第37話 吉田少年 ~己との決闘~

オレ、つまり吉田純希はよく単純なやつと言われる。

考えなしとか、なんかいつもそんな感じの事を言われる。


 そんなオレは、試合が始まって真っ先に柱に隠れた。


 今回の決闘競技ディシプリンは、警邏騎士団に場所を用意してもらった。

 だから、騎士団に参加している連中が、試合を見てたりするらしい。


「やったろうじゃねえか。 いずれ大会とか、大舞台には出るんだからな」


 ある程度の自由自在にフィールドの状態を、変えられるらしい。

 今回は、柱が立ち並ぶ、遺跡のようないで立ちだった。

 障害物だらけで、身を隠すところがたくさんある。


 そして、息を殺した。なるべく魔術探知に引っかからないように、シールドも使わないようにする。完全な無防備だ。


 すると、雪のように真っ白な鷹が空へ飛びあがった。

 フィールドを見渡しながら、魔術探知を使っているのだろう。


――賢鷹ペラフォルン。

魔女であるマリンカの使い魔、だ。


きっと、見つかったらただじゃすまない。


オレは、普通の授業でやる摸擬戦しょうぶでは、ほとんど負けたことがない。

たぶん、オレは普通考えたら強いんだろう。

でも、そんな自信はいつだって、木っ端みじんってやつだ。


 この間、マリンカにも負けたばかりだ。

 ペラフォルンと、マリンカが揃えば、きっと勝ち目はないのはわかってる。


 オレは、大型杖ロッドを強く握りしめた。

今、唯一、頼りになるオレの大事な相棒だ。

準備時間中に、今回の試合に備えてカスタマイズし直した。


 今回の試合は、マリンカも陽介も使い魔あり。

 お互いに本気だ。全身全霊ってやつ、手加減抜き。


 オレだけが、使い魔なし。確かに、これは不利なのかもしれねえ。


「でも、そうだよ。 オレが望んだ戦いってこういうことだったじゃねえか」


 手加減されたくなくて、可哀そうって思われたくなくて、それに不満でチーム組むって決めたんだ。


「今度こそ……今度こそ、オレは負けねえ……」


 オレは、本気のあいつらを相手にして勝つ!

