第32話 エルフ少年は友達が大事

 生前では、想像だにしなかったものが、今では当たり前にいる。


 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。


それはさておき私が思うに、だ。何かが延々と機械的に動く姿と言うのは、ある種の魅力が生じるものだ。


 ふよふよと浮かぶ、小さな球体上のゴーレム。

それらが中庭の手入れをしているのを眺めた。


 ベンチに座り、ただそれを眺める。

強い日差しを避けて、木陰からそれらを眺める分には、永遠と続けられそうだった。

 ゴーレムが働く様子と言うのは、ヒマな時間に、ぼうっと眺めることが苦にならない程度には、適度に夢中になれた。


 隣にいるエルフのファルグリンも、また沈黙を続けていた。

 同じように、その光景を眺める。

 彫像のように無表情で、感情が読み取れないが、不満を口にすることはなかった。


ふと、幼いころに、アリの群れを観察したことを思い出す。

 今世では、一度たりとも昆虫観察などした記憶がないが。

 今となっては昆虫と言う存在には、嫌悪感と言わないまでも、邪魔であると言う拒絶的な感情しか沸かない。


「何を眺めているのですか?」


 アンジェリカさんが、私達にそう声をかけた。

 なぜかファルグリンが無言を貫いたので、私が口を開いた。


「ゴーレムだよ」


 あまりにも機械的で無感動な返答。

 だけど、アンジェリカさんは、笑顔で私の発言を肯定した。


「面白いですよねっ! わたしも、子供のころ、良く眺めてましタ」


 嬉しそうに話すアンジェリカさんに、そういうものか、と頷く。

 異世界人にとって、ゴーレムのいる生活はそう珍しくもないはずだが、子供が興味を抱く対象と言うのは、世界の壁を越えて共通であるらしかった。


 今でこそ見慣れてきたが、魔術学園では円盤型の多目的ゴーレムが、廊下を這いゴミを吸引し、飛行しながら花壇に水を与え、窓ガラスに張り付いて汚れをふき取る。

 それが当たり前に行われているのだ。

私からしてみれば、元の世界よりもやや進んだSFに見えている。

 ファンタジーの魔法技術であるはずが、科学とまるで区別がつかない。


「君はゴーレムが好きなの?」

「好きですね、働き者さんですから。 見ていたら、わたしも頑張ろうと思います」

「向こうでは、たくさんゴーレムがいるんだっけ?」

「わたしが住んでいた都市ではそうでした。 もしかしたら、人間よりも多いですヨ」

「そこまでか……」


 想像だに出来ない世界だった。

 思わず、無数の円盤が空を飛び、屋根や壁を這いまわる世界を幻視した。


 私の表情を見て何を考えたのか、アンジェリカさんが説明した。


「ゴーレムさんは、自分で増えます。 ええと、仕事があったら、どんどん増えますヨ。 仕事がなくなったら……減りますネ」

「自己生産機能があるのか。 しかも、状況を分析して数まで自分で調整する……?」


 ゴーレムの頭脳、言わばAIが搭載されていると解釈できる。

その頭脳を作り出す手法と言うのは、今の私には理解できないが、もしかしたらプログラミングに非常に類似しているのかもしれないと思った。

少なくとも、異世界人にとっては、当たり前に存在する技術のようであった。


 ゴーレム……私たちにとってのSF、ロボットによく似ている。

彼らは人類にとっての友か。それとも奴隷と解釈するべきか。

 そんなに便利だったら、人間の仕事がなくなりそうだな。



「少しずつ、街にもこういう光景が増えるんだろうな」

「いいことですネ」

「……そうだね」


 一部では、すでにゴーレム技術は、地球で転用されているらしかった。

 異世界ニーダにおける技術は、ひんぱんに地球の技術を塗り替えていた。

 それは多くの場合は日用品にも使われるし、義手と言った医療に携わる製品にも使われている。もちろん、それだけでなく軍事的にも使われつつあった。


「僕は、ゴーレムは好きじゃないけどね。 エルフには必要ない」


 エルフのファルグリンは、当然のようにそう言った。


