第35話 欠陥魔術師の得た果実
私たちは、マクベス総隊長の執務室に集まった。
今回の件について、彼から褒章なり評価なりをしてくれるのだろう。
正直言えば、今回、与えられる特典に非常に興味はあった。
なにせ、あの『炎の
そも、生前から、私はご褒美というものが大好きである。嫌いなはずがあるだろうか。
人間は誰しも、己の努力を評価し、認められることが大好きなはずである。
しかし、同時に理不尽な扱いというものも、非常に嫌いで不愉快である。
人生とは、結局のところそれが表裏一体となっている。
それが難しいところだ。
ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。
さて、そんな私の人生経験から察するに、ここは恐らく重要な場面と言えた。
「君たち、よくやってくれた」
威厳をもって、堂々とマクベス氏は私たちに声を掛けた。
ここに集ったのは、まずは私とテイラー。
そして、協力してくれた吉田純希、マリンカ嬢、エルフのファルグリン。
最後に、今回に私へ依頼を持ってきたアンジェリカ嬢である。
「とはいえ、招かれていない人物が、警邏騎士団の本部に侵入しているというのは……もちろん、あまり褒められたことではないがね」
まず、マクベス氏から出てきたのは、そんな言葉だった。
ファルグリンも含め、一同は顔をしかめた。
ほう、それをそちらから持ち出すなら、私からも言いたいことがある。
私は、無意識にみんなを手で制した。
ここにいる全員が、激高しかねない性格だと思った。
今なら信じられる、彼らは私のためにきっと怒ってくれる、と。
でも、ここで話すのは私の役目だ。嫌われ役は、私がやろう。
「おや、外部侵入者にも警戒していると思ったんですけど、そうでもないんですかね?」
「もちろん、把握は出来ているがね。 騎士団の情報統括部では、一般生徒が紛れ込んだことに混乱していたようだよ。 私に報告が来たのは、君たちが合流した後だったわけだ」
「ああ、それは大変でしたねえ」
マクベス氏も本当に大変だろう。
いやあ、管理職って苦労が多そうだね、私はなりたくないなあ。
「……まるで、きみは他人事だな?」
「まあ、みんな私のためにしてくれたわけで、助かったのは事実ですし。 必要なことでした、重要なのは危機をおさめることです。 そして、やったのはテイラーですしね」
「きみの使い魔だな」
「いえ、彼は私の『パートナー』で、それぞれ独立権のある関係です。 まったく主従関係はないので、互いが互いの行動に責任をとったりはしないんですよ」
「ここ最近で、一番、無責任な言葉を聞いた気がするよ」
マクベス氏は、ため息をついた。
しかし、ため息をつきたいのはこっちの方だ。
正直、私の中でこの人の株は下がり続けている。
せっかく、協力を申し出てあげたのに、このような危険にさらされるとなると、まったくもって良い気分ではない。
「責任ですって? 私は英雄志向の戦士ではありません。 勝手に試練を与えられて喜ぶ性癖もないですし、仲間や己の身を危険にさらすことにも、何かを殺すことに喜びを見出してもいません」
彼らは勘違いしている。
力を示すことに、誰もが価値感じている、と。
それは彼らが戦士であるからなのかもしれないが、私は物語の主人公でもヒーローでもない! そんなことで、うやむやに出来ると思うな!
「私の果たすべき責任は、仲間たちをこれ以上危険にさらさないこと。 それと、不必要に心配をかけないことです」
私なんかのために、彼らはここまでしてくれる。そんな人々を、なぜ火の中に飛び込ませるような危険に、わざわざさらそうと出来るのか。
むしろ、私の方が彼らに出来る限りどんなことだってしよう。
私が強い口調で抗議していると、隣で、申し訳なさそうにアンジェリカはたたずんでいたのが目に入った。目を潤ませて、悲しそうに顔を伏せている。
そうだ、間に入って、私に依頼を繋げたアンジェリカの立場だってないだろう。
私は彼女を恨んだりはしていないけれど、実際に不愉快な思いをしたのは事実なのだ。
「そもそも、貴方は部下のメンツをつぶしています」
「ふむ?」
マクベス氏は興味深そうに、目を動かした。
場の空気の圧が増すが、私はまるで気にも留めなかった。
「私は、貴方の部下の依頼によって、善意で協力を申し出たのです。 最初に依頼のために私のもとへ来てくれたのは、貴方じゃない。 なのに、その信頼を無にしようとしている。 これを無責任、かつ理不尽と言わずに何と言いましょうか!」
つい口調に怒りがこもった。
正直、熱くなっているのは自覚しているが、不当な扱いに立ち向かわずにして、何のために生きるというのか。
仮に、これで彼らからの支援が打ち切りになるとしても構わなかった。
この人生の幼少期ですら、他人の顔色を窺ってきた。これ以上は御免である。
言いたいことは言った。
なにも後悔はない。思い切り、息を吸い込んでやった。
マクベス氏は口元に手を当てて、そんな私を観察した。
そして、一人ひとり、その場にいる人間の表情を見ているようだ。
