第18話 試練の塔 最初の攻略 ~その5
マンティコアは、漆黒の柔軟でしなやかなシルエットから変容していた。
逆立つ真っ赤な毛並みがハリネズミの如く、全身を覆う。それは堅牢な鎧と言っても差し支えない。真っ赤な獅子とも思えるその姿は、強烈な威圧感を伴った。
そんな無傷のマンティコアを見てもなお、陽介の心は折れなかった。
ただ、納得しただけだった。
「魔獣とは、真に『巨大な魔術師にして獣』であるのか」
彼の口から出た声は、ひどく冷たく、また無機質だった。
その口調は、不思議と彼自身の使い魔に似通っていた。
「であれば、削り『斬る』しかあるまい」
魔術師であれば、通常の爆発だけでは殺せないだろう。
マンティコアとは、人を食らう獣と言うだけではなく、魔術師が存在する異世界においてすらもなお、『人食い』と呼ばれるに値するモンスターだったのだ。
万人はこう思うだろう、11歳の子供に過ぎない廿日陽介少年に万事打つ手なし、と。
マンティコアは無慈悲に、攻撃を畳みかけた。
全身の逆立つ毛を、無数の針として飛ばした。それらすべてが、廿日陽介少年に殺到する。
地面に仕掛けたルーンは既に尽きている。彼の補助となりうる罠はもうない。
しかし、廿日陽介は一歩踏み込み、マントを翻す。
身にまとう『
勢い削がれた針の側面に、マントを叩きつけ薙ぎ払った。
「魔術師を飛び道具で殺すのは、至難の業だぞ。 特に、針程度の重さの攻撃ではな」
廿日陽介は、そのまま一閃。刀を振るう。
「まずは一手」
廿日陽介の振るう刀剣が、うねるように伸び、マンティコアの体毛を削ぐ。鋼と変わらぬ強度に刃は弾かれるも、数本の確かに削った。
刀剣にわずかな刃こぼれを負うのと引き換えに。
「たいしたものだな、刃が通らぬ」
廿日陽介少年の瞳が、赤く染まる。
人であることを捨てるかのように。
近寄ろうとしないマンティコアは何度も針を飛ばす。それをすべて防ぎながら、廿日陽介少年は切り込んでいく。伸縮自在の剣を、マンティコアは回避しきれない。
そして、先ほどよりも多くの体毛が、ごっそりと削られた。
「そぎ落し削り取る刃『ヒイラギ』。 この剣のもう一つの姿だ、化け猫よ」
廿日陽介少年の刀剣にもまた、逆立つ無数の刃が顕現した。
それは剣ではなく、
「思った以上に、防げぬだろう? 『ヒイラギ』はお前の魔力をもそぎ落とす」
マンティコアが爆風を防いだ種は、堅牢な毛皮だけではなく、魔術を併せたもったからこそだった。廿日陽介少年が、マントや身にまとう
「魔術師の剣は、魔術師を殺すための武器。 結界を斬るための刃だ。 だが、それ以上に、私の剣は魔力を削る。 これは一太刀で殺せぬ相手を弱らせるための武器なのだ」
マンティコアは巨大である。削られた魔力は、すぐにその生命力により補充される。
だが、魔力が削られた瞬間に、攻撃を仕掛ければどうなるか?
