第39話 勝利の美酒ならぬお茶

 人生には汗水を流して、全力を尽くす時間が必要だ。

 だけど、同級生の女の子と斬り合いをすることは、人生に必要だっただろうか。

 必要だと言う大人には、ちょっとなりたくない気もした。


「いずれにせよ、さすがに疲れた。 しばらく動きたくない……」


 私は袖で額をぬぐいながら、ベンチに座り込んだ。


 遠目に吉田くん、もとい、純希くんを眺める。

 彼は、警邏騎士団のメンバーにもみくちゃにされていた。

 なんなら、先輩方に部隊チームにスカウトされてすらいる。


「まあ、正直、あれだけ戦えていれば引く手あまただよなあ」


 純希くんも、あれだ。春に2年生に上がったばかり、年齢で言えば11歳。

後ろ盾も、事前の教育もなかったにも関わらず、あれだけの射撃魔術をこの若さで使いこなせるとなると、のちのちのエースになることは約束されていると言っても、過言ではない。

その上、試練の塔への挑戦者でもある。

挑戦的な気風や、あの感情に正直な素直なさまは、軍人派閥である『炎の監視者』としても、警邏騎士団としても、好感を抱くような在り方なのだろう。


 これは、喜ぶべき光景なのだろうな。

 私がそう思いながら、遠巻きに見ていると、頭にふわっとしたやわらかい布の感触が降りた。


「いいの? 彼、スカウトされちゃうわよ」


 マリンカが、私の頭にタオルを載せたのだった。

 どこかあきれたような表情である。


「……それはそれでいいんじゃないかな」


 私が純希くんと部隊を組んだのは、彼が「諦めないから」と思ったけど。

 純希くんの方が、私を離れる可能性もあったんだな、と考えが抜け落ちていたことに気付かされた。


「純希くんが、それだけの実力があって、それが彼にとって良い事なら納得するよ」

「……本当に貴方って馬鹿ね」

「納得してないけど、それ、なぜかよく言われるんだよね」


 ファルグリンにも、テイラーにも馬鹿って言われるもんな。

 そういえば、テイラーどこ行ったんだろ。


「ねえ、陽介。 どうして、あんな戦い方したの?」

「あれ、ちょっと怒ってる?」

「いいから、答えなさいよ」

「……やっぱり、なんか怒ってるな」


 ややむすっとした声のマリンカ。


「かわいらしさが台無しだよ、マリンカ。 あ、いや、なんでもないです。 だから、そんなに睨まないでってば」


 実際のところは、多少むすっとしたからって台無しになるようなレベルじゃないくらい、可愛らしい顔をしていると思っているけど、あまり言うともっと怒られそうなのでやめた。


