第25話 吉田少年 ~決意の日~

オレが……つまり、吉田 純希オレがあいつを意識したのは必然だった。

それこそ、普通から考えてみれば、オレは決して出来が悪いわけじゃなかったと思う。


勉強だって頑張ってたし、運動だって頑張った。

幼稚園では、いつだってかけっこで一番だった。

どんなに友達が走るのが遅くっても、おれがその分、速く走った。


ひらがなだって、すぐに覚えたのが自慢だった。

絵をかくのとか、苦手だったけど、それはもっとすごいやつがいるから、それでよかった。

オレは、自分にはできないことを、丁寧にやり遂げる友達が自慢だった。


だけど、そんな考えも、小学校に上がってそれが全部変わった。


「翔悟くん、すごーい!」

「なんでも一番だもんね」

「……いや、別に普通にしてるだけだよ。 みんあ大げさだな」


どれだけ頑張っても届かない。

オレがいなくても、あいつはなにも困らない。

みんながあいつを、持ち上げて。いつだって望まれる。


 それでも、あいつは優しくていい奴だった。


あいつは、困ってるやつを見つけたら、放っておけない。

そんな奴を嫌うなんておかしいだろ。

だから、オレは嫌えなかった。


「え、純希。 手伝ってくれんの?」

「べつに。 友達を助けるなんて、普通のことだろ」

「そうだなっ! ありがとう!」


だから、憎みたくなかった。

……オレはあいつを友達だと思っていた。

対等な仲間だって!

でも、あいつはそうじゃなかった。


「なんで、お前、そんなに運動もできるの?」

「今まで、家で鍛え上げられてきたからな。 こんなもの遊びみたいなもんだ」


あいつはいつだって、そうだ。

 いつも、オレよりずっと先にいる。

 どれだけ頑張っても、ずっと先にいる。

 泥だらけになっても、傷だらけになるくらい頑張っても。


「あいつは特別だからな」

「張り合うのがばかばかしくなっちゃうぜ」

「やめとけよ、頑張るなんてやるだけ無駄だって」


 何言ってんだよ。

 それでいいわけがないだろ。

 オレは諦めきれなかった。


 でも、あいつは言うんだ。

「別に、ただ普通にやってるだけだよ」って。


「特別なことは何もしてないんだけどな」

「そんことねえよ。 いつだって目立ってて……お前は、翔悟はすごいよな」

「……ええ。 おれ、目立つとか、そんなつもりなかったんだけどな」


 くやしかった。

 くやしかったけど、オレは友達だから。

 あいつはオレの仲間だから!


