第11話 欠陥魔術師の戦闘手段はこすい

 生前は、痛い思いをしながら戦うことに熱意を燃やすことになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。


 ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 自分が傷つくことや、死ぬこと。何かを失うことがそんなに怖くないと思えるのは、もう1度でも死んでいるからだろうか。


 さて、魔術学園には訓練場と言うものがある。

 多少なら壊しても、しばらくすると修復されているという便利な場所だ。その外周はアスレチックになっており、これをどれだけ早い速度で周回することが、訓練の一環になることもある。

 障害物を配置したうえで模擬戦することもあるし、何もない場所で決闘まがいのこともするけど、一番多いのは組手や基礎的な訓練だった。


 今、私は耐衝撃機能を備えた訓練用のコートを羽織り、いくつかの種類の装備を所持している。特に目立つのは、腰に付けた剣だろう。街中でこの格好は出来そうもない。


 さて、やる気なさそうにも聞こえるが、活舌のしっかりした口調で喝が入る。

 生徒の誰もが恐れるロドキヌス師、その人の声である。

 普段なら生徒がたくさんいるが、今は私を含めてもたった二人。ロドキヌス師の声はとてもよく響いた。


「時間通り、今から始めるぞ。 集中しろ!」


 そこにいたのは、眼鏡でひょろっとした体形の冴えないおっさんだった。

 しかし、騙されてはいけない。一見わからないが、その服の下は筋骨隆々だし、身長が170cmに対して体重が200kg近くある改造人間だ。冴えないおっさんの姿をした未来から来た戦闘用サイボーグか何かだと思った方がいい。


 破壊の魔術を嫌うくせに、白兵戦の担当である辺り、納得いかないところもあるのだろうが、だからといって授業に手を抜くことは辺り真面目である。

 手を抜けば、担当から外れられるかもしれないのに損な性格だ。


「『試練の塔』に挑戦するお前たちの、指導教官だ」


 この人が、私を指導する立場になったというのは幸運だったかもしれない。

 まだ、話が通じる方の教師でもあるし、実際、思考は酷く論理的だ。白兵戦担当の癖に、体育会系のような精神論や努力を強いるところはまったくない。

 いわく「強くなるために必要なのは、正しい訓練と正しい理解、そして正しい思考だ」と言う人なのだから。


ただし「筋肉を鍛えるために最も必要なのは、論理的な思考」だとか言いだしたりと、ちょっと頭のおかしいところがある。

しかも、生易しい対応が全く期待できないのが、非常に痛い泣き所ではある。


「今後、試練に挑むにあたり、相談役になったり、必要に応じて訓練に付き合うことになる。 返事は?」

「はい」

「はーいっ!」


 勢いよく返事したのは、私と同じく『試練の塔』に挑戦しようとする変わり者だった。

 明るい髪に、いつも元気な様子で友達に囲まれている。にぎやかな印象の同級生だった。

 深くは知らない、かかわりがないからだ。


「始める前に、お前たちの動機が知りたい。 なぜ、『試練の塔』に挑む? 言ってしまえば、冒す必要のない危険だろう。 動機はモチベーションに直結する、はっきりとここで述べられないなら取りやめた方がいい」


 容赦がない先生である。ある意味は、

優しさなのかもしれないが、この人の「やめろ」は本当にやめさせる時の言葉だ。嘘は言わない。


廿日陽介はつかようすけ お前はなぜ、挑戦する?」


 まずは、私を指した。

 隠すことでもないので、はっきりと言わせてもらう。


「自分の将来のためでもあるけど、生活のためです」

「……お前なりの将来設計があるなら、何も言わん」


 あっさりと私の言葉を深く追求するわけでもなく、受け入れるロドキヌス師。

 なんだかんだ、寛大である。

 なんか流されただけの気もするが。


「では、吉田純希よしだじゅんき。 お前はなぜ、挑戦する?」


 促された少年、吉田くんは何かを思い出すように地面をわずかに見つめる。

 だが、次の瞬間にはロドキヌス師の言葉に、はっきりと力強い目で断言する。


「オレは勝ちたい奴がいるんだ。 強くなりたい……だから、塔に挑戦したい」


 勝ちたい奴……。

「なんか、熱い子だな」とこの時は思った。私にとっては他人事でしかない。

彼は、私と同じ地球出身の生徒だ。魔術師の名家の後ろ盾はない。

 とは言え、彼のことを私はあまり詳しく知らない。クラスは別だし、自分の意志で受講できる科目については、会ったことがあるような気もするけどあまり記憶にない。

 