一太刀目で、マンティコアの体毛と魔力を削る。二太刀、三太刀と切り結び、同じ個所に再度、魔剣ヒイラギの逆立つ刃が触れた。その瞬間、逆立つ刃の一つが炸裂した。
「ヒイラギの葉は、鬼の目を刺す。 鬼の目突きと呼ばれる魔除けだぞ、魔獣よ」
悲痛な叫びをマンティコアは上げた。
逆上し、近づく。離れれば、刃で削られるのならば、直に爪で仕留めればいい。
そう、マンティコアが思ったのかは定かではない。
「それは悪手だ、化け猫」
廿日陽介少年は体をひねり、宙を蹴り飛ばした。なにもないはずの空を蹴り、巧みにマンティコアの攻撃を回避。さらに宙を蹴り、何度も軌道を変えてみせる。
「人は空を飛べぬ。 ネズミも飛べぬ。 だが、人とネズミの合いの子はどうだろうな」
すれ違いざま、マンティコアは左目を焼かれた。
悲痛に悶え、暴れ出すマンティコア。
廿日陽介少年は、一度距離をとる。刀を肩に乗せ、左でのタクトのごとき銀色の触媒(つえ)をマンティコアへと指すように構えた。
その左手に構えた銀色のタクトから、煙が立ち上る。
手持ちに錬金術の材料が尽きていたために、
もはや同じ攻撃には、二度と使えまい。
だが、そんなことはマンティコアにはわからない。
廿日陽介少年に余力がなく、使える武器がほぼ尽きているなどとはまるでわからない。
『ヒイラギ』と呼ばれた逆立つ刃も、刃こぼれし続けている。今の攻防も、そう長く続けられはしないのだ。
しかし、この少年の様子を見て、誰がそう思うだろうか?
怪しげに赤く光る眼光は、マンティコアと対峙してなお揺らぎはしない。
「さあ、狩りを続けよう。 ネズミの恐ろしさを知れ、化け猫」
マンティコアはさらに飛び退いた。
少年から負わされた傷は、たいした痛手ではない。時間さえあれば、回復できる範囲だ。しかし、この子供は未だなお厄介だ。だからこそ、吠え、命じた。
「この子供を殺せ」と。マンティコアは吠えた。
人面犬はほぼ、爆炎に焼かれて死に絶えたが、それでもわずかな数の人面犬が生き残っている。爆発の範囲外にいたものが残っている。
「なめるなよ、犬コロ。 追い込まれたネズミは、手ごわいぞ」
廿日陽介少年は、人面犬たちに怯えの色を感じ取った。
先ほどの爆風、今までの攻防。人面犬たちは少年と戦うことで、死ぬのは自分たちであると未来を予想している。
「テイラー……、今がチャンスだ」
少年の声に返答はない、その必要もない。彼らは精神が繋がっている。
廿日陽介少年と、ネズミのテイラーは二体にして一心同体である。
いら立ち、マンティコアは、再度吠え命令を下した。
そこに便乗する、テイラー。テイラーは同じ声で吠えた。声を媒体にし、力を発動させる。
「我に従え、我が名は『
テイラーの瞳もまた、赤く光る。
その声を聴いた、人面犬たちの瞳もまた、同じ光を宿す。
そして、動き出した人面犬たちが食らいついたのは、マンティコアの方だった。
その牙は、硬質化した毛並みを通さない。その上、むしろ毛ばりによって傷ついたのは、人面犬たちの方である。それでもなお、人面犬たちは食らいついた。
マンティコアは動揺し、暴れる。食らいつく己の配下を引き離そうとする。この意味不明な状況に恐慌状態にすらなっていたかもしれない。
だから、わからなかった。
ネズミに過ぎないはずのテイラーの魔力が、先ほどのよりもはるかに上昇していたこと。
その目前に、廿日陽介少年が迫っていたこと。
「我が身を灼き、天より墜とせ。 灯滅せよ、
テイラーが呪文を詠唱するのと同時に、廿日陽介少年が必殺の突きを放つ。
爆炎がその突きだされた太刀に纏わりつき、同時に、ヒイラギはマンティコアの魔力や装甲を削った。その隙間を抜き、爆炎が突き刺さる。白熱と共に爆ぜた。
あらゆる音を、影を、物体を、消し飛ばす白い光。熱き炎。
廿日陽介少年は、自身を魔術の生贄とし、その体が焼かれるのと引き換えに、錬金術で発生させた以上の火力を生み出した。その炎を魔力削る斬撃に上乗せして放ったのだ。