 そう思って、何とか頑張ってきた。

 頑張っても、追いつけないのはわかっていたけど。


 でも、オレは選ばれた。

 魔術が使える素質があるって、ここに来ることが出来た。

 ようやく、オレだって特別になれるんだって思った。


 ……そこにも、あいつはいた。


「ええっ? みんな驚いたって……それって予想よりも弱すぎるってことだよな?」


 いつもみたいに、あいつは言い続けた。

 自分は普通にやってるだけだって。

 『当たり前にしているだけ』なのに、おおげさすぎるって。


「……触媒つえ? そんなものがなくても魔術なんて使えるだろ」

「そんなこと、誰にもできないよ……」

「そんなことないって。 ちょっと練習すれば、誰にだってできるよ」


 どんな時だって、一番なのは魔術を学んでからも変わらない。

 あいつは、すごいやつだ。


「すごいだって? これでも加減したんだけど」


 理解できなかった。

 なにをいっているのか、まるでわからない。

 あいつは、いっこうに認めようとしない。

 自分が普通で、俺たちが『間違ってる』っていう。


 ……それでも、オレは対等な友達でいたかった。


「……なんで怒ってるんだよ」

「今の試合! わざと負けただろう!」

「……いや、それは」


 オレは泣きそうだった。

 こいつは、悪い奴じゃない。そう思ってた。


「なんで手加減したんだっ!」

「だって……、お前があまりにも必死だから『     』だろう?」


 ぜんぶ。

 ぜんぶ、ぶっ壊れた。

 オレが必死になって頑張っても、それはまるで届いてなかった。

 翔悟あいつの心に届いてなかったんだ。


 諦められないオレは、それでも変わらないまま。

 『試練の塔』を目指した。

 あいつが行くって、言ってたから。

 そこで結果を出せれば、あいつだって考えを変えるはずだ。


 手は抜けないって。

 人一倍頑張って追いつこうとする、それに意味はあるって。

 オレを対等に見ようとするはずだった。


 だけど、ちょっとオレも勘違いしてた。

 オレも相手をちゃんと見るべきだった。


 魔術がろくに使えない同級生。

廿日陽介はつか ようすけと言う変わり者。

『試練の塔』を目指すにあたって、最初に戦うことになったのは、自分より弱いと思ってた相手だった。


「コイツと? でも、コイツはまともに魔術が使えないんじゃないですか?」


 こんなの弱い者いじめだ。

 オレは、ロドキヌス師が言うことに、驚きを隠せなかった。

 こんなことしちゃいけない。


 でも、ロドキヌス師は言った。


「問題ない。 最低限、試合にはなるレベルだ」

「問題ない……ってたってよ?」


 オレは、廿日を見た。

 俺より背が低くて、なよってしてる。

 全然強そうには見えない。


 こいつは魔術が苦手だから、戦闘訓練も剣ばかり。

 それで、よくみんなに負けてるって聞いた。

 それなのに、何度もエルフに勝負を挑んでボコボコにされてるって。


 みんなにも馬鹿にされてて、かわいそうなやつって思った。


 そんなことを思ってたら、なんでもないことのように廿日は言うんだ。

「いいよ、やろうよ」って。


 でも、オレは手加減は絶対にしない。

 わざと負けたりなんかしない。


「……いいのかよ、手加減はしねえぞ。 わざと負けたりなんかしねえからな」

「かまわないよ、こっちも全力だ」

「なら、後悔させてやる」


 オレは試合でそうそう負けたことがない。

 同じように、異世界出身じゃない相手にはまず負けない。

 大型杖ロッドの使い方には、誰にも負けない自信があった。

 どんな奴だって、近づく前にやっつけてやる。それだけの練習は重ねた。


 ……翔悟には、一度も勝てなかったけど。

 それどころか、相手にもされてなかったけど。


 試合の直前、廿日はロドキヌス師と何かを話していた。

オレには、いつも厳しいあの先生と、どこか親しげに見えた。

 すごい年が離れてるはずなのに、まるで友人みたいに話しているように見えた。


 オレは気になって、聞いた。

 試合前の準備運動、大型杖ロッドを慣らし、いつでも戦える態勢を整えながら。


「ロドキヌス師と何を話したんだ?」


 あいつは隠そうともしなかった。


「吉田くんがどれくらい強いのか聞いてみたのさ」


 今思えば、どこか年上みたいな空気を、廿日はまとっていたかもしれない。

 あまりにもあっけらかんに、オレの話をしてたと言った。


「……なんて言ってた?」

「一般生徒の中では、トップクラスに強いってさ」

「……へえ」


 一般生徒の中では、トップクラスに強い。

 翔悟は、一般生徒じゃないってことだ。

 『普通にしてるだけ』と。


 それに、こいつにも腹が立った。

 自分より、相手が褒められてるのに、全然悔しそうにしないなんて。

 最初から、勝つ気がないんじゃないのか。


「おや? なんだか納得いかなそうだね」

「べつに。 はやくお前をぶったおして、はやく先生に強くしてもらうんだ」

「もう勝ったつもりなの?」


 廿日は、ごく自然にそういった。

 勝ち敗けはまだ決まってないと、そう言ったんだ。

 