「道具は使うものであって、使われるものじゃない。 こんなの人間が支配されているのと、そう変わらないさ」


 私もある程度は、その理屈に納得した。

 正直なところ、今ですら人類は機械に頼って生活しているわけで、それがゴーレムによってどこまで自動化されるかという点については、私からしてみれば今更過ぎる話だ。

 だとしても、それが機械やゴーレムへの依存や支配に至らないかという危惧は、おそらく現代人にもそう考える層はいるだろう。


一方のアンジェリカさんとしては、納得できない様子で、不満げな表情を見せた。

私は、あえてファルグリンに、反論しておく。


「根本的に、道具は道具にしかすぎないよ。 道具は人間を支配しないと思う」

「本当にそう思うのか、陽介。 それがなければ、生活が成り立たなくなってしまうのは、それに依存していると言えないかい?」

「かもしれない。 でも、それは悪いことかな? せっかく自分で便利なものを、作り出したのに。 だから、それは人間の力だし、手柄と言うものだよ」

「僕だって別に悪いとまでは思ってない。 あえて言うなら、『仕方ない』とも思うよ。 便利な道具がなければ生きていけないのは、人間がぜい弱だからさ」


 ファルグリンは、人間を哀れんでいた。

 心の底から、そう思っているようだった。


 エルフの中で、革新的であることを自負する彼ですら、人間は技術に依存していると表現した。彼らエルフはゴーレムに頼らない文明を築いているのだろう。

 あくまでファルグリンは、エルフの価値観の中で革新的なのであって、人間寄りの考えを持っていると言うわけでもないのだ。


 つまり、彼のいう革新的なエルフというのは、エルフの古い宗教観を重視していない、というのに過ぎないのかもしれない。


「人間は、そんなに弱いかな」

「ああ。 でも、陽介。 弱いことや愚かなことは罪ではないぞ」


 ファルグリンは、そう言ってほほ笑む。


 彼ら種族が見せる特有の笑み。

エルフらしい、嫌な含みを持たない、慈愛のある美しい笑みだった。


 彼ら種族は、人間を対等だと思っていない。だが、むしろ博愛の対象とすら捉えている節がある。それゆえに、無力な幼子のように扱うことがある。

 人間を見下しながらも、保護し導くべき対象であるとは考えているのが、エルフだった。


「かつて原初なるエルフ、すなわちグランエルフは、人間を保護し魔術の知識を与えたそうだ。 それが、とある魔術師たちの始祖であるとも言われている」

「エルフが人間を生かそうとした、そういうこと?」

「ああ」


 その言葉にアンジェリカさんは同意する。

そして、彼女は知っている語彙のなかで、なんとか説明しようと口を開いた。


「人間に、魔術を与えたグランエルフは、神話になっています。 エルフではなく、神として……ええと、祈っている人々がいます」

「なるほど。 逆に言えば、そういう人たちは、エルフとしては認めてないわけだ」

「エルフ帝国を、認めたくない人がいっぱいいますカラ」


 エルフ帝国……聞いたことがあった。

 かつて、エルフが多様な種族を統一し、管理しようとしていた時代があったらしい。

 その一派が、インペリアルエルフと呼ばれるエルフたちだった。

 ファルグリンは、その一派の末裔である。


「人間が、そのグランエルフの行動をどう思っていようが、庇護した事実は変わらないさ」

「なぜ、人間を庇護しようとなんかしたんだろうね」

「さあ? 僕にもわからない。 でも、そうだな。 ただ、見ていられなかっただけじゃないかな」

「見てられなかった? 純粋に善意ってこと?」

「善意と呼ぶのかはわからないが。 でも、ある程度会話が通じる種族が、他種族に一方的に虐殺されるのは、見ていて気持ちの良いものではなかったと思うぞ」


 独自の種族観が強かったり、独善的な部分もあるが、彼らエルフが慈悲深いのも間違いないのだろう。

 そういう意味では、現地の人間たちはよい隣人を持ったと言えるのだろうか。


「まあ、あくまで僕が思うにだけどね。 ただ、僕も便利なのは構わないと思うよ。 色んな美味しいものも食べられるし。 でも、それがなければ生きていけないのだとしたら、弱いからに他ならないね」