「貴方、あれなの? 自分を犠牲にしないで戦う方法知らないんじゃないの?」

「すごい否定したいところなんだけど、否定出来る根拠を示せないことに気付いたよ。 あれ、私は毎回、ボロボロになってるなあ」


 戦うスタイルが、周りが射撃戦に対して、近接戦闘なんだから仕方ない気もするけど。

 なんで、毎回ボロボロなんだろうね。


「あー、いや。 私がおとりになるほうが、君を倒せる確実性が高かったからなんだけどさ」

「本当にそれだけ?」

「うーん、まず君が私達にしてほしかったことは、互いに協力することなんだろうなって思った。 それが前回の戦いの反省点だった」

「まあ、それはね。 確かにわたしはそう思ってたわ」

「うん。 決闘競技は、部隊チームで戦う競技だよね」

「ええ、チームワークの技術が絶対に必要になる。 正直、前回の戦いでは勝ち負け自体よりも、やみくもに戦ったことが問題だと思ってたわ」

「だから、それを改善する姿勢を見せたかったんだよ」

「……前回なんて、本気じゃなかったくせに」

「ははっ。 まだ、根にも持ってるね? あ、いや、ごめん。 なんでもするから、そろそろ許してよ」


 魔女の恨みは、数百年単位で続くのが伝統らしいけど、マリンカ嬢もその雰囲気はある。

 彼女、絶対されたこと忘れないもん。


「だから、互いにおとりになるって、チームメイトを信じなきゃ成立しない作戦だからさ。 成功率の意味でも意味もあるし、やるしかないって思った」

「それだけ?」

「……それ以上に、純希くんに自信を持ってほしかったし、活躍する機会を与えたかった」

「やっぱりそんなこと考えてたのね」

「うん」


 最後に、純希くんが一番華々しく戦えるような結果を作りたかった。

 そのために、全力を尽くした。

 これが、本当の狙いだった。


「ほら、見てよ」


 私たちの視線の先には、まんざらでもなさそうな純希くんが、先輩たちから褒められたり、指導を受けていた。

 素直で感情豊かな後輩と言うのは、好かれやすい。


「警邏騎士団はさ。 というか、『炎の監視者』は軍人派閥で、純粋な魔術師家系が必ずしもいるわけではないじゃない?」

「そうね。 上手に魔導器が使えて、戦えれば認めてもらえるわ」

「そう。 調べたら、地球出身の生徒も、サークルに入れたりするみたいじゃないか」


 私には合わないけど、『炎の監視者』は地球出身の生徒が目指すには、そう悪い条件じゃないサークルだった。

 実際、歴史的に見て、魔術師家系じゃないけど素養のある子供たちが、魔導器の使い方を学び、戦闘に適性があれば、教えを受けられる場所だった。

 研究者に向かない庶民が、出世を目指すルートとしては有望だったらしい。


「純希くんは、活躍できる道が限られてるからさ。 いや、私だって余裕があるわけじゃないけど……」

「だから、犠牲になろうと思ったの? 自己犠牲なんて……」

「いやいや、それだけじゃないって。 本当の理由は別にある」

「本当の理由?」

「あれ、わかんないの?」


 マリンカ嬢は、すっかり忘れてるようだ。

 これは、思い出させてあげないとならないね。


「マリンカ、思い出してよ、その優秀な記憶力でさ」

「……なにを?」

「前に、君が私に言ったじゃないか。 『わたしは彼は力不足だと思う』ってさ」


 マリンカ嬢は、目を見開いた。

 すぐさま彼女の頭脳は過去の会話を、思い浮かべることができたのだろう。

 信じられないようなものを、見るかのように私を見つめながら口を開いた。


「そしたら、私は君に何と言ったかな?」

「……貴方は私にこう言ったわね。 『いやいや、今は力がなかったとしても、吉田くんはどんどん努力してくれるはずさ』と」

「あはは、君は信じられないような様子だったけどね。 断固、そんなことするよりも、マリンカは私にどこかのチームに入れてもらう道を探せと言わんばかりだったね」


 私は、最高の気分だった。

 その条件を満たした瞬間は、楽しくって仕方なかった。体の痛みも苦しみも感じなくなるくらい、楽しくって仕方なかった。


「ねえ、マリンカ。 見ただろ、見たよね」


 私は彼女を見る。

 マリンカ嬢は、私から目を離せなかった。


「ほら、私は証明して見せたよ」


 その瞳に、勝ち誇る私の顔が映っている。

 この瞬間くらいは、調子に乗ることも許されるだろう。


「マリンカ、私の勝利条件はね。 君を倒すことなんかじゃなかったんだよ」


 今回、絶対に覆してやろうと思ってた。

 私は、本当の意味で勝とうと思った。


「純希くんが努力をして、この競技で君に実力を見せつける。 そして、彼が周囲に実力を認められる。 それが、私にとっての勝利条件だった」


 どやあ。

 私は胸を張って、勝利宣言をした。

 これ以上ないくらいの勝ちだったと思う。


 私があの時の戦いで、するべき判断。その答え。

 純希くんと一緒に部隊を組もうとすることは、間違いなんかじゃない。そう証明する。

 それが、私がするべきことだった。

 そのために全力を尽くした。


「貴方って人は……」


 マリンカ嬢はうつむく。

その拳が、ふるふると震えている。


「……うん?」

「本当に、ばっかじゃないの!」


 え、怒られた。

 なんで? げせぬ。


「それで、こんなことして……。 吉田が部隊から抜けるって言ったらどうするのよ」

「うーん、考えてなかったんだよね。 どうしようか」

「つくづく馬鹿ね」

「そうなったら、マリンカ、助けてくれる?」

「知らないわよ」

「そっかー」

「やっぱり、貴方もどこかの部隊に入れてもらったら? 可能性あるでしょ」

「それはさすがに無理だね、私の競技の性能はテイラーありきだから。 さすがに使い魔の枠まで、とらせてくれないでしょ」


 使い魔もチームメイトの人数に入れるとなると、その分の人数を削らないといけない。

 彼の有用性は、簡単に目に見えるものでもないから、証明することが難しい。

その指揮能力はもちろん、状況判断や計算力を念話で伝えてくれるのは、私にとっては必要だし、シールドとかの支援もないと射撃が防ぎきれない。


 でも、それって既存の部隊には、いらないよね。と言うか、指揮官ネズミって、普通はさすがに据えたくないでしょ。

 その上、私がテイラーとの情報やりとりがスムーズなのは、互いに契約があることによる影響もあるし、普段からやり取りしている慣れもある。たぶん、私以外の人間に関しては、テイラーを仲間に入れたところでたかが知れてる。


「一つ聞きたいんだけど、貴方のあの戦いの動きって……」

「うん。 実はあれは、テイラーがすべて計算してくれている前提で動いているんだよね。 なんなら、剣の伸縮タイミングや、変形のパターンの選択とかも、私の脳だけだと処理しきれないので、剣技にも影響するから戦力半減どころじゃないかもしれないね」

