第21話  髭無しドワーフとタコ焼きを食べた

生前は、ドワーフに手土産もって頼みごとをしに行くことになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。


ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。


それはさておき私の知る限り、ドワーフはおおむね髭面だ。

だが、知人であるナールは、ドワーフのなかでも特徴的だ。


なにせ、髭が生えていないのだから。

それでも頭身が低い小男にしては、体が屈強で石のように硬そうに見えるけれど。


一般に、ドワーフは例外なくみんな髭が生えていて、若者と年寄りの区別がつきにくいと言うのがよくあるイメージだ。少なくとも、人間からしてみれば区別がつかない。

しかし、ナールはヒゲの一本も生えていない。


ナールになぜ髭がないかと言えば、それだけ彼が若いからだ。

その上、ヒゲが生えて揃う時期も個人差があって、ナールは遅い方ではあるらしい。

実際、幾人か、ドワーフでもヒゲがない者。あるいはヒゲが薄い者を見かけた。


ナールが「炎の取り扱いを間違えて、ヒゲを焼いてしまったから、ヒゲが生えない」なんて噂もあるが、それは嘘だろう。


ドワーフは、ヒゲを含め毛髪は火に強いと言うのが、よく知られている事実だ。

異世界の書籍、『火吹き山の竜退治』によれば、ドワーフの毛髪で編まれた防火マントを羽織って、炎の山を通り抜けるなんて物語も私は読んだことがある。

事実に基づいているのかは不明だが、非常に興味深い素材だ。


とにかく、彼はそんな事情もあって『ヒゲなしナール』と影で、綽名されることもあった。

当然ながら、ナール本人はそれをとても嫌がっているが。


工房に入ると、ドワーフのナールはいつも通りだった。

安全ゴーグルを嵌め、金属を槌で叩いて、加工していたのである。


いつもと言っても、ドワーフのナールが工房で扱うのは、伝統的な槌などの鍛冶道具に限らない。近代的な電動工具を使っていることもある。


珍しく違うことをしているかと思えば、完成品をうっとりと眺めている。結局、金属を触っていることには変わりない。

それ以外は、飲み食いして下品にガハハと笑っているか、寝ている。


「やあ、遊びに来たよ。 ナール」


 私は、いつものように声を掛けた。

 彼は集中していて聞こえないか、もしくは聞こえなかったフリをした。


これもいつものことだった。

彼は集中している時間を大事にしていて、それを乱されることを嫌う。常に邪魔されたくないのだ。


だからこそ、もっと大きな声で私は声を掛けた。


「やあ! 遊びに来たよ!」

「うるせえなっ! 聞こえてるよ、人間っ!」


 ドワーフのナールは、ようやく返事をして見せた。


 前世の私ならまだしも、だ。

今の私は誰かの時間を邪魔することに、それほど抵抗がない。


「少しは気を遣って見せろってんだ」

「これでも気を遣ってる方だよ、ナール。 めんどくさいとは思ってるけど、気が難しい相手とコミュニケーションをとるのは本当に大変だからね。 自分をほめてあげたい」

「考えてるのは全部、自分の都合だけじゃねえか!?」

「あはは、その通りだよ。 言わないけど」

「言ってるじゃねえか!」

「口だけでなら何とでも言えるし、頭なんかいくらでも下げれるのが私の良いところでね。 というか、頭を下げるのなんて実質無料だと思っているから、なんなら頭を下げようか?」

「もういらねえよ!」


私はどうせ一度、死んだ身である。

生まれ変わることが前提だとして。どれだけ苦労しても死ねばリセットされるのに、必死に人間関係に気を遣ってしがみついて頑張る意味が分からない。


「時間は有限なんだよ、ナール。 残りの人生、使える時間は限られている。 人間なんていつ死ぬかもわからないんだ。 時間の希少さを考えれば、気を遣うだけ損だよ」

「まあ、ドワーフは人間より、長生きで頑丈といえばそうだがな」

「私たち人間が、多少生き急いだところで微笑ましい限りだろう。 納得こそすれ、妨げるものでもないはずだよ」

「まあ、そうかもしれねえな……。 いや、待て。 また俺を煙に巻いて、適当に使おうとしてやがるな?」

「いやいや、全部私の本音だよ」


これから先、寿命を全うできるにしても人生は我慢し続けるには長い。1分1秒たりとも、出来れば我慢したくない。

なのに、そこまで相手に気を遣うメリットがどこにあるだろうか。

 