というか、基本的にファルグリンと一緒にいるとき以外は、ボッチに近い私と関わりがあるはずもない。時折発生するグループ授業は『きまずい』の一言である。


「試練に挑むにあたっては、戦い方ばかりを教えるわけじゃない。 必要な知識は、サバイバル術であったり、緊急時の心構えだ」

「サバイバル術?」

「『試練の塔』と現実世界は、時間の流れが違う。 こちらの時間で数時間、挑むにしても、塔の中では数日が経過する」

「……魔物のいるダンジョンと聞きましたが、その中で数日過ごすと?」

「ああ、そうだ。 それも何度も繰り返す羽目になる。 1度の挑戦ですべてを制覇できるほど、『試練の塔』は甘くない。 なにせ、100階層からなる施設だからな。 卒業までの残り7年をかけると思え」


 予想と違った意味でハードになりそうだった。かなりの長丁場を腰据えて取り掛からないといけないらしい。覚悟はしていたつもりだったが、確かにそれなりの心構えを教えてもらわないと冷静でいられる自信がない。

 吉田くんの顔色も変わる。が、なんとか冷静にロドキヌス師に尋ねる。


「な、7年もかかるんですか?」

「そうだが? どうだ、嫌になったか」

「あの、万が一の時は助けてもらえるんすか?」

「いつでも帰還できるようなアイテムは貸し出す。 緊急時には、『試練の塔』から吐き出されるはずだ」

「吐き出される……?」

「強制的に離脱させられるわけだな」

「それなら、危なくないんですよね」

「残念ながら、完璧に働くわけじゃない。 多少の怪我は付き物だし、死亡事故がないわけではない。 向こうの世界で実地した頃の話になるが、死者も出ている。 それも、当時お前たちより、実力のある上の学年だった生徒だな。 だからこそ、万が一死亡した場合に備えて誓約書を書かせている」


 吉田くんの顔がいっそう青ざめたものになる。

 何を想像したのかはわからないが、少し震えているようだった。

 わかる、私も怖いもん。


「別に挑戦は取りやめて構わないぞ、強制はしない。 途中であきらめても構わないどころか、今から諦めても構わん」

「諦めませんっ!」

「なら別に今挑戦することもない。 お前たちはまだ11歳だろう? もっと何年か経ってから挑戦してもいい」

「それだと遅すぎるんです!」


 あくまで吉田くんは折れるつもりはないようだった。

 ロドキヌス師は、ため息をつく。


「お前の事情は、少しはわかっているつもりだがな……。 本人にやる気があるものを止めるのは……そうだな、俺の仕事ではないな。 俺の仕事はお前たちを手助けすることだ」


 吉田くんを心配しているらしい、ロドキヌス師。

 私の心配はしてくれているのか、少し気になる。そう思ってみていると、ロドキヌス師は視線に気づいたようだった。


「別に、お前もやめてかまわんぞ。 陽介」

「いえ、そうやって言われてみたかっただけで辞める気は一切ないです」

「めんどくさい奴だな、お前は」


 ひどい言われようである。

 いいじゃん、少しくらい優しくしてくれても罰は当たらないと思うんだ。


「ちなみに興味本位で聞きますけど、ロドキヌス師は『試練の塔』に挑戦したことありますか?」

「興味本位で聞くな、馬鹿もんが。 あるにはあるが、すぐに辞めた」

「……え?」

「聞こえなかったか? 当時、生徒だった私は、途中で断念したと言ったんだ」


 それってあれか……?

