第16話 エルフと魔女のティータイム

廿日陽介が試練の塔に挑んでいる間のことである。

彼の友人であるエルフのファルグリンと、魔女マリンカは勝手知ったると言うように、彼の自室で紅茶を飲みながら時間を潰していた。

完全に、談話室扱いである。

 

とは言え、この二人は打ち解けているとはいいがたい関係だった。

廿日陽介という人間を通し交流し、少なからず繋がっている関係ではあるものの、親しい間柄と言えるまでには至っていなかった。

 エルフと古い血筋の魔女、元よりあまり相性が良いとはいいがたい。


 基本的に廿日陽介が関わらない限りは、比較的保守的な二人である。

 弾むような会話があるはずもなく、沈黙が部屋を支配する。部屋主のお茶菓子を勝手に取り出し食べる音や、暇つぶしにめくられる本や、書きまとめられるノートのカリカリという硬質な音が響く。


 しかし、待てども家主は帰ってくる気配がない。

 二人とも、比較的、早く戻ると思っていたのである。

 初回の試練の塔への挑戦は、様子見程度ですぐに帰ってくるだろうと。

廿日陽介と言う少年が、いくら好戦的な気質の持ち主(二人はそう捉えている)であったとしても、最初は挑むべき難題について、情報を分析するためにすぐに帰るはずだと。


 沈黙に耐えるにも限界があり、必然的に共通の話題は部屋主である廿日陽介に関することだった。最初に耐えかねた魔女マリンカが口を開き、今の状況を話題にした。


「どうして貴方は彼を止めなかったの?」


 魔女マリンカとしても、試練の塔に彼が挑むのは反対だった。

 どう考えても、冒す必要のない危険である。


「ふん、別に僕はアレを止めなかったわけじゃないさ」


 ファルグリンはそのバランスの取れた美しい造形の顔を、すこし歪ませた。

 それは、彼にとってあまり楽しい話題ではなかった。


「止めたってどうしようもないよ。 アレは……」

「アレは?」

「ああ、そうか。 君はアレと戦ったことがなかったんだったね、それなら納得も出来る」

「幸いなことに、ね」


 魔女マリンカは、爪にヤスリを掛けながら相槌を打つ。

 そこに感情と呼べるものは、一見含まれてはいなかった。彼女はあくまで、魔術師と言う見地から事実を淡々と述べているように見えた。


「試しに戦ってみたいとも思わないし、彼を屈服させたいとすら思わない」


 魔女にとって、武勇を誇るなど愚の骨頂である。

 戦いや危険は避けるべきもの。決闘のように同じ土俵で、誰かと戦おうとすること自体、理解の外だ。あれは戦士といった、高尚な文化や学問の価値を知らぬ蛮族の風習である。

 魔女とは、己の魔術をより高みに昇華させ、あるべき到達点を目指す探求者である。

 よって、わざわざ敵を増やす必要も、命を狙う相手と戦う必要などない。


もちろん、魔女の流儀に従えば、敵に情けも慈悲も必要ない。殺すのならば呪いでも、毒でも使い暗殺すればよい。それが、作法だ。

でも、魔女マリンカにとって、廿日陽介は殺すべき相手ではなかった。少なくとも今は。


「だから、正直な話、わたしなら戦うことを徹底的に避けるわ」


 ファルグリンは、そんなマリンカの様子を気にも留めていない。

彼は魔女マリンカに興味がなく、自身の過去を振り返る。つまりは、自分自身と陽介との模擬戦での対決を思い浮かべたのだった。


「ああ、そうだろうね。 その方がいい」


 多くの同級生は、エルフであるファルグリンとの戦いを避けた。

人間が普通に戦って、エルフに打ち勝つなどありえないのは明白だった。


人間は、エルフと違い脆弱な生物だ。

肉体を改造でもしない限りは、炎や吹雪を生身で弾くことも出来ない。馬車に轢かれたり、崖から落ちた程度の衝撃で死ぬ。寿命が短いだけでなく、すぐ病になるし毒に対する耐性も低い。

 無数の怪物の生きる地で、狩人を生業にしていたエルフとは、生物としての格が違うのだ。

科学や魔術に頼らねば、まともに生きることすらできないだろう。


 これは自然の道理である。同じ条件で、人間はエルフに勝てない。

よって模擬戦においてファルグリンと戦うのは、多くの場合、教師か卓越した技量の上級生だけだった。相応の経験、装備などのハンディキャップが必要だ。


 最初は物珍し気だったこちらの世界の子供たちも、今ではファルグリンに関わろうとしない。サークルに入団できるような有望な魔術師だけが、ファルグリンと対等に会話できた。

