第20話  アンジェリカさんとの再会と忘却と

 昼食を終え、ウィスルト先輩と別れた。

 私は、目的の場所へと急いだのである。


「どこかに行くところなのです?」


 道中、ふと呼び止められた。

 絹のような光沢のある金の髪、青い瞳。見覚えはないはずなのに、すごく親し気に話しかけてきた。


 いや、どこかで見覚えがある気もする。

ずっと長く一緒にいた誰かに似てたかも、と思うほどに。

でも、そんな誰かに心当たりはない。


「ああ。 まあ、ね」


 私は戸惑った。

 自分の中にある感情に、困惑を隠しきれなかった。


 彼女は首をかしげてみせる。

 私は焦った。どうしたらいいか、わからなかったから。


 だから、ストレートに聞いてしまった。


「ごめん、私達は知り合いなのかな」

「え……?」

「本当にごめんね、君に見覚えはあるのだけど会った記憶がなくて」


 言ってしまってから、しまったと思った。

てっきり、悲しませるかと思った。


でも、彼女はすこし考えてみせた。

 思った以上に冷静な反応で、その事実を受け止めてみせた。


「もしかして、廿日くん。 キミは最近ひどくなるほど魔術を使いマシタカ?」


 やや、言葉の発音に特徴があった。

 異世界語なまりだった。知人にネイティヴな人が多いので錯覚するけど、世界が違えば、言葉も違うのである。

言葉に類似性があるとはいえ、なにか魔術でも使っていない限りは、独力で言葉を覚えるのは大変なはずだった。


「ああ、そうだね」

「ソレと、とても強い魔法薬を使いマシタカ?」

「ああ、それもしたね」


 すると、アンジェリカは困ったような顔をして見せた。

 そうだ、この娘はアンジェリカだった。どこで出会ったんだっけ?

 いや、最後に会ったのもいつだった?


 困惑する私を他所に、彼女は物忘れの原因を指摘する。


「それがゲーインですよ、タブン? 魔術の使い過ぎ、魔法薬の副作用で思い出せないのはよくあることです。 あ、違う、よくあってはいけないんです」

「……大丈夫、意味は伝わっているから」


 日本語って難しいよね。


「そうじゃなくて! そういうことをしたら、いけないんですよ!」

「ああ、ごめんごめん。 気を付けるよ」


 私だって、好き好んでひどい目にあってるわけじゃないからね。

 戦闘だってケガするのだって、本当は嫌いだし(誰も信じないけど)


「にしても、けっこう副作用って色々あるんだね。 体があちこち痛むし、魔術を使おうとすると吐き気やら眩暈やらあるしで、その上、記憶まであちこち飛んでいるとは」

「思ったより、重症じゃないですか!?」

「魔術って何でも治ると思ったんだけど、すぐには治らないんだね」

「脳は簡単には、治せないのです」

「へえ、すごく難しいの?」

「あー。 治せるには、治せる? でも、元通りではないです」

「うーん? そうなんだ」

「何回も治そうとすると、コーイショーが、どんどんひどくなってハイジンになります」


 ところどころ発音があやしいアンジェリカ嬢である。だが、まあ話は通じている。

 それって、私の場合、どれくらい回復が保証されてるんだろう。


「あと何回、同じことが出来るだろうか」と思う私と。

「試練の塔で、無駄打ちするべきではなかったな」と判断する私が内心にいた。


 それはさておき謝ろう。


「それにしても失礼したね、お見舞いにも来てくれたみたいだったのに」

「いえ、たくさん負担になってはいけないと思いましたのです」

「負担だなんてそんなことないのになー」

「こんなに重症なのに、説得力ありません」

「あはは」


 とても親し気に話しかけてくるアンジェリカさん。

 私とは、いったいどんな関係だったんだろうか。


「あの、これってそのまま忘れたままなのかな」

「……わかりません。 ずっとかもしれない。 違うかもしれません。 でも、そのうち思い出すかもです」

「だと、いいけどね」


 でも、忘れてしまったのは、アンジェリカさんのことだけだろうか?

 他にも大事なことを忘れてはいやしないか?


