの合格率だと利益は一年で六千万円となる。利益が出ればそれだけ翌年の「受験保険」の掛け金はさらに下げることも出来る。

「今この場で結論を出されなくても結構ですよ。これはあなたの今回のリスクに対しての金額です。坂下高校へランクを下げればリスクも減ります。そうなると金額も全く異なりますので。そのお考えがありましたら一度ご家族でご相談された方がよろしいと思いますが」

「あのお…」

「はい、何でしょう?」

「志望校を坂下高校にした場合、金額はどうなりますでしょうか?」

「そうですねえ。その場合はハッキリ申し上げますがこの保険を私はおすすめしませんね。博君なら坂下高校ならリスクは限りなく低くなります。もちろん確実とは申し上げませんが。私ならこの成績で坂下高校を受験する場合、保険は無駄金になると判断します。一週間でも一カ月でもお待ちしますよ。審査が通るのなら受験前日でも我が社は受けます。あとですね。他にもいいお話がありまして。田中様が他にもどなたかをご紹介していただき、その紹介者がこの「受験保険」に加入された場合。その方のリスクによりますが最低十万円からのキャッシュバックを致します。これは極端な話ですが、田中様が八名ご紹介していただき、その八名全員が「受験保険」に加入されましたら田中様は最低でもご負担金はゼロ円。さらにそれ以上に現金をお支払いさせていただくことになります」

 これぞ究極の口説き文句。依頼者の負担金も減り、保険の加入者も増える。依頼者がそのまま『ファイナンシャル・ドリーム』の営業をしてくれるわけである。「受験保険」の加入者、今年の二百名も紹介で加入したものが実に七割を超える。

 ミセス田中は数日後、現金八十万円を『ファイナンシャル・ドリーム』に持参し、正式な契約を取り交わした。

「いやあ、『受験保険』も実際形にしてみると需要があるもんだねえ。こんな保険屋が他にあるかねえ!君ぃ!!」

「ございませんでございます」

「そうだ!ラインで報告しておこう!えーと、りんな、りんな、りんなちゃん。あった。『かーなーらーずー♪最後に金が勝つー♪安達ゆみより』と」

「ざわ…、ざわ…、でございます」

 この赤黒の眼鏡コンビ、実に面白い。

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