 

唯一、廿日 陽介《はつか ようすけ》を除けば。


彼だけが、率先してファルグリンと対決しようとした。どれだけ恐ろしい目に合っても、圧倒的な力でたたき潰されても、痛みを与えられ傷だらけになろうとも。骨が砕け、腕がちぎれようとも怒りや対抗意識、使命感ではなく、嬉々として対決に臨んできた。


科学であっても、魔術であっても。

あらゆる治療行為に、傷相応の痛みは伴うのだ。

誰が好き好んで、傷つきたがる?


 振り返って、ファルグリンは思った。


「……アレは、まともじゃない」


 マリンカはその言葉に同意した。


「そんなこと、わかってるわ。 彼はわたしを殺す気だったもの」


 かつて、マリンカは自分を見ていた、あの無機質な目を思い出し、身震いした。

 廿日 陽介《はつか ようすけ》と言う少年は、本質的に異常者である。魔女であるマリンカを以てしても、そう認識せざるをえなかった。


単純に廿日陽介が好戦的であるとか、魔術師としての人並外れた探求心があると言うことではなく。彼には倫理観と言うものが欠如していると、そう考えていた。

 そう、命に対する尊厳と言う感覚が備わっていないとしか思えなかった。


 確かに魔術師と言うものは、倫理観と言うものが欠如しがちである。人命を軽視した実験や、その尊厳を踏みにじる冒涜的行為も珍しくない。過去をさかのぼれば、そう言った実例は枚挙の暇がないほどだ。

 だが、それらは自分の研究や理想を、実現するためという手段である。

手当たり次第に、自分より強い人間をどう殺すかなんて算段を付け始めるのは、異常者でしかない。魔術師は戦士ではなく、殺し屋でもない。必要のないことはしない。


「それに、この世界の子供は、同じ学校で学ぶ生徒を『どうしたら殺せるか』なんて考えないわ。 彼は自分より、強い相手を見るとそれしか考えていない。 ……私を単なる『同年代の強い魔女』と言う記号でしか考えないで、殺し方を考えていた」


 マリンカはそう言って、ファルグリンに同意した。


ファルグリンも魔術師とは違った目線ではあったが、結論としては同じだった。

ファルグリンは、陽介が生物として不自然な戦闘狂だと感じた。

魔女マリンカは、陽介が魔術師ではなく危険な異常者だと感じた。だから、正直なことを言えば、危険を避けるために取り入ろうとする気持ちもあって、友好的に接触しようと思った。

どちらにせよ、戦う相手としては避けるべきだ。


 ただファルグリンは、フォローなのか、よくわからない言葉を口にした。


「それでも、アレは手当たり次第に殺すような人間でもない」


 そこには少なからず、複雑な感情が含まれているようだった。


 マリンカは物珍しいものを見たように、少し驚いた。

人間を『管理するべき下等種族』として見るエルフらしくない、とそう思ったのだ。

 しかし、賢明な魔女であるマリンカは、それを指摘するのはあえて避けた。あまり他者の内面に踏み込むべきではあるまい、それも気位の高いエルフが相手ならば。


 マリンカは話を軌道修正することにした。


「それで? わたし、質問の答えを聞いてないのだけれど。 どうして貴方は彼を止めなかったの?」


 ファルグリンの返答はそっけなかった。


「……別に僕は、君となれ合う気はないのだけれどね」


 ファルグリンは、魔女マリンカを友人として認めた覚えはないと示した。

 魔女マリンカもそれは弁えてはいたので、納得の表情を見せる。


「つまり、彼はべつ。 陽介には一目置いてるってことよね」

「……その言い方は気に入らないが、どうでもいい人間と一緒にいてやる理由はエルフ僕らにはないだろうな」


「魔女と話すのは面倒だ」と、内心でファルグリンは呟いた。

ファルグリンには、魔女と言うものについて、他のエルフから良い話を聞いた覚えがなかったから、もともと良い印象はなかった。

彼女たち魔女は身内には甘いが、同時に嫉妬深く厄介ごとの種なのが常識である。魔女マリンカはその中でも、古くからの強力な血筋を引いている。

つまり、その性質も古い時代からの厄介な素養を強く受け継いでいるとすら言えた。


なぜ、こうも廿日陽介と言う少年は、厄介ごとを持ち込む天才なのか。

どんどん厄介ごとを抱え込まなければ、死んでしまう体質なのかもしれないが、出来る限り巻き込まないでほしいものである。

古い魔女を友人に持つ者は、なにかしら厄介なことに巻き込まれると言うのは、約束事と言ってもいいだろうに。ただでさえ、彼が多くの問題を有しているのは、その様子を見る限り明白である。