ロドキヌス師が当時どんな生徒だったかは知らないが、魔術師の家系であるはずの人物が達成できないほどの課題だったというのか。


「他に質問はあるか? ないなら話を進めるが」


 いつもより丁寧に質問を許し、話をしてくれる辺りあれだ。

 ロドキヌス師はおそらく、私達を諦めさせようとしているようにも見える。


「いえ、私は特に。 話を進めていただいて大丈夫です」

「……オレも! オレも大丈夫です!」


 ロドキヌス師は自らのこめかみを、人差し指と中指で軽くたたくように考え込む。


「そうか。 なら、俺が出来る範囲のことは教えよう」


 そこで何を考えたのか、ロドキヌス師はこう言った。


「その前にちょうど二人いるんだ。 少しやりあってみろ、いつもと同じ形式の模擬戦だ」

「え……?」


 少し予想外の提案だった。

 訓練場に呼ばれただけあって、どちらも戦闘の準備はしていたけど。


「コイツと? でも、コイツはまともに魔術が使えないんじゃないですか?」

「問題ない。 最低限、試合にはなるレベルだ」

「問題ない……ってたってよ?」


 吉田くんは私をじろじろと見た。

 あれか、一人前に心配しているのか、それとも弱い者いじめになるとでも思っているのか。


「いいよ、やろうよ」

「……いいのかよ、手加減はしねえぞ。 わざと負けたりなんかしねえからな」

「かまわないよ、こっちも全力だ」

「なら、後悔させてやる」


 吉田くんは少し準備があるのか、いったん訓練所の脇に小走りで駆けていった。

 準備って言っても、最低限の戦闘用ローブは着ていたように思うけど。

 空いた時間で、軽くロドキヌス師に質問する。


「ちなみにロドキヌス師。 吉田くんの実力はいかほどですか?」

「詳しく教える気はない。 だが、そうだな……実技ではトップクラスだろうな。 ただし、あくまで一般家庭から出ている魔術師の中では、な」

「なるほど、普通にやれば私より上ですね」

「普通にやれば、おおよそみんなお前より上だろうよ」


……ロドキヌス師が辛口評価である。


「ちなみに、魔装具はどこまで使っていいんですかね」


 魔装具とは、魔術が込められた装身具などの装備のことだ。これがないと、私はまともに戦えない。なお、基本的に杖はここに含めないことが多い。杖は魔術を使うための基本的な触媒であり、普段から持ち歩く日常品だからだ。


「授業と同様の制限とする、魔術も殺傷能力が高いものはなし」

「なるほど?」

「だから、その条件は向こうもだな。 授業で使っているものと同様の装備だ」


 吉田くんの方を指す、ロドキヌス師。

 彼が持っている杖は、片手で持てる小さな触媒つえではなかった。両手で持つ、槍のような大きさの戦闘用大型杖ロッド。当然、ある程度の安全装置(セーフティ)はついているが、出力は普段の生活で使っている杖より、当然ながら強い。

 彼の使用している大型杖ロッドは、殴り合いにも使えそうな頑丈そうなものだった。


「あれぐらいは使っていい」

「わお、ガチじゃないですか。 あれって私物ですか?」

「……なめとるのか、貴様は」


 ロドキヌス師に怒られた。

 別にふざけているわけじゃないのだが。


 私は吉田くんのいる方向へと向かう、私の抱えるハンデを考えても厳しい勝負になりそうだった。


「ロドキヌス師と何を話したんだ?」


 吉田くんは、大型杖ロッドを軽く振り回している。槍を扱うような動きで、体に馴らしていた。


「吉田くんがどれくらい強いのか聞いてみたのさ」

「……なんて言ってた?」

「一般生徒の中では、トップクラスに強いってさ」

「……へえ」


 予想に反して吉田くんは、あまりうれしそうじゃなかった。

 むしろ、くやしそうにすらしている。


「おや? なんだか納得いかなそうだね」

「べつに。 はやくお前をぶったおして、はやく先生に強くしてもらうんだ」

「もう勝ったつもりなの?」

「オマエが、まともに魔術が使えないのは知ってるんだよ」

「それはそれは。 私は知らない間に、有名になってしまったんだな」


 いらいらした表情で、吉田くんは私をにらみつけ始めた。

 どうやら神経を逆なですることに成功したらしい。


「おしゃべりはそこまでだ。 用意っ!」


 私は腰に差してある剣を引き抜く。刃渡り30cmほどの小ぶりな刀剣である。

 そして、左手に触媒つえを構えた。指揮者の使うタクトに近いものだ。一般的なものは、主に木材を使うことが多いが、私の触媒つえは金属でできていた。

魔術の出力が出づらく、また繊細なコントロールもしづらくなるが、耐久精度に優れておりトラブルの際の信頼性が高いのが特徴である。


 しかし、私がちっぽけな剣を構えているのをみて、吉田くんは顔をしかめた。


「それでやるのかよ」

「ああ、そうだよ。 甘く見るなよ、これで一度だけエルフから一本取った」


 わざと私はそういった。彼の少し相手の警戒度を上げてやろうと思った。

 私は剣先を前に突き出し、牽制する。左手の触媒つえはベルトに回し、羽織る耐衝撃コートで隠された試験管を叩く。

 

