第17話 エルフ少年と欠陥魔術師のインターバル

 どこからか、声がする。


《いつまで、そのままでいるつもりだ》

《本当にそれでいいと思っているのか?》


誰だ? 私に語り掛けるのは、誰なんだ?

 誰かが、いや、何かが私に問いかける。


《そんな|偽りごと(ままごと)を興じているのが、楽しいかね?》


 私は遊んでいるつもりなんかない、必死に生きているだけだ。

 私はすべてを失った。

 かつて努力して築き上げたものが、崩壊してしまった。

 尊敬するべき父を失い、親しき友人をも失った。


 ながい恥辱に耐え、見知らぬ若い男女を、父母と呼び。

 まともに動かない体を、いちから万全に動かすまでに整えすらした。

 

 血しか繋がっていない、何の愛着もない弟や妹のためだけに、私は魔術師であり続けようとしている。自分の常識や、住んでいた世界を捨ててまで、守ろうとしている。

それのなにが、ままごとだと言うんだ!


《生温い》


 は?


《お前はそんなことをしている場合ではないはずだ》

《忘れたままでいいと思っているのかね?》

《己の本当の望みを。 生きる意味を》


 私はなにも忘れてなんかいない。

 目的を見失ってなどいない。


 お前はいったい……なんなんだ!


《答えがほしいのならば、世界を焼き払え》

《すべてを焦土と化せ》

《そうすれば、本当に欲しいものが手に入る》


 馬鹿な、それこそ幻想だ。

 私には……私には安らかな時間さえあれば、それがあればいい。

 それこそが今となっては救いなんだ。


《やはり、忘却こそが望みか》

《さもありなん、それこそが救いなのだから》

《いずれにせよ。 お前が何もせずとも、望みは叶うだろう》


 これは……ただの妄想だ。

 私の妄想に過ぎない。

 過去にしがみつく、未練の現れにしか過ぎない。

 どれだけ努力しようとも、何を犠牲にしようとも、あの人生が戻るはずはない。


《なれば、そのまま眠っていたまえ》

《何もしてくれるなよ、廿日陽介》

《お前は、永久に廿日陽介のままでいるがよい》


 ふざけるな……。

 お前に何がわかる。

 私が好きで「廿日陽介」に甘んじていると思っているのか。


 すべてを壊すことで、すべてが元通りになるのなら、いくらだってそうしてやるさ!

 でも、それで解決なんかするわけないだろう!


 そう叫ぶ私を、何かが嘲け笑った。




 妙な夢を見た気がした。

 きっとそれは――腹立たしい夢だった。


 私がベッドで目を覚ますと、そこには友人であるファルグリンがいた。

生前は、寝起きに野郎のエルフが心配そうに立っているとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。


生前とは言ったものの、きっと私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけのはずである。いわばこれは来世ともいえるだろうか。


しかし、それでもどこか既視感があった。

心配そうに、ベッドで横たわる誰かを待つその姿。そこに私は懐かしさを覚えた。

生前にそんな経験をした記憶は……ないような気がするのだが。


私は過去を忘れているのだろうか?

そうかもしれない、もう、はるか昔の事のように思える。


ファルグリンは、思いにふける私を怪訝そうに見た。


「ようやく、まともに目を覚ました……のか?」


私の知る限り、エルフはみな美しい。

それはもちろん、この男にも言えることではあるのだが、おおむね不満だった。


「どうせ美人なら、女性に待っていてほしかったな」

「もう一度、寝かせてやろうか? なんなら永久に」


 ふん、とファルグリンは鼻を鳴らした。

 彼は異性に興味がないらしく、私がこういうネタを振ると辛辣になる。

 観察する限りこの年代のエルフにおいて、恋愛感情と言うのはとても限定的で希少なものらしかった。とはいえ、同年代のエルフ女子など見たことがないので、エルフ全体がこうなのか、これが男女の差によるものかは判断がつかないのだけど。


「私は正直な話だけど、いつまでも寝られることに魅力を感じなくもないなあ」

「……ああ、どうやら今度は『まとも』らしい。 元々、お前は『まとも』とは言い難いけれど」

「褒めてくれてありがとう」

「ああ、どういたしまして」


 ファルグリンが、私の冗談に慣れきってしまっていた。

 反応が退屈である。


「それより『まとも』とは何のことだい?」

「覚えてないならいい。 僕の父上に言わせれば、忘れることは人間に許された最大の幸福だそうだからな」

「君たちのように長生き出来て、物忘れとは無縁な生物が言うからにはそうなんだろうね」


 エルフは物忘れをしないらしい。羨ましいことだ。

 私も、長生きと言う点については、近いものになりつつあるかもしれないが、忘却が許されない生物にはなりたいとは思えなかった。


「目覚めたばかりにしては、きちんと頭が回っているようだな」


 ファルグリンが呆れと感心が混じったような様子でそう言った。


「まあ……そう、みたいだね」


 今、なぜ、ここで寝ているかいまいち記憶にないけれど。

 マンティコアと、戦ったところまでは覚えている。そして、おそらく……。


「私は勝ったんだろうね」

「おや、覚えていたのか?」

「覚えてはいないけど、そういうことなんだろう。 とは言え、相打ちに近かったのかもしれないが。 なにせ、相手がマンティコア……人喰いだからね。 いわば、人類の天敵だ」