「じゃあ、わたしの攻撃をあれだけ回避できたのは……」

「テイラーの補助ありきだね」

「……サーベルから飛ばした魔力の刃と小鳥を、同時に落としたのも……」

「もちろん、テイラーの補助ありきだね」


 あんなの、普通の人間の脳だけで出来る訳ないじゃん。

 撃ちだされた攻撃を避けられるかも怪しいよ。銃弾を回避するようなものじゃないか、そんな人間がいたら、もうスーパーマンかなんかでしょ。

 なんだよ、鳥を落としながら、弾丸を貫くって。どんな剣技だよ。


 と言うかマリンカは、ペラフォルンと別行動それぞれ魔術を使ってるのに、あれだけ戦えてるんだから、やっぱりおかしいんだよ。

 私がおかしいんじゃなくて、マリンカの方がおかしいんだよ。


「だから、結論を言うと、私がまともに試合したかったら、テイラーを……ネズミ一匹を部隊人数に含めてもよい人と組まないといけないんだよね」

「……き」

「ん?」

「き、競技に向いてない……」

「ああ、それ言っちゃう?」


 それは思わなくもない。

 と言うか、普通の魔術に向いてないのだから、仕方ない。


「貴方って本当に、何考えてるのか全然わからないわ」

「よく言われる」


 本当に昔からよく言われる。

 たぶん、生前もよく言われていた気がするなあ。


「でも、ほら。 男女は、互いに価値観が理解できないって言うし」

「そういう次元じゃない気がするのだけど」

「次元って意味では、私達は出身の世界も違うから」

「それ以上の違いを感じて、仕方がないという話をしているのだけど」


 マリンカは、話しても仕方がないというかのように溜息をついた。

 そして、そのまま私の隣に座った。


「なんだか、わたし疲れちゃったわ」

「私もだよ、ゆっくり休息したいね」

「もう、休んでるでしょ」

「それもそうだ」


 純希くんは、若いだけあって(同い年である)、まだはしゃぎまわっている。

 時々、こちらを見て、手振っているので振り返してあげた。


「話は済んだか」


 ファルグリンが、そのシミ一つない手を伸ばして、背後からペットボトルのお茶を二本、手渡してきた。

 わざわざ買ってきてくれたらしい。


「おや、ファルグリン。 いつもすまないね」

「いつもと言うほど、差し入れしているか?」

「そうでもないけど、エルフが自販機つかいこなしてる事実が面白いから、印象に残りやすい」

「一年以上、一緒に過ごしているんだから、さすがに慣れろ」

「それもそうだ」


 もらった片方のお茶を、マリンカに手渡す。

 マリンカは、ちら、とファルグリンを見ながら、小さな声で「ありがと」と礼を言った。


 ファルグリンは、ふん、と鼻をならし、席を詰めるように促してくる。

 自信満々な態度が似合うのは、美形の特権である。もちろん、素直に従い、三人横並びになって座った。

 三人並ぶと、ベンチもぎりぎりである。


「で、どうだった?」


 お茶で喉を潤しながら、私はファルグリンに問うた。

 マリンカは、「何の話?」と言いたげに、不可解そうにしているが、構わずファルグリンは答える。


「まず、一般の隊員は、素直に試合を見ていたな。 陽介、お前への評価もそう悪くはないぞ」

「そう? その割にスカウトは来ないけど」

「技術は評価されているが、部隊の一員にするには思わしくない。 前衛は、射撃攻撃を防ぎながら戦うことを望まれているからな」

「ほほう、そいつは厳しいよねえ」

「単独でシールドがとっさに使えないのは、致命的だな。 集中砲火を受けたら、ひとたまりもないからな。 片手で盾型の魔導器を持つ選択肢もあるが、お前の戦闘スタイルとは反する」

「そうね。 動きを変えるにしても、少なくとも今の体格だと無理だね」