魔術を使う材料がないのなら、自分自身を使えばいい。
自分が魔術をろくに使えないのなら、テイラーに使わせればいい。
後に残ったのは、残骸ともいうべき姿になった廿日少年。
彼は、淡い青白い光に包まれ、徐々に姿を消していく。
荒野からは砂煙が立ち上る。
それが風によって吹き消えた時には、黒いシルエットとなったマンティコアがいた。
しかし、息があるものの、もはや動くことも敵わない。
すべての魔力を防御に回し直撃こそ避けたが、体の表面が焼かれ、強靭な毛並みは吹き飛ばされた。その損傷は深刻だった。
もしも、魔力をさらに削られていれば、魔術が直撃し、肉体は消し炭と化していただろう。
そして、配下である人面犬は全滅してしまった。
勢力としては、壊滅と言わざるを得ない。
それでもなお、息があるマンティコアは、まだ生きていただろう。廿日少年への復讐心を燃やそうとした。
ただ、それは叶わなかった。
砂中を泳ぐ巨大な影。それが集まっていく。
瀕死の獣を放っておくほど、荒野は甘くない。
無数の影がどんどん集まっていく。砂の中にどんな怪物が潜んでいるのか。少なくとも、マンティコアの未来はそこで決まり、映像はそこで途切れた。
場所は移り変わり、そこは魔術学園の会議室である。
会議室と言うには広すぎる空間か、一般教師たちとは高さによる敷居が存在する者の、大広間とも言うべき場所に、教師たちはいた。
「さて、どうじゃったかな。 皆の衆」
ペンドラゴン校長がそう声をかけると、教師たちが息を漏らす。
まさか、あの能力的に欠陥を抱えた生徒が、ここまでの戦いを繰り広げるとは思わなかったのだ。
しばし、沈黙が場を支配したが、一人が口を開くと途端に騒がしくなる。
「彼は、あの戦闘術はいったいどこで学んだのか。 いや、それよりも、彼は本当に2年生なのか……。 怪しいものだ」
「ねえ、第2級指定秘匿魔術の『ハーメルン』とは、怪物を操る魔術ということかしら。 それとも、あの使い魔の魔力を増大させた火炎魔術の事なの?」
「こらこら。 秘匿対象となっている魔術について、追及するものではない。 ただ、今回使用されたかどうかくらいは教えてもらわねば、どこを追及してはならないかもわからんなあ」
「あの火炎魔術は、自身を犠牲にして発動するものだろう。 あんな魔術を生徒に使わせていて、問題はないのか」
「その程度であれば、誰しも多かれ少なかれ通る道だ」
会議室は、まとまりがない状態である。
もとより魔術師というのは、知的好奇心が旺盛な研究者だ。
本来であれば、誰かに統率されたり、秩序だって動きをとるのは性に合わないのが当然と言えば当然だった。
仮に魔術を使うことを目的とする魔術使いと、研究者である魔術師を分けるとすれば、その大きな差は、知的好奇心と探求心の差にあると言えるかもしれない。当然のことながら、おおむね教師たちは、研究者肌の魔術師に属するものが大半だった。
その半ば、収拾がつかなくなりそうな状況を見て、ペンドラゴン校長は満足そうに笑った。
ペンドラゴン校長にとっては、これが望ましい状況だった。自由に魔術師が交流し、情報を得る。教師たちが研究者として、自由に活動できるようにすることが目的だった。
生徒たちによる試練の塔への挑戦。
その情報を一部の者にとっての秘密にするよりも、公開することで刺激を与えたかった。それがペンドラゴン校長の会合の目的の一つだった。
「フム、今回の生徒たちは、なかなか個性的であるようじゃしな」
だが、それに賛成する者ばかりではない。
「暢気なことですな、ペンドラゴン校長」
のんびりとした口調で話すペンドラゴン校長に対し、バルモドア教授はモノクルを嵌めた目を更にしかめ、眉のしわを深めた。
教授は、タクト状の
「あの廿日陽介でしたか」
「魔術師としてはいびつじゃが、優秀な生徒じゃ」
「ええ、でしょうな。 彼が研究している『ハーメルン』、第2級指定秘匿魔術となっているほどですからね」
