第33話 欠陥魔術師とハーメルンの正体

生前は、自分より賢い人間と話すなんて、そう多くない経験だった。それ故に、その数少ない対談時には気合を入れて臨んだものだ。

そう考えると、今はその頻度が明らかに多くなっている。


 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。


 ただ、そんな私の人生経験をもってしても、歴戦の軍人と対話するなどなかったことである。さて、どんなふうに話をすればいいやら。


 アンジェリカさんに連れられて来たのは、『炎の監視者ウォッチャー』のサークル室ではなく、警邏騎士団の本部だった。考えてみたら、当たり前である。

 到着したと思ったら、本部のお偉いさんと一対一で対談することになってしまった。

 これは騙されたといっても過言ではないんじゃなかろうか。


 付き添ってくれたファルグリンは、なぜか終始不機嫌そうで、きっとあとで私が機嫌取りをしなければならないのは明白だったので、ちょっと憂鬱である。


 さて、私が面談室のようなところに通されてみれば、そこにいたのは、眼帯をした壮年の男だった。


「私の名前は、マクベス。 家名もなにもない、ただのマクベスだ」


 外見は50代くらいの男性だろうか。

 屈強な肉体を持つ、歴戦の戦士。

 大地のようなどっしりと安定感ある落ち着きと、大樹のような力強い静けさ。


 ロドキヌス師と、どこか同じ匂いがする人物でありながら、よりはっきりと強者を思わせた。なにが『ただの』だ。

 私が知らないだけで、語り切れない逸話やらがゴロゴロありそうである。


「はじめまして。 廿日陽介です」

「ああ、もちろん知っているよ。 私はここで総隊長をしている者だ、よろしく頼むよ」


 お飾りの総隊長じゃないのは、明白だった。

 人類絶滅規模の魔獣と戦っている世界からきているだけあって、戦力を率いる人間には相応の実績と戦闘力が求められるんだろうか。

 くそ、脳筋世界の脳筋国家め! 明らかに人種が私と違うぞ!


「まあ、あまり緊張しないでくれたまえ。 ひとまず、すわるがいい」

「はい」


 緊張しないはずがないのである。


 ペンドラゴンの校長に負けず劣らずの迫力だ、などと私は思った。

 校長は、一見、すごい人には見えない雰囲気だったけど、実際はまるで隙を見せない所作だった。自分より頭が良い人間と話すのは、なかなか緊張感がある。

 あれは油断を誘ってるだけだ。擬態の一種である。

 転生前から数える人生経験、いわば第6感のようなものが緊張を崩させなかった。


 そう考えたら、目の前のマクベス氏は、完全に正反対だ。

 擬態など一切なく、質実剛健。虚飾も一切ない。

 ただただ、長きに渡り戦い続けてきた武人としての迫力だ。


「きみの名前は、以前から聞いているよ」


 若い騎士団員と思わしき、若者が紅茶を運んできた。

 一瞬、目が合ったが、すぐに彼は退出した。

 ここにきてから、いささか注目を集めている気がして居心地が悪い。普段は気にならないのだが、やや好意的なものが混じっている気がするのだ。


「そうですか……。 私の名前を? うーん、悪い噂でなければよいですが」

「悪い噂なものかね」


 彼は、口の端をわずかに緩めて、否定した。


「後ろ盾のない地球人でありながら、その年齢で、第二級秘匿魔術である『ハーメルン』を考案。 試練の塔への挑戦イニシエイト・ヴィ―ゾフの初日挑戦にして、人食いの魔獣である『マンティコア』を撃退。 将来、有望な少年ではないか」

「高評価が恐ろしいと思ったのは、初めてではないですが、ちょっと今回は度を越してますね」

「日本国特有の文化である謙遜というやつかね」

「どちらかと言えば、身の保身というやつです。 身に余る評価は、時に己を滅ぼします」

「賢明であろうとする姿勢は評価に値するが、若くして保身が真っ先に思い浮かぶのは、良い傾向とはいいがたいな。 月並みだが、若さがあるうちに挑戦することは、能力の伸びしろを増やすことになる」