「お前の戦闘スタイルだと、一人でエース級を抑える働きが出来ないときついだろうな。 なにせ近接戦闘しかできない」

「うん、論理的にボコボコにしてくれてありがとう」


 本当に容赦ねえな、このエルフ。

 少しは気を遣って欲しい。顔がいいからって調子にのるなよ。


「ただ、試合ではまだしも、実践での需要なら陽介もありそうだったな。 追加人員として、と言う意味でだけど、2年生にしては戦える人材だと思われているよ」

「それはグールとの戦いを評価されてるってこと?」

「ああ、敷地内での戦闘はすべて記録されているようだ。 侵入者への監視体制があるくらいだしな、もちろん僕の戦いはもっと評価されていたけどね」

「わかった、わかった。 で、他の話を聞きたいね」


 私は先を促す。

 一般生徒から、どう思われているかはそれほど重要じゃない。

 ファルグリンが指をふると、辺りの音が静かになった。

 消音魔術を発動させたのだろう、これで会話を周囲から聞き取るのは出来なくなったはずだ。


「教員も含め、警邏騎士団の所属ではない人間や、他種族がいたな」

「……おっと。 いや、でも他の用事かもしれないよね」

「そうだといいがな、消音魔術を使われると会話の内容もわからない」

「会話中、消音魔術使うとか、怪しすぎるじゃないですか」

「それ、僕らが言えたことか?」


 マリンカ嬢が、ようやく腑に落ちたようだった。


「貴方、試合になったのを利用して、周りの様子を調べてたのね」

「そう。 私も、テイラーの手下を使って情報を集めてたけど、確かに妙な連中がいる。 エルフの耳と目でも確かめてもらえたのは助かったけど……」

「ここの設備からすると、僕が見回ってたのはばれてるな」

「結構な監視体制なんだねえ。 やらないほうが良かったか。 いや、今わかってよかったかな……」

「……もしかして、ここで話さないほうが良かったか?」

「いやあ、もう、同じことでしょ……」


 子供の魔術師が多少小細工したからって、どうにかなる気がしない。

 なにせ、相手は専門家だ。


「正直、魔術で隠匿されている範囲は、僕も誰がいるかはわからないけれど。 鱗の生えた連中は間違いなくいたし、僕と同じエルフもいたな」

「鱗の生えた連中って?」

「レギンレイヴ辺境伯の手の者だろう、彼の眷属だ」

「北海道で一番偉い人じゃないですか……」

「二人とも疑心暗鬼になりすぎ! ここは警邏騎士団の本部なんだから、街を守る施設なんだし、いてもおかしくない種族よ?」


 待ったをかけるマリンカ嬢。

 当然、正論ではあるし、それはファルグリンも私もわかってはいる。


「でも、マクベス騎士団長の話を前提にすると、みんな怪しく見えてきちゃうんだよね」

「さすがにあの話を聞くと、僕も疑心暗鬼になってくるぞ」


 さすがにやるせなくなってきた。


「気にしても仕方ないんじゃない?」


 マリンカが慰めるように言った。


「ここの学院なら、どの種族がいてもおかしくないわよ」

「まあ、そうなんだけど。 裏はとっておきたいじゃない」

「正直、僕たちはマクベス騎士団長を信用してないぞ」

「と言うか、あの人が本当のことを言ってるかも怪しいよね」

「……そんな状態で、よく入団を決めたわね」

「いや、だって。 研究にも訓練にもメリットあるし、立場が宙ぶらりんなのが一番まずいかなって」


 実際、怪しいからって話を蹴るのはデメリットしかない。

 そんなことをしてたら、何もできないし。


「……陽介。 詳細は全く聞きたくないんだが、お前のハーメルン、どれだけ危なかっしい魔術なんだ? ネズミを使って、計算力を高めてるだけじゃないのか? そんなもの、どこまでいっても、個人の戦闘力を引き上げてるだけだろう?」