バルモドア教授は皮肉気にそう言った。
「その秘匿魔術に指定するほどの情報規制をせっかく行っていると言うのに、試練の塔での戦闘状況を公開するとは正気の沙汰とは思えませんな」
「隠し過ぎれば、より教師たちの好奇心を煽るだけじゃよ。 適度に見せることも必要じゃ」
「子供に玩具や菓子を与えるのと同じように考えてもらいたくはないのですが?」
「彼らは教師である前に魔術師なのじゃ。 研究者である彼らの好奇心を一定のルール内に縛り付けるのは、
「ならば、使えばよろしい」
魔術師はこれを使われるのを、ひどく嫌う。その約束をどんなふうに悪用されるかわからないからだ。一見、無害な約束でも絶対に破れないとなると、命にかかわることもあった。
「それは難しいと思うがの」
「秘密を守るとは、それほどに大切なことだと思いますが」
「時と場合によるじゃろう」
「それをペンドラゴン校長! あなた一個人が判断することに、わずかでも知性があれば、いささか以上の危険性を感じるのが当然! ……そう言わざるを得ませんな」
バルモドア教授は、とげとげしい口調、攻撃的な態度を隠そうともしない。
ペンドラゴン校長のさじ加減で、秘匿すると決めた魔術の扱いを、勝手に相談も左右されることを、バルモドア教授は危険に感じていた、
一つの秘密を軽々しく扱うの許せば、他の秘密も軽々しく扱われるかもしれない。
それが、きちんと話し合いのうえで行われたことならばまだしも、ペンドラゴン校長はみんなに望まれているからとどんどん推し進めてしまう。これは危険としか思えなかった。
バルモドア教授は、後退しかけたその白髪を、オイルで綺麗に一部の乱れもなく常にオールバックにまとめており、その険しい顔つきと相まって、非常に神経質そうな印象を与える。
そして、バルモドア教授のその第一印象は裏切られることがない。
神経質で気難しく、情報管理に関して彼は人一倍気を遣っていた。
バルモドア教授は確信していた。
教師たちの魔術師としての信条は理解できるが、教師たちは潜在的にテロリスト候補である。と。
あまりにも自由にさせれば、地球を舞台にどんな非道な実験を行うか、わかったものではない。
使い魔は、悪用すればどんな場所にも忍び込めるスパイとなるし、大規模な実験を行う助手にもなる。
たった一人の魔術師を野放しにするだけで、大変な混乱を起こすことが出来る。
教師たちを自由奔放してしまうよりも、きちんと強固なルールのなかで縛ることが、秩序を管理するために必要だと、バルモドア教授は確信している。
「ともすれば、秘密を大事にしない人間ほど、最後の一線をたやすく超えがちです。 それを理解してほしいものですな」
「ワシが秘密を大事にしていないと?」
「さてね。 しかし、私は自分が魔術師だからこそわかります、魔術師を自由にすることは危険だと。 あなたも魔術師のはずなのですがね、ペンドラゴン校長?」
「魔術師だからこそわかるとも。 研究者を束縛することは、時代の後退だと」
「
勤勉なバルモドア教授は、
そのなかで出た結論は「いつの日か、この未開の地の原始人どもは、魔術を悪用してとんでもないことをしでかす」と言うことだった。すでに原爆などと言う爆弾で、同士討ちした歴史すらあるのだから。
その地球人と魔術師が結びつくことも、バルモドア教授は危険視していた。
「バルモドア教授の言う通りです、ペンドラゴン校長。 ご再考を」
土御門師は、バルモドア教授の背後に現れた。
そして、地球人でありながら、土御門師はバルモドア教授に賛同した。
土御門師は陰陽師の流れをくむ、日本古来からの魔術師の家系になる。彼は日本政府から、魔術学園に派遣された立場であった。
しかし、土御門師は日本政府の意に反し、魔術が日本に流れることには反対していた。
「教師陣のなかには地球人もいますし、より秘匿は厳密に行うべきです」
「おや、おぬしも地球人じゃろう?」