 エルフの理論は、強者の理論だった。

 彼らは、生物として強いがゆえに、科学に頼らずして過酷な環境に適応してきた。モンスターだらけの世界ですら、原始的な生活を行うことが未だに可能なのだった。

 

現代人のような脆弱性を、彼らは有さないまま、文明を営んでいる。

 普通は、文明が発展するほどに、そこに住まうものはそれに頼りきりになるものだと思うのだけど、エルフはどうやら例外らしい。


 それは、生物としての強さだけか。

あるいは、長寿類としての価値観の問題か。

単純に考えても、技術の発展速度に対して、世代交代が遅い種族は、明らかに人間とは違う文化を有するだろう。いつの時代も、最先端の技術に飛びつくのは若者たちだ。


「そういえば、生物は寿命が延びると、進化や適応が緩やかになるらしいね」

「なにがいいたい?」

「君たちは、完成されている代りに、もしかしたら変化がしづらい存在なのかもしれない」

「それなら、寿命がどんどん長くなっている君たち人間は、どんどん進化も適応もできなくなって、最終的に生きた化石にでも変化するのかい?」


 相変わらず、ファルグリンは毒舌である。

 うすうす私も、そう思わなくもない。何とも言えないところだ。


「僕らエルフは君たちと違って、長命であり、それでいながら様々な環境に適応する能力と、英知と強度を合わせて備えている。 人間の矮小な頭脳で、理解できると思ってほしくないね」


 そうファルグリンが、いつものように高圧的に言った。

 それに、我慢ならないのが、アンジェリカさんだった。


「なら、貴方たちエルフもまた、魔術に頼っていませんカ?」


 彼女にとって、人間が弱いと言われるのは、あまり納得したくないことのようだった。

 ファルグリンは、それをあざ笑う。


「君は、生きる上で自分が呼吸することに頼っていると思う? 酸素に頼ってるって? 目で物を見るときに、光に頼ってると思うか?」

「……いいえ、思いません」

「そういうことさ。 魔術の行使は、エルフの生まれ持った能力であり、鍛えることができる機能に過ぎない」


 エルフは、魔術の使用そのものを否定したりはしない。

 彼らにとって、魔術は身一つで活用することのできる生理現象のようなものだ。

 鳥が空を飛ぶときに、なぜ空を飛べるのか、その原理を疑問に持つことはないだろう。


 だが、人間が魔術を十全に扱うには、発動の起点や触媒が必要になる。さらに、蓄積された知識や技術が必要になる。

 生物としてのスタートラインが違うのだった。

 これでよく、グランエルフとやらは人間に魔術を教えることができたものだ。種族としての構造も、理解の土台が違うのに、普通に考えたら知識を与えるのなど至難の業である。


 私はあくまで一般論の範囲で、利点を述べることにした。


「でも、便利な道具って言うのは、時間の節約にはなるよ。 それにゴーレムは、自分達が大変な仕事をしなくて済むようになる」

「君たちにとってはそうだろうね。 すぐ死ぬから。 でも、文化的な暮らしって言うのは、ひとえに自分で手間をかけることだよ。 なにかボタンを押したり、命じるだけですべてが片付く作業を、君たちは文化的で豊かな暮らしと呼ぶのかい?」


