第27話 剣の乙女アンジェリカ、郊外の戦い ~その2
アンジェリカ・スキルヴィンクは、苦戦していた。
疲労と、追い詰められた精神状況ゆえに息が上がる。
それでも諦めまいと、険しい表情で、唇を強く結んだ。
彼女は一方的に攻撃されていた。
反撃に、多数の光の剣を空中に展開し、射出。迫る
「くっ、キリがないっ!」
だが、助けた人質を抱えたままでは、防御に回るしかない。
民間人を、倉庫のコンテナを盾に庇い続ける。
顔面から血を流し、意識を失った女性。
男性は、両手で顔を覆いガタガタ震えながらうずくまっていた。
まともに動ける状態ではない。
ひたすら倉庫の中から現れた
「消し飛べっ、グラビティボム!」
その
それが、放物線を描いて飛来する。
アンジェリカは、その攻撃が重力による空間ごと押し潰す攻撃と推測。防ぐのではなく、剣を射出し撃ち落とすべきだと判断。
浮遊させていた光の剣を、漆黒の球体に向かって射出した。
放物線を描いていた漆黒の球体は、光の剣がぶつかった。
瞬間、急激に膨張し破裂。光の剣は相殺しきれず、消し飛ぶ。
破裂した球体は重力波を生み出し、周囲の空間を歪曲させて、圧殺したのだ。
直撃すれば、
「へえ。 俺のグラビティボムを相殺するとか……びっくり。 こいつが、今回のボスキャラってとこ?」
「ボスか、倒せば経験値がたくさん入るな!」
まるでゲームをしているかのように、
彼らには、現実感や命を懸けているという危機感が欠如していた。
「なら、好都合だ。 今まで貯めていた魔力を、全部叩きつけてやるぜ!」
呼応した
その斬撃が、巨大なエネルギー波となり放たれた。
「これは相殺しきれない。 わたしを守って、
アンジェリカは、自身の周囲に浮遊させていた剣を操る。
エネルギー波に対し、盾のように割り込ませた。並び立つ剣は結界を作り出し、放たれた、攻撃を防いでいく。
だが、その引き換えに魔力を急速に消耗していく。
アンジェリカの額を汗が伝う。
「……このままだと持ちませんね」
彼女の本来の戦闘スタイルは、兎跳びを使用しての高速戦闘。
光の剣をけん制用の射撃武器として使いながら、敵の懐に潜り込み、両断する。
生粋の
当然、誰かを庇いながら戦えば、本領は発揮できない。
そんななか、灰色の影が現れる。
夜空から降り立つように、その人物は現れた。
「今宵もご苦労なことだな、『
赤き眼に、灰色のローブ。
静かに音もなく忍び寄る、顔もわからぬ者。
再び、アンジェリカとネズミの王『
だが、
「こいつ、シールドが効かねえっ」
「やられる前に仕留めろ、シールド無効化能力者だ!」
シールド無効化能力者などという、意味不明な断定を
青い剣を持った
剣が振るわれるたびに、斬撃が増大しエネルギー波となって放たれる。
だが、先ほどより、そのエネルギーとなった斬撃のサイズは小さかった。
「ちっ。 溜めが足りてねえな。 それでも直撃だぜぇ!」
その斬撃が、
……かように見えたが、エネルギー波はすり抜けように避けられる。
「なっ、嘘だろ。 当たったはずだ!」
「ふむ。 戯言はいい。 その剣……なにか仕掛けがあるようだな」
「寄るんじゃねえ!」
しかし、
「その剣、振り切らねば斬撃を放てぬか。 つまり、近づけば、結局はただのブレードにすぎんのだな」
刀身を握る力が、どんどん強くなっていく。
その握力に耐え切れず、剣にひびが張っていく。
「剣自体は立派なものだが、ただそれだけではな」
とうとう刀身が耐え切れなくなり、剣が砕け散った。
「覚えておけ。 敵を殺すのは、剣ではない。 ……使い手だ」
そのまま青い剣を使う
阿鼻叫喚、
「ぐぁあああああっ」
「なん、なんだこれはっ!?」
無数のネズミたちが、
チート能力による攻撃で薙ぎ払っても、数の多いネズミを始末しきれない。シールドを無効化し、手足を食いちぎる。口内へと侵入し、窒息させようとすらしてくる。
そのすべてのネズミの眼が、赤く発光していた。
「……なかなか見ものよな」
この世に、自分に立ちはだかりえる者など、ありえないというかのように。
アンジェリカは、愛剣を握りしめた。
表面上は、平静を取り繕った。
「なぜ、今現れたのです!」
アンジェリカは、
必要ならば、相討ちの覚悟だった。
「ほう、元気がいいことだ」
面白いものを見たかのように、
何度、叩き潰しても、この娘とその部下は刃向かってくる。
