第10話 魔女とお茶会するときの誘い方
生前は、野郎のエルフと抹茶パフェ食べることになるとは思わなかった。
人生とはわからぬものである。
今日も、エルフの友人であるファルグリンと抹茶パフェを食べる予定だ。
「そろそろ行くぞ、陽介」
「少し待ってくれ、薬の時間だ」
私は定期的に目に点眼薬を指す。
この点眼薬は、私が錬金術で作った特製の魔法薬である。
私は数ある科目の中でも、力を発揮するのが錬金術だ。薬品の調合や、化学物質に携わるのに私の持つ障害はさほど問題にならない。なので、重点的に履修し研究に精を出している。
私が持つ戦闘手段や、多くの魔術はこの錬金術に依存するものが多い。
錬金術と言うと、普段の生活からかけ離れている言葉なだけに、イメージしづらいかもしれないが、これが色んな所で役に立つ。なにせテイラーの入浴剤も私が作ったものだし、普段飲んでいるお茶も調合したりしている。
今、点眼しているこの目薬は、視力を落とさないための予防薬でもあり、同時にゆっくりと時間をかけて目を変容させるための変異薬でもある。
つまり、これは肉体改造の一環だ。
私は自分の身体を何年もかけて少しずつ、作り変えて優秀な力を持った身体にしようとしている。
今のところ、私の技術で出来ることは少ないし、私の肉体の強度が弱くてなかなか進められないが、成長期ならではの改造の方法もある。楽しみだ。
「おい、陽介」
「なんだい、ファルグリン。 この後、行くお店ならもう決めてるけど」
「その話じゃない、見てみろ」
私達のもとに一歩一歩確実に近づいてくる、女子がいる。
魔女マリンカだ。
彼女は私をキッと力強く睨みつけながら、肩を怒らせて迫ってくる。
「え、彼女、なにかあったのかな?」
「なにかあったのかな、じゃなくて。 どう見ても、お前を見ているだろうが」
「いや、君じゃないの? いつも女子は君に用事がある」
ファルグリンもエルフの例にもれず、非常に美しい容姿をしている。
美を愛する彫刻家なら、喜んで彫像のモデルにしたがるだろう。
「いいや、よく見ろ。 僕と彼女の目が合わない」
「そんな馬鹿な」と思っていたけど、確かにずっと魔女マリンカと目が合うのである。まるで私をじっと見ているかのようだ。瞬きもしないのでちょっと怖い。
とうとうマリンカは私の目前で立ち止まる。
そして、私にはっきりと強い口調でこう言った。
「ちょっと貴方、顔を貸しなさい」
「そんな日本語、どこで覚えたのさ」
どこぞの番長かよ。
「あー、ファルグリン。 助けてくれない?」
「僕を巻き込むな」
「ルームメイトとしてのよしみでそこをなんとか」
「エルフは人間の争いには、関わらないことにしている」
「キノコ山とタケノコ里の紛争には、喜んで参戦するくせに」
「バカを言うな」
ファルグリンは私の言葉を鼻で笑う。
「あれは正義の戦い……いわば聖戦だ、世界には種の垣根を超えて戦うべき時がある」
イケメンが突然、決め顔でほざきだしたぞ。このエルフも俗世に染まるのも、たいがいにした方がいいと思う。これは、ちょっと危ないところまで来ているんじゃないだろうか。
別に全然、全くすこしも私のせいじゃないと思うけど、なぜか申し訳ない気がしてきた。
「じゃ、話がまとまったところで借りていくわよ」
「いっそくれてやる、別に返さなくていい。 部屋が広くなるからな」
「あと、ちょっとしか一緒にいられない友人によくそんなことが言えるね!」
「別に僕の部屋が変わったところで、今生の別れでもあるまい」
ファルグリンが冷たい、いつものことだけど。
「わたしもいい加減、腹が立っているのよね」
「僕には関係ないが、おおむね同意する。 だいたい陽介が悪い」
「ねえ、私は君たちに何かしたかい?」