 古典的な懐中時計を扱うのと、同じ心境かなと思った。あれも、こまめにネジを巻くなどの手間をかけねばならない。


「なるほど。 エルフの価値観では時間や手間をかけることに価値がある、と?」

「陽介だって、効率的に必要なことだけされるよりも、時間や手間をかけて配慮される方を好むだろう? それが非効率だとしても、そこに思いやりを感じるだろ?」

「そりゃ、まあ、そうだね。 論理的ではないけれど、手間に思いやりを感じるかもね」

「君たちと比較して、僕たちエルフが一生に使える時間は多い。 だからこそ、その掛けた時間や手間こそが唯一無二の共通の価値なのさ」

「時間や手間こそが価値、とそこまで断言するのかい。 人間のなかには、『時は金なり』と時間を金銭と等しく、価値を付けた人がいるけどね」

「それ以上に友情や信頼は、時間と手間で表現する価値があるものだよ」

 「お金も大事だよ」と言うフレーズが、つい頭に浮かんでしまった。

 それは本心だったが、私は常識がある人間なので、それを口にはしなかった。


「君たちエルフの友情や恋愛観は、気が遠くなりな時間をかけてそうだね」

「人間が短絡的すぎるのさ。 ただ、そうだな。 それほど、生きる時間が長くなければそうならざるを得ないのだろうとは思うよ」


 人間は生き急いで見えるのだろうか。

 実際、人間から見て、エルフは果てしない間、愛を紡ぎ続けることになるはずだ。

それであれば、その愛を向ける相手を選ぶ過程にすら時間をかけうるのは納得できるかもしれない。


 なれば、人間とエルフが恋人同士になるなどと言う、おとぎ話めいた物語は、なかなかに難しいものがあるのかもしれない。

 実際に、そういう例があるのかは、ファルグリンに聞いたことはなかった。


 そんな会話をする私達を見て、アンジェリカさんは笑った。

 先ほどまで、不満げな表情を見せていた彼女は、そんなことがなかったかのように、にこやかだった。

 ファルグリンは、アンジェリカさんをジロと見る。


「……なんだ?」

「いいえ。 二人とも仲がいいのですね」


 アンジェリカさんに対して、ファルグリンは何も答えない。

ムスっと不満げに睨むだけだ。

 基本的に、フレンドリーとは言い難い態度なのが、彼の個性である。


「わたしは、廿日くんだけがここで待っていると思っていました。 まさか、あなたまでいたなんて」

「僕が一緒にいたら、何か問題でもあるのか?」

「いいえ。 でも、意外です」

「……フン」


 そう、私はアンジェリカさんと、待ち合わせをしていたのだった。

まず情報交換を約束したのだ。

協力といっても、状況がわからなければどうしようもない。


 と言っても、私の持つ、第2指定秘匿魔術『ハーメルン』のすべてを話すつもりはない。

『ハーメルン』が事件に関係しているのか。それを判断するためのアドバイザーとなることをまずは約束しただけだ。

 ファルグリンは、そんな私に付き添ってくれたのだった。


「廿日くん。 わたしからの話を、受けてくれて嬉しいです」

「私にとってもメリットがないわけではないからね」


今回の事件を引き起こしたと言う、『世界変革の時チェンジ・ザ・ワールド』なる組織が、もし『ハーメルン』の情報を握っているのだとしたら、それは大問題だ。

決して、放置はできない事態である。

詳細を把握することは、間違いなく必要だった。


「協力する前に、君からの情報提供が必要だ」

「はい、もちろんです。 わたしが知っていることであれば、お話しします」


 アンジェリカさんは、言葉が時々不自由だったが、ファルグリンがいてくれたおかげで上手く彼女から情報を聞き出すことが出来た。


「携帯端末のアプリ?」

「そうです。 あの『アプリ』というのがすべての元凶です」

「そんな馬鹿な。 一般人が、何の訓練も代償もなしで魔術が行使できると?」

「はい、それが事実です」

「じゃ、私のしている苦労はなんなんだよ」


 なんでも今回の事件は、携帯端末に、インストールできるアプリによって、引き起こされた事件だと言うことだった。

そのアプリを利用した者は、チートと呼ばれる『異能』に目覚める。

その『異能』に魅入られた人々、即ちチーターは、日夜、凶悪な事件を街で引き起こしていたと言う。


そのアプリの名前こそが、『チェンジ・ザ・ワールド』であり、対外的には宗教団体の名前としてダミーの情報が広まっているということらしかった。

 