 こんなところで負けてられない。

 オレは、どんどんもっと強くならないといけない。


「オレは……北村翔悟にぜってぇに勝つんだからな」


 状況に動きがあった。

 ペラフォルンが、空から絶え間なく光線を撃ちはなった。

 それは、オレが使う『飯綱狩りウィールズ・アウト』を思わせるほどの弾幕。


 陽介の位置が、ばれたに違いない。


 状況はわからないが、魔術を互いに使っている反応がする。

 障害物をうまく使いながら、攻撃を避け続けているんだと思った。


「陽介のやつ、わざと位置をばらしたな」


 きっと、オレの位置がばれる前に、わざとペラフォルンに姿を見せたに違いなかった。

 隠れようと思えば、圧倒的にアイツの方が上手だからだ。


 オレは、魔術を使った。

 いつもみたいな派手なやつではなく、『自在の弾丸マジック・バレット』というオレの思った通りの筋道で、相手にぶち当たる光の玉だ。


 柱とかの障害物の影から、影を通って、ペラフォルンにぶち当てる。

 それをいくつも放ちながら、オレはこっそりと移動を続けた。


 ペラフォルンは、その攻撃をすべてシールドで弾いていく。

 ペラフォルンの注意がいったんこっちに逸れるが、陽介が飛び上がって、隙あれば飛燕の刃を伸ばして斬ろうとけん制していく。


 それに対して、近づけさせまいと再び、弾幕を張るペラフォルン。だが、ペラフォルンの攻撃は、ほとんど当たったりしなかったみたいだ。


 陽介は、足音を立てることなく、かなりの速さで動き回ることもできる。

 そうやって正体を現したり、隠れたりしながら、色んな場所を動き回っているみたいだった。本当にネズミみたいなやつだ。


でも、鷹とネズミじゃ、どう考えても鷹の方が強いだろう。

ほっといたら、陽介のやつも勝てないに違いない。


 ペラフォルンが、『爆炎の槍』を攻撃に織り交ぜ始めた。

 障害物を吹き飛ばしながら、陽介の逃げ場を減らすつもりのようだった。


「これは……長くは持たねえだろうな」


 ペラフォルンの魔力力がどれくらいかはわからないが、魔力切れを待つなんて、そんな悠長なことはできねえのはわかる。


 オレは時折、魔術探知を起動しながら様子を伺いつつ。

 ペラフォルンに嫌がらせの攻撃をし続けた。何度も何度も、『自在の弾丸』で光の玉を作り出し、相手にぶつけていく。


 繰り返し、繰り返し。

 ペラフォルンは、こちらを気にするようだったが、結局はシールドで防げる攻撃でしかない。徐々に注意は、陽介に向いて行った。


全ての攻撃がシールドに難なく弾かれる。


だが、そのうちの一つがぶつかった瞬間だった。

突然、ペラフォルンが爆発に巻き込まれた!


「へへ……、これはちったぁ効くだろ?」


 オレの合成魔術が、火を噴いた瞬間だった。

 爆裂魔術の『爆炎の槍』と『自在の弾丸』を合成し、『自在の爆炎弾』を作り出したんだ。何度も撃ち出す、普通の弾丸の中に紛れ込ませて、そのうちの一つを破壊力のある爆裂魔術にする。


 完全に、不意打ちが決まった!

 さすがのペラフォルンも、爆裂魔術が直撃したらただじゃすまないぜ。


 そう、これはすべてオレと陽介の作戦だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 試合の準備で、1時間の猶予が与えられたとき。

 試合には、乗り気だったオレも、正直悩んでいた。

 どうやったら、勝てるのかって。

 この間、オレに勝ったマリンカに……。そして、陽介に。


 陽介とは、勝ったり負けたりだけど、実はアイツだってすごい奴だ。

陽介は自分の事を『持たざる者』という時がある。

アイツは魔術障害持ちで、まともに魔術が使えないからだ。


でも、同い年とは思えなくらいに、めちゃくちゃ頭が良くて。

『秘匿魔術』とかに、なるくらいのすごい魔術を考えたらしい。

よくわからないけど、大人でもそうそう出来ることじゃないみたいだ。

そんなこと、クラスの誰も言ってなかった(みんな難しくて、よくわかんなかったに違いない)