私は誰からも助けてもらえず、そのまま引きずられるように中庭に連れていかれた。
世間はいつも私に冷たい。
この校舎にある中庭は、言ってしまえば年がら年中春である。
ベンチに座って昼寝をしていても、風邪をひかないほど暖かい。いったいどんな魔法で調整しているのか、非常に快適で緑に囲まれた癒しの空間だ。
おおよそ植物にとっても、安定した環境は快適なのだろう。授業で使う安全な方の植物を育てるためにもつかわれている。
昼食をここで食べる生徒も、ときどき見かける。
だが、ここは飲食禁止である。中庭でお弁当を広げる生徒(カップル)は、派手に爆ぜろ。出来ることなら、可能な限りの厳罰に処してほしい。
さて、そんな生徒の憩いの場である中庭で、魔女マリンカは私にこう聞いてきた。。
「貴方、わたしを見てたでしょう」
そう聞かれたら、まるで私がストーカーでもしてるみたいじゃないか。
「別に追いかけまわしてるつもりはないけど、いったいいつの話をしてるの?」
「今日の魔術の実演の時、この間は『使い魔』の授業の時。 さらに、その前も」
「そりゃ、君がみんなの手本になって実演するからさ」
魔女マリンカは優秀な生徒なので、たびたびみんなの手本に指名される。
逆に、先生たちが手本を探すときに、率先して立候補するほどに彼女は勤勉で意欲的でもある。それで彼女を見るのは必然じゃないかな。
「そうじゃないわ」
しかし、彼女は私の言葉をはっきりと否定した。
「別に私は嘘は言っていないよ?」
「確かに、貴方は実演のときによく観察しているわ。 逆に普段のわたしには見向きもしない」
「なら、それでいいじゃないか」
「わたしは、貴方の目が気に入らないわ」
またまた、この言われようである。
いったいどんな罪を犯したら、こんな待遇を受けねばならないのか。
「目が気に入らないなんて、なかなかひどい罵倒だと思うけど」
「ひどいのは貴方よ。 貴方、わたしを倒そうとしているでしょう」
想定外のことを言われた。
一瞬、頭のなかが真っ白になるほど驚いた。とっさに言葉が返せなかったほどだ。
「それも明確な敵意ならまだわかる、わたしをライバルとして見ているとかね。 でも、貴方は違うわ。 観察対象としてしかわたしを見ていない、なのに勝負になったらどう勝つかを考えている」
「それは……よくわからないな。 まず、私には覚えがない話だ。 正直、そんなことを言われても混乱しちゃうよ」
「しらばっくれても無駄よ、わかるもの」
「仮にそうだとしても、代々の魔術を継承している君にだよ。 戦闘に使う魔術すらも覚束ない私が、もともと君に敵うはずないよね?」
「わたしの方が有利ね、ただそれだけでしかないわ。 力が下でも勝つ方法なんて、いくらでもあるもの。 むしろ、だからこそ観察しているのよね。 そして、実際貴方自身もいくらでも方法があると思ってる」
やけに授業中に挑むような目で見てくると思ったら、こういうことか。
つまり、あれはこういう意味だったのだ。
単なる優等生に見えていた魔女マリンカは、私の想像以上に好戦的な女の子だったわけだ。「いつでもかかって来い、相手になってやる」とでも考えていたに違いない。
「探る眼で見られるのには慣れているわ、わたしだって魔女の娘だもの。 それに同じ魔術師同士だったら、互いの魔術を探ろうとだってするわ」
「じゃ、問題ないじゃないか」
「ただし、貴方は魔術師の家系じゃない。 元は普通の人よ。 それもなぜか特待生の地位を経て、その内容は秘匿されている」
「……それだと何がまずいの?」
「謎が多すぎる。 貴方のことがまるでわからない、不気味なくらいに」
もしかして、素性が怪しいと思われて警戒されているのか?
