第36話 騎士としての誇り、魔女の心

 マクベス氏の執務室を出て本部の廊下を歩き始めると、吉田くんはしびれを切らしたかのように騒ぎ出した。

 マリンカ嬢への勧誘を再び始めたのだ。


「マリンカー、やっぱりオレの仲間になってくれよ。 一緒にチーム組もうぜ」


 これは、決闘競技のチームに入れということだけでなくて、警邏騎士団に入団するメンバーになれと言う意味も含まれているのだろう。


 それを聞いて、あからさまに迷惑そうにするマリンカ嬢。

 わざわざ、落ち込んでいた吉田くんを慰めに行ったはずだろうに、面倒見が良いわりにツンツンしている。

まさかこれがツンデレというやつか。


 マリンカは、吉田くんの申し出を拒絶した。


「少なくとも、警邏騎士団に入るつもりはないわ。 わたしは『孤高の夜啼鳥ナイチンゲール』のサークルに入ってるんだもの」

「それが何の問題があるんだよ」

「警邏騎士団は、同じくメジャーサークルである『炎の監視者ウォッチャー』の支持母体だもの。 わたしが入るには、立場が良くないわ」

「なんだよそれ! みんなを守るのに、立場もなんもないだろー」


 吉田くんは不満そうに、マリンカにそうぼやく。

 だが、私は悲観していなかった。


「でも、なにかあったらマリンカに手伝ってほしいな。 それくらい、いいでしょ?」


 私がそう言うと、マリンカは迷いを見せた。

 そう、わずかな時間、逡巡したように見えてはいる。

 だが、私には確信があった。答えは最初から決まっているのだと。


「そ、そうね……。 あなたたちが助けてほしいって言うなら、手伝うくらいはするかもね」

「そっか! ありがとうな!」

「かも、よ! あくまで、かもだから! 約束はしないわよ!」

「大丈夫だよ、マリンカは優しいからね」


 マリンカが顔を真っ赤に染めて、そっぽを向くが照れ隠しなのは明白だ。

 なんだかんだ、彼女は私たちを見捨てられない。

 なんていっても、吉田くんのフォローをしていたくらいだからね。


 吉田くんも、返答をもらえて満足そうにしている。

 マリンカのことを疑ってすらいないのだ。

 必ず、なにかあれば助けてくれると信じている。


 みんな、素直でいい子ばかりだなー。と思った。


 特にマリンカってば、この子、既成事実さえ積み重ねたら、そのままずるずると情に引きずられるタイプに違いない。

将来、悪い男に引っかかったりしないか心配になっちゃうところである。


 すると、ククク……、とファルグリンが含み笑いをする。


「魔女はなんだかんだ、身内に対しては情に厚い……か」

「なによ、ファルグリン! あなた、わたしに何か文句でもあるの?」

「いや、僕はどうもしないさ。 僕はね」


 ファルグリンは、してやったりと言わんばかりにドヤ顔をした。

 美形なので様になっているのが、むかつくところだが、マリンカは一層腹を立てている様子だった。


 しかし、あえて相手にせず、ぷいっとファルグリンから思い切り視線を外して見せる。

 やはり、この年齢は女子の方が大人なんだなあ、と思った。

 というか、この二人、仲悪いのか良いのか、いまいちわからない。


 歩きながら、何を思ったのか。

マリンカは、自分の長い髪を指先でもてあそび始める。

 やや憂鬱そうな表情だった。


「……にしても、色んな見方があるものね」


マリンカは私を、流し目で観察する。