「いや、もう、これ以上は聞かないほうがいいよ。 まったくもって」


 察してくれ、と言う態度で言うとファルグリンは、その端正な造形をゆがませながら、天を仰いだ。


「……つくづく、なんでそんなものを開発したんだ」

「私は魔術使えない状況を、なんとかしたかっただけなんだよ……」


 そして、すでに同じ魔術も考案されてるだろうと思ってたし、似たようなものならたくさんあるから、別に問題ないだろうと思ってたんだよ。

 確かに、ちょっといじれば、まずいことになるのは気づいていたけど、そこは伏せれば問題ないと思ってたのに。


「せめて、研究結果を提出しなければよかったんじゃないのか? 個人で使う魔術を、秘匿するのは珍しくないぞ」

「そんな風になるとは思わないじゃん、私だって特待生になりたかったんだよ……。 それに研究費ほしかったし……私が使えるレベルまで、実用化するにはお金が必要だったんだよ……」


 ファルグリンは頭を抱え、憐れむような目でマリンカが私を見ている。

 やめて、そんな目で見ないで。お金は大事なんだよ。


「終わったことは仕方がない。 それで、この後のプランはどうするんだ、陽介」

「うん、前向きに考えよう。 もうすぐ夏休みなわけだが、直前位に『試練の塔』への挑戦禁止期間が明ける。 私は安全に取り組めるよう対策を練りたい」

「あの、いっそ挑戦をやめたらどうなの? 情報集められちゃってるんでしょ」

「確かに一理あるか。 危険なんだし、こだわる必要性もないだろう」


 ファルグリンも、マリンカに同意するそぶりを見せる。

 が、私は二人の言葉に、首をふった。


「あのね、下手に情報収集の機会を奪ったら、他の方法で収集してくるでしょ。 過激な手段で来る可能性もなくはないでしょ」

「……ほら、護衛を要求するとか」


 ファルグリンが、小声で提案してくる。

 が、自信がないのは、明らかだった。


「直ちに危険がある証拠もないのに? それに誰なら信用できるの?」

「うーん、こっちの通例で行くと……いっそどこかの派閥に入ってしまって、守ってもらうのが早いと言えば早い気もするわね」

「それって、今の状況とそんなに変わらない気がしない?」

「……まあ、そうね」

「ああ、ようやく僕は理解したぞ。 なんでお前に限ってこんなに問題になるのかと思ったが。 今までの秘匿魔術研究者は、こちらの世界出身だから、派閥や身元がしっかりしていて、権威やルールでしっかりと守られていたんだな」

「遠回しに、私が何も守られてないのを、再確認するのをやめてくれない? あ、やめて。 どこか諦めたかのように遠い目をしないで」

「そっか。 わたしもわかった。 技術や知識が後進の国だと、研究成果も発表者も正しく守られないのね。 ……勉強になったわ、本当に。 前例とか、秘匿主義って大事なのね」


 マリンカも、何かを諦めた顔をした。

 その諦めたのって、私の命じゃないよね?