「ええ、その通りです。 だからこそ思います。 地球人には、魔術の英知は過去の存在であった方が望ましかった、と」
「
「神話は神話のままが美しかったのですよ」
「……結論は変わらないようじゃの」
「ええ、私が言うのもなんですが、地球人、ひいては日本人への魔術情報開示、交流はもっと制限するべきです」
土御門師は、日本政府側から学園に送り込まれた魔術師であるが、保守派であるバルモドア教授に賛成だった。地球側は理解していないが、|異世界(ニーダ)人からすれば、ここは閉ざされた植民地候補のようなものだ。
未開人がうようよいる平和な土地など、多くの魔術師にとっては広大な実験場でしかない。彼らは身内には情が深いが、肉親にすら実験台にするのが魔術師と言う生き物だ。
土御門師は、魔術師が日本に存在することに恐怖すら感じている。自由な気風などまっぴらだった。
「|異世界(ニーダ)の魔術を学んだからこそ、私は確信したのです。 この知識や技術……思想は、私達には早すぎる。 そして、恐ろしいものです」
しかし、ペンドラゴン校長は、笑って答えるだけだ。
「ならば、地球人には十分な知識を持たせて、何らかの形で対抗させるべきじゃよ」
「そんなことは不可能ですな。 ここの人間たちはあまりに無力だ」
バルモドア教授は断言した。
「魔術師に対して、地球人は脆弱過ぎる。勝負にすらならない」
「廿日陽介少年は、地球人じゃがの」
「ですが、まだ子供ですな。 優秀な人材が、まだ育ち切ってすらいない」
バルモドア教授に言わせれば、地球には、この無防備で頭の悪い惰弱な人間たちしかいなかった。魔術に対して無知で、生物として未熟と言うしかない。
「本気で魔術師たちが暴れ出したら、地球人の誰がそれを万全に止められると言うのです」
この
常に人類は滅亡の危機に瀕し、油断すれば異種族や怪物たちに滅ぼされる可能性があった。
だが、それが今はどうだろう?
なにかの気まぐれによって、人類が滅びる可能性もない。
魔術を使ったことを、規制する警察機構も存在しない。裁く機関すら、魔術師を捕らえられるか怪しい。
「日本政府は、軍隊の魔術化を開始しておる。 警察機構にも、それを取り入れ始めている」
「それが未成熟なのが問題なのですよ、おわかりでしょう」
自由になった魔術師たちは、必ずなにかをやらかすか。あるいは、すでに何かをしでかしている者もいるに違いない。
恐らく地球人のなかには、それに協力するものすらいるはずだ。
魔術はこの
「わからんの。 万全なんてものは、この世にない。 その様子では、バルモドア教授は、空が落ちてくるかもしれないと、恐れるものがいたとしても笑い物にはできそうにないのう」
「ええ、それで結構です。 それほどの心配をしてもまだ足りない。 地球人は人類を超越した存在の気まぐれで、人間が滅びかねないなんて思っておらぬのです。 滅びの危機に直面し、それに抗うことで我らはようやく生存できた。 地球人には、その経験がない!」
「それがどうかしたかの。 滅びの危機を乗り越えた経験は、尊いものだと思っておるが、それが全てと言う訳でもあるまい」
「彼がどれだけ無知なのか、わかっていて目をそらしておりますな? 恐ろしいことに、地球人は、エルフもドワーフも形が違う人間だと思っておるのです」
「だからなんじゃ。 危険性だけを見ていれば、何も出来ぬ。 ましてや、おぬしたちは秘匿し続けることについての危険性についてどう対処するか、その手段すらない」
「だとしてもです。 今は、監視体制を確立することを重視するべきです。 地球人にも、我々に対しても!」
「悲しいことじゃな。 どうやら我々はこの件に関しては、話が合わぬようじゃ」
バルモドア教授に言わせてみれば、ペンドラゴン校長の様は、秩序の崩壊を早めようとしているようにしか見えないのである。
その懸念を、ペンドラゴン校長は歯牙に掛けない。
