第24話 久しぶりのティータイム

生前は、野郎のエルフと抹茶パフェ食べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。


ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。


それはさておき相変わらず、エルフは美しい。

魔女も、おおよその場合、美しい。職業柄、美しい方が都合の良いこともあるのだろうけど、なにか美肌ケアとかしてるのだろうか。

どんな世界であろうと、美人=美肌、健康。

異世界であったとしても、肌が汚いことは、美人の条件にはなりえない。


これらはもちろん、同席しているこの男と女の子の話だ。


 久しぶりに、エルフのファルグリンと、魔女マリンカとお茶会をしているのである。

 彼らはサークルでの活動も忙しいようで、その中で発生した気になる出来事や、問題について、いくつか意見を交わすことになった。


 魔術師のサークルとは、基本的に研究や意見交換のための集まりである。


それぞれのサークルでは、互いの研究や活動を助ける自助活動も行われており、自分の研究を支援してもらえることの効果は大きい。

 特に彼らの所属するメジャーサークルでは、学校からの支援も望めるとあって、研究を志す魔術師にとっては、羨望の的だ。


「なんだかんだ、お前の意見は参考になるな」

「察しも悪くない……どころか。 見ていないことも、まるで見てきたかのように話すしね」

「大方、ここにいないパートナーとやらの働きなのだろうが」


 そう言って、ファルグリンは何かを探るように、部屋を見渡した。


「さて、なんのことやら」


 私は紅茶に口を付けた。

 下手なことは言わない方がよいだろう。


「にしても、少しは片づけたらどうだ?」


 ファルグリンは、部屋の惨状にあきれ気味だった。


 私の部屋は、スクロールや標本、採取した素材が瓶詰めにされているような有様だ。机には参考文献が山のように積み重なっている。

 どの書籍も、高価で買えないので、資料室から借りてきたものばかりだ。

 その書籍の山の横に、金色の『死者の手』が放置されている。触媒としても使える優れものだが、それが何にどこまで使えるものなのか、いまだに調査中だった。


 正直、最近では、同室のウィスルト先輩の領域まで、こういった資料が侵食しつつある。


「うーん、本当に散らかってるわね。 研究がはかどっていないのかしら?」

「逆だな。 こいつは研究に行き詰まりだすと、掃除をする癖がある」

「……掃除をすると、頭がすっきりするからね」

「研究は進まないがな」


 その通り。

部屋を整理整頓するのは、気分転換にはなるけど作業は進まない。

 ついつい勉強や研究がはかどらないと、掃除に逃げたくなってしまう。


「だから、こいつはこれで調子が良いのだろう」


 そう、エルフのファルグリンはすまし顔で言った。

 こういう態度が似合うあたり、美形と言うのは徳である。


なお、ファルグリンとは、古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。

 フルネームはかなり長いらしい。興味もないけど。


「まあ、そうだね。 最近、私はやりたいことが出来てるかな」

「やりたいこと?」

「そう。 手に入った魔導器セレクターが、非常に好都合でね。 とても面白いんだ、これが」


 ドワーフのナールから譲り受けた『死者の手』だった。

 これは私の秘術『ハーメルン』にも、相性が非常によかった。

 最近までは、魔術が医者に止められていたので、実験はできなかったものの、いくつか幅広い使い方ができるものと判明している。


「今度、ネズミで実験しようと思ってる。 実験用のネズミの都合は、テイラーに任せればなんとかなるだろう」


 私がこういうと、二人にありえないことを言ったかのように糾弾された。


「お前、それ、ネズミの使い魔に頼むのか? 同族を実験台にするから、連れて来いと」

「そうだよ? なんか変?」

「……あなた、本当に恐ろしいわね」

「今までも実験してきたから、テイラーも慣れたもんだよ」

「そういうところだからな? お前、本当にそういうところが問題だからな!」


 私は首をかしげる。


「マリンカは、賢鷹ペラフォルンに実験用の鳥をねだったことはないの?」


 賢鷹ペラフォルンは、魔女マリンカが代々継承する使い魔。すさまじい魔力を秘めた、賢者の如く賢い鷹である。

 マリンカは強い剣幕で、否定した。


「そんなことを頼むなんて、あるわけないでしょう!」