「とは言うものの、僕も恐らくはもう手遅れなのだろうな」

「なにがかしら?」

「いや、独り言さ……エルフは運命を受け入れると言うだけの話さ。 一度始めたことを、投げ捨てるのは性に合わないし。 知ってしまったことをなかったことにはできない」

「あら、森を捨てた帝国インペリアルエルフらしくないわね」

「僕らが、帝国を築き、他種族を管理するのはあるべき運命だよ。 今までも。 そして、これからもね。 運命から逃げているのは、森にしがみついた『生きた化石』どもだ」

「あら、その慣用句は誰に教わったのかしら」


 マリンカは皮肉めいた笑みを浮かべたが、可憐な印象しか与えないものだった。

 しかし、ファルグリンは彼女に興味を持たない。それよりも、自身の奇妙な友人に思いをはせる。


「アレは確かに命を軽視しているところがある。 まるでいくらでも替えがある……いや、違うな。 命を失っても、いくらでもやり直せると思い込んでいるかのようだ」


 うまく言葉にできなかったが、ファルグリンは廿日陽介の在り方を、そう形容した。

 

「アレは殺そうとすると同時に、傷つくことや死ぬことをそれほど恐れていない。 本人はそこに多少無自覚な面があるけれど、ね」

「無自覚? わたしから見て、そうは見えないけれど。 彼は好き好んで、自ら率先して傷つくし、命を天秤にかけようとしているわ。 自分の命を使ったギャンブルを楽しんでいる節もある。 自覚がないはずなんてないわ」

「いや、それでも、だ。 彼自身は傷つくこと嫌い、危険リスクを冒したくない。 と、自分をそういう人間だと認識しているみたいだ。 本質的には真逆なのだが」

「……ふうん、随分となんというか、自己分析に欠けているのね。 彼って」

「魔術師としては致命的だな。 己の在り様を理解できない者は、どこかで間違いを犯す」


 魔術師の扱う魔術とは、己の本質であるとされる。自分の本質に合った力こそが、その魔術師にとって最も力の発揮できるものであるというのが、いわば常識だ。

 自己の本質を見失う者は、真の力を発揮することはできない。


 しかし、一方でファルグリンは、陽介の目的のために手段を選ばない様と、狂気めいた探求意欲については……魔術師にふさわしいのではないか、と感じている。


 なにをどうしたら、あのような人間の子供が生まれるのか。単なる自暴自棄な人間ならば、治安の悪い過酷な環境ではよく見るのだが。

 廿日陽介は、どちらの世界でも異質な存在であった。


「とは言え、アレはアレで、気遣いもできるし情に厚いところもある。 僕はそういういった面をよく知っている」

「それはわかっているわ、彼はある意味で『魔女わたしたち』寄りの人間よ。 それに魔術師として欠けている才能があったとしても、評価するべき技量がある」

「そう、そこが厄介だ」


 だからこそ、あり方が歪んでしまっているのかもしれない。

 『あるべきものが、あるべき姿に』と考えるエルフとしては、廿日陽介という少年の在り方は不幸に思えた。


「僕が思うに、彼の不幸は、こちらの世界に普通の人間として生まれてしまったことなのかもしれない。 才能が欠けていたとしても、魔術師の家に生まれて、魔術師としての常識を身に付けておけば、もっと生きやすかっただろうに」


