第34話 欠陥魔術師の力量証明

生前は、なにかを殺そうとすること自体、そう多くない経験だった。

……せいぜい、虫を殺したくらいかもしれない。あるいは魚さばいた時くらいか。


躊躇いなく、それが出来るようになったのは、いつからだっただろう?

始まりは、実験動物を手に掛けたことだろうか。

生物の生き死にを、利益を出すという目的のために左右するなんて、思いもしなかった。


 もし、私が医者になっていたら、そんな葛藤はとうに通り過ぎていたのか、それともそれでもなお、今の状況に思案する余地があったのか。

 人生とは、結局のところわからぬものである。


ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。


 さて、そんな私の人生経験をもってしても、唐突に怪物と刃を交えるのは、少々気が引けるのが正直なところである。


 ここは警邏騎士団の本部。

 魔術犯罪に対抗するための札幌防衛の牙城。

 様々な種族と、戦力が集うための場所のはずだ。


 だがそこに、今は化け物がいた。

 長い手足に、白っぽくも黄色みがかったゴム質の薄汚れた皮膚。

 人のような姿かたちをしているが、明らかに生きた人間の皮膚の色ではなかった。

その顔は、犬のようにも、人のようにも見えた。耳まで裂けた真っ赤な口が、大きく開く。

獲物を見据えるように、その瞳孔が細まった。


「来る!」


 すかさず飛び退きながら、反射的に、いくつか試験管を射出して破壊。

己に『馬鹿には見えない服コモン・センス』を展開し、いつでも力場を使えるように準備しながら、煙幕を展開。


化け物の長く伸びた爪が空を切る。

数は、五体。自分だけで相手をするには、分が悪そうではあった。

抜刀し、刀を振りぬく。髭なしナールに、用意してもらった決戦競技用の剣。『飛燕』である。


あざ笑うかのように、人型の化け物は身をよじる。まるでかすりもしない。

かと思いきや、振られた刃は伸縮し変形。弧を描くように、その背後にいる怪物を真っ二つに切り裂いた。


「ほら、まずは一匹だ」


 群れに動揺が見えた。

 動きが乱れ、一秒足らずの間に互いを見合わせる動き。

さらに、そこにつけ込む。敵が群れをなしていることを利用し、煙に紛れながら斬撃を加える。兎跳びを起動し、空中で身をよじり、連続斬撃を叩き込む。


先頭にいる化け物は、その動きに合わせて回避しようとするが、私の狙いは常に、動きを見切ることのできないその背後の敵のいずれかである。

一太刀、二太刀、それらはすべておとりの攻撃。伸縮するのは三太刀目だ。


「味方が多すぎると、見えるものも見えないだろう?」


2匹目の化け物の首が、ひゅるりと刎ねられ宙を舞う。

 奴は回避行動すらとることができず、なにがおきたかわからないまま死んだ。


 『ハーメルン』によって、周囲に潜ませたネズミから周辺情報が脳に送られてくる。私からは死角に見えても、ネズミたちから見ればすべて丸見えだ。

 敵の配置も、動きも全部わかっているのだ。


 だから、変化にもすぐ気付いた。

 残った三体は、煙幕から距離をとったかと思えば、体色がどんどん変化していくのである。周辺の色に擬態を始めた。

また手足を伸び縮めさせ、より俊敏に動き始めた。


「――これがグールか」


 こいつは、少々面倒そうな状況だった。

 グールの特性は聞いたことがある。奴らは砂漠に生息し、旅人を食らうという。

それも、体色を自在に変える保護色と、姿かたちを自在に変えてあらゆる人間に化ける擬態能力を持ちいて、だ。


 つまり、体の作りをある程度、自由に変化させることすらできるのである。