「ふーん。 じゃ、ネズミで実験したことは?」

「そ、それはあるけど……」

「なら、いいじゃない。 なにが違うの?」

「なにかが違うわよ、なにかが!」


 それに対し、ファルグリンはクッキーを口にしつつも、マリンカを制止した。


「諦めておけ、マリンカ。 こいつは、そのあたりの感覚を読まない。 読めないんじゃなくて読まない。 時間の無駄だ」


 ひどい言われようである。

 まったくなにに、こだわっているのやら。


「なんていうか、あなた、わたしのママにそっくり」

「君のママに?」

「ええ、ママは魔女らしい魔女だったわ」

「……それは、ありがとう」


 一般に、母親に似てると言われるのは、誉め言葉だろうか。

 女性は「ママが褒めてたわ」なんて、母親の言葉を借りる人がいるけど。

うん、あれもいまいち理解できない習性である。


「あ、紅茶のお代りはいるかい?」

「いえ、今は結構よ」


 即座に断られた。

どうして、さっきからマリンカが疲れ気味なんだろう。


「あ、そういえば。 私も決戦競技ディシプリンとやらに興味があってね。 参加してみようと思うんだけど、どう思う?」


 突然の問いに、二人は困惑した。

 思いもよらないといった風だった。


「どう思うと言われてもな……」

決戦競技ディシプリンなんて、あなたの性に合わなそうだけどね」


 それはどういう意味なんだろう。


「と言うよりも、お前は『魔術障害』の持ち主だろう。 そうそも戦えるのか?」

「うーん、なんか調べてみたらルールが結構、厳密なんだよね」


 決戦競技ディシプリンでは、決められた規格レギュレーションの範囲で、装備や魔術を使い戦わねばならないようだった。


「私の『馬鹿には見えない服コモン・センス』とか、錬金術のアイテムがだいたい使えないんだよね」

「想定されてないからな。 魔術が普通に使える人間用のルールだ」

「だから、試練の塔で戦ったやり方だと失格になっちゃうね」


 戦闘スタイルは、必然的に『黒燕クロツバメ』で飛燕を起動して、敵を斬る。

 兎跳びバニーホップでどんどん飛び込んでいく。みたいになる。


 吉田くんとは一応それでやりあえたけど、部隊だとどうだろうか?


「うーん、ただね。 あなた、マンティコアを倒したんだもの。 戦えるなら、喜んで部隊に入れてくるところもあるかもよ?」

「それって、どこかのサークルに所属するとか? それは有難いけど、どうせやるなら、優勝でもらえる特権とか総取りしたい」

「……発想が海賊ね」

「それは冗談だけど、ね。 私は競技には素人だから、まだそれ以前の問題だよ」

「それなら、なおさらどこかに入れてもらった方がいいと思うけど」

「うーん……」


 決戦競技ディシプリンはあくまで競技。

 ルール上は、各チーム、同様の規格レギュレーションにのっとり装備を使い同条件で争うことになる。

 つまり、とてつもなく強い魔導器セレクターを持ち出したり、破壊力が大きすぎたり、競技性を損ねるような魔術は使われないし、使わない。


「どうせやるなら、自分でチームを組みたいけど、定石セオリーもわからないんだよね」

「わたしは、それはいきなり高望みしすぎだと思うわ」


 マリンカは、あくまでどこかのチームに入れてもらうことを推奨したいようだった。


「ファルグリンはどう思う?」

部隊チームを組む際に、きちんと戦術や定石セオリーを理解しているものを引き入れるならありなんじゃないか」

「ちなみに、ファルグリンはやらない?」

「やらない。 『青き一角獣ラース』でも誘われたが、魔力制御装置リミッターを付けようと思わない」

「……魔力制御装置リミッター?」


 突然知らない言葉が飛び出した。


「僕はエルフだからね。 魔力制御装置リミッターを付ける必要があるんだよ。 もともとの魔力が、人間とは違いすぎるからね」

「……エルフが付けるためのリミッター? そんなのあるの?」

「ピアスやリングのようなアクセサリー状で、簡単に付けるものなら一般的だな」

「一般的って?」


 私が疑問を声に出すと、マリンカが答えた。

 すこし、お姉さんぶっているように見えた。


「エルフに限らないけど、魔力が高すぎて、生活に支障がある場合とかもあるわ。 それに無意識に魔術を使ってしまう体質とかだと、取り付けることがあるわね」

「そんな簡単に無意識に発動することなんてありえるのかい?」

「思ったことが、無意識に常に発動するまで行くと稀だけど、ゼロではないわ。 あと、ほら、感情的になると魔術が発動しちゃうとか……それを放置するなんてありえないでしょ」

