第19話 イケメン先輩と豚角煮ラーメンを食べた
生前は、マンティコアと戦って意識不明になるとは思わなかった。
人生とはわからぬものである。
ちなみに生前とは言ったものの、もちろん私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。
それはさておき、右手が使えないのは、やはり生活に支障がある。
美味しくご飯を食べるのも、一苦労だ。
魔術医師に、右手が使いにくいように、包帯とギプスですっかり固定されてしまったのである。特にラーメンを食べるなんてことをしたら、左手では、麺がつるつると逃げてしまう。
私はあっさり系ラーメンも嫌いではないが、こってり系ラーメンこそ、もっともラーメンらしいと思っているのだがどうだろう。
なかでも角煮ラーメンなんて特に好物である。角煮ラーメンに合うのは、醤油味。ただ左手箸では非常に食べづらく、やや麺が伸びてしまったのが残念だった。
「……いや、十分器用だと思うよ? 利き手でもないのに」
「そうですか? 前世でも、左手で箸を使う練習していた甲斐がありましたね」
さわやかな銀髪の少年が私の目の前にいた。
涼し気な青い瞳に、サラサラの髪。整った顔立ち。
そう、最近、学食を食べようとすると、校長の孫であるウィスルト先輩がついてくるのである。彼も学年が上がり、今は4年生になった。それなりに忙しいだろうに。
まあ、別にいいんだけど。
どうせファルグリンもマリンカも、最近お昼に時間が合わないことが多い。
「前世っておおげさだな」
私の物言いに、ウィスルト先輩が笑顔を見せた。彼の声は、落ち着いていて余裕がある印象を与えてくる。
あまりにもキラキラしていて、ちょっとイラっとした。
「まあ、本当は昔、骨折したことがありましてね。 その関係もあって、多少は左手でも箸が使えますね」
「へえ、事故とか?」
「ああ、そうとも言えますね。 父親を怒らせたときにちょっと、ね」
ウィスルト先輩の表情が固まる。
「右手が使えない間、フォークやスプーンを使えばよかったんでしょうけど、あまり素直な方ではないので箸の練習を兼ねて、これで食べてましたね」
「……あー、冗談ではないんだな」
「とろくさそうに、左手で箸を使って食べてるのも、なかなか気に障るみたいですよ。 骨折させた方としては」
「なんというか、わりとあっけらかんと話すんだな」
ウィスルト先輩に、片方の眉を寄せるようにして聞くんじゃなかったみたいな顔をされてしまった。実は、こういうネガティブな表情を、ウィスルト先輩が見せるのは珍しかった。
ポジティブにしているか、やんわりとなんでも受けとめるのが彼のスタイルである。
「私にとっては別に過ぎたことなんですよ。 意外ですね、ウィスルト先輩なら表面上は普通に受け止めると思ってました」
「……そうありたかったし、冷静に考えるとそうあるべきだと思う。 でも、心の準備が出来てなかったみたいだ、俺もまだ14歳の子供ということだなあ」
「ウィスルト先輩だって初対面から、親族のごたごた話をはじめたくせに」
「あれは君から信頼を得るためだろう? ……フォルセティと呼んでくれ、と何度も言ってるじゃないか」
「そういうものですかねえ」
私は、角煮を食べる際には七味と辛子がほしいのだけど、食堂には辛子がない。
ラーメン屋で食べる時にも思うけど、角煮ラーメンに辛子をつけてほしいものである。
「そういう話題、ファルグリンやマリンカにも、話したことある?」
「ありますよ」
「俺から見てだけど、あの子たちは君に過保護に見えていたんだよね。 でも、君は今回、試練の塔でいろいろやらかしてたしさ」
「やらかしたとは、それこそ、おおげさですね」
「君がマンティコアと戦ったのは、学校中の話題だよ。 試練の塔に挑まなかった生徒も、マンティコアが試練の塔に出てくるのは、今じゃみんな知っている」
「前は、試練の塔の内容は秘密にされていたのに。 先生たちも、いい加減だなあ」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
私のせいと言うほど、誰かに迷惑をかけた記憶はないのだが。
そんな私を、困ったものを見るかのような目で見るウィスルト先輩。
「……色んな面で危ういところが見えるから、あの子たちは君に過保護なのかなあ」
「私って、危ういですか?」
「危ういなんてもんじゃないかもだけどね。 見ててハラハラする、そりゃ過保護にもなるわけだよ」
そうは言うものの、最近ではファルグリンも自分のサークルである『青き
それに、マリンカも新たにサークルに所属する魔術師になったのだ。それもあって、私と昼食を食べたり過ごす時間が減りつつある。
うがった見方なんだろうけど、身の周りの交友関係と引き離されつつある気がするなあ。
「だとしても、狙いがわからない」
「君ってたまに脳内で完結して、話が飛ぶよな」
ウィスルト先輩が、私の言葉にすかさず突っ込むが無視した。
そして、無視されたことを気にも留めないウィスルト先輩は、ふと思い出したようにそれを口にした。
「そういえば、『ネズミの王』って知ってる?」
「ネズミの王、聞いた覚えはないですね。 ……なにかの文献に出てくるんですか」
私はそう答えた。
「『嘘ではない』と。 いや、俺の学年で噂があっただけだよ」
「噂?」
「ネズミの王を名乗る男が、魔術を悪用する人間に罰を下して回ってるってね」
「へえ、それは初耳ですね」
それはさておき食べ終わったので、食器を片付けることにする。
「いや、俺がやっておくよ。 片手だと大変だろ」
「うーん……。 そこまで病人じゃないですよ」
「嘘つけ。 君、実は今でも痛むんだろう」
そうなのである。右手が使えないばかりか、体のあちこちが痛む。
魔術医師によれば、相当むちゃな魔術の使い方をしたらしくて、全身の神経がひどく病む。具体的には、全身が動かすたびに常に痛むのだ。
医者には、かなり怒られた。
しかも、未だに魔術を使おうとすると、頭痛や眩暈がひどい。どうやらこれも、脳に相当な負荷をかけたのが原因らしい。
脳や神経へのダメージは、すぐに直せないものらしく、魔術とは不便だなあと思った。
魔術って、やっぱり何でもできる万能ではないんだね。
「いや、君がどうおもってるかはわからないけど、どこの世界でも、万能な医学はありえないから!」
「私の表情から、考えを読み取るのやめてもらえます? ……じゃ、お言葉に甘えて、これで失礼しますね。 ちょっと行くところがあるので」
「また隠れて魔術を使おうとするんじゃないぞ!」
「あはは、そんなことするわけじゃないですか」
「この間、試そうとしたばかりだろ!」
すっかりファルグリンみたく、口うるさくなったな。ウィスルト先輩。
動けるようになる前も、お見舞いに来た人、みんなに口うるさく言われていた。
そういえば、モリン女史も来てくれた。彼女が、お見舞いに来てくれるとは思わなかったので、とても嬉しかった。
モリン女史は、校長秘書のあの人である。彼女はああ見えて、自分と同じ姿かたちの
そんなモリン女史からは、私の惨状を見て「分析の結果ですが、馬鹿の所業ですね」と、真顔で言われた。いや、だいたいいつも真顔だけど。
モリン女史が魔術医師になれるほどの技量だったとその時に知り、惚れ直したのはごく個人的な話である。
ああいう人になりたい。
……いや、なりたかったものだ。
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