 戦況に合わせて、より特化した形状になって戦えるのだろう。


 この醜悪な腐肉食らいどもは、私だけでは手に余った。

 けん制に、ナイフをいくつか投射。グールたちにとっては遅く過ぎる攻撃でしかなく、それは地面や木々に突き刺さるだけ。

 弾丸か魔術でもなければ、そう簡単に当たりはしまい。


「テイラー、いるんだろ。 いい加減、私に力を貸してくれ!」


 私が声を掛ける瞬間か、あるいはその前か。

 羽のように軽い小さな影が、軽やかに肩に飛び乗った。


「ああ、もちろんだ。 我らは『パートナー』とやらだからな」

「……見計らったように来やがって」


 その態度に、思わず私は毒気づいた。

 余裕があるなら、もっと早く駆けつけてほしい。


 だが、近くにいるのはわかっていた。『ハーメルン』による情報は、テイラーがいてくれないと取り扱いできない。

彼が、無数にいるネズミの情報から、必要なものを取捨選択し、私が扱えるレベルにまで落とし込んでくれているのだ。


テイラーは、不遜に笑う。


「余はこの街のどこにでもいる、いつでも其方の醜態を見守っているだろう」


 テイラーが、魔力探知の魔術を発動。

 保護色によって、かなり見えづらくなっているグールも、その魔力反応は隠せない。

 私の目に、彼らの姿かたちがはっきりと映る。見たくもないほどに醜いが。


 迫りくるグールの爪を、私は剣でいなす。

 残りの2体も、私の背後に回りながら、攻撃を仕掛けてくる。

 すでに煙は晴れており、挟み撃ちにされているこの構図では、圧倒的に不利だった。


 兎跳びを使い、空中機動。空を蹴り、加速し離脱。

 挟み撃ちの状態から逃れやすくなるように、戦場を誘導し続ける。


「そうだ、余の指示通り動け。 もう少し、奥の茂みで戦うのだ」

「だが、そこは視界がとりにくい!」

「なあに、視界は確保してやる」


 あくまで尊大な態度を崩さないテイラー、彼は常に自信に満ち溢れている。

 この状況でも何とかなるような気がしてくるから、不思議だ。


 正直、不愉快な物体に囲まれて戦うのは、非常に苛々する。

 しかも、今回は試練と違って、死にかけて引き戻される保証なんて存在していない。

 一切、油断の余地もなく、命がかかっている。


 そんな苛烈な戦況下ですら、私は軽口を叩き続ける。


「テイラーめ、いつも肝心な時にはいなくせに偉そうに。 とは思うが、あえてそこには触れないでおこう。 私は大人だから」

「その通りだな、思ったことをすぐに口にするのは、阿呆の振る舞いだからな。 可能なら口を噤んだ方が賢かろうな。 本当に賢いなら、な?」


 互いに皮肉を飛ばしあいながら、臨戦態勢をとり続ける。

 幾分か、私の心には余裕があった。

 テイラーがいれば、魔術の発動を代行してもらえる安心感がそこにあった。

 

片方の攻撃をいなすのに、精いっぱいな私に対し、二匹目は背後に回ろうとする。

さらに三体目は、その攻防の隙を見て飛び掛かり、一気に仕留めようと気をうかがってくる。プレッシャーが強い。


ちっ、このままではさすがに攻撃をさばききれない。

悪態でも、つきたくなろうというものだ。


しかし、その状況を変えたのはテイラーだ。


「その動きは予測済みだ、愚か者め」


 私が投げつけたナイフを媒体に、『串刺し公ツェペシュ』を発動。

 ナイフは巨大な槍のごとき金属体へと変化、飛び掛かったグールは、串刺しにされた。

 奴らは生命力が高く、再生能力もある程度持つが、串刺しにされて身動きできるほど、強大でもない。


 よし、敵の数が減った!