「頭で考えただけで、魔術が発動するとか怖すぎるんだけど」

「完全に歩く凶器よ。 高い素養を持つ子供が、教育を受けないまま、魔術を暴発させる事件もあるわ」

「それは、人が亡くなったりすることもある?」

「そこまでの惨事は少ないけど、誰かが怪我を負うことは珍しくない……かな。 そういうことが起きるだけに、未開の地では、魔術師に恐怖を抱くことも多いの」

「……なら、意外と魔力制御装置リミッターって需要があるものなんだね」


 なぜかファルグリンは皮肉気に笑った。


「寝ている間に、魔術を発動させて家をめちゃくちゃにする者もいるみたいだからな」

「それは、下手に寝ぼけられないね……怖いなあ」

「心配しなくても、お前は大丈夫だよ」

「はいはい。 どうせ、私は欠陥魔術師ですよ」


 なるほど、結局のところ、ファルグリンは魔力制御装置リミッターを付けたくないから、決戦競技ディシプリンには出たくないわけだ。

 となると……。


「それなら、マリンカは? マリンカは出ないの?」

「そんなついでみたいに、聞かれても……」

「ついでじゃないよ、マリンカなら一緒に部隊組みたいな」

「……わ、わたしもサークルに所属してるし」

「そんなの関係ないよ。 君のサークルって、研究成果の権利にはうるさいけど、あとは自由でしょ」


マリンカが所属しているサークルは、『孤高の夜鳴鶯ナイチンゲール』。


5つあるメジャーサークルの1つであり、徹底した個人自由主義のサークルだ。

『個人の研究成果は、サークルにも五分の条件で権利が帰属する』と言う条件は付くが、個人が研究に没頭できるよう全面的に支援してくれる。


私が所属できる可能性が高いとしたら、ここだった。

ただし、残念ながら、私の研究内容が秘匿対象であるがために、サークルの条件から外れてしまっている。


「『孤高の夜鳴鶯ナイチンゲール』も代表部隊を選抜してるけど、そこに加わることにこだわらなければいいよね。 そしたら、他のサークルじゃない人と部隊組んでも問題ないよね」

「そ、そういうところには詳しいんだからっ」

「あたりまえだよ! サークルに入りたいもん」


 私は、自分の欲望には正直である。


「じゃ、さっきのわたしの案は? どこかのサークルの部隊に入る!」

「私はマリンカと一緒がいいな」


 こういう時、相手の言葉に少しでも耳を傾けると、ダメである。

 相手を全面肯定しつつ、意見には一切耳を傾けない。


「どこかのサークルとかじゃなくて。 私は君と一緒に組みたいな」

「……言っとくけど、ペラフォルンは試合に出せないからね」


 いや、そりゃ、まあ、賢鷹ペラフォルンはいてくれると戦力になると思うけど。


決戦競技ディシプリンは、使い魔の使用も制限されるわよ」

「そうなの?」


 ファルグリンは頷いた。


「ルール上は、使い魔は部隊メンバーに含めなきゃならない」


 だとすると、もし私がテイラーを試合中に使おうとしたら、部隊の人数にテイラーを含める必要があった。


「でも、私は、『使い魔なんだから数に含めなくてもいい』と思うけど」

「よく考えてみて。 それだと、無制限に使い魔が使えることになる。 使い魔が多いチームが数の暴力で勝てちゃうわ」

「じゃ、例えば、1チーム1匹とか」

「そもそも使い魔を持ってない人もいるわよね。 不公平じゃない?」


 完全に論破されてしまった。


「あと、使い魔を部隊に入れるとしても、魔力の強い個体は制限リミッターを掛けなきゃいけないわ。 単騎での戦闘力が高すぎるものは、完全に禁止されてる」

「めんどくさいなー」

「使い魔の中には、魔獣に匹敵するものを使う人もいるから、下手したら勝負にならないわよ。 だから、私のペラフォルンとか、完全に規格レギュレーションに引っかかるもの」

「それでペラフォルンも?!」


 賢鷹ペラフォルンは、確かに見事な使い魔だけど。

 あれが、そこまで強いとは思っていなかった。


「代々引き継いでるんだもの。 今までの歴代の魔女マリンカを補佐していただけあって、普通のやり方じゃ使い魔にできないほどの力を秘めてるわよ」

「やっぱり、血筋がしっかりしている魔術師の家系ってそれだけでも強いな」

「それに、ありえないけど、ドラゴンみたいな使い魔を用意したら競技にならないし」

そんなものドラゴンを認めてる競技があったら、頭がおかしすぎるよ!?」


 確かに、競技として勝負をするんだから、無制限なわけはない。

 一方的に、ずるいやり方で勝ちが決まってしまうものは、競技として成立しないだろう。

 あまりにも公正フェアじゃない。


「じゃ、やっぱりマリンカがいてくれた方がいいじゃん」

「なんでそうなるの」

「詳しいし、いてくれると助かる」


 マリンカは嫌そうな顔をした。


「結局、詳しそうなら誰でもいいんでしょ」

「いや、そんなことはない。 それにペラフォルンがいないとしても、君がいてほしいのは変わらない」

「なんか調子いいなあ……」

「そうかな?」


 都合がいいように言ってるのは、否定しないけど。

 マリンカを味方にできたら、どう考えても強いと思うんだけど。


「すこし考えさせてもらっていい? ……あんまり気乗りしないから」

「まあ、考えてもらえるだけいいや。 あ、お茶がぬるくなったね、新しく淹れる?」


 ファルグリンは、空のカップを差し出した。


「頼む」

「……任せるわ」


 私は頷いて、受け取った。

 なんだかマリンカが、どっと疲れた顔をしたのが印象的なお茶会だった。


 ウィスルト先輩が、入口の扉をうっすら開けて言う。


「あの、ここ、俺の部屋なんだけど。 入ってもいいんだよね?」


 誰も返事をしなかった。

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