第26話 剣の乙女アンジェリカ、郊外の戦い ~その1

 札幌市は、人口こそ日本の中でもかなり多い。

だが、都市部を少し外れ、郊外に入れば、農業をしている地域も近く、すぐに山中に入ることになる。

 そうなれば、夜ともなれば明かりも少なくなる。


そんな中、ここに、魔術学園が誇る警邏けいら騎士たちは、次々にそんな郊外へと急いでいた。


 剣の乙女、アンジェリカ・スキルヴィンクもまたその騎士の一人だ。

 警邏騎士。それは街をパトロールし、魔術事件に対応するための魔術学園の戦力である。

 その戦力の多くが、戦闘技能を修めた生徒たちから選抜された者たちだった。


アンジェリカは、鞘に納めた剣の感触を確かめながら、心を落ち着けた。

 彼女は、仲間である槍使いミハイルに尋ねた。


「本当に、ここで集会が?」


 そこは、木々に囲われた倉庫だった。

 何人もの人間の気配がいるのがわかった。

倉庫の目の前にある駐車場に、見張りが二人ほど立っている。


 ミハイルは、眼鏡のズレを指先で直した。


「ええ、少なくとも奴らチーターが集まっているのは確かです」


チーター。

 一般にチートを行う者だ。チートとは、「騙す」「不正をする」「イカサマをする」などを意味する言葉である。

ゲームにおいては、プログラムなどによるゲーム内容の改変などを意味し、当然ながら、対戦やオンラインゲームにおいて、嫌悪されるだけではなく、明確な犯罪行為である。


 そう地球の役人から説明されたのを、思い返してアンジェリカは頷く。


「……不正者チーターとはよくいったものですね」


 街に流れる噂は真実だった。

 都市伝説。スマホのアプリで、『不思議なチート能力が得られる』と言う他愛もない噂。

 スマホアプリ『世界改変チェンジ・ザ・ワールド』は、時折、望む人々の前に現れる不思議な存在であり、本当に力を与えるものだった。


人々を引き付けるキャッチコピーは「このくだらない世界を、思い通りに改変する」だ。

それを利用したものは、不思議な力を得ると共に、次第に善悪のタガが外れる。


与えられたチートに酔うのだ。

それを振るうことに、喜びを見出すようになる。


 そして、アプリから与えられた目的クエストを果たそうとすることになる。

 より、多くの力を得るために。

 そんな偽りの力チートに憑りつかれた人間を指して、不正者チーターと呼んだ。


「力とは……そんなにも魅力的なものでしょうか。 なにも努力していないのに、与えられる偽りの力なんて」

「それが偽りかどうかなんて、手に入るなら関係ないんですよ、お嬢」

「ミハイル?」

「何も持たない者は、その区別がつかないんです。 自ら努力し、得たなにかがあるから。 あるいは元々すでに天から恩恵を受けているからこそ、その区別がつくんです」

「わたしがそうだとしても、わたしは努力していますよ」

「もちろんですよ、お嬢。 私はそれを知っています」

 

 そう同情するような言葉を言いつつも、ミハイルのその眼は、ガラスの向こう側からも感じ取れるほど冷たかった。

 己の欲望のために、人々を傷つけるような罪人に温情はない。


 だが、ミハイルは安易にそれチートに手を出してしまったこと自体を責めるつもりはなかった。

 あのアプリチェンジ・ザ・ワールドは、麻薬のような存在である。

 少しでも関われば引き返せなくなる毒だ。それも、半信半疑で手を出してしまえる毒だ。


 いくらでも手に入る力自体チートが、人間を酔わせる最高の快感を与える美酒だと、ミハイルは認識していた。

未熟な人間ほど惑わされやすいにしても、抵抗できるほど強靭な人間はそういない。

 犯罪者となった不正者チーターに情けも容赦も必要ないが、より明確な悪はそれを与えた『なに者か』だ。


 そんな思慮するミハイルを、オグレナスは鼻で笑った。


「へっ、そんなものにひっかる奴は、心が弱いんですよ」


 弓兵のオグレナスは、侮蔑の色を隠そうとしない。

 心の弱さは、本人の責任だとそう言った。


「惰弱だから、そんなものに惑わされるんです。 お嬢。 ミハイルの言うことに、いちいち気を留める必要はありません」

「……たしかに。 今は、考えるべき時ではありませんね」


 アンジェリカはそう同意した。

 不正者チーターたちが、なぜか街のはずれに集まる行動を始めた。

 