 私の数少ない手札だ、錬金術で作られた媒体と魔術式が予め仕込まれている。化学反応と融合した疑似的な魔術だ。使い方さえ知っていれば誰にでも使えるが故に、私にも使える。


「嘘つきだろ、オマエ」

「本当だよ、先生から君の強さを教えてもらったからね。 言わないと卑怯に思ったのさ」


 そのまま吉田くんは返事をせずに、話さなくなる。

 集中し始めたのだ、ロドキヌス師の合図を待つ姿勢。信じたのかはわからないが、これで手加減しようなんて様子は完全に消えたようだった。


「始めっ!」


 ロドキヌス師の合図と共に、吉田くんの大型杖ロッドの先から衝撃が飛ぶ。

 打ち出されるのは、フォースの塊だ。


 最も簡単にして、基本の魔術。その系統が力場フォースフィールドと呼ばれる魔術だ。

 無詠唱で使うことが出来、自分と距離が近ければ近いほど強力な反発や吸引する力を発生させる力場魔術は、ほとんど才能が要らない努力の魔術と言われている。

 極度に微細なコントロールをすることには、才能が必要な場合もあるが、地道な努力によってのみ、その力の自在な扱いが可能となると言われる。


 一方で、魔術の最大出力は生命力が強ければ強いほど上がる原則も適用されるため、基本的に子供と大人であれば大人の方が有利。

 さらに言えば怪物モンスターなどの人外が有利になることには変わりない。


 ともかく、彼の魔術は早業だった。ここまで正確にかつ、力のある魔術を飛ばすのはそう簡単にできることではないだろう。生半可な魔術であれば、相手に届く前に力を失い威力が半減しているはずだ。

 だが、吉田くんの魔術は正確に私を捉えていたし、かつ、人間の身体を吹き飛ばせるくらいの衝撃力を保っていた。


「吹っ飛んじまえ!」


 しかし、瞬時に試験管から噴き出す白い煙が私を包み込む。

 同時に私が触媒つえを振るうと、吉田くんが放つフォースは逸れていく。この私が身に纏う煙のその表面を伝うかのように。


「なんだとっ!?」


 同時に、私が再び触媒つえを振るうと、新たな試験管が飛び出し吉田くんに目掛けて飛び出した。矢のような勢いで、彼に迫る。


 成績優秀なだけはあり、彼は反応してみせた。

 大型杖ロッドに魔力を纏わせ、試験管を弾き飛ばしたのだ。普通なら思わず避けるか、反応できないところだろう。しかし、それがいけなかった。


 試験管は彼の魔力に触れた瞬間に激しく反応する。

 迸る閃光が辺りを包む。1秒に満たないながらも、それは光輝く太陽のようですらあった。


「ぐああっ」


 吉田くんは予想外の強烈な光に、目を焼かれたようだった。

 一方で、あらかじめ予想していた私は、白い煙を操り光を遮蔽。まぶしさから逃れた。


 そして剣を捨てた私は、3つ目の試験管を自分の足元に落とす。

 途端に地面が隆起し、私を勢いよく吹き飛ばす。標的となる進行方向は、吉田くんだ。自分自身を弾丸として、体当たりをぶちかます。

 ファルグリン相手なら、訓練用の剣を使って攻撃を加えているが、相手は一般生徒、怪我で済まない可能性があるのでやめておいた。


 ともかく、眩しさに悶え苦しむ同級生に体当たり。無防備な彼は短い悲鳴のようなものを上げ、地面に転がる。

 私自身も衝撃に苦しみ、やや視界がぐらつくが慣れている。体当たりが外れていれば別だが、この場合つらいのは私のクッションになった彼の方だ。そんな彼を一方的に殴りつけ、大型杖ロッドを奪いにかかった。