 私の右腕には、包帯が分厚く巻かれていた。

 魔術治療を受けてもなお、傷が塞がり切ってはいないらしい。

 おそらくは相応の深手なのだろう。大きすぎる傷は、一気に魔術で元通りにしようとすると、人体を歪ませることになりかねないと聞いた。後遺症を避けるために、段階的に塞ぐのだそうだ。


 よほどの激戦だったのは確かだ。

だが、それは逆に「戦いが拮抗した」と言うことなのではないだろうか。試練の塔は「戦闘不能」になる際に、排出されるルールなのだから、あっさり一撃なりで負けたのであれば、ケガを負う前に離脱している可能性が高い。


 そして、拮抗した戦いをした以上、私は自分が負けたとは思えなかった。


 ファルグリンは、私の考えを肯定してみせた。


「お前自身が言ったことだ。 『目にものを見せてやったぞ』とな」

「ああ、なら一応は勝ったんだな」

「相手がマンティコアだとは言ってなかったがな。 本気か?」

「まあね。 人の身で勝つのは、栄誉に値するんじゃないかい」

「残念ながらその通りだ。 事実なら、勇者として讃えてもいい」

「どうやったかは、覚えてないけどね」

「問題はそこだ、この抜け作め」


 聞こえてきた声は、ファルグリンとは違う威圧的な声だった。

 と言うか、抜け作ってなんだ。


「まったく……随分とやらかしてくれたな」


 そこに現れたのは、眼鏡でひょろっとした体形の冴えないおっさんだった。

 つまり、ロドキヌス師である。


「お前、俺に対して、失礼な事を考えているだろう」

「……さてはロドキヌス師は、それを言えば毎回必ず当たると思ってませんか?」

「なんだ、違うのか?」


 違わないけど、絶対に肯定しない。


「それよりも、問題って何の話です? 私は普通に試練に挑んでいるだけですが」

「どこが普通だ、自分の有り様を見ろ。 それに、あれもだ」


 ロドキヌス師は、壁に掛けてあるボロボロのコートや、机の上に合った、尖端が欠け刃こぼれした剣、ずたずたになった私の装備類を指した。銀の触媒(タクト)も折れ曲がってる。


「この状況下で、どこが普通だと言うんだ。 お前は覚えていないだろうが、最初に目を覚ました時には、正気じゃなかったんだぞ」

「正気じゃないことには、幼少期から定評があるので、今さらなんですが」

「……おかしくて堪らないとでも言うように、異常に笑い続けて、戦果を誇り。 腕も上がらないのに、『良いアイディア』を思いついたから、ペンと紙をよこせと叫んでいたんだ」

「それは、最高にハイテンションですね」


 よほど気分が良かったんだろうな。


「反省する気はないようだがな。 駆けつけたマリンカ嬢やアンジェリカ嬢には、さすがに見せるわけにはいかず、すぐに退室してもらったが、心配そうにしていたんだぞ」


 それはマリンカ嬢には申し訳なかったな。

いや、と言うか、アンジェリカ嬢って誰だ?


「でも、帰ったら次に挑むのに2週間は間を空けるルールだったはずですよ。 そんなすぐに戻るわけにもいかないじゃないですか」

「だいたいの生徒は、試練に挑んですぐに戻ってきたぞ。 準備を整えるためにな。 実に冷静で良い判断だと思わないか。 予想外のことが起きれば、危険を冒さず、安全に分析後にすぐに撤退。 魔術師にあるべき姿だな」

「なん……だと……」


 それだと、まるで私の判断が普通じゃないみたいじゃないか。


「みんな効率悪いなあ。 それに、ほら、帰還の準備が魔法陣書いたりしないと行けなくてめんどくさいですし」

「生徒の帰還手段簡略化は、少し考えたほうが良いのではないかと思ったが、それ以前の問題だったな。 初回の挑戦で、マンティコアに挑んだ馬鹿が出たのは、今回が初めてだった」