どこかで見た連中だ、と
他の警邏騎士は、一度叩き伏せれば、まともに戦おうとしなくなる。
警戒して、逃げに徹するか戦闘を避けるのが当たり前だった。
「お前たちはいつだって、余を倒すために全力を振り絞ろうとするな」
「当然です。 我々は、貴方には屈しませんっ!」
アンジェリカは、そう言い切った。
恐怖を感じていないわけではない。
それでも、彼女には矜持があった。
「わたしたちは、力なき人々の最後の盾にして剣なのです」
強い意志を感じる瞳だった。
今の生き方が最善である、と。今生きることが全力である、と。
そう言わんばかりに。
「いい眼だ。 そのような眼をしている人間を叩き潰すのは、確かになかなかに面白い」
アンジェリカは、武器を持つ手に力を籠める。
だが、同時に
そのままの距離で戦えば勝ち目はないと、今までの経験から踏んでいる、
「しかし、無謀に過ぎると言うものだ。 余に害意があれば、すでに何度も無残な死体となっているはずだ。 それがわからぬ、其方ではあるまい」
その通りだ。
それは、アンジェリカにもわかっていた。
「威勢が良いのは非常に結構。 だが、子度は戯れるために来たわけではない」
「では、なんのために来たのですか?」
アンジェリカ・スキルヴィンクは、ひるまない。
「其の方に助力にしに来たのだよ」
「……どういうことですか」
「足手まといを抱えてなお、この苦境を潜り抜けられるとは思ってはいまい」
アンジェリカ・スキルヴィンクにはわかっていた。
ミハイルは時間を稼ぎ、かく乱をし続けている。それでもなお、数の利は覆しがたい。
自分自身も戦い終える前に、魔力が尽きるかもしれない。
民間人を助けることを考えれば、
迎撃の隙を見て、火炎使いの
まずは襲い掛かるネズミたちを、焼き尽くすことにしたのだ。
「こいつらなんて燃やし尽くしてやるぜぇ!」
「失せろ」
迫りくる火炎に対し、ネズミたちは集まり束となっていく。
そのままネズミの群れは、火炎使いの
炎はネズミ一匹焼くことはない。
「な、これは魔術か? ネズミが魔術を使うだと!?」
「人間だけが特別だと思ったか。 たかだが、二本足で歩けるだけが取り柄であろうが」
ネズミたちを焼くために放たれた炎は、真っ二つに分かれている。その炎が、時間を巻き戻されるかのように逆流していく。
真っ赤にうねる炎は、巨大な双頭の蛇となり
「ぁあああっ!」
「黙れ。 貴様の悲鳴は聞くに堪えん。 まだ、あのおぞましい発情した猫の方がマシなほどだ。 せいぜい、ネズミにでも生まれ直せ」
他の
いつもなら巧みに回避するが、本当に人質を守るつもりなのか、攻撃からかばうように、行動している。
その合間に、アンジェリカが光剣を飛ばし反撃した。
幾重にも連射される剣が、次々に
「そうだ、防御は余が対応してやろう。 雑魚は其方に任せる」
ネズミたちを動かし、攻撃をそらし。
正面から飛んできた魔術を、直接、腕で殴りつけるように弾き飛ばす。
「にしても、あの|
「……そこまで情報を掴んでいるのですね」
「この街で、余の知らぬことなど、そう多くはない。 何度も言わせるな、たわけめ」
「相変わらず、得体のしれない人です」
その話し合う、二人の背後。
倉庫のコンテナ上に、突然、
「いつの間に!」
「ふん、透明化か。 自分の仲間をおとりにするとは、少しは頭が回るではないか」
そのトリックは、透明になり気配を隠すチート能力によるもの。
いくら警戒していても、肉眼では簡単には捉えきれない。
襲撃をかけた
その凶行を阻むことは、
そう思われた。
――三条の光が走る。
光線が、襲撃者の手足を貫いた。
飛び掛かった空中で射抜かれた
「オグレナスの『三点
アンジェリカは、確信していた。
必ずや、
攻撃の正体は、
オグナレスの射撃精度は恐るべきものだが、その特筆するべきは瞬間的な連射火力だ。
狙撃魔術は、通常よりも精度が求められる。
当然ながら、本来、一度に一射が限界である。
それを一度に、魔弓による狙撃三射行い、そのすべてを標的に的中させる神業。
彼の三射必中の構えから繰り出される、狙撃魔術の乱れ撃ち。
本来なら当たらないはずのそれを、成功させるほどの魔術精度、その制御能力。
それがオグナレスの『三点
次々に、弓兵のオグレナスによる狙撃が行われ始める。
徐々に状況が打開されていく。