「すまないねっ、これも勝負だから」


 反射的にか、大型杖ロッドにしがみつこうとする動作が見られたので、頭突きをかましながら取り上げるようと試みる。続けて、鳩尾に金属製の触媒(つえ)をねじ込むと、たまらず力が抜けたので、すかさず両手で大型杖を奪い取った。

 私の触媒つえも転がり落ちるが、なりふり構っていられない。


 距離をとって、大型杖を彼に向ける。

 油断はしない。私にはろくに使えない武器ではあるが、槍のように構えれば有利に立てるだろう。必要なら、もう2つほど試験管を使用する余裕はある。

 使用には自分の触媒つえを再び拾わないといけないし、残りはどちらも少々痛い目にあってもらう奴だから、加減が出来なくなるけど。


 しかし、もうすでに吉田くんはほぼ無抵抗だった。


「……あれ?」


 なぜか、吉田くんが泣き出しているように見えるんだが。

 なんでだろう?


「……やり過ぎだ、馬鹿もん」


 呆れたように、ロドキヌス師は頭を抱えた。


 吉田くんが立ち直った後に、再戦したらめちゃくちゃボコボコにされた。手の内がばれているし、戦えば戦うほど私の手持ちがなくなるので勝ち目がなかった。げせぬ。

 たぶん、次は手持ちを補充して万全にしても勝てないかもしれない。


 吉田くんの大型杖ロッドは近接戦闘でも十分に戦えるものだった。杖の先に触れるだけで、相手を吹き飛ばせるのだ。

 落ち着いて戦えるなら、障壁のように力場フォースフィールドを上手く展開できるので、多少の衝撃ではびくともしない。私がまた体当たりをかましたところで、弾き飛ばされてまうのはこっちだろう。

 なにより最初の攻撃が早い。まともな早撃ち勝負ならそうそう負けないんじゃないだろうか。スタートと同時に、フォースをぶつけて勝ちをとるのは、今の学年ではスタンダードな戦い方だった。おおよそ、初手であっさり決まる勝負の方が多い。


 何戦かして、ロドキヌス師は私達に休憩を言い渡した。

 不思議と、吉田くんと会話することになる。


「オマエ……思ってたより、強ええじゃん」

「強いっていうか、小賢しいんだと思うけど」


 ファルグリンにはそう言われる。

 その代わりと言っては何だが、彼に対しては手加減を一切しないので、全力で全部叩き込んでいる。吉田くんに今回やった手口は、まだまだ温い方だ。あの3倍はえぐいことにしないとエルフである彼にはまるで通用しなかった。

 しかし、やるとキレられる。げせぬ。


 模擬戦となると、私の場合は初見では対応できなさそうな手口で攻撃を仕掛ければ、1度限りならなんとかなる。卑怯なんてレベルじゃないけど。

逆に言うと、私はそれ以上の引き出しがないので、そういった初見殺しを繰り返せないのが問題だった。えぐい手口を連発できるようになるのが、今後の課題である。


「もうちょっとなんとかしたいんだけど、道具の補助がないと魔術が使えないしね」

「そういや、最初の奴。 どうやってオレの攻撃を防いだんだよ」

「ああ、あのフォースの早撃ちね」


 それには私の持つ、白い煙の試験管について説明しないとならない。

 これは秘匿した方がいいんだろうけど、まあ、クラスメイトにはおおよそバレてるし、この辺りまでは話していいんじゃないだろうか。


「あれは、私に纏わりつくように設定してある煙でね。 『馬鹿には見えない服』って名前を付けているアイテムだよ。 私が魔術式を考えて、錬金術で作ったんだ」

「『馬鹿には見えない服』だって?」

「そう。 ほら、私って魔術が使えないからね。 それでも一番簡単な力場フォースフィールドはまだぎりぎり使える方なんだよ、何かの補助があれば」

「……よくわかんねえ」

「あの煙が自転車の補助輪みたいに、力場魔術フォースフィールドを使うときの手助けをしてくれるんだ。 だから、物を投げたり、避けたりっていうのだけはあの煙があれば何とか使えるんだよ」

「じゃあ、あれか。 オレの攻撃を防いだのは……」

「結局は、君と同じ系統の魔術だったのさ。 私にはあれがないと使えないから、ちょっと奇抜に見えるだけ。 試験管を狙ったところに飛ばすのもあれでなんとかなるけど、正確にぶつけるのはちょっと無理」