 これで均衡が崩れる。あとは私が剣を使い、敵を追撃すればいい。


 形勢不利として、グールは即座に逃げ回ろうとし始めた。

私は、グールたちに追いすがる。

だが、私の刀剣『飛燕』には変形パターンが16も仕込まれている。私の趣味で刃を黒塗りにしているだけではない。


「つまり……私の攻撃は初見じゃ、回避しきれないほどのバリエーションが存在しているということだっ!」


 息をつかせない移動しながらの連続攻撃は、得意分野だ。

どんどん順番に手足を切り落とし、動けなくなったところで、とどめを刺す。

よしんば、回避できたところで……。


「余が磔にしてやろう、光栄に思うのだな!」


 投げナイフを仕込んだ地点に追い込めばいい。

もはや周辺は罠だらけだ。逃げ込んだ先にある木々から、巨大な槍が出現。肉を貫く音とともにグールは息絶えた。


そう、テイラーの指示通りに、私が敵を追い込めさえすれば、最善のタイミングでテイラーが『串刺し公ツェペシュ』を発動してくれる。

彼は最高の知性を持ったネズミだ、その判断に寸分の狂いもない。


 残り一体。奴は、罠を恐れて一瞬、足を止めた。それが命取りだ。

一撃目を叩き込むも、浅い。浅すぎる。瞬時に回復された。

返す刃で仕留める。


「ガァッ」


 グールは真っ赤な口で叫ぶ。

腕を交差させ、防御壁を発生。魔術の力は一般に生命力に比例し、ただの人間が張るよりも、比較的強固なシールドが形成される。

 

だが、それがどうした。

力強く踏み込み、両手で剣を振りぬいた。

わずかな抵抗の感触。


「グ……ガガガ……ッ」


 私は、刀剣を鞘に納めた。


「残念だが……君は、すでに私に斬られている」


 崩れ落ちる醜い、化け物。

 テイラーが救援に来て、逃げ場を失ったグールたちが、全滅するのに1分すらも必要ではなかった。


 まずは呼吸を整える。

 連続攻撃を放つには、酸素が不足しがちだ。いくら肉体改造をして、通常の赤血球よりも酸素が運べるようになっているとは言え、無茶な機動をしすぎている。


 私は、斬ったグールが蘇生しないか警戒しながらも、深く息を吸い込んだ。


 すると頭に響く声。

 それは、警邏騎士団の総隊長マクベスの声だった。


(やはり、きみは手際が良いな。 期待通りだよ、陽介くん)


 思念波を送って、受信させる技術。

 いわゆるテレパシーによる通信である。


(前に見た動きよりさらに早いね。 その『馬鹿には見えない服コモン・センス』が使えることによって、力場を発生させて、機動の補助をしているのだね?)

「そんなことはいい! この怪物は何なのです?」

(時々、世界と世界の距離が近くなると、イレギュラーな門が発生する。 これは周期的な問題でね。 向こう側から地球マトリワラルに、何かが来てしまうのだ)

「距離ですって?」

(ああ、君たちで言えば潮の満ち引きといえば良いか? 実は普段、通行している大規模門ですら、距離が近い時期でなければ実は使用できず、物資や人材のやり取りができないのだ。 だから、距離が近づくこと自体はよいことなのだが……)

「しかし、距離が近くなりすぎるとイレギュラーな門が発生する、と」

(その通りだよ、実に呑み込みが早いね。 その通り、大規模門の周囲、この場合は札幌のどこかにイレギュラーな門が発生することになる)


 褒められても、素直に喜べない。

 なにせ、戦場に駆り出されているのだ。


「それがどうして、警邏騎士団の本部に門が出来るんですか?」

(ここにできるよう誘導しているのだよ。 外来種ならぬ、外界種が地球マトリワラルで繁殖したり、人々を殺傷してしまったら困るだろう?)

「誘導……そんなことが可能なのですか」

(厄除けではなく、厄寄せの呪いがここにはあってだね。 かつ、入ることは容易いが、出ることは難しい結界まで有事には張られる仕掛けだ)

「なるほど。一般人の出入りを警邏騎士団が禁じているのは、それが理由ですか」

(それもある。 市民を戦いに巻き込むわけにはいかないし、出られないと苦情が来ても困るだろう?)