 「未開の地って、大変ね」って、失礼だな! それよりも、その話、気になるんですけど。


「……あの、マリンカ。 前例だの、秘匿主義って何の話なの?」

「恐らくだけど地球マトリワラル出身者が1年で一般教養おさめて、秘匿指定を受ける魔術を発表するって、こっちだと想定されてないと思うのよね」

「うん? ちなみに、その場合、異世界ニーダだとどうなるのさ」

「国によると思うけど、それぞれのより厳重な研究機関に連れていかれて、簡単には出られないんじゃないかしら。 そこで残りの教育を受けることになるんじゃ?」

「え、街には出られないの?」

「国の情勢次第だけど出られるにしても、こっちだと魔獣対策で、都市自体がそれぞれのやり方で外界から隔離されているから、出入りは徹底的に管理されてるわよ。 だから、そもそも環境が違うと言うか……」

「もはや監禁じゃん」

「だって、秘匿指定ってそういうことだし……」

「ええっ…… 」

「嫌なら、発表しないわよ」

「誰も発表しなくなるじゃん」

「好きなだけ研究できるなら、受け入れる人もたくさんいるでしょ」


 ちなみに、私が市外に出る場合には、道の了解を得る必要があることになっているとは、説明を受けていたのだが、実際に許可が下りるのか試したことは一度もなかった。

 え、可能なら時間を巻き戻したいことこの上ない。


 いずれにしても、ひとまず、警邏騎士団に所属して、可能な限り支援してくれるというマクベス氏の様子を見ながら、任せてみるというのが現実的なわけで。

 ただ、本当に、私の魔術の情報が洩れてるんだとしたら、それは管理体制に非常に問題があると思うので、どこかにクレームを入れたいところである。


 日本政府はなにをしてるんだろう。

 いや、でも、北海道に関しては、トップが異世界出身だからなあ。どこをどうしたらいいのか、さっぱりだ。


「とにかく! 警邏騎士団で情報を集めながら、なんとか状況を把握していくしかない。 そのためにも、私は自分自身の有用性を証明して、取引価値を高めていくことで保身と地位向上を図る!」

「それって今までと変わらないわけだが……。 それが現実的か」


 そうと決まれば、もう少し鍛えなおそうかな。

 体が冷えてきちゃうし。


「さあ、マリンカ。 早速付き合ってよ」

「え? なにに?」

「訓練だよ。 近接戦闘と、射撃魔術を使いこなしてくる相手の対策練りたいし。 軽く手合わせしてよ」

「……それはいいけど、仕方ないわね」

「助かるよ、対魔術師戦の対策だと、頼りになるの君だけだし。 あ、決闘競技仕様じゃなくていいから。 実践に近いやり方で、教えてほしい」

「え、競技のためじゃないの?」

「うん。 単純に自衛のためってのも、あるんだけどさ」


 私には、どうしても気になる点があった。

 視線を伸ばす先には、純希くんが魔術弾を操りながら、近接戦闘の組手を先輩たちとしていた。非常に熱心に、取り組んでいる。一見、何の問題もない姿ではあるのだが。

 その周囲に足を止め、鋭い視線で観察している生徒がいる。同じ学年くらいに見える彼らは、まるで、動きを覚えようとしているかのような、そんな真剣な目だ。


「純希くん、すごく強くなったじゃない?」

「……そうね、びっくりしたわ」

「それはもちろん、ロドキヌス師の鍛錬もあるんだけどさ」


 どうにも気になる点があった。

 私にはなくて、純希くんにはある要素。それが問題だった。


「彼が急激に強くなったの、試練の塔に挑戦してからなんだよね」

「――え?」


 試練の塔で何があったかは、わからない。

 魔獣と戦うには、専用の戦い方が必要なことは前回分かった。対人を想定した攻撃は、巨大な怪物には全く通用しない。しかし、だ。


「理由は教えてくれないんだけど。 試練の塔から戻るたびに、戦闘の精度が上がってるし、熱意も上がってる……だよね」


 なぜ、純希くんは対人戦で強くなったのか。

 人間の魔術師を想定した戦いと、魔獣との戦いは全然違うのに。


 ファルグリンは、納得したように頷いた。


「……なるほど、言われてみれば」

「どうしたの、ファルグリン」

「周囲の様子を見ていて、違和感があったんだが」


 ファルグリンは、あごに手を添え。

 なにかを思い返すように、右下へと視線を動かす。


「今回の試合を眺めていた中で、試練の塔へ挑んでいる生徒がいたのを幾人か知っているのだが。 試合への見入り方が、どことなく違ったような気がする」


 ――やっぱりか。

 マリンカも、危機感を覚えたように私を見た。


「陽介。 あなたが試練の塔に挑戦できなかった三か月。 結構、深刻な問題になるかもしれないわ」


 私もそんな気がしてならなかった。

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