別に普通の人であってるんだけど。
「困ったな、私はどうしたら君を満足させてあげられるんだろう」
「白々しいとは、こういうことを言うのね。 勉強になるわ」
「実際、君になにかしたわけでもないよね」
「貴方がわたしを実験動物に対するものと、そう変わらない目で見ているのが気に入らないの」
「君はずいぶん、こう……視線に敏感なんだね。 それと決して褒めているわけじゃないけど、人を見る目に自信があるらしい」
「目には知性が宿るわ、そこから得られる情報は多い。 ……ペラフォルンが教えてくれたわ、あなたの目がどういうものなのか」
私は納得する。
この子は、間接的に代々の魔女マリンカとしての経験則を得ている。やっぱり厄介だ。
これが英才教育を受けた魔術師か、とても同じ年齢とは思えない。
実際のところ、魔女マリンカの考えは合っている。
でも、別にいやらしい目で見ているわけでもないんだから、いいじゃないか。
そちらの方が問題だと思うし。
「わかったよ、魔女マリンカ。 君を倒さねばならない対象と考えていたことを認めよう。 でも、それは君に害意があるわけでもないし、ましてや嫌いというわけじゃない。 私の能力で、きちんとした家系の魔術師に勝つにはどうしたらいいのかを考えていただけだ」
「わかってるわ、だから気に入らないのよ」
「そう言われると困るな、どうしてほしいの?」
「わたしは人間よ、『魔女マリンカ』という単なる情報や記号じゃないわ。 もちろん、魔女マリンカを継ぐと言う誇りはあるけれど、わたしはわたしよ!」
「あー……」
魔術師出身の魔女という記号ではなく、自分と言う個人を見ろ、と言っているわけだ。
正直な話、私は魔女マリンカの人格なんてわりとどうでもよくて、このレベルの相手を超えるにはどうしたらいいのか、倒すにはどんな手段が必要なのかにしか興味がないのである。
同級生の中でも優秀である彼女を、仮想敵というやつにして、物事を考えたり整理する時の参考にさせてもらっているので注目しているのに過ぎない。
参考になる魔術があるなら、ぜひとも盗んでしまいたい。と言う意味では興味津々だが。
しかし、魔女マリンカはそれが気に入らないらしい。
「別に攻撃を仕掛けているわけでもなし、君に迷惑はかけてないと思うんだけどな」
「そういう問題じゃないわ。 わたしにとって、わたしを見てもらえないことはすごい嫌なことだもの。 それって迷惑だし、もしかしたら、それよりひどいでしょう」
たぶんこういうところがまだ若いんだろうな。いや、まだ11歳だものな。
素直な感情を、ストレートに言葉と共にを叩きつけてくるなんて、私ならできない。
彼女の中でも、あまり頭の中でも論理的にまとまってることじゃなくて、生理的な拒絶感が先立っているんだと思う。
「でも、さっき聞いた話だと君が問題にしているのは、私の情報が表に出ていないことじゃなかった?」
「それはそれで気に入らないけど、それも貴方の技量でしょ」
「技量?」
「自分の情報を秘匿する技術もまた、魔術師には必要な技量でしょ。 ペンドラゴン校長だって、その力の全貌を誰かに明かしたことなんてないわ」
「ああ、名家の魔術師ってそういう考え方なんだ」
「ほら、それよ!」
「あー、うん、ごめん」
「心がこもってないわ。 貴方、適当に謝って頭をさげて、わたしが満足すればいいと思ってるでしょう!」
「……まさかそれもペラフォルンからの情報かい?」
「違うわ、ママに怒られているときのパパそっくりだもの」
他人の家庭事情にあまり興味はないけど、ちょっと魔術師の家系に親近感が沸きつつも、どこかいたたまれなくなる情報である。
こんなところで話していいのか、それは。
「じゃ、本音を言わせてもらってもいいかな」
「どうぞ。 そのために来たんですもの」
「うーん、ならお言葉に甘えるよ。 正直な話ね。 私のような欠陥魔術師がどうしたところで、君のような優秀な魔女にとってはとるに足りないことだと思うんだよ。 私はそう思っているから、なぜ君がここまで怒りを抱えるのかがあまりピンとこないんだ」
私がこうして本音を話している間にも、 魔女マリンカの目はいまだに挑戦的なままだ。
なにかと必死に焦りながら試行錯誤したり、危険にも『試練の塔』へしたりするのは、私が自分に自信がないからである。慢心するほどの実力もないのだから当然だけど。
「ふうん。 なら、こちらもはっきりと本音で言わせてもらうけど」
魔女マリンカは一息、大きく吸ってから大きな声で言った。
「わたしは、魔術師である廿日陽介を評価してるわ!」
また、思考が止まってしまった。
今、何を言われたんだろう。
「ええと、意味が分からないんだけど」
「貴方は、内容はわからないけど、実績を出した研究者よ。 そして、ハンディキャップを背負いながらも、戦いにおいても私と並び立とうとしているわ。 試練の塔にすら挑もうとしている。 それなのに、こちらは貴方の実力を掴めていない。 これは由々しき事態よ!」
「はあ、まあ……それはどうも?」
褒められているのか、これは?