「残りの魔術は?」

「全部、私が錬金術で作ったアイテムを使ったんだけど、そこまで詳しくは言えないね。 ただ教科書に載っているものが大半だよ。 あの閃光を放つ奴は『太陽の破片』と言うもので、まあ、調べたらわかるよ。 後も大体なんか元がある」

「なるほどなー、オレにも出来るかな」

「作るなり、用意してもらうなりすれば使えるとは思うけど、問題は容器の方だね。 意図した時に割れなかったり、事故で割れちゃうようなら困るわけで」

「それも自分で考えたのか?」

「店で売ってるのもあるけど、自作しないほうが安いかなと思ったら高くついたりしてさ。 最終的には最低限の仕掛けだけ、自分で考えて作って、あとはその辺のものを使ってる」

「仕掛けの内容は?」

「それは教えない」

「ケチー!」


 ケチと言われても困る。


 アイディア料に特許料金でもくれるならまだしも、自分が考えたものを苦労せずに提供できるほど余裕はないし、何か対策をされても困る。

 最近の子は、と言うか、大人もそうだけど、知恵で絞り出し物に金を払いたがらないよね。元手がかかってないと思い込んでる。掛けた時間の時給分くらいは払ってほしいものだ。


「金でも払えって本当に、ケチくせえな」


 正直気に入らないけど、こんなことを11歳の子供に思うのは、さすがに酷なのかな。

 でも、この子、さんざん私をボコボコにしてるしな。


「そういや、オマエ。 試練の塔に挑むのは生活のためなんだっけ?」

「そう」

「そんなに困ってるの?」

「まあね、父親が死んでてさ、弟たちの生活もあるしね。 母親は働いていると思うけど、今は一緒にいないから知らない。 でも、私がこの学校に来てるから家計は助かってるんじゃない? 少なくとも、特待生の間は大丈夫だと思うよ」

「え……あ……なんか、ごめん」

「なにが?」

「オマエのこと、誤解してたわ」

「そう? 人間なんて、話したこともない相手のことをボロクソに言ったりするもんじゃない? 昔からそんなもんだったよ」

「……苦労してんだな」


 そうかな、前世に過労死して、赤ん坊から人生やり直して今まで積み上げたものが全部パーになって、赤ん坊としての生活を強制された挙句、両親や身の回りの人間と不仲な幼少期を送って、父親が死んで生活苦に気をまわしている程度の苦労だけど。

 あれ……十分、苦労してるような気がしてきたぞ?