どこか悩んでいるようにも見えた。


「どうかした? マリンカ」


 そんな風にされると、さすがに私も心配になる。

特に裏があるわけではなく、心配になる。本当に裏はない。


「いえ……その、ね?」


 やや、言おうか言うまいか迷うそぶり。


「あなた……さっきマクベスさんに『命の危機へのストレスに弱いのは、今回の戦いぶりからも見て取れた』って言われてたけど、実際そう思う?」

「ええ?」


 まさかの私の内面に関する質問だった。

 んー、私は自己分析が得意な方とは言えなかった。いまいち自信がわかない。


「……さあ? 自分じゃわからないよ、確かにすっごい苛々したけどね」

「わたしからしてみたら、あなたは己の命を顧みないようにしか見えないんだけど」

「うーん、私は私自身を臆病者だと思ってるけどね。 でも実際、苛々したらどんどん突っ込んじゃってるかもね……」


 マリンカは少し考えこんで、ため息をついた。


「物の見え方って、思った以上にいろいろあるものね。 知識では知っていたけど、実感はなかったわ。 これが人生経験ってものなのね」

「まあ、人生ってそういうものじゃない? よくわからないけど」


 そんな話を私に言われても困る。

 客観的な事実と、主観的な状況や判断はまるで違うものだ。

 私が内心何を考えていたとしても、はたから見てどうなのかは私にはわからない。

 すごい努力しているつもりだけど、みんなかしてみたらサボっているのかもしれない。


 ただ、マリンカは普通の子とは違う。それが悩みの理由かもしれないと思った。

代々の魔女から知識やら経験やらを受け継いでいるわけで、実感できている部分とそうじゃない部分がちぐはぐなのかもしれない。

 彼女は、大人びている部分と、幼い部分が非常に混在しているところがあった。


 私はマリンカと、見つめ合う。

 何を考えているのか、私にはわからないが、真剣な目だった。


 ふと、思う。

マリンカは、いつからこんなに私をまっすぐに見るようになったのだろう?


「それより、陽介。 貴方はよかったの? 警邏騎士団に入るってことは、軍人派閥の『炎の監視者ウォッチャー』寄りに属することだし、きっと監視もされるわ」

「どこに入ろうが、入るまいが、私は監視されてるよ。 おそらく今も、ね」


 それは、たぶん事実だ。

 あの中で聞いた話はすごく納得がいったし、実際、マクベス氏の言う通りなのだろう。

 私は、いろんな人々に狙われている。


「貴方、軍人になるつもり? ……きっと似合わないわよ」

「もちろん、そんなつもりはないさ。 私は研究者だもの」

「だとしたら……警邏騎士団に入ること自体、意に反するじゃない。 実力を認められた証明にはなるけど、それって、もう立場としては戦う兵士よ」

「うーん、事態はもっと深刻だと思うんだよ。 君が思うよりも、って意味だけど」

「どういうこと?」

「マクベス氏はああ言っていたけれど……実際のところ、私はテロリスト集団にすらも狙われる可能性あるだろ。 派閥関係の問題だけじゃ、もはやないかもよ」

「え?」

「だって、事件に『ハーメルン』が使われているにしろ、してないにしろ、魔術が使えない人に魔術を使わせることができるのは事実なんだよ。 利用価値あるじゃない。 下手したら、イレギュラーな門を作るのにも使えるかもしれない訳だし、たぶんかなり私の立場は危ういよ」