「アンジェリカさんは、他にもこういう人を見たの? とても慣れているけど」

「はい。 おじいちゃんが物忘れひどかったです」


それは、むしろ年齢的なものではないのか。


「廿日くんは、どうしてここにいましたか?」

「剣と杖を失ってしまってね、知人に修理を頼まないといけなくて」

「ああ……。 『試練の塔への挑戦イニシエイト・ヴィーゾフ』ですね。 マンティコアと戦ったから」

「……そうだね、マンティコアと戦って、手持ちの装備をすべて壊してしまったんだ」

「もうそんな戦いをしてはいけません。 次の戦いのことも考えるのです」

「そうだね、次はきちんと余力を残さないと」


なにをするにしても、武器をすべて失ったのは痛い。

薬剤や錬金術の材料はまだ備蓄はあるが、このペースで使っていたら、どう考えても持たない。予定ではもっと余裕があるはずだったんだけど。


「杖も壊れマシタカ?」

「うん、もう使える状態じゃない」


 私は、アンジェリカ嬢に見せた。

銀のタクトである、触媒つえも折れ曲がってしまった。

無茶過ぎる使い方をしたせいで、耐久性の高い金属製の杖なのに、もうまともに魔術を発動させることはできないだろう。


修理と言うよりは、買い替える方が早そうだった。


「いったいどんな使い方をしたら、こんな風に折れ曲がるんだか……」


 正直、よく覚えていない。

でも、考えてみると触媒つえを変形させて、小刀のように使っていたこともあったので、いつか折れ曲がるのも当たり前と言わざるをえなかった。


「うーん、どういう風に使ってますか?」

「え? ええと、錬金術の応用で、近接戦闘に備えて短刀に変化させたりしてるね」

「それなら、この形は合ってないかもしれません。 もっと違う形のものを使うのがいいと思います」

「それはそうだね。 ただ、普段使い用のと、戦闘用の|触媒(つえ)を分けてなくてね」


 手持ちでは、これしかもってないかったのである。

 私は、小声でつぶやいた。


「せめて来世では、もっと物を大事に扱おう」


 ただし、来世があればだけど。


刀剣も、元は学校から借りている備品だったのだけど壊れてしまった。

また、許可を得て借りればいいだけなのだけど、かなりの改造を加えていたため、同じものを用意するのも中々めんどくさい。


「武器は剣でしたね」

「ああ、その通りだけど。 どうして知ってるの?」

「ワタシが剣術を教えましたから!」

「ええっ!?」

「すこし、ね」


 私は驚いた。

 かなり深い関りをもっているじゃないか。


「そんなにお世話になってたのに、忘れるなんて」

「そういうこともありますよー、タブン? でも、お医者さんにかかるんですよ」

「……はい」


 必要性を今、ひしひしと感じている。


「剣はどんな剣ですか?」

「形が変わって伸びたり、縮んだりする機能が付いてるよ。 いや、ついていた、だな」

地球製マトリワラルの『飛燕』ですね。 こちらニーダだと『蛇剣ズミェイ』です」


 『飛燕』は規格化された一般的な魔導器セレクターだった。

日本刀の形をした変型魔剣で、日本自衛軍の魔術部隊でも使われていた経緯がある。


 ただし、全員が使うには、訓練やコツが必要で勝手が悪かった。

そのため、使う人間は少数派に留まっている。


 だって変型剣って、伸びたり縮んだりするときに反動があるから、上手く使わないと、剣が跳ねてどっかに飛んで行っちゃうんだもん。

 私が愛剣、特に『ヒイラギ形態』を使えるようになるのも、大変だった。


「廿日くんは、すごいですね。 すごい器用です!」


 私が、苦労話をこぼすと、アンジェリカさんは、手放しで褒めてくれた。

 こんなに素直に褒められることがないので、居心地が悪い自分がいる。

 あれ? 褒められて、こんな気持ちになるなんて、普段の私って可哀そうなのでは?