「私は冗談が聞きたいわけじゃないんですよ」

(おや、それは残念だね。 だが、きみは戦闘中も冗談を言える程度には余裕があったように思えるがね)


 どうやらマクベス総隊長は、この戦闘を監視していたようだ。

 これは、踊らされている気がするな。思わず、舌打ちしたくなるぞ。


 テイラーが私たちの会話を聞いて、あざ笑う。


「気にするな、陽介。 人間お前も結局は獣に過ぎない」

「まさか、それで私をなぐさめているつもりかい」

「なあに、ただの事実だ。 お前たちはすぐに忘れる、己が足掻く獣でしかないことを」


 私は、改めて背筋に寒気を感じた。

 テイラーはいつだって、人間とネズミを等価に見ている。


 端的に、彼の価値観は地獄である。すべての生き物が実験動物となっても構わないし、弱肉強食の糧となったとしても許されるという考えなのだ。

 誰もが、自分を優位な生物だと思い込んでいるだけで、いずれは骨となり、地に帰ると思っている。事実そうなのだけど、それを常に突き付けてくるのだ。


 彼は、私に同族ネズミを実験動物として差し出すけれど、それは人間だとしても、彼は用意できるなら同じことをするだろう。

 彼にとっては、自分かそれ以外かしか存在していないのだから。


(君がテイラーくんか。 ……『ハーメルン』のカギであり、彼にとっての魔術発動を代行する存在なわけだね?)


 総隊長マクベスが、念波で語りかけてくる。


「ふん、気安く語り掛けるでない。 余に話しかけたければ、まずはそこの道化を通せ」

「誰が道化だ、誰が!」


 パートナーを道化扱いとは、さすがにひどいのである。


(すまないが、まだ仕事は終わっていないのだ。 このまま協力を継続してほしい)

「なんですって?」

(ほかの場所にも、怪物が侵入している。 警邏騎士団で対処できていない地点がある)


 ぞろぞろと奥から、グールが歩いて来るのを見つけた。

 相当な数だ、少なくとも10匹は超えている。


……まだ、働かせる気か。この人。

さすがにこの数を一度に相手には、できないぞ。


 すると、テイラーが顔を掻きながら、静かに告げた。


「問題はない」


 テイラーにはすべてが見えていた。

 この街で起こることで、把握できないことなどそう多くない。

 彼は、この街中にいるネズミから得られる情報を統括している。


「余が直々に指示を出した。 その念話とやらでな」


幾重にも放たれた光線群が、グールたちに殺到。避けようとするが追尾し、どんどん直撃していく。

 防護魔術に弾かれ、一撃で仕留め切れてはいないが、確実にグールたちを削っていた。

これは吉田くんの『飯綱狩りウィールズアウト』!?


「助けに来たぜ、陽介!」

「吉田くん!? なぜここに?」

「水くさいぜ、仲間なんだから純希って呼べよ!」


 吉田くんは、私をかばうようにして立ちはだかる。

 連射される『飯綱狩りウィールズアウト』によって、彼らは足止めされているが、それでもなお、ゆっくり前進してくるグールたち。


「オラオラオラァ! どんどんいくぜっ!」


 かなりの量の射撃量が弾幕を形成しているが、防護魔法であるシールドを突破するには至らない。

 魔術射手キャスターがシールドを破るには、少なくとも爆裂術式相当の破壊力が必要になってくる。


 グールたちは、己の肉体を操作し装甲を厚くしながら、防護魔術を使用しじりじりと迫ってくる。さっきのような高機動に移行することは、不可能なようだがいまだに健在である。

これがグールか、知性も有しており戦況に応じた戦い方をしてくる。やはり面倒な敵には違いないと再確認した。


「なかなかやるぜ、こいつら!」

「だが、足は止めれている! いいぞ、吉田くん」

「さすがに純希と呼べよ!?」


 状況はわからないが、やはり私がとどめを刺すしかない。

 私は抜刀する構えをとる。一匹ずつ仕留めるしかない。


 しかし、その時だった。

 突然、輝く数羽の鷹がグールの群れを駆け抜けたのは!