「これなら、なんとか凌ぎ切れるかもです」
「凌ぎ切る? そんな甘い状況ではない…… すぐに、その足手まといを連れて離脱するがいい。 いや、もう遅いか」
「えっ、どういう意味です?」
そこに二人の
先ほど、グラビティボムとやらを作り出した
それと、もう一人。
「鬼安さん、こいつらやりますね」
「……ああ、思った以上だな。 だが、うまい具合に他のプレイヤーを消してくれた」
サングラスを掛けた坊主頭の男。
鬼安と呼ばれた男は、他の地に伏した
「あなたたちは……いったい、どういうつもりなのです!」
「あら。 お嬢ちゃん、まだわかってないの?」
スーツ姿の若者は、軽薄な口調でせせら笑う。
その一方で、鬼安と呼ばれた男は、感情を見せない。
ただ、ゆっくりと静かに話す。
「この状況こそが……実に、好都合だ。とそう言ったのだ」
それを合図にスーツ姿の若者は、指を鳴らす。
地に伏せた
煌めく煙は輪へと変じる。
「門よ、開け。 我が前にいでよ」
煙で描かれた円環は暗黒に染まり、空間が歪む。
その向こう側から、唸り声。爛々とした双眸。
巨大な大鷲の翼が、羽ばたく。
研がれたような鋭い爪が、地を踏みしめた。
「殺戮しろ、グラシャラボラス」
顕現したるは、翼を持つ大狼。
……獣は吠えた。
空気を震わせ、心身へと伝播する。
本能が相対することを拒絶する、精神を切り刻む。
喉が絞まり、手が震える。
声が出ない。息が出来ない。
意識が遠くなる。
「しっかりしろ、娘。 意識を保て」
アンジェリカは、
危うく、気を失う寸前だった。
「……あ、あれはデーモン?」
「やはり、異世界の存在か。 こちらの生物ではないな」
デーモンは
強力なデーモンを筆頭に、一定の能力を超えた怪物は、人間を恐怖に陥れる強力な精神干渉能力と、下位となる怪物を操る統率能力を有する。
その精神干渉能力の前には、普通の人間ではまず太刀打ちすることが出来ない。まず精神干渉能力に抵抗する能力を身に付けねば、魔術師であっても戦うことすらままならないのだ。
大狼グラシャラボラス。その隣に立つ、二人の
いつも飄々としていた
「さっさと逃げるがいい」
「逃げる……なんて」
「最初は似ていると思っていた。 だが、全て勘違いだった、 これは似てるんじゃない、アレそのものだ。 ……お前たちには手に負えぬ」
「わたしは逃げません!」
どんなに勝ち目がない相手でも、彼女はメジャーサークルである『炎の
『炎の
恵まれた環境にある彼らだが、いざと言う時に命を賭して、人民を守り率先して死ぬのが自分たちの仕事だと、幼いころから教育されている者たちだった。
人類の滅亡を防ぐため、その存続のために死ぬのが責務なのである。
「愚かな、死ぬのならば一人で死ね。 だが、無辜の民衆を巻き込むな」
だが、
死ぬための覚悟など、邪魔でしかない、そう断じた。
アンジェリカは言葉に詰まる。
「
「廿日くんがなぜ、関係あるのですか! ハーメルンって……」
スーツの男が漆黒の球体、グラビティボムを放つ。
グラビティボムが放物線を描いて飛来。
しかし、
右肩から先をなくし、呆然と立ったままの灰色の男。
「あれれー。 まさか俺たちが逃がすと思ってるのー?」
スーツ姿の若者は、それが愉快だと言わんばかりに笑う。
……しかし、その笑いは凍り付いた。
自身の消え去った右腕を、観察している。
「ふむ、なんだこの攻撃は。 魔力を乗せた攻撃でも、防げないとは驚いた」
「あ、いや、なんでアンタ……腕もげてるのにピンピンしてんだよ」
スーツ姿の若者は目を見開いた。
「驚くのは、まだ早い」
「……こういうこともできる」
スーツ姿の若者は、口とぽかんとあけたままだった。
坊主頭の男、鬼安が左右の革手袋を嵌めなおす。
拳を確かめるように握りしめて、構えた。
「ほう。 どうやらコイツも、正真正銘の化け物ののようだな」
「あー、やだやだ。 マジで、はずれ引いたわ……」
スーツの若者は、うんざりしたような様子を見せてから、手のひらをかざす。十数個にも渡る漆黒の球体を生み出した。
「早く行け、
「わ、わたしはっ……」
「いいから行け!」
アンジェリカには、無力な民間人たちを抱え、その場から離れるしか選択なかった。
彼女は、必死に駆けだした。
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