現実的な話、自分のペースに巻き込まないと話が進まないからね。

 出来るなら、みんな私のペースに合わせて生きてほしい。


 などと言いつつも、買ってきた手土産を見せると、ナールは舌打ち混じりに「そろそろ休憩も悪くねえな」と言い出した。

 11歳の子供が手土産を買ってくるのは、金銭的になかなかの負担なのだが、頼みごとをする以上、致し方がない部分である。


 ドワーフのナールは手をぬぐうと、ビニール袋を受け取った。

 そして、私をテーブルはさんで着席するように促す。遠慮は当然しない。


 ビニール袋の中身は、タコ焼きである。味はチーズのものと、タラコソースのものだった。

 ドワーフはおおむね、なぜかソースの味を好む。それにビールやハイボールを流し込むのが、彼らの札幌での作法だ。


 ススキノ辺りに、タコ焼きとハイボールを楽しむ店があるが、そこは観光客とドワーフの人気店である。


「たまには、美味い物を食わねえとやってられねえな」

「普段何食べてるんだか知らないけど、きちんと栄養は取った方がいいよ」

「まあ、な。 たくさん食わねば働けねえからな」


 ドワーフは飢えには強い方ではあるが、食べねば筋肉がしぼむ。食べた脂肪を蓄えるかのように、筋肉が膨れ上がるのである。


「たまには故郷の料理も食いたいもんだが、そうもかなくてなあ……」


 ドワーフの食文化は、地球だと不便である。

 彼らの主な生活領域は、地下世界。


そこに生えるキノコを製粉し、パンに焼く。それを彼らはナフと呼んでいる。


また、キノコや食用ゴケを繁殖させ、それを餌にトカゲや蝙蝠を飼育し、食べている。

昆虫も食材の範囲と言うのだから、なかなかワイルドである。


「キノコもコケも、こちらでは手に入りにくいだろうしねえ」

「茸粉もこっちに輸入する時は、厳しくてな。 なかなか、パンも焼けねえな」

「君たちが食べる食材の中には、人体に悪影響なのもあるし。 異世界からの外来種が、下手にこっちで繁殖するとマズいからね」


 異世界の門なんて、外来種の宝庫である。


「向こうの酒や、果実も食いてえんだがなあ……」

「酒はともかく、生の食材はなおのこと持ち込むの難しいだろうね」


ドワーフたちは、地下世界なので希少ではあるが、野菜や果実も食べることがあるらしい。

地下に眠る巨大な鉱石、『地界の太陽』なるものが、光と熱をもたらし、風をもたらし、多様な植物を繁殖させると言う。


「それはともかく、このたこ焼きってのは、ソースが美味い。 トロトロしてて、深みのあるしょっぱさと甘さが良く絡む。 生地も旨味があっていい。 出汁が利いてるんだな」

茸パンナフも出汁が利いてそうだけどね、ある意味」

「なんだ? 食いてえのか?」

「いや、もういい。 私にはタコ焼きが合っているみたいだ」


なかなか独特の風味だった。焼きたての匂いが特に独特だ。

食べれなくはないが、パンだと思って食べるとひどく裏切られた気分になる。


「にしても、俺たちは魚卵のソースはあまり食ったことがねえな」

「故郷に魚はいないのかい?」

「もちろんいるが、こういう食べ方はしない。 海じゃねえしな」


 なんだろう、地底湖になるんだろうか。


「でかくて高級なのだと塩漬けにするかな。 たまに釣り人が食われたりするから、油断も出来ねえけどな!」

「……それ、モンスターじゃん」


 同胞を食うような魚の卵とか、食べていいんですかね、普通。


「んで? どうせ頼みごとがあるんだろう、陽介」

「まあ、そうなんだよね。 剣と杖が壊れちゃってさ」

「……その腕がやられた相手に壊されたのか」

「おや、聞いてない? マンティコアにやられたのさ、たぶん相打ちで引き分けだね」

「ほほおぅ。 マンティコア相手に相打ちたぁ、人間にしてはやるじゃねえか。 あとで他の連中にも教えてやらねえとな」

「こんな話で良ければ、ぜひ酒のつまみにでもしてよ。 で、この通りなのさ」


 大きな革袋から、剣や触媒つえを取り出す。

 すると、ナールのまぶたがピクピクと動いた。


「ひでえな。 どんな使い方したんだ?」

「あまり覚えてない、必死だったからね」

「そりゃ、マンティコアを相手にするような武器じゃねえからな。 剣も怪物退治用じゃねえし、触媒つえだって戦闘向きじゃねえよ」


 身軽さを重視したのが、アダになった。

 つけ狙われるよりいいと思ったのだが、戦うには装備自体に問題があると言う。


「剣の方は……これ、無理やり突き刺しただろう。 その上、魔術を上乗せしやがったな。 無理な方向から力が掛かってやがる。 見た目、折れてるだけに見えるだろうが、だいぶ歪んでるぞ」

「あー、となると修理できない?」

「折れたものは、直すのはなあ。 見た目だけなら、継ぎ足して同じに出来るが、以前と同じにはならねえよ」

「そっか……」


 やはり、もう治せないらしかった。


「この触媒つえだってそうだ。 折れ曲がるような魔術の使い方をしたんだろう? 形が変わるだけじゃなくて、中身だってボロボロだ。 もうまともに魔術は撃てねえよ」

「曲がったのを元に戻して、終わりじゃないんだね」

「多少歪んだり、曲がったくらいならまだしもな。 昔から、触媒つえの限界を超えて、魔術を使用する技術ってのは、存在はしてる。 だが、それは例外なく、触媒つえと引き換えになんのさ」