しかし、その集結した地点は複数あったのだ。

普段、街をパトロールする警邏騎士たちは、それに対応するために分散していて対応せざるを得なかった。


 必然的に、戦力はそれぞれ分けられることになる。

1つ1つの戦力は、限られることになってしまっていた。


アンジェリカ達は、ほぼ孤立する形で現在の場所を担当していたのである。


再び、アンジェリカは、鞘に納めた剣の感触を確かめながら、心を落ち着ける。

 磨き続けてきた刃は、いつだって彼女の信頼を裏切らない。


 『剣の乙女レヴィアラタ』の称号を持つ彼女は、剣こそが最も共にある信じるに足る存在だった。その剣への信頼は、彼女の自信を支える。

今まで続けてきた自身の努力の結晶だからだ。


 その時、一同が、潜み様子をうかがっていると、状況に変化があった。

 エンジン音が聞こえたかと思えば、新たに白いバンが駐車場に止まる。


「新手か……」


 槍使いのミハイルは、眼鏡を抑えながら計算をし直していた。

 今の人数で、太刀打ちできるほどの数だろうか。

 本部へ、援軍を要請した方がよいのではないか、そう思い始めた。


 さらに、敵が増えるのは、たった三人しかいない彼らには脅威だ。

 車内から、さらに数名の不正者チーターたちが現れる。


 だが、それだけではなかった。


「いやっ、やめてよっ! 離してっ」

「なあっ! 勘弁してくれよ……聞こえてるんだろ、返事をしてくれぇ!」


同時に、車内から悲鳴を上げる男女が引きずり出される。


「あっ、あれは!?」


 アンジェリカは、すぐに助けに飛び込みたい衝動かられた。

 罪のない民間人が、危険にさらされている。

 だが、このまま戦闘に突入すれば、より危険な状況になる。


「あいつら、いったいどうするつもりだ?」

「迷ってる暇はないです! オグレナス、狙撃できる配置について。 速やかに、見張りを制圧します。 ミハイル、援護を」

「……お嬢、冷静に頼みますよ」


「時間が経てば経つほど、彼らが危険です」


 事実だった。

 力にのまれた不正者チーターは罪もない人々を、些細な理由で殺傷する。

 このままでは、連れ込まれた2人も無残な姿で見つかることになるだろう。


「諦めろ、オグレナス。 決めるのは、お嬢だ」

「俺だって、見捨てていいとは思ってねえけどよ」


 そう三人が話し合いをしている間にも、状況は悪化する。


「この女っ! いい加減、抵抗するな! ……ボーナスキャラのくせに調子にのりやがって!」


 連行していた男が、女性を激しく殴りつけた。

 拘束から逃れようと暴れた女性を、何度も殴り続けている。


 もう、アンジェリカ・スキルヴィンクは我慢ならなかった。


交戦開始エンゲージ! 続けっ、ミハイル」


 アンジェリカ・スキルヴィンクは、叫び、突撃した。

 魔導器セレクター『兎飛び』による急加速を行い、舞うように人質の持ちに駆け付けると、人質を引きずっていた男たちへ立ち向かった。


「ぐぁああああっ」

「な、なんだこいつ!」


 迷いのない真っ直ぐな剣閃が、激しく悪党の身体を灼き斬る。

 剣が光り輝き、郊外の夜闇もろともに切り裂いた。


弓兵オグレナスは舌打ちした。


「お嬢、相変わらず、牛鬼姫猪突猛進だな」


 愚痴を口にしながらも、すぐに反応し周囲の木々に溶け込む。

 狙撃できる場所へ、移動することにしたのだ。


 槍使いミハイルもまたアンジェリカに続き、他の不正者チーターたちに対し間に入るように突撃。

 槍を振り回すと、炎が尾を引くようにその動きを追尾。いくつもの生物のように、飛び回る炎が生み出される。


 それらは、近くにいる不正者チーターたちを標的として、襲い掛かる。

 反撃しようとした不正者チーターたちを、炎でかく乱し、アンジェリカへ攻撃が集中することを防いだ。


「ここから乱戦に入れば、同士討ちを恐れて敵は数の利を生かせない」


 槍使いミハイルは、そうつぶやいた。

 眼鏡のズレを直しながら、すかさず敵の配置を再分析する。


 彼は、アンジェリカが戦いやすいように、なるべく多くの敵をかく乱するつもりだった。


「魔術を悪用化した人間が、捕縛に対し抵抗した場合。 殺傷の判断は、現場の騎士に委ねられる。 抵抗しないことを奨める」

「は、何が騎士だ。 ガキのくせによ」

「……そうか」


 ミハイルは男たちに勧告するが、当然、聞く耳を持たない。


槍使いミハイルは、迷わず、魔術式を構成。燃え盛る槍から炎を撃ちだす。

『爆炎の槍』の魔術式だ。

着弾した炎が加速、放射線状に飛来し、着弾と同時に爆発する。


 燃え盛る炎が一帯を包むが、森林を焼くことはない。

 魔術によって制御された炎は、術者がプログラミングした通りの動きをとる。