「肝に銘じます」

「……あまり、11歳らしくないな。 君は」

「自分でもそう思ってますよ、おかげで両親には気味悪がられました」

「苦労したと見える。 まあ、私もその類の人間ではあったがね」


 おや、この人も転生者かしら。

 いや、そんな馬鹿な。単に成熟が早すぎたという話なんだろう、私は前の人生でも、比較的早熟だったので、同級生と仲良くやれた経験があまりない。

 今回は、家族とすらうまくやれないとは不幸に過ぎたが。


「それで、アンジェリカから話は聞いている。 我々の協力者となってくれるそうだな」

「あれ? もしかして、私って期待されてます?」

「もちろんだとも。 今回のことに関して言えば、君は専門家である可能性すらあるのだからね」

「……ネズミの王を名乗る犯罪者の証言を信じる、と?」

「信じてはいない。 だが、専門家である君が、その真偽を明確にしてくれる可能性はとても価値があるものだ」

「そこまで期待されても困りますね。 正直、アプリで魔術を使うとか、さっぱりだ」

「わかる範囲でいい。 ご教授願えないかな? もちろん、ここでの話は機密としておこう。 誰にも口外はしない、団員にですら、だ」

「うーむ。 私には秘匿義務があるんですが」

「ここで君が話したとして、だ。 君がここで話したという事実を誰にも言わなかったら、それは問題になりえるのかね?」

「……弱ったなあ」

「我々の仕事は、この地の守護。 そして魔術犯罪から、人々を守ることだ。 それに協力してはいただけないかね。 その目的に嘘いつわりはないことは明言しよう」


 私は、紅茶を口に含んだ。

 ここのお茶は出来が悪い、淹れ方がなってないな。


「……そうですね。 どこまでお話しするべきかな」

「簡単な概略でいい。 魔術の概要を教えてくれれば、対策は私が考える」

「本当に『ハーメルン』が使われているかは、断言できませんよ」

「かまわない」


 マクベス氏は、自身の頭を指さした。


「今、実はとてもよい予感がしていてね」

「はあ」

「君の話が、事件解決のきっかけになる気がしてならない。 そして、私はこの手の直感を外したことがないんだ」

「それは大変便利ですね」

「ああ。 おかげで未だにこうして生きているよ、何度も死ぬ目にあったがね」


 再び、私は紅茶を口にした。本当まずい。

 なにより香りがよくない。

警邏騎士団は、メジャーサークルである『炎の監視者ウォッチャー』の支持母体だ。軍事家系者の集団と聞いていたが、お茶を軽視するとは、これだから軍人というやつは、情緒のかけらもないと言わざるを得ない。


 それは、さておき、ここで情報を隠す意味はどれくらいあるだろうか。

 少なくとも、もし悪用されているのなら、犯人には内容がばれているわけだ。細かいシステムまで、説明する必要はないのであれば、専門家に任せてみてもよいだろう。

 事件に関係ないとしても、だ。


「まず、私の身体能力や思考速度は、『ハーメルン』に起因しているところがあります」


 説明の仕方には、少し工夫がいる。

 私はそう思い、個人的な事情からお話しすることにした。

 幸い、マクベス氏はそこに疑問を挟まないでくれた。大変ありがたい。


「私のような欠陥魔術師が、矢弾のような魔術をくぐり抜けて、敵である魔術師に一太刀を浴びせるなんて言うのは、考えるまでもなく至難の業です」

「ふむ。 君は魔術障害だったね」

「ええ。 私はシールドも張れないし、射撃系の魔術を形成することもできない。 いわゆる地球人が大人になってから、魔術師になろうとした人間にありがちな『魔術障害』ですよ」 「なるほど。 子供だと比較的珍しいらしいが、例がないわけでもない」