 「お前さんが知ってて使ったとは思えないがな」と、淡々と言われてしまった。

 となると、完全に装備を失ったことになる。


「剣は代わりのものを用意するにしても、学園に申請して取り寄せたうえで、仕立てるわけだから時間はかかる」

「まあ、それは仕方ないね」

「ただ、それなら、決戦競技用ディシプリンの規格化された魔導器セレクターを用意した方がいい」


 決戦競技ディシプリンとは、生徒同士が行う集団戦闘の競技だった。

 ルールで決められた魔術を使い、相手に掛けられたシールド魔法を先に破壊することで勝利を得る。


「でも、決戦競技ディシプリン用じゃ決められた魔術しか使えないんだじゃないの?」

決戦競技ディシプリンでは使える魔術は規定通りに限られるが、ようは競技中は使わなきゃいいように制限すりゃんだ。 |制限機能(リミッター)を掛けてやる」

「わかった。 それで、競技用の方は具合がいいのかい?」

「剣術練習用よりはな、性能はいい。 乱暴に使うなら、剣術練習用と分けたほうはいいが」

「慣れたい魔導器セレクターで練習しないと意味がないよ。 用意してもらえるなら、それで練習も実践もこなすさ」

「……ったく、ちゃんとメンテナンスに来いよ」


 これで、剣は問題ないか。

 重要なのは、触媒つえの方か。


「その件だがなあ。 陽介、お前は杖を使うよりも、もう一本、短剣を使って二刀流にした方がいい。 できれば、魔術短剣クリスナイフが良いだろうな」

触媒つえとしても性能がある剣の事かい? それは高いんじゃない? とてもじゃないけど、私には買えないよ」

「まあ、であれば、なにかの規格化された魔導器セレクターでもいいだろうな」

決戦競技ディシプリン用で武器を2本ね、扱えなくもないだろうけど」


 二刀流は練習し続けている戦い方なので、可能と言えば可能だ。二刀流の型も、この1年で身についてきてはいる。


「ただ、魔術を使うための触媒は必要だよ。 磁力フォースの起点になる」


 錬金術アイテムの『馬鹿には見えない服コモンセンス』が必須だけど、磁力フォースは戦闘では必要な武器になりえる。


「それだが、頼まれたブツを預かっているのだが……出すべきか?」

「頼まれたブツ?」


 ドワーフのナールは、困ったような顔をした。

 そして、棚から木でできた箱を取り出した。


「これのことだよ」


 私は受け渡された木の箱を開く。

 丁重に布にくるまれた中身を開いてみると、そこには金属で出来たグローブ状の魔導器セレクターがあった。ところどころ、金色に光り輝いている。


「これは……?」

「やはり、覚えていないか。 お前の様子を見て、そうではないかと思っていた」


 ナールは、納得したように頷いた。


「これは以前、俺がお前に頼まれて作ったものだ。 そして再び俺に、これを預けた『自分が同じものを望んだ時に、渡してやれ』と言った。 今がその時なのか、わからんがな」

「私が言ったのかい?」

「『その時には、自分は忘れている』とも言っていた。 そして、それは俺にとっても好都合だった」

「どうして?」

「さあな、今のお前に教えてやるつもりもないよ」


 調べてみると、グローブは私の左手にハマるサイズだった。

 そして、魔導器セレクターに、異世界の古語で何かが刻まれているの気付いた。


『汝、触れるものは死なり 死中に生を求めん』


 ドワーフのナールは、文字が読めない私にそう告げた。


「その名を死者の手デッドハンドと言う」

「死者の手か、陰気な名だな」

「お前の注文通りの品だ。 『敵に恐怖と痛みを与える、鞭のような|魔導器(セレクター)が必要だ』とな。 触媒としての機能も併せ持てばいいと言われていた」

「出来上がったのがこれか? このグローブで殴れとでも?」

「効果としては、一定の特殊な電撃を生み出し、範囲内に撃ち出す|魔導器(セレクター)だよ。 敵を打倒する能力は一切ない。 脳に直接、作用させる」


 とは言え、巨大な怪物と戦うには向いていない。

 どう考えても、これは対人用の装備だ。


「……原則、人の精神を操るのは禁忌と聞いたことがあるけど。 これ、法律で禁止されてないだろうね」

「さあ、な。 少なくとも、地球では禁止されようがないんじゃないのか」

「なんで、そんなに投げやりなんだ」

「『電流を発生させたら、結果的に偶然、脳を刺激されているだけだよ』と言い張ったのは、お前だから」


 全くそんな記憶はない。

 だが、その物言いは非常に私らしい。


「私は本当に、何を忘れてるんだ……?」


 なにか恐ろしいものを感じる。

 私は、なにか大切なことをたくさん忘れているのではないだろうか。

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