 ファルグリンは、その話を聞いた時に首を傾げた。


「アプリ? なんだ、それは。 ……よくわからないな」

「携帯端末の機能みたいなものだよ。 本当なら、それによって魔術のような力を得るなんて、不可能なはずだけどね」

「それでチートとはなんだ?」

「普通に考えれば、TVゲームにおける反則行為を指す言葉、かな?」

「自分で反則行為を名乗っているのか? 馬鹿みたいな話だな」

「『馬鹿にハサミを持たせるな』とは昔の慣用句でもあったけどね。 まさか、魔術がそれに当たるようになるとは、『生前』の私は想像もしていなかったよ」

「……お前は、時々、真剣な顔でわけのわからない冗談を言う」

「面白かった?」

「僕の感想が聞きたいのか? 『陽介は、馬鹿みたいなんじゃなくて、馬鹿なんだな』と、そう思ったよ」


 ファルグリンは、相変わらずキツいリアクションをとった。

 もう少し、私に優しくてもいいのに。


 いずれにせよ、この情報だけでは、まだ判断がつかないところだった。

 だが、ただの人間に異能を与える方法には心当たりはあった。


「なにか気になることでもあるのですか?」


 アンジェリカの質問に、私は答えなかった。


「まだ、可能性にしか過ぎない。 話を続けてもらっていいかい?」


 アンジェリカは頷く。


 彼女によれば、不正者チーターと名付けられた異能者に妙な動きがあったとのことだった。

 理由は不明だが、複数の地点に、集合し始めたのだ。

 両手の指では、収まらないほどの地点への移動を観測したことで、アンジェリカが所属する警邏騎士団は動き出した。


「警邏騎士団……ね」

「僕も将来の候補としてスカウトされたことがある。 もちろん、断ったが」

「君はどこでも引く手あまただなあ……」


警邏騎士団は、魔術犯罪に対抗するための治安維持組織だ。

魔術の犯罪への対抗策として結成された組織であり、異世界人を主要メンバーとして、魔術犯罪捜査・治安維持を行っている。


「そうは言うけど、魔術学園の生徒を起用するのはどうかと思うけどね」

「……地球にいる魔術師は、そう多くないですから」


 私の言葉にアンジェリカが、そう答えた。

 なぜか、地球に越境している魔術師はそう多くなく、それももっとも多い魔術師は子供だった。必然的に戦力とされる魔術師たちは、子供が多くなる。


「いくら北海道が、異世界人わたしたちの自治区と言っても、こちらに来る人は限られているのです」

「北海道を支配するレギンレイヴ辺境伯は、性急な移民を嫌っているようだしね」


レギンレイヴ辺境伯は、異世界人による自治を北海道で勝ち取った人物だ。


1945年、つまり日本に原爆が投下された後、ソ連が北海道へ侵略した。その際に、当時の日本軍にレギンレイヴ辺境伯は彼らに協力した。

異世界人でありながら、北海道を守ったのだ。

それはこの世界において、歴史の教科書に載っている出来事である。


レギンレイヴ辺境伯が、北海道自治の代表者となるまでには、紆余曲折があるのだが、少なくとも彼が日本において果たした功績は、非常に大きいものだったと言える。


 そんな生ける偉人であるレギンレイヴ辺境伯ですら、移民の選定や技術の流入には慎重だ。実際、こうして魔術によるテロ・犯罪も起きているのだから、問題がないわけでもないのだろう。


 傾向として、強い力をもつ種族ほど、越境は制限されているようだ。

 必然的に、エルフは北海道でも希少である。


「警察組織の特殊部隊は、まだ魔術化がそれほど進んでいない。 自衛軍でも、まだ一部が魔術を扱うだけだ。 確かに、異世界人による治安維持組織は必要だっただろうけど」


 魔術という技術の侵入経路は、日本だけじゃない。

 少なくとも、異世界へ通じる門は、海外に他に2つ存在している。

 向こう側の人間も、こちら側の人間も、善人だらけじゃない。必ず、何か問題が起きる。


 それでも、子供をテロリストと戦わせるような真似は、気に入らなかった。

 今では、私自身が子供なわけだけど、それは大人がしていけないことなんじゃないか?