「本当にわからんのかの? 魔術学校での成果は、日本国にとっても、軍事政治面で重要なものじゃ」
魔術師たちの中には、日本政府から派遣された者もいる。
魔術学校で発見された成果は、日本政府に報告されることになっていた。
「ましてや、こたびは日本側に将来属するであろう生徒の成果じゃ。 この場での発表は、それぞれの勢力にとっての判断材料になり、アピール材料にもなりえる。 そうじゃな、土御門師」
「……ええ。 日本政府にとっては、優秀な地球人の人材がいることは、力を示すことにつながる。 それは日本側にとっても、交渉のカードになりえるでしょう」
「その通りじゃ。 そして、ここに来ている者は、日本政府勢力だけではない」
校長は目線を向けた先には、エルフの紳士たちが幾人か佇んでいる。
「一つはインペリアルエルフを筆頭とする、他の種族」
また、肌にウロコの生えた官吏たちが、その席に相対するように立っていた。
「また、北海道を支配する辺境伯の手勢もここにおるわけじゃ。 本当にこのような場が必要ないと言うのかね?」
様々な勢力が、札幌の魔術学園で行われる会合に集結し、それぞれの思惑で、その情報を分析している。そこであえて、ペンドラゴン校長は『試練の塔』での挑戦者の状況を公開していた。
「まあ、おぬしたちが反対したとしても、じゃ。 ワシ個人を説得したところで、どうにもならぬがの」
「これは奇妙なことを。 貴方が本気で反対すれば、辺境伯も耳を傾けざるを得ませぬ」
「それはあり得ぬことじゃよ、バルモドア教授。 あり得ぬことじゃ」
「……聞く耳は持っていただけぬと言うことですな」
バルモドア教授の考えに賛同する魔術師たちは少なくはなかった。
秘密を守り、管理することで秩序を守ろうとする保守派である。
だが、それ以上に、自由な研究を行う場を欲する魔術師こそ大勢いた。
ペンドラゴン校長を筆頭に、自由な研究や秘匿性の緩和を求める、自由派の魔術師である。彼らは大勢を占めている。
さらに筆頭であるペンドラゴン校長は名高い実力者だ。
どっちつかずの日和見派の多くは、実力のあるものに従う。それらを抑えることは難しい。
結果的にではあるが、地球を守りたい土御門師と言った一部の人々。
そして、魔術師の暴走を食い止めたい保守派のバルモドア教授はそれぞれが同じ結論を持っていた。
すなわち、|異世界(ニーダ)の影響から、地球の環境を保全する。すなわち、魔術師と言う名の外来種から、地球と名のガラパゴスを守るべきであるという見解である。
しかし、その二人が直談判しても、ペンドラゴン校長は、まともに取り合わない。
そのまま何事もなかったかのように、会合を進めていく。
「皆の衆、論議も白熱しているようじゃが……次は、英雄の息子である『北村翔悟少年』の試練の塔での様子について公開したい。 彼もまた、マンティコアと対峙した生徒じゃ」
しかし、ここで誰もが見落としていた部分がある。
自由派も保守派も見落としていた。
魔術師の多くは倫理観を持っていないわけではないが、自身の探究心の天秤にかければ軽視しがちである。
だが、魔術師は身内に甘い。
なかには生徒に情を持ち、それを優先させる者もいる。
なかには普段は自由な研究を望み、自由派を支持していたとしても。
生徒を見世物扱いしたり、政治や権力争いの道具扱いすることに不満を持つ教師も、ゼロではなかった。
魔術師たちは縛られることを嫌う。
それは、利益や私利私欲のためだけに働くことではない。
いや、もしかしたら、自分の大切な生徒を守りたいと言う気持ちも、ある意味では私欲なのかもしれないが、そんな倫理観や情をもつことさえも、縛られたくない一面なのだった。
自由派も、保守派も、そんな一面は魔術師にないと思い込んでいた。
人間の倫理観において当然の部分こそを、彼らは魔術師だからこそ見逃していたのだった。
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