私は、まっすぐとマクベス氏から目をそらさなかった。
だから、みんながどんな顔をしているかは、知らない。
私が見るべきは、目前のマクベス氏だった。
マクベス氏は、ふむ、と息を漏らした。
「きみは、かなり今、私に対して正直に話をしてくれたようだ」
そして、マクベス氏は髪をかき上げ、姿勢を正す。
「だから、私自身もきみへ誠実になろう。 正直、きみの力量は予想の範囲内ではあった。 なぜなら、きみが試練の塔で戦った姿は、教員や関係者に公開されているからだ」
私は絶句した。
いや、私以外もそうだったろう。
特に、吉田くんもまた試練に挑戦している。
「……それは、私だけですか?」
「いや、参加者全員の公開すら行われてすらいる。 しかし、君についてはより念入りに詳細をくまなく、公開されていた。 だからこそ、
「第2級秘匿魔術の使い手であるのに……ですか」
「そうだ。 公開された際にも、君の秘匿魔術内容には興味が集まった。 その魔術の内容はもちろん伝えられないわけだが、その一端はすでに見ていた」
「ずいぶんと
「私もそう思う。 だが、警邏騎士団としては非常に興味がそそられる内容だった」
試練の塔への挑戦は、私の情報流出を意味していた。
ある程度は危惧していたが、思った以上の範囲で、私に注目が集まっている。
この状況を、うまく私は処理できなかった。これをどう捉えたらいい。
はっきり言って、混乱していた。
「きみの戦いぶりは……気を悪くしたらすまない。 まさに、獣のようであったよ。 それも獰猛で理性のない、いつ暴走してもおかしくないような危険な存在も見えた」
「……それは、そうでしょうね。 力を使いすぎれば、理性を容易く持ってかれます」
「命の危機へのストレスに弱いのは、今回の戦いぶりからも見て取れた。 怒りの感情が徐々に沸き起こっているのが見えた。 おそらくこのままいけば、同様の暴走が発生しただろう」
「それが見たかったと?」
「誤解はしないでほしい。 戦力が見たかったのももちろんある。 それは嘘ではない。 だが、きみ自身の安全性を確認したかった、必要なら『ハーメルン』は封印するべきだと考えた」
「余計なお世話です」
「……言い訳を許してくれるなら、今回の戦いで追い込まれてもなお、己を失わずに済むのなら、その力を制御するための鍛錬に協力しようとも思った」
それは……私にとっても望ましいことだった。
感情の暴走を抑え、記憶を失わずに済むのなら、それに越したことはない。
「そして、必要なら……ええと、イグナレスさんでしたか? 狙撃手に私の救援をさせるつもりだったんですね?」
「その通り。 彼は、騎士団の中でも特に優秀な狙撃手で、遠距離から確実にグールを仕留められるほどの戦力だった。 それは保証しよう」
「私の命はあくまで安全が確保されていた。 その上での実験だった、と?」
「実験。 ああ、そうだな、実験といえるだろう」
そこで、ファルグリンと吉田くんが激高した。
とうとう抑えられなくなったのだ。
「そんな勝手な話があるものか!」
「そうだぜっ、もしかしたら怪我したり死んじゃうかもしれないだろ!」
私は、みんなを手を挙げて抑える。
きっと見えないけど、他の二人も起こってくれてるはずだ。
「みんなありがとう、まだ……そう、まずは話を聞いてみよう」
「冷静な対応、有難く思う」
マクベス氏は軽く両目をつむるようにして、礼を述べた。
「此度の問題、実はかなり切迫している状況だった。 きみは、いくつかの勢力に狙われており、また『ハーメルン』自体がテロに使われている可能性のある秘術だ」
「いくつかの勢力?」
「学院は、魔術師の規制を緩め、技術や研究を広く進めようとする『自由派』と、それを食い止め、
「ちなみに、マクベス氏。 貴方自身はどこの派閥なんです?」
「私は、警邏騎士団として中立を保つつもりだ。 北海道を守護するレギンレイヴ辺境伯とは、札幌を守るという一点で協力関係にあるがね」
「なるほど……それで、狙われるとっ言ってもそこに私が何の役に立つと言うんですかね」
「
そこで、ファルグリンが意見を述べた。
彼の美しい顔は、険しく眉間にしわが寄っていた。
「結局のところ、地球では多くの魔術師は力を制限されている。 門をくぐる時に、制限を受けてしまうようだ。 僕たちエルフも、大規模門をくぐった際に、多くの力を封印されていて全力が出せない」
「……そんなに強いのに?」
私は驚いた。
ファルグリンの力は、よく知っている。
しかも、今回だってグールの群れを単独で相手していたはずだ。
「僕は、まだ子供だったから、ほとんど影響を受けてない。 でも、父たちは、相当な能力の持ち主だったがために、封印の影響を大きく受けた」
「子供は封印の影響を受けづらい?」
「ああ、力が強いほど封印を受ける。 こちらに越境してから、力を伸ばす分には問題ないみたいなんだ。 だから、僕のようにたくさんの子供がこちらに送られている」
マリンカは力なく、笑った。
「そう、だから私もこちら側に来ることになったのよ。 今までの魔女マリンカが築き上げてきた力ある土地や財、そのすべてを捨ててね」