 異端として育ってしまったから、異端になってしまったのだ。

 同族に恵まれなかったことは、きっと不幸だった。

 自分と同じ価値観や立場の存在が傍いなかったら、きっと誰しも異端になるしかない。それが普通の事だ。

 自分だって、エルフの家族と一緒に過ごせなかったら、今とは何かが違っていたはずだ。


「なぜ、僕がアレを止めなかったのか。 簡単なことだ」


 ファルグリンの目は、痛々しいものを眺めているかのようだった。その表情は吐き出せないものを、吐き出そうかとするかのように苦しそうだった。


「僕は止めたんだよ。 だけど、いくら止めても止まらない。 聞く耳を持たない。 彼は、自分に対する助言を、素直に助言として受け止めることが出来ない」

「それは、彼の理解力の問題ではなく?」

「さあね。 でも、きっと彼には世界が歪んで見えているはずさ。 言われた通りの言葉に、言われた通り認識することなんて出来ないんだ。 僕らの意図は届かない」


 彼は生まれる場所を間違えた。


「そう、あの魔術師の匂いがする獣は……誰にもきっと、止められない」

「獣ですって?」

「そう、獣だ」


 ファルグリンは、自分の口から出た表現が、しっくりきた。


「あれは、きっと獣になるしかなかったんだ」


 彼にはきっと、常識と言う枷が必要だった。

 でも、なにかがそれをとっぱらってしまった。そのなにかが、きっと同族がいなかったからだ。


「知ってるかい? 彼の父親は、もう過労死とやらで死んでいるそうだが……その父親は、彼を虐待していたそうだよ。 母親も一緒になってね。 両親になじめなかった彼を誰も助けなかった」


 ファルグリンは、決断した。

「魔女マリンカを、こちらに引きずりこんでしまえ」と、心の声がそう告げたからだ。

彼は自分自身には正直だった。


 好奇心で嗅ぎまわるこの魔女を見ていたら、いつまでも自分が一人で抱え込んでいるのが愚かしく思えた。誠実さには欠ける行動かもしれないが、この行動は彼のためになりえる。

 ファルグリンは、独善的にそう断じた。


「なんですって?」


 驚きの表情を見せる魔女マリンカに、ファルグリンは成功を確信した。

 「魔女に勝利する方法は、不意を突くことだ」と、彼は自分の父親に教わったことを思い出した。


「でも、彼は幼い弟妹の生活費のために、この学校に来た。 家には、金銭が支給されるからだそうだ。 彼はそれをなんでもないことのかのように言って、むしろ、両親になじめなかた自分を当然のように『悪』だと、そう言ったんだ」

「……それをわたしに言っていいのかしら?」

「いいんだよ、聞けば君は裏切らないからさ」

「あなたが言いづらそうにした時点で、聞くのをやめておくべきだったわ。 いえ、わたしはエルフが他人の秘密を軽々しく口にすると思わなかった、知識不足だったわね」

「秘密の約定を交わした覚えは、僕にはないね。 それに君が言わなければいい、そうしたら彼の過去がこれ以上、広まることもない」

「あなたの友情には、礼節というものが欠けていると思うわ!」

「僕は自分が彼にどう思われたとしても、友人の利益になるならばなんだってするさ」


 魔女マリンカは後悔した。

 魔女としては、いちいち他人の不幸話に同情するなどありえない。

でも、少なからず友情を感じている相手の過去を、意図せず掘り起こしてしまったことへは負い目を感じざるを得ない。

他人の秘密を探るのは、魔女の生業。だが、今回に限ればその覚悟はなかったし、魔女として彼女はまだ幼かった。


しかし、マリンカは腹立たしいと感じた。

軽々しく、過去を口にしたことにも。自分の幼さを見抜いたことにも。

余裕を見せるそぶりを投げ捨てて、彼女は感情を露わにした。


「わたしが聞いたのは、なぜあなたが止めなかったか! それだけなのに!」

「だから、別にいいだろう? 君は自分のルールを曲げてない。 僕がなにを言ったかはどうでもいい。 君は君の中での礼節を保つことができた、それでいいだろう?」

「そういう問題じゃないわ、わたしはあなたが許せないもの」

「ふん、いつもそうしていればいいのさ、少なくとも陽介の前ではそうしているだろうに。 『お高くとまったエルフ』のまえで、より『お高くとまったそぶり』を見せるのも変な話さ」

「……なにがいいたいのよ」

「陽介に、『魔女マリンカ』としてではなく、自分個人として認められたいんだろう? それなら、今回の情報は別にジャマにはならないさ。 魔女なんだから、合理的に考えたらどうだい?」

「あなた! 聞いていたのね!」

「エルフの耳は、人間みたいに性能が悪くないんだ。 だいたい、この問題に関して、僕ばかりが悩んでいるのもいい加減飽き飽きだ。 不公平だ、こんなことを軽々しく僕に話した彼が悪い。 アイツは紅茶を楽しみながら、ついでのように僕に話したんだ。 お茶がまずくなるったらなかったね」