 まともな人間だけが私を狙っているわけじゃないのは、もはや明らかだ。個人でも、集団でも、『ハーメルン』は利用価値があると思われてしまっている。

そうならないための第二秘匿指定だったはずなのに。


マクベス氏が、私の『ハーメルン』を封印しようとしたのも理解できる。

私が単に暴走して、記憶を失ったりするからというだけではなく、誰にその能力を悪用されるかわからないからだ。

己を律する力がない人間に、持たせておくには危険すぎる技術だと判断したに違いない。


私の『ハーメルン』は、再現可能な技術であって、才能によるものじゃない。だからこそ広く知られてはならない、悪用されるとまずいからこその秘匿なのだ。


 しかし、現実にはもうこうなってしまった。

だったら、ある程度、割り切るしかない。

 なぜ、学院が私の情報を軽々しく広めるような真似をしたのか、よくわからないし、実に腹立たしいけれど。


「貴方はそこまで考えて、入団を決めたの?」

「んー、まあ、ね」


 単純に利益になると思ったのも否定しないし、もっと力が欲しいと思ったのも事実だ。

 でも、それ以前に、私は力を証明し続けなければならない。

 だって、私が活躍している限り、家は生活に困らないんだから。


「ほら、ものは考えようだよ。 警邏騎士団って、倒した怪物の分だけお金も入るんだってね。 よかったよ、お金があれば弟や妹も将来、大学に行ったりできるだろ?」

「――っ。 貴方って、本当に……」

「ん? なに?」


 マリンカの表情は、怒りに満ちているようにも見えたし、悲しみに満ち溢れているようにも見えた。でも、彼女はそれ以上、言葉を続けなかった。


「いいえ、なんでもないわ」


 結局、内心を吐露しないまま、マリンカは私に言う。


「貴方が悪いんだからね、後悔しても遅いんだから」

「ううんー? よくわからないけれど、わかった?」


 なぜか、脅かされた気がする。

 私は彼女に何かしただろうか。


 ふっ、とファルグリンが笑う。


「そういうところだからな、君は。 いや、本当にそういうところ、だ」


 仕方ないなあ、という風体でファルグリンがそう言った。

 しかし、彼も多くは語らないのだ。


 吉田君は、よくわかってないようなそぶりで、終始にやにやしている。

 自分が騎士団の一員になったという響きが、もう嬉しくて仕方ないらしい。

 気持ちは、まあ、わからないでもない。男の子ってそういうの好きだからね。


 そのまま廊下を歩いていると、前方から金髪の青年が歩いてきた。

 恐らくは、上級生だろう。彼が気安そうに話しかけてくる。


「よお、お前が廿日陽介か?」

「……そうだけど、あなたは?」


 私を値踏みするように、彼は上から下で観察する。

 にやり、と面白いと言わんばかりに笑って見せた。


「俺は、オグナレス。 家名はない。 弓兵アーチャーとして、警邏騎士団に所属してる。 お前のそうだな……4つ上の先輩ってやつだ」

「つまり、16歳と」

「そういうことだ。 実は、お前のことを塔から監視してたのは俺だ」


 私は驚いた。

 塔の上から、救援と監視のため待機していた狙撃手だというのか。


「まさか、わざわざそれを言いに?」

「ああ、それもある。 あの戦いぶりと、俺の位置に気付いたことに関心してさ。 お前に興味を持ったって言うのが正しいかな」


 そう言うと、彼は手を差し伸べてくる。


「お前がリーダーなんだろ?」

「え……?」

「力のある人間を、俺は歓迎する」


 思わず、私は手を取り握手をした。


「ですが、私はリーダーではないですよ、そういう器の人間とはいいがたい」

「じゃ、誰がお前のチームのリーダーなんだよ」

「……テイラーですかね?」

「テイラー?」

「うちのネズミです」


 なぜか、すでに身の回りにテイラーはいなかったが、私はそう答えた。

 すると、彼はやや顔をしかめた。


「別に他意はないんだが、俺はネズミが嫌いでね」

「まあ、気持ちはわかりますよ。 そういう人もいるでしょうね」

「だが、念話である程度、話は理解してる。 使い魔が、その判断で人を集めたんだろうけど、その中心となる繋ぎを担ったのはお前だ。 胸を張れよ」

「そう、なんでしょうか……?」

「自分に自信を持て。 常に、その誇りを忘れるな」

「誇り?」

「ああ、お前は警邏騎士団の団員なんだ。 だから、騎士としての誇りを忘れるな。 お前の活躍がいつだって誰かを守ってる、そういうことなんだぜ」


 オグナレスは、人懐っこい笑みを浮かべて、私たちを見渡す。


「お前らだって同じことだ、誇っていい。 あのグールは人間に化けて人を食う。 あんなのが一匹でも街に出ていったら大変なことになる。 お前らは人命を救ったんだよ」

「オレたちが誰かを救った……?」


 吉田くんは目をキラキラさせている。

 改めて言われて、実感し始めているらしい。

 確かに、あんな怪物、一般人どころか普通の軍隊じゃまともに戦えないだろう。


「そうさ! 俺たちの世界は、ああいう化け物がうようよいる。 力のない人々は、いつも恐怖に脅かされているんだ。 だから、戦える人間が必要だ」


 本当に過酷な世界なんだな、としみじみ思う。

 魔術師としての才能がある人間は、向こう側では本当に重宝されるのだろう。

 戦力としても、研究者としても。


「だからさ。 俺から言えんのは、騎士であることに誇りを持て! 殺すために戦うんじゃないんだ、守るために騎士が必要なんだよ。 もし、何かあったら、守りたい誰かを、救わないといけない誰かがいることを思い出すんだ」