彼女は、生徒の中でも数少ない歴代の魔術師の力を受け継ぎ続けた存在だ。
確実に力を発揮できるであろう才覚を持った子供として、特別に選ばれたのだろう。
マリンカがどこかまとっている、追い込まれたかのような空気感。その理由の一部が分かったような気がした。
「そのー、あれだ? 封印ってのは、絶対受けるものなのかよ。 先生方とかも? ロドキヌス先生とか、すごい強いように感じるんだけど」
吉田くんが、気になったのか疑問を投げかけた。
「概ね、教師たちも封印を受けているが、例外はいくつかある。 例えば、大規模門が発生した直後に越境した人間や、イレギュラーな門からの越境は封印を受けずに済む」
「イレギュラー? って、さっきの化け物がでてきたやつ?」
「そうだ、先ほどのグールたちは封印を受けていない」
「まあ、そこそこ強かったもんなあ……」
「だが、イレギュラーな門で強大な存在を連れてくることは難しい。 偶発的なイレギュラーな門は、数は多くともサイズが小さくてね。
「そう、それこそが二つ目の問題なのだ」
そこで、再度マクベス氏が会話を遮った。
「力のある若い魔術師は、
マクベス氏は、指を一本上げて見せる。
そして、二本目を上げて見せた。
「だが、それ以上に、だ。 今回の『
「ふむふむ、ようやく理解できたぞ。 余はてっきり、『ハーメルン』にて手軽に戦力を量産できることが問題かと思ったが、そうではないのだな?」
テイラーは、ヒゲをふりふりさせながら胸を張った。
すべての謎は解けたといわんばかりに。
「大方、こういうことであろう? 『ハーメルン』は2点の期待を受けている。 魔術障害者にすら大きな力を与えることから、封印された魔術師たちに元の力を取り戻させることができるやもしれぬ、とな」
なるほど、それが先ほどの話に繋がるのか。
大人の魔術師たちの多くが、封印されてしまっているのであれば、その力を取り戻す方法を探すのはごくごく自然なことだ。
「そして、今回のテロ事件だ。 イレギュラーな門を任意に作り出す方法として、『ハーメルン』が使われたのではないか? だとすると、巨大な人工門を作ることさえできれば、封印されることなく、強力な魔術師を連れて来れるのではないか?」
ふん、とテイラーは鼻を鳴らす。
獣にすぎない人間どもの考えなどお見通しと言わんばかりに。
「大方、そんなところであろう?」
「……ああ、まさに。 その通りだよ、テイラー殿」
いつのまにか、マクベス氏のテイラーへの呼び方が殿付けになってるんだけど。
え、これ突っ込んだ方がいいやつなのか?
「周りくどい話をしおって。 たいしたことではない、我々は陰謀に巻き込まれつつある。身を守る、そのためには警邏騎士団への所属はよい隠れ蓑になる」
マクベス氏は絶句している。
「其方は余たちに、こう提案するのであろう? 警邏騎士団に所属してほしい、と。 少なくとも、廿日陽介に関して言えば、それがこの者を守ることにも繋がる、と。 堂々と支援もできるし、成果に見合った褒賞も与えられる、と」
しかし、沈黙。マクベス氏は、二の句を告げなくなっているのだ。
どうやら歴戦の戦士は、目の前でネズミに偉そうにされる経験がなかったらしい。
気持ちはわかる、とてつもない違和感に負けそうになっているのだろう。
「どうした? これはそういう取引なのであろう?」
テイラーは、私の頭の上まで駆け上がった。
そして、周囲を見渡しながら言い放つ。
「なにをしている? 喜べ、お前たち。 我らは試金石に打ち勝ったのだ、予想以上の結果を叩き出して見せたのだよ」
全員が呆けている。
私たちは、ネズミに鼓舞されているのだ。
「余が断言しよう! 此度の働き、見事であったと。 お前たちは、大人たちの思惑を超え、活躍し友を救い、力を示したのだ! 誇れ! その日々の努力は、今まさに一つの果実となったぞ!」
人間とエルフが、ネズミを将か王のように仰いでる。
歓声は上がらなかったが、わかる。私たちは今、笑みを浮かべている。
それぞれ求めるもの、与えられた状況は違えど、今は仲間としてネズミに称えられていた。
マクベス氏は、思わず拍手を送った。
「ああ、想像以上だった。 ――そうだな、特に陽介くん。 きみの人格。 それに人望というべきか、思った以上に孤独な存在ではないのだと、そう思った。 きみの仲間たちは強く、義に満ち溢れ、そして勇敢だった」
すると、アンジェリカも拍手を送る。
「ワタシもデス! ワタシもそう思ったのデス! そして、ごめんなさい。 ワタシが戦わせてしまいマシタ。 でも、すごいとおもったのデス」
普段、こんなものに乗せられる私ではない。
でも、なんだろう。
手放しで、素直に褒められる経験をあまりしてこなかった気がする。
そして、それは悪い気分ではなかった。
――この日、廿日陽介は、警邏騎士団への入団を決めた。
テイラーと、そして仲間である吉田純希と共に。
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