 ファルグリンはエルフではあるが、精神的には未だに子供である。

 両親や同族から愛情を受けて育った彼にとって、陽介の過去は重すぎた。


「そうさ。 この間からアイツは、こういうことをどんどん話すようになった。 自分が医者を目指していただの、父親が過労死しただの。 そこでやめておけばいいのに、どんどん自分の過去について話してくるんだ」

「それって、もしかして試練の塔に挑むのが近づいてから?」

「ああ、遺言のつもりなのか、心残りでも減らすつもりなのか。 正直、やめてほしいね。 吸い込む空気すら重くて仕方ない、でも、突き離すわけにもいかないだろう」


 そこまで赤裸々に話されて、マリンカとしても同情的な気持ちが沸いた。

 たしかに同じ立場だったら、誰かに話したくなるものだ。

 掘った穴に王の秘密を叫ぶ伝承を聞いた覚えがあるが、似たようなものだろう。秘密を抱え込むのは、想像以上につらいことだ(こちらにも似た伝承があるのは知っていた)


 自分の魔術を秘匿することには慣れていても、友人の過去を秘めたままでいるのは、マリンカにとっても経験があまりないことだった。もちろん、過去の魔女マリンカとして経験も含めれば別ではあるのだが。


「いてもいなくても、厄介ごとを振りまくのね。 ……彼は」


 魔女マリンカが思わず口にした感想に、ファルグリンは共感した。

 ファルグリンからしてみれば、悪いのは自分ではなく彼である。他人の過去を吹聴するのは、ファルグリンだってしたくはない。だが、そうさせたのは廿日陽介本人だと思った。


 そこに、扉を開く音。


二人は部屋主が帰還したと思い、期待して振り向く。

それは間違っていなかったが、期待は裏切られた。


「やっぱり、君たちはここにいたんだね」


想像している人物とは似ても似つかない。

銀髪で青い瞳、優し気な少年がそこにいた。


「フォルセティか」


 ファルグリンは、不遜に己の先輩を呼び捨てた。

 彼はその人物校長の孫が好きではなかった。


「あ、あれ? 随分と棘があるなあ……」


そこいたのは、4年生のフォルセティ・アンブロシウス・ウィスルト。

ペンドラゴン校長の孫として、有名な人物である。


「なんのようでしょうか、ウィスルト先輩。 用事がないのでしたら、あとにしてもらっても良いですか?」


 魔女マリンカの反応も、冷たいものだった。

 待ち望んでいる人物と別人が来たために失望を隠せないし、校長自身ならまだしも、その孫に興味は持てなかった。ウィスルト家そのものには、たいして注目していないのである。


「あとにしろって、そもそも! ここ、俺の部屋なんだけどね!」


 2年にあがって、廿日陽介とルームメイトになったのは、予定通り4年生のフォルセティ・アンブロシウス・ウィスルトである。

 校長の孫である彼は多忙で、色々な生徒のフォローに回っていることもあり、部屋でゆっくりと過ごせないことも多い。そのために、この部屋が一部の生徒のたまり場になっていることを許容していた。

比較的、寛大な先輩とも言えるが、この部屋をたまり場にしている人物たちは、その彼に対して感謝の欠片すらなかった。


「なんか俺の扱い悪すぎて、悲しくなるよ。 ……って、そんなことより! 二人とも! 陽介くんが試練の塔から戻ったんだよ!」

「なに!」

「しかも、陽介くんはかなりの怪我を負っているんだ! 命に別状はないけど、早く駆けつけてあげるといい」

「もうっ、どうしてそれを早く言わないんですか!」

「……あ、あれ? なんで俺、ちょっと怒られてるの?」


 ショックを受けているフォルセティを置いて、ファルグリンとマリンカは駆けていく。

 フォルセティは半ば呆然としながら、見送った。


 その場から二人が離れる後ろ姿が、見えなくなると「ほっ」と息を吐きだした。

そして、目を細める。非左右対称に、片方の顔だけで笑うかのように。


「二人とも、本当にお友達思いだなあ……」


 でも、と一言。

 まったりとして、のほほんと落ち着いた声色だった。


「彼が史上最悪の秩序の敵テロリスト候補だとしても、今と変わらずにいられるのかなあ?」


 そう言いながら、自分の部屋を片付け始めた。

 まだ暖かいティーカップと、お茶菓子をゆっくりと丁寧に。

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