「それは……教師として貴重な体験でしたね」

「あはは、面白いな。 あまりに面白いから、褒美にその怪我が治ったらすぐに殺す」


 目がマジだ。

 教師の癖に、生徒に殺害宣言したぞ。助けて、PTA。

 しかし、残念ながら今世における北海道は、日本国の法律が必ずしも適用されない治外法権であり、特に魔術学院はその傾向が強かった。

 なにせ、北海道は世界唯一の異世界人自治区であり、そのトップは人外である。

 

まったく気に入らない。今の気持ちをハイカラに言うと、ふぁっくと言う奴である。

 ため息が止まらないとは、まさにこのことだ。


 私が非道な事件の被害者となることに悲しみ、世を儚んでいると、あからさまにため息をロドキヌス師がついた。同時に、ファルグリンもため息をついた。

 なんだ、その態度は。気に障るから、やめてほしい。


「お前の馬鹿話に付き合うのはたくさんだ。 いいか、よく聞け。 お前にはいくつか、制限がつくことになった」

「制限?」


 制限と言うか、どちらかと言えば補償とか見舞金とかほしい。

 お金はあって困らないし。


「まず、お前は少なくとも三カ月。 試練の塔に挑戦することを禁ずる」

「……えー?」

「えー、じゃない。 お前たちのような攻略方針の人間を、自由にさせていたら、それは認めているのと同じことだ。 他の生徒にどんな悪影響が出るか、わかったものじゃない」

「私は他の生徒の手本としても、問題がないと思うんですが。 あ、いや、それはこの際置いておくとして、他にも攻略停止処分の生徒がいるんですか?」


「今、僕たちの顔色を見て、話題を見事に変えたな」


 ファルグリンとロドキヌス師が、じと目になっているけど、なんのことか全然わからないので、さっさと私の疑問に答えてほしい。

 私が無言でいると、ロドキヌス師は口を開き始めた。この教師、気が短いのでさっさと話を進めたがるきらいがある。教育者としては欠点だと思うのだけど、私にとって都合がいいから指摘はしない。


「……お前のほかには、北村がマンティコアと一戦したようだな」

「北村って、北村翔悟ですよね」

「ああ、そうだが」

「ふむ……?」


 北村翔悟ね。最近、よく聞く名前だが、どんな人物だったかな。少し調べてみるか。


 それにしても、試練の塔での情報は、原則秘匿されるはずだったと思うけど、今回の事態は例外的処置と言うことなのだろうか。ファルグリンがいるこの場ですら、ロドキヌス師の口が軽い。

 この分だと他の挑戦者にも、ある程度情報がばらまかれているのかもしれない。手ぬるいことである。


 逆に考えれば、序盤でマンティコアと戦うことは、かなりのイレギュラーと言うことになるけど、私はなにか選択を間違えていたと考えることも出来る。


 これは少々、情報分析が必要だな。教師たちはどのように試練について想定しているのか。そこから攻略手段を考えることも出来そうだ。アイテムは消費したし腕も使えないが、それほど悪くはない結果かもしれない。

 この試練には、必ず想定されたクリア方法が存在するはずだ。


 休止期間の3カ月は有意義に使えそうだった。


「廿日……お前、何をそんなに笑っている?」

「え……?」


 笑っていた? 私が?


「今、私は笑っていましたかね」

「ああ」

「そう、ですか……」


 そうか、今、私は笑っていたのか。

 でも、何をと言われても、理由は思いつかない。


「さあ、よくわかりません」


 なぜ、自分が笑っているのかはわからなかったが。

今、感じているものがあった。


生前もいつしか感じなくなった感覚、それがあった。

それは「私はいま生きている」と言うことだ。


「ただ……すこし、何かがわかった気がします」


 私は今まで、どうも生きていることに喜びを持てなかった。

 作り物めいたよく似た世界、作り物めいた家族、作り物めいた魔術と言う存在や人外たち。

 何が楽しくて、こんな世界で生きなくてはならないのか。出来る悪い夢、悪夢でしかない。


「本当に? 本当に大丈夫なのか、陽介。」


 ファルグリンが心配そうにのぞき込んでいる。

 彼は良い友人だ。でも、きっと本物じゃない。

 私の生きていた世界と同じではない。そうとしか思えない。


「ありがとう、ファルグリン。 でも、私は今、気分がとてもいいんだ」


 でも、私は今、生きているという実感がある。

 どうして、私が傷だらけになりながらも、強者に挑むのか。

 それを自覚出来た気がする。


生きているという実感、それが死に直面することで得られたのだ。

一度死んだ人間に命を吹き込むのに、必要なもの……それはきっと「死」なのだ。

私は「迫りくる死」と対峙することによって、「確かな生」を実感できる。


「私は今ようやく、生きている気がするよ」


 そんな晴れやかな気持ちの私とは、裏腹にファルグリンの目が、ロドキヌス師の目が――。

 どうしようもなく、痛々しい何かを見ているように……そう見えた。

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