「『蛇剣ズミェイ』も使うのが難しいですよー、私は使えないです」

「ああ、ズミェイね。 ……どこかで聞いたことがあるな」


 異世界では、『蛇剣ズミェイ』と呼ばれる似た武器があるらしい。刃が分厚く重量がある。そのため耐久性と破壊力に優れており、モンスターとの戦いにも使える。

 また剣の挙動に差があるらしく、遠心力を生かした一撃の重さや、集団戦にも使えるような動きをするらしい。


 ちなみに私の愛剣は、対人戦に特化していて、また1対1を想定していた。モンスターとの戦いには、本当は向いていない剣だったのである。


 って、あれ? もしかして……。


「ズミェイについて、前に教えてくれたことある? 私に、その知識を教えてくれたのは、もしかしてアンジェリカさんだったりする?」

「はい、ありますよー! 私が教えました! 覚えてましたか!」

「いや、ごめん。 なんとなくそう思っただけ。 ズミェイのことは覚えてたけど」

「よかったですー」


 いや、喜んでくれてるけど。

 私は君のことを忘れてたんだよ? 本当にそれでいいの?


「それで、剣と杖を直してもらいますか?」

「そうだね……。 めんどくさいけど」


 何がめんどくさいかって言うと、また、ドワーフのナールにお願いしなきゃならない。

 金属加工を扱う錬金科にあまり知り合いがいないものだから、お願いするのなら知人のドワーフ一択である。


 前使っていた私の剣……『ヒイラギ形態』も含めて、16パターンの変形が出来るように組み込んであった。

 それだけ手の込んでいた武器だったのである。


 おおよそ、全部、ドワーフにナールにやらせただけなんだけど。

 それをまた頼むとなると、苦労を押し付けるみたいで、さすがに気が引ける。

 作ったものをぶっ壊したわけだし、その負い目もある。


「すごいです! 廿日くんは、ドワーフとも友達なのですね」

「すごいのは、ナールが凄いんだけどね。 錬金科の金属加工でも、彼に勝てる人はそういないと思うから」


 日が昇る前から金属にさわり、日が沈んだ後でも金属にさわっている。

 そんな男なのである。ちなみに、趣味は折り紙だ。


「良い剣だったのに、壊れて残念ですね……」

「うーん、そうだね。 ただ正直、使いこなせてはいなかったなあ」


 普段は、剣が伸び縮みして曲がって伸びたりする程度のことしかしてないし、実際、使っていたパターンは片手に収まる程度だった。

 16パターンも仕込んであったのは、ひとえにロマン重視だからである。


 初見殺しを狙っていたのもあるけど、まず滅多に使わない。

 滅多に使わないのは、秘密にしておきたいのもあるけど、本番で成功させる自信がないからだ。滅多に使わない技なんか、実戦で成功するわけもない。


「でも、練習してたんですよね?」

「そうだけど、練習と本番は違うよ。 それに弱点も多いんだ。」


 欠陥だらけの剣だった。

 学校の備品を無理やり改造した代償に、耐久性に問題があったんだ。


 この変形させるたびに劣化して、刀身が微妙に歪んだり、どんどん衰えていく。

 だから、どうせ寿命は短い武器なのである。すぐ刃こぼれするし。


 だけど……。


「あー……、それでも愛着はあったなあ」


 アンジェリカ嬢と話をして、わかった。

 私は、すごくあの剣に愛着があった。その場では、勢いに任せて使ってしまったけど、色々こだわって作ってもらったんだ。


 たくさん練習して、刃こぼれした。

 刃こぼれするたびに、メンテナンスしてもらっていた。

 壊れてほしくなかった。


「……そうでしたか。 やっぱり残念でしたね」

「うん。 ありがとう、アンジェリカさん」

「え、なんですか?」

「いや、気付けて良かった。 私はあの剣を気に入ってたんだ」


 自覚がないだけで。

 感情が鈍くなっているだけで。

 私は、自分の愛用品が壊れたことに、ショックを受けていたらしい。


「だから、次はもっと大事にしようと思う。 また無理はするだろうけど」

「はい! それがいいと思います!」


 それから、別れ際まで元気に手を振ってくれるアンジェリカさん。

 彼女に見送られながら、私はドワーフのナールのもとまで歩いて行った。


 どうして、こんなに印象的な彼女のことを忘れてしまったんだろう。

 そう思った。


 そして、ナールと話して、私はなおさら思うことになる。

 私は一体何を忘れているんだ、と。

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