第9話 エルフ少年とネズミが香る部屋

 夜に女性が、繁華街(ススキノ)でトラブルに巻き込まれた時。

 ちょっと強引なキャッチに絡まれた時。

 ネズミがさっそうと現れ、その男にかみつき女性を救った。そんな噂がある。


「それって君じゃないだろうね、テイラー?」

「知らんな、なぜ余が人間の雌ごときを気にかけるのか」


 机の上で灰色のネズミがふんぞり返りながら言った。


「正直、数ある繁華街でも安全だとは思うけどね。 女性1人でも歩けるし……キャッチが強引なのを除けば、ね」


 この間、風俗のスカウトグループとやらが逮捕されたとの話があったばかりである。

 なんでも不法に女性をスカウトし、風俗に紹介したらしい。1年間で200人を超える紹介をしているというのだから、なかなか安全だと油断ばかり出来ないものだ。

 正直なところ、自分の住んでいる地域でそういったニュースが流れるのは良い気分じゃない。


「そう考えると、別に君を責めているわけじゃないんだよ。 ただ、君かどうかを確認したいだけなんだ」

「……とうとうネズミに話しかけるようになったか、友人がいなさ過ぎて寂しさのあまり頭がおかしくなったのか? それとも幻聴が聞こえるほどに、脳みそが安いチーズのようにスカスカになってしまったのか。 まあ、それは元からだな、今始まったことでもあるまい」

「幻聴じゃなくて、君はちゃんと私に話しかけてるよね? どうしてそんなに辛辣なの!?」


 私だって生前は、ネズミに話しかけるようになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 それはさておき、このネズミはテイラー。私のパートナーである。

 なお、これは愛称であり本名ではない。


「あまりわめくな。 其方(そのほう)が無様なのは今に始まったことではないが、ヒステリックなのは見るに堪えん」

「私は日本でも有数の温和な人間だと、自負している。 けれど、ネズミにそこまで罵倒されるいわれはないと抗議する権利くらいはあると思うんだ」

「ネズミだからと言って差別するのは良くない。 ネズミだって立派に生きている」

「私だって立派に生きているよ」

「立派……? 余の知らない間に、立派と言う言葉の意味が変わったのか? 少し辞書で引いてみてくれ、そして説明してくれ。 陽介、其方のどこが立派なのか、を」

「……負けを認めるから、君のボキャブラリーを私に分けてくれ。 そこまで人を罵倒できる語彙力(ごいりょく)だったら欲しい」

「余の爪の垢でも煎じて飲むかね?」

「それは衛生的に勘弁願いたい」


 それを聞くと、テイラーは不満げにカップの中に入る。

 なかにはお湯と香料が入っており、ふわりとした花の香りがただようのだった。


「失敬な事だ、こうして入浴も欠かさぬというのにな。 そうだ、爪が伸びたのでヤスリがほしい」

「猫じゃあるまいし……というか、ネズミの爪にヤスリと必要あるの?」

「忠告してやろう。 猫などと言う、凶暴で品のない残虐冷酷無比な生物を引き合いに出すのはやめたほうがよい。 知的能力のなさと品格の欠如、下劣さが露呈することになる」