「いいわね、吉田! そのまま食い止めなさい!」


 そして、そのグールの群れが次々に切り裂かれていった。


 私が驚きのあまり、固まっているとバサッバサッと羽ばたく音が天から聞こえてくる。

 空から、天使のように翼をはやしたマリンカが、舞い降りてきたのだ。


「一応言っとくけど、これ当てるの難しいんだから」


 マリンカがウインクしながら、そう言った。


「ええと、知らなかったんだけど……君は天使だったのかい」

「あら、天使がなにかわからないけど、それって多分褒めてるのよね?」

「あー、まあ、一般に美しいものをそうやって言うね」

「……正面から言われると、さすがにわたしも照れるわね」


 正直、言えば頭が真っ白だ。

 なぜ、みんなが揃っている。


「ちなみにファルグリンだが、彼は単独でグールの群れを撃破させている」


 テイラーは、退屈そうにあくびをした。

 そんな指示をするように、テイラーに依頼した記憶はない。

 まさか、この状況もテイラーの指示なのか?


「なにはともあれ無事でよかったわ、陽介」

「ああ、最初に念話が来たときにはビックリしたけどな! 本当にマジでピンチだったじゃねえか。 ごめんな、準備に手間取って」


 こぶしを私に向けてくる吉田くん。

 思わず、こぶしをぶつけるように重ねた。


 彼は満足そうに笑った。


「ほら! オレ、めっちゃ役に立つだろ!」

「……いつだって君は一生懸命だし、努力の人だと思ってるよ」

「なんだよ、なら最初からそう言えよ! ばか!」

「え、何で怒られてるの? 私?」


 すると、さらにマリンカにも私は怒られた。


「あなたねえ、自分のチームメイトのメンタルケアくらいしなさいよ。 彼、ものすっごく落ち込んでたんだからね!」

「いや。 それ、原因は君との試合でしょ」

「発破かけるのに、わたしを使ったのは理解したけど、ケアするのはあなたの役目でしょ!」

「え……、ええー……?」


 私にそんなこと求められても困るのだが。

 正直、誰かをリーダーとして、引っ張った経験はないのだ。

 前世でも、後輩の指導をしたことはあったが、書記のように話をとりまとめることはしても、何かを仕切って生きてきたことなんて一度もない。


 そこに水を差すように、総隊長マクベスの声が響いてきた。


(……ファルグリンはさておき、他の二人はこの場所にいなかったはずだが)

「何を言う。 出ることは叶わずとも、侵入可能だと言ったのはお前自身であろう」


 ごく当然のように、テイラーはそう言い返した。

 自然と僕の肩の上に、みんなの視線が集まる。


「ええっ!? マジでネズミがしゃべってるぜ!」

「あー……まあ、使い魔なんだし、別に驚きはしないけど。 考えてみたら、わたし、初めて話すところを見たわね」

「陽介の部屋で、風呂入ってるイメージしかねえぜ」

「まあ、わたしもよ」


 テイラーはあきれたように、周囲を見渡す。


「小うるさい子人間どもだ。 これだから、人間の前で話すのは面倒なのだ」

「いや、テイラー、君は他に誰かの前で話したことないでしょ?」

「まったく、人間とは困ったものだなあ……」

「ないんだよね!?」


 なんで、返事してくれないのか謎すぎるんですが。

 そこ隠さなくてもいいでしょ。


(これは、驚いたな……。 テイラーくん、君は想像以上に有能であるようだ。 それこそが『ハーメルン』の効果なのかね?)

「我が名を気安く呼ぶな」

(……いやはや、気が利かなくて申し訳ないね。 良ければ、無知な私に答えてほしいのだよ、許してもらえないだろうか)

「ふん、まあよかろう。 余は寛大である。 まず、教えてやろう、余が有能なのは余の能力ゆえである。 『ハーメルン』とは関わりない」

(『串刺し公ツェペシュ』なる魔術の発動、並びに今回の作戦指揮は君が行ったのだね?)