火炎槍サラマンダーは、中距離戦用の魔導器セレクターであり、火炎魔術に特化している。

事前にプログラミングされた火炎魔術を数種類にわたり、行使できる。

この魔導器セレクターを使いこなす者にかかれば、炎に生命を吹き込むがごとく、術者の意図通りに燃焼と言う現象が動き出すのだ。


目立つ動きをしているミハイルに向かって、不正者チーターたちから、雷撃や衝撃が次々に飛んでくるが、それらすべてを障壁によって弾く。


不正者チーターたちは、魔術に近い能力を扱うが、それは知識や技術によって得られたものではない。

理論や基礎が確立されていない力は、密度や精度が甘い。きちんと制御されることのない力は、魔術師の芯を捉えることなく、力場魔術フォースによって簡単に弾かれる。


その力場魔術フォースの強度は、銃弾ですら、不意打ちでもない限りは魔術師を打ち倒すことが叶わない。


「魔術の構成が甘い……。 それでは、俺には届かない」


 再度火炎で薙ぎ払うと、不正者チーターたちからの反撃は沈黙した。

だが、一人だけ無事な人影がいた、


屈強な男だった。

その男は、平然と炎の中を突き進んでくる。


「次弾装填完了。 ……爆炎の槍っ」


 槍使いミハイルは、その男に向かい、爆裂する火炎弾を撃ちだす。

 

 だが、その火炎弾は炸裂することなく、男の右手によってかき消される。

 光の塵となって、火炎は霧消した。


「ククク…… 効かんなあ」

「ほう」


 槍使いミハイルは、眼鏡を抑えた。

 火炎や爆裂が効かないのではない。

 そもそも、火炎魔術そのものがかき消されている。


「魔術を消す能力者か」

「惜しいな」


 屈強な男は、その野太い腕を動かす。曲げ伸ばす動作を繰り返しながら、徐々に近づいてくる。

 堂々とした態度には、その自信がうかがえた。


「このオレのチート能力は、触れたものを分解する『破壊者デストロイヤー』だ。 お前がどんな能力を使おうが、オレが分解してやるっ!」

「そうか」


 槍使いミハイルは、再度、火炎を撃ちだす。

 屈強な男は、手を突き出した。


 当然ながら、火炎がかき消される。


「無駄だ、無駄だ!」


 次々に、槍使いミハイルは火炎を撃ちだしていく。

 浮遊する炎が、ミハイルの命じるままに突き進み、屈強な男の二本の腕に落とされる。

 炎は霧散し、攻撃が届かない。


 その間にも屈強な男は、徐々に槍使いミハイルに近づいていく。


「この腕は、人間の身体も分解するっ! オレが近づいた時が、お前の最後……っ」


 次の瞬間だった。

 屈強な男の背中に衝撃と熱が走る、男は爆発に巻き込まれたのだ。


「説明ありがとう、助かった」


 ミハイルは、無感動にそう言った。

 あえて屈強な男の正面から、火炎弾を複数飛ばした。当然、それはかき消されたが、そのいくつかを意図的に外し、背後に跳ね返るようにバウンドさせたのだ。


「案の定、手のひら以外では攻撃を消せないらしいな。 左右の腕で魔術をかき消せるとは、なるほど、興味深い」


 屈強な男は、まだ立っていた。

 だが、無傷では済まなかったようで、ひどい火傷を負っていた。


「……な、なんだ今の攻撃は?」

「なんだ、まだ動けるのか。 不正者チーターたちの言うところの、レベルが高いと言うやつか」

「いま、俺に何をしたぁああっ!」


 屈強な男は、叫ぶ。

 今ある現実が信じられない、と。


 だが、槍使いミハイルは一向に、相手の問いに答えない。

 まるで興味を抱いていないかのようなふるまいだった。


「フム……では、いくつあれば足りるのか。 試してみるとしよう」


 槍使いミハイルが、炎を纏った槍を振るう。

 すると、浮遊する火炎弾が次々に生み出された。


「魔術式『鬼火ジャックランタン』。 先ほどの礼だ、こちらも教えよう」


 次々に生み出される鬼火が、屈強な男を囲んでいく。


「この炎は、それぞれ俺が命じた通りの挙動を行う。 『爆炎の槍』よりも威力は下がるが、自在に操れるわけだ」

「おい……やめろ」


 その生み出された炎の数は、十を超え。


「やめろっ!」


 二十を超え……。


「お前が二本の腕で、かき消すのならば。 俺は、それ以上の炎でお前を叩き潰すのみだ」


 とうとう三十を超えた。


「やめろぉおおおっ!」

「……先ほど、人体ですら分解できると言ってたな」


 ミハイルは槍を突き出し、火傷を負った男へと矛先を向けた。

 それを振り下ろす。


「それを試した時、相手は何と言っていた?」


 そして、轟音が鳴り響いた。


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