「さすがに猫を嫌い過ぎだろ」


 ネズミにとっては、死活問題なんだろうけど。


「死活問題と言えば、余にも重要な問題があってな」

「なんだい、テイラー。 私にできることなら、なんでもするけど」

「いやなに、ことは単純(シンプル)にして明確だ。 実は、最近かじりがいのあるものがなくてな」

「かじりがい?」

「知ってはいたが、人間の足はかじりがいがなさすぎる。 やわらかすぎるのだな」

「なに、物騒なこと言ってるんだこのネズミ。 というか、やっぱり君が犯人じゃないか」

「何を言う、そんなことよりも深刻な問題だぞ。 このままだと、前歯が伸びてしまうぞ」

「それの何が問題なのさ」

「前歯伸びすぎると、余が食べ物を噛めなくなって餓死する」

「思いのほか、本気で死活問題だった!?」


 そう言いながらも、テイラーはのんびりとカップの中でお湯につかっている。まるで深刻そうに見えない。こう見えて、風呂が好きなのだった。


「しかし、なかなか天下泰平の世とはいかぬな」

「そういうものだよね、世の中。 完璧に平和だった時代なんてないし」

「其方の身の回りのことを話しているのだがな、陽介」

「え?」

「知らぬは本人ばかりか、まあ、いい。 其方の滑稽さは見てて愉快だ、もう少し足掻け」

「なんで、私はこんなにディスられているのか」


 ここまでネズミに馬鹿にされている人間と言うのも、珍しいと思わなくもないが特に光栄に思えないあたり、私の気持ちはまだ振り切れていないらしい。

 そうなってしまったら、人間としておしまいな気もするけれど。

 

「なにをブツブツ話していると思ったら、お前ネズミと話をしていたのか」


 呆れた様子のファルグリンが、部屋に帰ってきた。

 学年を上がると部屋を移す予定ではあるが、もう少し先のことである。今はまだ私とゆっくり紅茶を飲んだりする時間を大事にしていた。


「ネズミに話しかけるなんて、大丈夫か? いくら僕がいなくなるからって、そこまで動揺されると心配するのを通り越して、一緒にいることが気持ち悪くなるぞ?」

「なんで、君まで私をディスってくるんですかねえ!?」


 いくら私でも心が折れそうである。


「それより、お前にいくつか相談がしたい」

「……いいよ、代わりに今日は君がお茶を淹れてくれるかい?」

「お安い御用だ」


 数少ないファルグリンを顎で使える瞬間である。

 たまにはこういう時間がないと、不公平である。


「準備しながらで話をすすめていいか?」

「どうぞ」


 ファルグリンはエルフの割には、せっかちである。これも若さゆえか。

というか、多くの文献で指すように、長命な種族は気が長いイメージがある。


「僕が所属する予定のサークルの話なんだが」

「次のサークル長は上級生のクルラクだよ、ほぼ間違いなく。 なに、彼の性格が問題なのかい?」

「……お前、僕の質問を予測していたのか?」


 私はファルグリンの手が止まったのを見て、せかした。

 早くお茶が飲みたかったのだ、イケメンエルフを見て喜ぶ趣味もなければ、ネズミの入浴シーンを眺めて楽しむ時間を持ちたいわけでもなかった。


「早く、紅茶を淹れてくれよ。 別に大した理由があって言ったわけじゃない。 君の今の悩みは、だいたい新しい環境の変化。 つまり、サークル寮に入ることだろう? それに、今日君はサークルに顔を出しに行ったはずだ」

「なぜ、わかる?」

「ズボンの裾に少し泥が跳ねている、でも服装は濡れていない」

「それで?」

「今日は午前中から雨だった。 君は外出したんだ。 でも君が外に出たときは止んでいたんだろう、雨が止んだ時間はそれほど長くない。 となると、行先は学園の敷地内かそう離れていない場所だ」

「そこまではわかった。 それでどうしてサークルに行ったとなる。」

「君の所属予定サークルである『青き一角獣(ラース)』のある寮に行くには、学園の外に出ないといけないけど、通り道には水溜まりが出来そうな場所がいくつかある。 そういう道を歩かなければ、裾は汚れないだろう。 交友関係から考えて、ちょっと他の場所に行ったとは思えない。 あと、少し注意すると君から、なにか香りがする。 魔除けにも集中力を高めるのにも使う、高級な香木の香りだ、たまに先生の研究室で嗅ぐけど。 サークルの談話室(サロン)でお香でも炊いてたのかい?」

「正解だ、今先輩たちが研究している香(インセンス)だ。 魔術の儀式に使うために開発しているらしい」

「だいたい成分はわかるかも、うーん開発ってレベルじゃないね。 似たようなものなら、もうあるだろうに。 ああ、それでサークル内で起きたことで悩みになりそうなことと言うと、新年度に替わって、すぐサークル長を決めるだろうからね。 その辺りの人間関係かと思った」