褒められているのだろうな、たぶん。
「貴方がどれだけ自分を卑下しようとも、わたしは貴方が実力あるライバルだと思ってる。 だから、あなたにそういう目で見られるのは気に食わないわ」
「……えー?」
今回の人生で初めてそんなことを言われたというか、前の人生でも言われたことがないようなことを言われてしまった。
「逆に貴方が、わたしを魔女の家系で名家であること以外の価値がない、とるに足りない存在だと思っているならとんだ侮辱よ!」
「そこまでは思ってないけどなあ……。 大きな誤解があると思うんだ」
「なに? まだ、なにか文句があるの?」
「いやあ、文句と言うか」
さすがにここまでストレートにされると、好感を持ってしまうな。
これが彼女の計算された手腕なら、脱帽するしかない。計算されていないなら、されていないでそれはそれで厄介だ。使い魔であるペラフォルンが、彼女にとって冷静なブレインとなりえるなら、どれほどの可能性を発揮するかちょっと測れない。
「うん、君にとっては今さらかもしれないが。 私も君にがぜん興味がわいてきたな、今までとは違う意味で」
「そう! それならいいのよ! わかればいいのよ、わかれば」
素直だなあ、ここまで素直だとうらやましい。
親御さんの教育が良いに違いない。
「ちなみに、ペラフォルンには止められなかったのかい? こうして、私に話しかけるの」
胡散臭い感じで思われてそうだから、普通は止めるんじゃないかな。
だとしたら、なんでこの子、私に話しかけてきたんだろう。
「なんかゴチャゴチャ言われそうだから、相談しなかったわ」
「それは……そうだね。 止められそうだものね」
「そうね、わたしはわたしの中で結論が出ているのだからそれでいいと思うのよ。 ペラフォルンの意見はいつも参考になると思うけど。 使い魔に行動や考えを左右される魔女なんて、大成しないと思うわ」
「なるほど」
これは、ちょっとまだまだ判断が難しいな。この気質がどう働くか、長所成りえるのか、短所でしかないのか。それはちょっと評価しようがない。
でも、すごく芯が強い子なのはわかった。
「ところで、魔女マリンカは」
「普通にマリンカと呼びなさい」
「……マリンカはこの後ヒマかい?」
「ヒマではないけれど、要件によっては空けてあげてもいいわ」
「それはそれは。 ならば、そんな君の好奇心に火をつけてあげよう」
「言ってみなさい」
「エルフにとって罪深いデザートに興味ないかい?」
「ある!」
こうして私はもう一人、お茶に誘う友人を得ることが出来たのだった。
なんだかんだ、ちょろい。
「なら、ファルグリンと合流しないとね」
「ファルグリン? 彼なら帰ったんじゃないの?」
「仮に帰ったとしてもルームメイトだから、会うのは簡単だけど。 なんだかんだ、彼は付き合いがからね。 さっきの場所で待ってるさ」
「へえ、お高くとまったエルフのくせに意外だわ」
問題は、ファルグリンと仲良くできるかどうかだな。
私の友人は、みんな癖が強い気がするので、いつも気を遣うし苦労する。まともなのは、私くらいのものだからね。
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