その上、剣術も出来て、殴る蹴るの喧嘩も強い。

あれだけ、弱い弱いと、『出来損ないの魔術師』なんて言われていたけど、魔術の撃ち合いじゃなくて、喧嘩だったらほとんど誰も勝てないはずだ。


 だけど、そんな陽介はオレに言ってくれる。


「勝負して分かった。 君はたくさん頑張ってる、すごい強いよ」

「いつだって君は一生懸命だし、努力の人だと思ってるよ」


 アイツは、オレをちゃんと見てくれる。

 オレを、『可哀そう』とか言った翔悟のやつとは違ってな。


 ただ、オレだってアイツの事はちゃんと見てんだ。


アイツは、まったく諦めてないんだ。

すげー奴だよ、魔術がまともに使えないからって、戦うことを諦めたことなんかない。

その気になれば、誰だってわかるはずだ。

アイツが、どれだけ剣術の練習をしているのか。

どれだけ常に自分より、強い相手に挑み続けているのか。


アイツは変わってて、いっつも飄々とした態度だ。そのくせにまじめで、勉強も戦いも努力してる。

だから、あんなに頭がいいんだって思う。


 そんな陽介や、明らかにオレより強いマリンカと前に戦った時のことを思い出しながら、オレは戦闘用の大型杖ロッドを整備していた。


「あれ……絶対、あの戦い方は良くなかったよなあ……」


 二人まとめて爆発でぶっ飛ばそうなんて、完全になめてかかってた動きだったと思う。

 そんな簡単に勝てる相手じゃねえって、わかってんだろ? オレってばよ。

 オレの中でも、焦りがあったんだと思った。


 自分の力を早く示したかったんだ。

でも、考えてみりゃ、オレは陽介との最初の試合もそうだった。

焦って、アイツを嘗めてかかって、ぼこぼこにされちまったんだ。


「だから、今度はぜってぇ負けねえ」


 この大型杖も使い続けて、けっこう長い気がする。

 立派なオレの相棒だ。陽介が髭なしナールとかいう、ドワーフを紹介してくれたおかげでますます使いやすくなってきている。


「セットする魔術は、これとこれだ。 そんで……これは……どうするかな」


 作戦がうまく浮かばない。

 そういうのは苦手なんだ。

 考えるより、体を動かす方が全然楽しいし、楽だ。


 できれば、こういうことは考えねえで、目の前のことに集中したい。

 頭がまとまらなくなる。


「……これは、オレ、逃げてんのかな。自分の苦手ってやつから」


 思わず、口からそんな弱音がこぼれる。


「そうは思わないよ」


 ぱっと、顔を向けると陽介だった。

 いつものように、にこにことしていてどこか掴みどころのない感じ。

 だけど、目は常にぎらついてて、しっかりとしているんだ。


「私達には、お互いに得意分野や苦手分野がある。 君は、魔術でも『早さ』と『正確さ』はぴか一だ。 いつだって早撃ちには自信がある。 その上、新しい魔術を使いこなすだけのセンスもあって、魔力量も平均以上だ」

「ど、どうしたんだよ。 いきなり……」

「私に出来ないことが、君にはできる。 代わりに、君に出来ないことが私にはできる。 そうだよね?

「ま、まあ。 ……だな、確かにそう思うぜ」

「ああ、私たちはチームだからね。 それでいいんだと思うよ、互いを補っていける」

「でも、今回はお互い敵の摸擬戦しょうぶなんだろ? そうはいかないぜ」

「そんなことはないさ。 実際のところ、今回の戦い。 圧倒的に有利なのは、マリンカだ」

「あー、そりゃそうだろうけどよ」


 賢鷹ペラフォルンだったか、あれはすごい使い魔らしい。

 制限があるんだとしても、実質的に、向こうだけ魔術師が二人チームみたいなもんだ。


「と、なれば、だ。 普通に戦えば、私たちに勝ち目はない」

「んー、一応、お前も使い魔いるじゃん」

「私のテイラーも使い魔ではあるが、直接的な戦闘力はないからね。 仮に戦えても、魔力量は生命力に比例する。 ただの・・・ネズミには限界があるだろ」

「おう、そうだな。 結局、向こうだけ、二人チームなのはずりいな」

「そこで、提案があるんだ。 私の話、聞いてみる気はないかい?」


 オレは首をかしげる。


「なんだよ、作戦ってことか?」

「そうだよ、今回の戦い。 私がおとりになる」

「……なんだよ、それ。 オマエが不利じゃん」

「ああ、君が協力してくれなかったら、そうだね」

「そうだねじゃねえよ。 もし、オレが裏切ったらどうんすんだよ、負けちまうぞ!」

「なんだよ、純希。 君は、私を裏切らないだろ?」

「オマエ、オレの名前!」


 陽介が、初めてオレの名前を呼んだ。

 そして、協力してくれって、自分がおとりになるからって、頼みに来た。


「で? どうするの? ……やるのか、やらないのか」


 オレはにやり、と笑う。

 自然と口元がにやついてきた。オレは歯をむき出しにしながら笑ったんだ。


「これで、やらないって言ったら……男じゃねえよな!」

「じゃ、決まりだ」


 オレたちは、こぶしを互いに突き合せた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 爆発に巻き込まれたペラフォルン。