 馬鹿にするなよ、オレは知っている。


「オマエが、まともに魔術が使えないのは知ってるんだよ」

「それはそれは。 私は知らない間に、有名になってしまったんだな」


オレは絶対に手加減しない。

 でも、廿日は言うんだ。


「甘く見るなよ、これで一度だけエルフから一本取ったんだ」


 そんなこと、あるわけなかった。

 エルフのファルグリンくらいオレだって知っている。


 エルフは特別だ。

誰だってエルフには勝てない。それこそ……翔悟と同じくらいかもしれない。

 オレは、いつか勝つつもりだけど、廿日が一本取ったなんてありえない。


「……嘘つきだろ、オマエ」

「本当だよ、先生から君の強さを教えてもらったからね。 言わないと卑怯に思ったのさ」


 どうして、あの時、廿日を見てると。

 あんなに腹が立ったんだろう。

 今思えば、信じられないくらいだった。絶対にぶちのめしてやろうと思った。


 でも、結果は逆に、オレが負けたんだ。

 そう、惨敗だった。

 油断していたのかもしれない。まともに魔術を使えないって、決めつけてた。


 それじゃだめだったんだよな。

 それじゃ翔悟あいつと同じだ。

 オレは廿日に教えてもらった。きちんと相手を見ようって。


 その日は、そのあと負けなかったけど。

 今じゃ、たくさん負けてる。たくさん勝ってもいるけど。

 全然、お互い武器も得意なことも違うから、勝ったり負けたりだ。

 自分の思うとおりにできた方が勝つかんじ。


 試合の後、ゆっくり話してみたら、すごいやつだってわかった。


「そういや、オマエ。 試練の塔に挑むのは生活のためなんだっけ?」

「そう」

「そんなに困ってるの?」

「まあね、父親が死んでてさ、弟たちの生活もあるしね」


 びっくりした。

 そんな話、聞いたこともなかった。

 確かに、魔術学園に入るとお金が入るっていうけど、それで生活を何とかしてるなんて思ってもみなかった。

 でも、よくよく周りから話を聞いたら、そういう家って結構あるんだよな。


 廿日は『普通のことをしてる』みたいに言うんだ。


「母親は働いていると思うけど、今は一緒にいないから知らない。 でも、私がこの学校に来てるから家計は助かってるんじゃない? 少なくとも、特待生の間は大丈夫だと思うよ」