 そんな怒りを抑えながら、私はアンジェリカの話に耳を傾けた。


 分散した警邏騎士団は、数の多い不正者チーターに苦戦を強いられたようだ。

 不正者チーターは、民間人を拉致したり、殺傷する行動もみられており、現地で人質に取られていたケースもあったとのこと。

なんとか各所で鎮圧が成功したと思いきや、事態は急変。

倒したはずの不正者チーターを生贄に、異世界よりモンスターが召喚され、それによって騎士団に被害が出た。


「それで、どうなのでしょうか? 事件は、『ハーメルン』によるものですか?」


 アンジェリカさんは、真剣な表情で私に尋ねた。

 だが、私は納得できていない。


「うーん、その前に一つ聞きたいんだけど」

「はい、なんでしょうカ」

「まだ、話していないことがあるよね。 それだと、私の『ハーメルン』の情報にたどり着かないと思うのだけど」


 困ったように、口ごもるアンジェリカさん。


「……話さねばなりませんカ?」

「秘匿指定された魔術の情報が漏れるのは、私個人にとって損失なのは間違いないけど。 でも、それだけの問題じゃ済まないからね」


 安易に情報流出させると、問題が起きかねないから秘匿指定なのである。

 そう私が匂わせると、アンジェリカさんも頷いた。問題の重要性は、彼女も理解しているのだろう。

人類を守る戦士として、教育を受けた彼女は、恐らく魔術師よりも軍人に近い立場や思考を持っているはずだ。

 軍事においても、情報の秘匿性は重要視されるものである。


「灰色歩きを名乗る人物を知っていますか?」

「いや」

「あるいは、ネズミの王と言う名称は知っていますか?」

「あー……噂なら聞いたことがある」

「その人物は、民間人に行使し私刑を行う、魔術犯罪者です。 その彼から直接、聞きましタ」

「……それは信頼できるの?」

「わかりません。 ですが、対象は常に犯罪者であるか、違法な魔術技術を所持した人物でしタ」

「では、正義の味方と言える?」

「法を侵す者を正義とは、私は言えませんです」

「まあ、そうかもね」


 そこをあまり論じることに意味が見いだせなかったので、置いておく。

 つまり、情報をまとめると、犯罪者から犯罪に、私の秘匿技術が使われているとリークがあったと言う訳だ。不愉快な話である。


 私は思わず、ため息をついた。


「それで、『ハーメルン』ならば、そのこの事態を引き起こすことが可能ですか?」

「正直、アプリで魔術を使わせるのは、まったく理解できない。 私は自分の『ハーメルン』をアプリ媒体にする実験をしたこともないし、技術的に可能かも理解できない」

「……そうですか」

「しかし、『ハーメルン』ならば、確かに民間人に魔術を使わせることはできる。 副産物としてだけど」

「!? それでは……!」

「でも、代償はある。 チートなんて便利そうな名称つけやがっているけど、私の技術がそんなに便利ならこんなに苦労してないし、現実にそんな万能薬があるわけない。 なんの苦労もなしに、私の技術を悪用している『チーター』とやらは対価を払うことになる」