「騎士としての誇り……」


 アンジェリカも……そのために死ぬつもりなのだろうか。

必要ならば、彼女は死を選ぶと言った。

いつかの日か死ぬことになっても、人間を救う、と。


それこそが、騎士の誇りというものなのだろうか。


私が思案していると、イグナレスは人差し指を左右に振った。

明るい表情で、おどけるような仕草だった。


「これ、全部、先輩騎士からの受け売りな。 でも、いい言葉だったろ?」

「はい!」


 吉田くんはいたく気に入ったらしい。

 根が単純でよいことだ。

 でも、そうだな。守りたい誰かを思い出す。それって大事なことかもしれないな。

 私は、いったい……だれを守りたいんだろう。


「――守りたい誰かがいた気がする」


 私は思わず、そう小声でそうつぶやいてしまった。

 オグナレスが首を傾げる。


「今、なにかいったか?」

「いえ。 先輩の言葉、胸にしみましたよ」

「そいつはよかった。 これからよろしく頼むぜ、長い付き合いになるだろうからな。 特に、お前はお嬢のお気に入りだ」

「お嬢?」

「まあ、そのうちわかるって。」


 じゃあな、とオグナレスは立ち去っていく。

 なんというか気さくで、裏表を感じさせない人だったな。


「なんか、すごい人だったなあ」


 警邏騎士団でも有数の狙撃手……なんだったか。

 今のオグナレスさんという人は。


「ああいう人がたくさんいるのかもね」

「すごいところに来ちまったなあ……」


 そんな会話をする私たちを見て、ファルグリンは肩をすくめる。


「まあ、僕には肌が合わない話だね」

「そうだろうけど、ね」

「無力な人間たちは守ってあげてもいいけど、自己犠牲までしてやるつもりもないし」

「なんだよ、ファルリンってば素直じゃねえなあ」

「誰が、ファルリンだ!」


 吉田くんのあだ名センスがさく裂した。

 ファルリンすごいな。一文字しか、減ってないぞ。


「……なあ、マリンカ」

「なによ、陽介」

「ちょっと気が変わったんだ。 やっぱり、一緒のチームに来てほしい」

「はあっ!?」

「すぐにでも、強くなりたいと思った。 そうしないとって」

「それが、わたしと何の関係があるのよ」

「よくわかった。 私は一人じゃ、強くなれないんだ。 それだけだと全然足りない、チームとしての強さがきっと必要になる。 じゃないとまた私はボロボロになっちゃう」

「……確かに、試練の塔の時とか、すっごく心配したけど」

「だから、私はチームとして、誰かと一緒に戦う強さが欲しい」


 あれが、私の限界なんだ。

 きっと、今回、グールたちと戦っても同じことだったと思う。

 あの数を相手に、いつかは限界を迎えて、死ぬかもしれない戦い方をしなければならなかった。


でも、それじゃアンジェリカと同じになっちゃう。

 私は、生き残って誰かを守らないといけない。

 忘れてしまったけど、たぶんそのためにたたかっているはずなんだ。


「誰かと一緒に戦うなら、私は君と一緒がいい。 私に力を貸してほしいんだ」

「……わ、わたしは。 別にいやってわけじゃないんだけど」

「わかってる、なにかけじめが必要だよね」


 私たちは対決を避けてきた。

 彼女は、きっと魔女としては直接戦う選択肢を考えるのは、本当は筋じゃないはずだ。魔女は戦士じゃない。

 だから、本当は私と勝負して競うのは、変な話なんだと思う。


 でも、彼女は私と正面からぶつかってきた。勝負したり、言葉をぶつけたり。

 時には、吉田くんへのフォローまでしてくれた。


「なあ、マリンカ」

「……なあに?」

「あの時の決闘競技ディシプリンさ。 やり直さないか」


 あの時の戦い、あれはきっと間違いだった。

 私のあの判断、彼女のあの判断、吉田くんのあの判断。

 きっと、それぞれがそれぞれに間違いだった。


 だから、やり直したい。


「私は、自分がどうするべきだったのか。 わかったから、君は君で手加減をしないで、許す範囲で全力を出してほしい」

「全力で?」

「そう。 気遣いもなんもなし、君がルールの範囲で本気を出す。 リミッターとやらを使って、ペラフォルンも使っていい」


 お互いに全力でぶつかろう。

 そして、その時にどうしたいかを、考えよう。

 たぶん、私はまた彼女にお願いすると思うけど。


「もう一度、もう一度だけ……勝負しよう」


 マリンカは、またまっすぐに私を見た。

 私も、まっすぐに彼女を見返した。

 気恥ずかしさなんて、そこにはなかった。

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