 オレは謝りたくなった。

 オレも、どこかでコイツのことを馬鹿にしていたところがあった。

 そんな気がした。


 だけど、廿日は変わり者だから、またわけわかんないこと言うんだ。


「そう? 人間なんて、話したこともない相手のことをボロクソに言ったりするもんじゃない? 昔からそんなもんだったよ」


 もしかして、廿日は昔から誤解されてたんじゃないだろうか。

 たくさん誤解されて、たくさん馬鹿にされた。

 でも、きちんと受け止めて前を向いてる。


 廿日もオレの話を聞いてくれた。


「そういう君は、勝ちたい相手がいるんだって?」

「ああ、そうだぜ」

「どんなやつさ、それ」


 本当は黙っておこうと思ったけど、廿日があまりにもいろいろ話してくれるから。

 黙ってるのも、ちょっとやだった。


「オレと翔悟のやつとは、そんなに差はなかったんだ。 最初の頃はな」

「まあ、みんなスタートラインは同じだよね」


 魔術学園に入った時、スタートラインは同じだった。

 でも、急に様子が変わったんだ。


「途中から校長の孫とか言う先輩と同室になってさ」


特別扱いされて、個別に一人だけ色んな先生に教えてもらえるようになった。

急激に力をつけた翔悟は、試合じゃ負けなしだった。すぐに他の生徒と一緒には、戦わなくなった。


触媒つえなしで魔術も使えると言っていた。

 2年に上がる前には、メジャーサークルだかってところに入るのが決まった。

なんでも、あいつは英雄の息子だから特別らしい。意味わかんねえよ。


「それでもオレ、必死になって頑張ってさ。 それでも全然勝てなくて。 そしたら、ある時、アイツわざとオレに負けやがったんだ」

「わざと負ける?」

「ああ、手抜きしやがった。 頭にきて、なんでこんなことしたのか聞いたらよ。 アイツ、オレのこと『可哀そうだから』って言いやがったんだ!」


 オレは涙がこらえきれなかった。

我慢しようとしても、次から次に、ぽろぽろこぼれ始めた。


「オレ、くやしくってよう……くやしくて、しかたなくて。 でも、どうしたらいいかわからなくて……」


 次から次に涙がこぼれて、我慢できない。

 なんで、オレはこんなにかっこ悪いんだろう。

 頑張っても『可哀そう』に思われるだけ。

 オレはそんなに可哀そうなやつか? オレは……。


「君の気持ちはわかった」


 お前に何がわかるんだって、怒りたくなった。

 自分に腹が立って、廿日の言葉に『お前に何がわかるって言いたくなった』


「私は君に協力したいってことだ。 手助けがしたい」


 廿日は、オレを認めてくれた。


「勝負して分かった、君はたくさん頑張ってる」


 一番、言ってほしかったことを言ってくれた。


「すごい強いよ、君は『可哀そう』なんかじゃない。 君のような奴は、報われるべきだ。 というか、報われてほしい」


 廿日は苦笑する。

 そして、困ったような表情で、言った。


「……なんだかこう他人事に思えなくて」


 こいつも、勝てないエルフに挑んだ。

 それで、一本取ったんだ。

 オレは信じる。

 たぶん、廿日は本当に一本エルフからとったんだ。


「どちらにしろ、試練の塔に挑む仲間なんだ。 協力するに越したことはないだろ」

「そりゃ、確かにそうだな」


 それから、廿日はオレの仲間になった。

 この日から、本当に仲間になった。

 

 廿日陽介もすごいやつだった。

 翔悟が『マンティコア』をやっつけたって聞いた時、オレは「またか」って思った。

 オレは試練の塔の様子をある程度見たら、抜けて準備に走ったのに。


 でも、すごいよな。

 廿日陽介。あいつも『マンティコア』をやっつけたっていうんだ。

 オレは、悔しい気持ちの方がいっぱいだったけど、ちょっと嬉しかった。

 

馬鹿にされていた廿日が、それだけじゃなくなる。

 でも、オレの方が早く気づいてたんだぜ。あいつはすごいって。


 廿日は、オレと頑張って勝負してるのに、それでもやっつけたんだ。

 だから、オレも頑張ればそこまでいける。

 廿日は、同じ仲間だからな。オレくらいは、信じて喜んでやらなきゃな。


 ただ、焦る気持ちもすごくあって、それでロドキヌス師に怒られたりもした。

 ロドキヌス師は、オレのことをよく見ていて、焦る気持ちをすぐに見抜いた。


「お前には、お前のやり方がある。 お前にしかできないこともたくさんある。 焦るとそれが出来なくなるかもしれない、それはもったいないぞ」って。

 ロドキヌス師は、じっくりオレの話を聞きながら、そう教えてくれた。


 それっていつのことなのって、そういう気持ちも強かったけど、それはすぐに訪れた。

 それでも、びっくりしたけどな。


「吉田くん。 私と部隊を組む気はないかい?」

「ええっ!?」


 確かに、一緒に組む相手は探していたけど。

 声をかけてくる奴がいるとは、思ってなかった。

 だって、それは翔悟とも戦うってことだ。


「お前、本気かよ?」

「本気だけど、君はいやなの?」

「いやじゃねえぜ、ぜんぜん」


 こいつなら、どんなに負けても立ち上がってくれる。

 そういう信頼があった。

 俺たちは、もう何度もやりあってるから、お互いの戦い方もわかるし。ばっちりだ。


「前向きに考えてくれるならよかった」

「前向きっていうか、オレは陽介と部隊組むのは全然ありだぜ」

「そうかい?」

「ああ、陽介は訓練も手を抜かねえし、変わってるけどマジメだかんな」

「マジメなのはまだしも、変わってるのは誉め言葉なのかなあ」

「実際、変わってるだろ」


 いつのまにか、オレは廿日のことを『陽介』って名前で呼んでいた。


「むしろ、お前こそ俺でいいのかよ」

「……いいから誘ってるんだけど、どうして?」

「お前だったら、もっと強い奴誘うんじゃないかって」

「そりゃ本音を言えば、正当な魔術師の家系で跡継ぎの人を誘うなり、エルフのファルグリン誘えたら最強だと思うけど」

「……堂々過ぎて身も蓋もねえ、ってまさにこのことだな。 オレが言うのもなんだけど、もうすこし気を遣えよ」


 開いた口がふさがらない。

 本人を目の前にして、よく言うぜ。


「でも、君は北村翔悟を倒したいんだろ」


 そうだ、オレはあいつを倒したい。


「……だからさ。 私は君の力になりたいし。 君がそう言う気持ちがあるなら、私は君を信頼できる」

「信頼?」

「そうさ。 だって、君が『北村翔悟』に勝ちたいって気持ちは……誰にも負けないだろ」


 そうだ。

 その気持ちだけは、絶対誰にも負けない。


「絶対、君は諦めない。 何度、負けても立ち上がるっていうなら、ぜひ一緒に戦ってほしい」


 オレが断る理由なんてなかった。

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