 そんな便利なものがあるなら、万人がすでに魔術師になって地球にもっと技術が普及しているだろう。異世界人ですら万人が魔術師じゃないらしいのに。

 チーターとやらは、みんな想像力が欠如しているらしい。


 端的に言ってバカだろう。苦労もなく力が手に入ることに疑問を持たない。

知性が害悪の極みだ。

 自分の身体に何が起きるかわからないものを、なんのテストもなしに、口に入れているようなものだ。みんな頭がおかしい。


「端的に言うと、全員一人残らず、『人間をやめる』ことになるか、いずれ『致命的な損傷』を負って死ぬ」


 私がそういうと、アンジェリカさんだけでなく、ファルグリンまで驚愕の表情を見せた。

 君まで驚くことじゃないと思うのだけど。


「ああ、そうか。 ごめん、大げさにだいぶ極端に言った。 たぶん、ケアなしだと、その手前でなんらかの機能不全を起こすことになるから、日常生活に支障が出るんじゃない? 一度でも、使っているならいずれそうなると思うけど」


 ファルグリンが、突然、私の襟元をつかむ。


「君は! そんな危険なものを使っていたのか!」

「……びっくりしたなあ。 そんなに怒らないでよ、用法・用量をきちんと適正に守って、専門的な管理すれば、すぐに死ぬことはないよ。 第一被験体の私が生きてるでしょ」

「びっくりしたのはこっちだ! 自分の命を粗末に扱いすぎだ」

「あのね、ファルグリン。 戦闘魔術師ウォーデンが人体改造を己に行うのは、一般的なことだと聞いているよ。 それと全く変わらないさ」

「専門家によらずに、自己改造をする子供がどこにいる!」

「ここにいるよ。 残念ながら、私に後ろ盾はないからね。 金も設備も実験体も用意できないし、その上、才能もないわけだ。 私自身が正真正銘、一代目の魔術師だから、先祖からの贈り物もない」