 魔術障害。

なんらかの理由によって、素養があるにもかかわらず、魔術行使に問題を抱えてしまう事象。これそのものは、異世界でも珍しくない現象だそうだ。


 ただ、私に関して言えば、地球人には珍しくないタイプの障害であると言える。

一説によると、今までの人生経験や、映画やアニメといったフィクション作品による映像イメージが強すぎて、魔術を使うイメージが薄っぺらくなってしまうらしい。


魔術を使うイメージをしても、そこに熱量や衝撃、硬度を感覚的に上乗せできなかったり、平面的な映像しか作り出すことができなかったりしてしまうらしい。

確かに、私も平面的な映像を作り出す魔術については、魔導器セレクターの補助があれば使用することができた。

簡単に言えば、転生した記憶が邪魔になっているのだろう。がっでむ。


「つまり、あれかね。 君の『ハーメルン』には、能力をブーストさせる機能がある、と。 それによって、ハンディキャップを乗り越えることができている、と言うのだな?」

「十全にとは言えませんが、その通りです」


 マクベス氏は、私が結論を言う前に察してくれた。


「基本コンセプトとして、『ハーメルン』は欠陥魔術師が、魔術師と五分に戦うために作り出した戦闘能力向上システムであるということなんです」


 私は、明らかに普通の人間と比較すれば、超人の類である。

 だが、魔術師は銃火器では傷つけることすら難しいシールドを、簡単に張ることができるし、安易に爆発炎上させる凶器を連射することが出来る。

 技術を身に着ければ、文字通り姿を消せるし、丸腰で人を暗殺することすら容易だ。


 そんな化け物を相手取る状況に対して、私が出した結論は、単独で戦闘せざるを得ないならば、自分も人間を超えるしかないということだった。

 それも、対人技能に特化して習得すれば、なおよい。


「本質的に魔術師の戦闘は、すなわち脳の処理速度と状況把握の競争です。 本当の闘いは、思考の上でこそ行われている」

「その通りだ。 様々な補助は存在するが、魔術は術者の脳処理に依存する」

「であるならば、それを拡張してしまえばいい」


 矢弾のような魔術が来るならば、その軌道や規模をすべて計算して回避すればいい。

 間合いを詰めねばならないのなら、その間に発生する問題を事前にシミュレートできればいい。

 可能なら、広く状況把握し、あらゆる敵の動きを観測できればいい。


「だが、それは人間の脳、単独では不可能です」

「……君は正気かね?」


 やはり、マクベス氏は非常に頭がいい。

 すぐに私の出した結論を理解した。この人は、1を聞いて10を予測できるタイプらしい。

 私はその返答に満足して、笑みを浮かべた。


「ええ、ひどく。 非常に簡単な論理帰結でした」


 人間の脳、一つで処理できない出来事が存在するのであれば。

 そのリソースやメモリが不足しているのならば。

 ほかの脳を繋げて使えばいい。それもできる限りたくさん。


「これを利用すれば、私が魔術を使えずとも、魔術が使える脳があればいいわけです」

「それで自我が保てるというのかね……?」

「『使い魔』は魔術師との回線パスを持っています。 すでに実例がある話ですよ。 魔術師と使い魔は、離れていても会話ができるし、魔力の受け渡しもできる」

「理屈上はわかる。 大規模魔術を使う際には、使い魔に魔術演算を並列して行わせることも少なくはない。 だが……」

「もちろん、使い魔そのものにもリスクがありますよね。 使い魔にしようとした対象が強ければ、その回線パスを悪用され、主従が逆転し、魔術師が操られることになる」

「それだけではない。 接続を強くし、相手の記憶が入ってくれば、術者もまたそれに影響される。 最悪、魔術師は自我を失い、精神崩壊や奴隷にされてしまことすらありえる」

「ええ。 当然、脳を多数の生物に接続するということは、必然的にそのリスクが高まるわけです。 ですが、私はそれをクリアした」

「いったいどうやって?」

「私が情報として出せる限界点はここまでです。 ですが、同じことを他人に試せば、非人道的であることは疑いようもないでしょう。 自分自身だからこそ、試せたわけです」


 当然ながら、私の場合、ネズミであるテイラーがその重要な起点となっているわけだけど、ネズミと脳を接続し、自我崩壊の危険性を抱えることを良しとする人間はいない。

 この『ハーメルン』の危険な点は、私が考案したシステムを流用すれば、比較的誰にでも再現できてしまうことだった。

 うまく使えば、一般人を大量に魔術師に出来るといったのは誇張ではない。


「副作用はあるのかね?」

「恩恵を受けている身体機能や脳処理速度……その部分に付随し、大きく影響を受けます」

「と、言うと?」

「体は人間よりも、繋げている対象の特性に近づくし、それによる不具合も起きます。  感情のブレ幅も増えるし、最近では記憶障害も観測されており、正直、他人にお勧めできませんね」

「狂気の沙汰だ」

「魔術師はみな、そうでしょう」

「11歳でその境地に至る精神性を指摘しているのだよ……なぜそこまでできる?」

「当然の疑問かと思いますが、どうやら、すでに私はそれを忘れている可能性が高い」


 最近、うすうす感じていたことだ。

 私は非常に重要なことを忘れてしまっている。

 それはかけがえのないものだった気がしてならない。


「哀れなことだ……。 そして、口惜しい。 子供をそんな状況にまで駆り立ててしまったとはな」

「あなたが責任を感じることではありませんよ。 私は恐らく、自身の命や自我を天秤にかけてもなお、何か果たさねばならないことがあったはずですから。 後悔はしてません」


 ただ、その大切な目的を知りたい。

 だが、それが前世の記憶に連なる理由であるならば、もはや知るものは誰もいないはずだ。

 なんとしてでも、その願いは取り戻さねばならない。


「……その記憶も、いつか思い出すかもしれないならば、研鑽をやめる気はまったくないのですよ。 思い出したときに、力がないのではすべてが無駄になる」

「ふむ。 ……あい、わかった。 できる範囲での協力はしよう」


 おや。それはありがたい。

 訓練設備でも使わせてくれるという話だろうか。


「だが、君も察していると思うが、こういう場所だ。 団員からの尊敬は、おおむねその力を証明することで得られる場であってね」

「はい?」

「幸い君も使える方だろう。 ある程度、力を見せたほうがやりやすいというものだ」

「ご存じだとは思いますが、私は研究者でして」

「文武両道とは、我々の国にもある概念なのだよ。 非常に素晴らしいことだ」

「……左様ですか」


 私の話を聞く気ないですね、この人。


「それで、なにをすればいいんです?」

「なに、簡単なことだ」


 マクベス氏は、一息で紅茶を飲みほした。

 味わう気が一切ない、のどの渇きをいやすことだけが目的のようだった。


「これから、この拠点に魔獣が侵入してくるようだ。 相手してくれたまえ」

「はあ?」


 その時、基地内のサイレンが鳴りだした。

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