それに対して、陽介は追い打ちをかけようと飛び掛かった。

 爆煙が晴れるまえから、ペラフォルンがまだ無事だと確信しているようだった。


 完全にここで仕留めようとしたに違いなかった。

 だけど、そうはいかなかった。そこにマリンカが割り込んだ。

 光り輝く鳥を数羽飛ばして、陽介にぶつけようとする。

 それを陽介は、次々に斬り飛ばし、空中を蹴りながら方向転換。


マリンカはサーベル抜刀し、陽介と切り結んだ。互いにぶつかった剣から火花が散る。


「待ってたよ、マリンカ。 君が出てくるのをね」

「あら、お待たせして悪かったわね。 お茶代はわたしのおごりかしら」

「いいさ、女性を待つのは紳士の仕事だろ?」


 マリンカは剣術で接近しながら、光り輝く鳥を2羽召喚。

 その鳥たちが、光線を飛ばし、陽介の隙をつこうとする。

 なんとか、陽介は避け続けるが、苦悶の表情を浮かべた。


「これはキツいね。 自立行動する攻撃召喚魔術だって……?」

「魔女の名を、甘く見ないでもらえる? これこそが本当の私の『妖精の匣ピクシーボックス』の使い方よ」

「つくづく規格外だな!」


 マリンカと陽介は、一対一で戦っている。明らかに陽介が不利だった。

 ということは、こっちの相手は……。


 『爆炎の槍』の魔術。炎で形作られた槍が3本がオレの周辺に目掛けて、放たれる。

 オレはとっさにシールドで防ぎながら、物陰を移動した。

柱を破壊し、物陰となる岩を砕く。障害物を一掃。


「なるほど、そこだね?」


 すかさず、オレに向けて、いくつもの光線が殺到。

正確で鋭い攻撃。シールドで弾きながら、次の物陰に隠れる。

……何度も防ぎ続けてたたら、そのうち魔力切れで削りきられるぞ。


 コイツ、オレ以上に『早く』て『正確』な魔術が使えるってわけだ。

 自分の長所を明らかに、こう、超えて来られるとどうしようもねえな。


「フム、先ほどのは称賛に値するぞ。 なかなか面白い手を使うではないか……少年よ」


 純白の鷹は、翼を広げながら空に君臨していた。

 まるで、自分が王様みたいに威厳をだして、語り掛けてきやがった。


「今さら、鷹がしゃべったからって驚きはしないけどよ。 なんだよ、全然無事なのかよ」

「いや、私とてダメージは受けている。 あいにく致命的ではなかったというだけだよ」


 となると、オレが爆裂魔術を直撃させたとしても、単発ではペラフォルンのシールドをぶち抜き切れないってことだった。

 少なくとも、数発以上は当てないといけないらしい。


「少年、君の相手はこの私が務めよう」

「くそ、オレの場所もしっかりばれちまったみたいだな」

「元より。 今までの攻撃から、君の位置はおおよそ掴んでいた」

「まあ、いずれはばれると思ってたけどな」


 オレは大型杖ロッドを握りなおす。

 これから起きるのは、魔術の撃ち合いだ。

 どうしたらいい? どうしたら、オレは戦える。


「そもそも潜んでいたマリンカは、何もしていなかったわけではない。 裏から君を捜索していたのだよ」

「二人がかりで、オレを見つけ出そうとしてたってわけか」

「もう少し、君が仕掛けてくるのが遅ければ、ばっさりと脱落していただろうね。 良いタイミング・判断だったと言わざるを得ない」


 つまり、オレは泳がされてたってわけだ。

 だけど、オレが合成魔術を使えるって思ってなかったから、引っかかってくれたわけだ。


「絶体絶命ってやつだな……」

「観念するのかね、少年」

「いや、ワクワクしてきたぜ。 ようやく、オレはこういう戦いができるくらいに、駆け上がってきたってことなんだなって、実感できたぜ」

「勇ましいことだ。 確かに『騎士団』は少年に合っているのだろう」


 そう言うと、ペラフォルンは『爆炎の槍』を再度、複数準備し始める。

 炎の塊が宙に5つ浮かんでいた。


「おいおい、その数……マジかよ」

「しかし、残念なことに少年よ。 制限されているとはいえ、今の私と戦うには、あと数年早い……」

「そう言われて、諦めると思うかよ?」


 純白の翼をペラフォルンは、羽ばたかせる。

 その表情は目を細め、口を大きく開き、どこか笑みを思わせるものだった。


 ――オレはのちに知る。


「思わないからこそ、全力で叩きつぶすのだよ」


 笑みとは、自然界において威嚇を現す、攻撃的な表情なのだと。

 圧倒的に不利な戦いが幕を開けた。

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