「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか」


 あんまり考えたら、立ち直れなさそうなので深く考えないことにした。

 興味はないけど、他のことに話を変えよう。


「そういう君は、勝ちたい相手がいるんだって?」

「ああ、そうだぜ」

「どんなやつさ、それ」


 少し、吉田くんは迷ったようなそぶりを見せたが、結局話し出した。

 これだけ、身の上話をオープンにされて自分だけ黙っておくなんてやりづらかったんだろう。


「北村翔悟、オレやオマエと同じ地球出身の魔術師だったはずのヤツだよ」

「知らないな……」

「そいつとは、もともと友達だったんだ。 この学校に入る前から」

「同じ小学校から、ここに入ったの?」

「そうだぜ」


 うーん、考えてみたらあれなのか。

 気にしたことなかったけど、もしかしたら、私と同じ小学校だった生徒もいたりするのか? 別に気にもならないんだけど。


「それがどうして、勝ちたい相手に?」

「オレとアイツは、そんなに差はなかったんだ。 最初の頃はな」

「まあ、みんなスタートラインは同じだよね」

「でも、途中から校長の孫とか言う先輩と同室になってさ。 色んな先生に色々教えてもらえたらしくて、2年になったらサークルの寮に入るらしいんだ」

「……へえ」


 それは、何ともうらやましい話だな。興味深い。

 それに校長の孫だって? フォルセティ先輩がここで話に関係してくるとは。


「つまり、その北村くんとかいうのが、ひいきされているから気に入らないってこと?」

「まあ、それもないわけじゃないけどよ。 それでも、オレは友達だと思ってた」

「うん」

「でも、白兵戦の授業でさ。 いくら模擬戦しょうぶしても勝てなくなってさ」

「あー、まあ、私も友達には負けてばかりだな」


 と言うか、誰と勝負しても手札を全力で切らない限りは負けると思う。

 連戦とかしたらもうだめ。


「それでもオレ、必死になって頑張ってさ。 それでも全然勝てなくて。 そしたら、ある時、アイツわざとオレに負けやがったんだ」

「わざと負ける?」

「ああ、手抜きしやがった。 頭にきて、なんでこんなことしたのか聞いたらよ。 アイツ、オレのこと『可哀そうだから』って言いやがったんだ!」


 吉田くんは、涙をぽろぽろ流し始める。


「オレ、くやしくってよう……くやしくて、しかたなくて。 でも、どうしたらいいかわからなくて……」


 大粒の涙が、地面を濡らす。思い出すだけでも、その時の悔しさがこみあげてきて仕方ないのだろう。それを我慢して抑えるには、まだ彼は幼い。

 でも、私はそれを抑えるべきだとは思わなかった。


 息をつく間を測れぬほどに、感情がいっぱいになっている様はそう悪いものじゃない。大人になれ、と我慢させるにはもったいないくらいに貴いことだ。そう私には思えた。

 自分にはもう出来そうにないだけに。


「なるほど。 私はあんまり他人に共感する方じゃないけど、君の気持ちはわかった」

「……あんだと?」


 息を何とか整えようとしながらも、ようやく出てきた吉田くんの言葉はとげとげしい。

 なんでちょっとケンカ腰なんだ。


「私は君に協力したいってことだ。 手助けがしたい」

「……オマエ」

「勝負して分かった、君はたくさん頑張ってる。 すごい強いよ、君は『可哀そう』なんかじゃない。 君のような奴は、報われるべきだ。 というか、報われてほしい」

「なんか、ちょっと回りくどいけどよ。 オマエ、良い奴なんだな」

「別に良い奴ってわけじゃないけど、なんだかこう他人事に思えなくて」


 努力はなかなか報われないものだけど、だからってそれで納得がいくわけじゃない。

 いくら頑張っても、物事がうまく進まなくて無力感を味わうくやしさや、つらさはよくわかる。同じスタートラインにいた人に置いて行かれる時の空虚さも。

 私は、大人の目線から11歳の子供である彼に寄り添ってあげたいと思ったし、ただそれだけじゃなくて、何か力になってあげたくなるような気持ちが自分の中にあった。


「どちらにしろ、試練の塔に挑む仲間なんだ。 協力するに越したことはないだろ」

「そりゃ、確かにそうだな」


 そう言うと、吉田くんは頷いた。

 と、そこで私は気付く。


「ロドキヌス師、さてはこれが狙いだったな……?」


 『試練の塔』に挑む、私達の距離が少しでも近くなるように、スポコン漫画みたいな計画を画策したに違いない。考えてみれば、ここで二人が決闘する理由なんてないはずだ。

……なんかそういう意図が透けて見えるのは、気に食わないな。

別に吉田くんには、罪がないわけだが。

 

「お前ら、そろそろ休憩終わるぞ」


 狙ったように現れるロドキヌス師。

 眼鏡の冴えないおっさんなくせして、小癪に頭が回る男である。

 私、そういうのきらいだなー。


 しかし、私の目線を一切無視して、ロドキヌス師はペットボトルを私たちに放り投げる。


「飲み物を買ってきてやったから、飲みながら聞け」


 渡されたのはスポーツジュース。しかし、私はボカリスエット派なのだが、なぜ、他の銘柄を買ってくるのか。センスが足りんな。


「……ロドキヌス師、訓練所って飲食禁止じゃないんですか?」

「いらんのか?」

「貰えるものは貰いますが、もちろん」

「意地汚い奴だな」


 吉田くんは、ペットボトルをすぐに開けて飲み始めているし。

 ここで意地を張ったら、逆に私が空気を読めてない奴みたいになるので、仕方なく折れてあげることにする。


「空気読めてるとか、読めてないとか、お前は気にする性格じゃないと思うんだがな」

「さあ! ロドキヌス師、私はやる気満々なので話を進めてください!」

「わかったわかった……ったく、本当にめんどくさいやつだな」


 何にせよ、目標があると言うのは良いことだ。

 何をするのかが明確な時ほど、幸福なことはない。

 などと思ってしまうあたり、今回の人生も過労死を免れないような気がしてきたが、考えないようにしながら、ロドキヌス師の授業に耳を傾け始めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る