「それがなんだというんだ!」

「私はね、ファルグリン。 強くあらねばならないんだよ。 いつでも必要な目的を達せられるくらいに。 例え、どんな手を使ってでもだ」


 ファルグリンが、私をにらみつける。

 彼と友人になってよくわかったが、美形の怒った表情はそれは恐ろしいものだが、なかなか見ごたえがある。ただ、幼い彼だと少々迫力が足りない。

 どうやら、すこし涙ぐんでいるようだった。本当に彼は慈悲深い。


「なあに、心配するなよ。 私は死ぬつもりはないからね」


 嘘はついていない。

 死んだところで、次の転生があるかもしれないし、どうせ一度した経験だ。どうでもいいといえばどうでもいいが、死にたいとまでは思っていないのは事実だった。


「陽介、お前は大丈夫なんだな?」

「少なくとも、今のところはね」

「今のところは、だと?」

「あー、あれだよ。 定期的に、魔術医師エイルの診察は受けているよ。 それにほら、この間だって、塔でボロボロになったじゃない? 何かあったら、言われてるって」

「あまり不愉快にさせるな。 嘘だったら、僕は君を許さないぞ」

「私は、嘘はつかないよ」


 本当のことを全部、洗いざらい言ったりしないだけで、嘘をつこうとは思ってない。

 嘘をつくなんて、よくないことだからね。特に、効率とかが。


 アンジェリカさんも、また心配そうに私を見ていたのに気づく。

 どうやら、この娘もまた慈悲深いらしい。

 でも、あえて、私はそこに触れたくなかった。


「捕縛したチーターとやら。 身体検査はしたのかな? 体に異変はない?」

「……それは、わたしにはアリません」

「ふうん、教えてもらってないんだね」

「はい、そうです」


 なるほど、大体理解した。

 身体上、何もないなら、何もないと言われてそうなものだ。

 だって、一般人が戦闘レベルの魔術を容易く行使できるわけないんだから、絶対に気になるはずだし、もし、身体上の変化がないのなら……。


「ちなみに、チーターたちの携帯端末を確保しろと言われてたりする? 例えば、無傷で、とか」

「捕まえたら、とるようには言われてはいますが、大事ではないです」

「やっぱりね。 主体は、携帯端末そのものではないな。 それは単なる媒介にしか過ぎず、それも尻尾切りできる部類のアイテムだ」


 必然的に、チーターとやらの肉体の方に手掛かりがあるんだろう。

 解剖した結果とかを、情報提供してくれないかな。もし『ハーメルン』なんだとしたら、だいぶ研究が進みそうなんだけど。


「にしても、めんどうなことをしてくれている奴がいる」

「……チーターについてはわかりました。 デーモンやマジュウの召喚は、説明できますか?」

「ああ、出来る」


 私は即座に断言した。

 悩むまでもないことだった。


「『ハーメルン』には、対象を触媒として、つまり生贄のような使い方をして、別の魔術を使う機能がある。 だから、一般人に魔術を使わせた上に、召喚の材料にするという一連の流れも、事実上は可能と言える」

「……なんて、ひどい」

「技術は使い方だからね。 可能にはもちろんなりえるけれど、そう使うかは、使い手しだいだ。 だから、私は『ハーメルン』の技術流出を避けたかった。 第2級指定秘匿魔術なのも納得だろう?」


 アンジェリカも、ファルグリンも迷わず肯定した。

 完全にテロリストご用達になる魔術である。だって、この魔術、丸腰で世界中で自爆テロ起こせちゃうんだもん。

 明らかに、子供たちが戦わねばならない域を超えているのだ。


 しかし、あれだ。これだけ危険な魔術で、第2級指定な辺り、第1級だとどれくらい問題を孕んでいるのか、異世界の闇の深さが怖い。

 いやあ、本当に恐ろしいよ、異世界の魔術。できれば、ちょっと教えてほしい。


 なにかを納得したように、アンジェリカは何度か一人で頷き、口を開いた。


「お願いします、陽介くん! 警邏騎士団に協力してください」

「え、今してるじゃない?」

「今、騎士団は人が足りていません……。 それに、『ハーメルン』のことも知りません」

「いや、あれだよ。 私もべらべら話してるけど、秘匿義務はあるから、これ以上の情報が欲しかったら、情報管理局に行ってよ」

「ぜったい、陽介くんの力があれば、たすかりマス!」

「……私の話聞いてる?」

 

 そりゃ、勝手に使われているなら、もちろん嫌だけど。

 別に、チーター共がどうなろうと私には関係ないし、無関係な人々が巻き込まれているはすごい可哀そうだけど、私ってば今は子供だし。


こう見えてこれで忙しいので、大規模実験レポートみたいな感じで提出してくれるなら、大変ありがたいくらいなのだけど。

 もちろん、子供が戦いに巻き込まれたり、被害者に出るのは大変気に入らないのだが。


「うーん……どうしよう、ファルグリン」

「僕を巻き込むな。 警邏騎士に入るのを断った身だぞ」

「でも、君はあれだよね。 無辜の人民が巻き込まれたり、秩序が崩れるのは、嫌だよね」

「……はあ。 それをわざわざ喜ぶエルフがいると思うのか? だが、人間の問題は、人間で片づけるべきだろう。 少なくとも、基本的には」


 つくづく根は善良だなあ。

 人間見下してるくせに、目の前で死んだりするのは嫌みたいだよねえ。


「まあ、治安が悪くなったら、カフェでフラペチーノも飲めなくなっちゃうしねえ」

「それは一大事だな」


 うん、そういうと思った。

 でも、残念ながら、私の方に動機がなくてだな。今、大変忙しいから。


「うーん、アンジェリカさん。 すごい残念なんだけど、私も生活がかかっている身だし、研究や訓練を積むのを最優先にする義務があってさ……」

「あ! もし、よかったら警邏騎士団で訓練したり、『炎の監視者ウォッチャー』のメンバーから教えてもらうこともできますヨ」

「よし、条件を聞こうか」


 私がそう答えた瞬間、ファルグリンが不機嫌そうに、見てきた。

 いいじゃん、君とは利害一致したんだから。


 ファルグリンから、目をそらすと。

 視界の端に、ゴーレムがふよふよと浮かぶが見えた。

うーん、ゴーレムはいいなあ。

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