「そうさな、まず此度は余が魔術発動を代行した。 この者には荷が重すぎる故にな、あのナイフにはルーンが刻まれており、魔術発動の触媒となるのだ」

(ルーン魔術とは、ずいぶん古式な方法だな)

「その通りだ、ルーン魔術は古臭いが信頼性も高い。 あれは、文字を刻めさえすれば使えるからな。 そして、作戦指揮はすべて余の采配である」

(……やはりか、本当に信じられん)

「とはいえ、この者たちが従ったのは、廿日陽介を心配するが故だ。 それを忘れるな」


 それを聞いて、照れくさそうにする吉田くんとマリンカ。

 二人は、私のために駆けつけてくれたらしかった。


「あの、私が一番、話が見えないんだけどさ。 なにがあったの?」

「なあに、オレたちは念話で呼ばれたんだよ。 テイラーによ」

「わたしは、吉田があまりに落ち込んでいたから話を聞いてあげてたのよ。 それで一緒にいたのね」

「なっ!? 言うんじゃねえよ、そういうことはよぉ!」

「はあ? 言わないからダメなんでしょ、お互いに。 悩んだら、まずは話し合いなさいよ、男子ってそうやって意味不明にかっこつけてるからこじれるのよ」

「……なんか、マリンカって本当に、私たちのことよく考えてくれてたんだね。 ごめんね、なんかいろいろと申し訳ないね」

「かといって、あなたにそんなに神妙にされると気持ち悪いのよね」

「ええっ!? じゃ、どうしろと!?」


 素直に謝ったら、気持ち悪いと言われた。げせぬ。


「でも、そう簡単に駆けつけられるものなの?」

「わかっておらぬな、陽介。 余がすべて予想したのだ」

「……なんだって?」

「周期的にイレギュラーな門が発生していることは、知っていた。 大規模門の周期に合わせて、学園内で結界を発動している場所があるのだからな。 少々、知恵が回り、調査する意識があれば明白である」

「はあ」

「お前たちは、本当にもう少し頭を使え。 そして、陽介。 お前が呼ばれたタイミングが、その周期にぴたりと当てはまるのだ。 対策をとって当然であろう」

「あの、それ、本人が教えてもらってないんだけど」

「言えば、何かできるのか?」

「……いえ」

「正直、余からしてみれば、マクベスとやらが何かを画策しているのは明らか。 どうせ、お前に戦力をぶつけ、さらなる『ハーメルン』の情報と事件の関連性について調査をしようとしたのだろう。 しかも、遠目に監視役まで用意してな」


 総隊長マクベスから、唸るような声。


(うむぅ、そこまで見抜かれていたとはな。 監視役のイグナレスまで知られているとは)

「何かあれば助けに入るつもりだったのではあろうがな」


 テイラーは遥か遠くの本部に建立された塔を一瞥する。

 どうやら、そこに狙撃手かなにかがいるらしい。


「しかし、だ。 人を試すならば、堂々とするがいい。 謀りごとは信を損ねるぞ、本当に協力を得たいなら、覚えておくことだな」

(……あい、わかった。 肝に銘じよう)

「ふん、つまらぬことするなよ」


 テイラーは対等に、マクベス総隊長とやりあっている。

 我が、パートナーながらここまで頭がいいなんて思わなかったな。

 まあ、私の推理なんて、大半、テイラーの受け売りなんだけどね。


「ふん、どうやら無事だったみたいだな」


 現れたのは、エルフのファルグリンだ。

 やや、とげとげしい態度である。


「勘違いするなよ、別に僕は君を心配していたわけじゃない。 ただ、成り行きでグール退治をするはめになったことに、不機嫌なだけだ」

「君って本当に素直だなあ……」


 私が危険にさらされたのに、直接向かいに来れなくて、心配で仕方なかったに違いない。

 あとで、三倍くらい優しくしてあげようと思う。


「さて、マクベス総隊長殿。 これで団員からの尊敬とやらを得るための、力の証明とやらにはなりましたかね?」


 私は、気を取り直してそう微笑んだ。

 念話で響いてくるのは、大笑いする渋い声。


(ああ、もちろんだとも。 我々、警邏騎士団。 ならびに『炎の監視者ウォッチャー』は君たちを歓迎しようじゃないか!)


 これで、私の人生を順風満帆にするという目的の第一歩が果たせそうである。

 ……いろいろあったけれどね。

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