「確かにそれは、僕が気になっていたことの一つだけど」

「まだあるの? うーん、なんだろう。 サークル内の派閥争いの話と、良く対立しているサークルである、『炎の番人(ウォッチャー)』の新リーダーの話かな」

「まあ、だいたいそれで聞きたいことは終わるが」


 ファルグリンが納得いかなそうに、紅茶を淹れる。まだポットの中で蒸している段階なので、数分待たなければいけなかった。

 この時間が暇である。

 

「お前のその情報源はどこから来るんだ?」

「ちょっと考えるだけ。 あとは予言術だよ」


 間髪入れずに、そう返すがファルグリンは胡散臭そうに私を見た。


「その割に、占星術の試験は点数が低いがな」


 私はファルグリンの物言いに肩をすくめた。

 私は賢明なので自分が余計なことを言うと、ぼろが出るのを知っている。

 自己評価が低いことは、時々役に立つ。慢心せずに済むからだ。


 一方のテイラーは何も言わずに、カップのお湯を堪能している。気軽に入浴できる辺り、ネズミのサイズは時々うらやましい。

 このネズミは贅沢なことに、時折ワイン風呂や牛乳風呂を要求してくるのだ。それも低脂肪乳じゃないやつを。


「つくづく思うが、この部屋で見るお前のネズミは大体風呂に入ってるな」

「テイラーは風呂に入るために、私の部屋に帰ってくるからね」

「この部屋、銭湯かなにかと勘違いされていないか?」

「……可能性はある」

 

 私はテイラーを見るが、何も答えようとしない。

 こいつ、普段は人前で無口なのである。たまに話を始めたかと思えば、目の前にいるにもかかわらず、テレパシーで脳内に直接話しかけてくる芸当を最近覚えた。

 明らかに私より、魔術に関して有能である。


 なお、身近にいない魔術師にテレパシーで話しかけたり、見たもの聞いたものをリアルタイムで共有するのは、使い魔の基本的な能力の一つである。


「でも、わざわざ私にそんなことを聞いてこなくても。 もっと他の有能な人に聞きなよ」

「お前の予言の精度は間違いなく当てになるからな」

「そりゃそうだろうね」


 種明かしたらなんだが、基本的にテイラーからの情報である。

 彼の情報網は相当なものだ、学園内の動きを知るには十分すぎる。ただし、彼には隠しごとも多いので、私が知らされていないこともある。

 もう少し時間を掛ければ、市内のあちこちの情報も自由に得ることが出来そうだった。


(お湯が温いぞ、陽介)


 テイラーが私に文句を言った。

 わざわざテレパシーを使って、命令してきたのである。


「君は文句しか言わないね、テイラー」


 その言葉に、ファルグリンが反応する。


「なんだ、お前。 自分の使い魔に使われているのか」

「テイラーは使い魔じゃなくて、パートナーだよ。 まだ、お湯は残っているかい?」

「少しだけな」


 仕方がないので、テイラーの入るカップにお湯を注いでやることにする。

 彼に言葉を教えたのは、たまに間違いだったんじゃないかとすら思う。


「にしても、陽介。 実際に予言術を使っているかはさておいても、その精度に関しては、本当に驚かされるな。 それに物覚えは悪いが、察しがいい」


 たまに褒めたと思ったら、セットでけなしてくるのをやめてくれませんかね。

 私は最近、よく私を叱る師の言葉を流用することにした。


「魔術の本質は自然の働きを予見し、予防することである」

「土御門師の授業だったな、あの言葉には感じ入るものがあった。 彼は人間にして置くには惜しい。 エルフに生まれたらよかっただろうに」


 ファルグリンが感慨深そうにつぶやいた。

 そして、ようやくお茶を淹れ始める。カップに注がれた紅茶の香りを確かめたいが、ファルグリンに付いた香と、テイラーの入浴剤のせいで、香りが混ざってしまった。

 あまりおいしく飲めなさそうである。


「ほら、お前の分だ」

「あれ? ファルグリンも飲むの?」

「当然だろう、自分で淹れたものを飲む権利くらいある」

「お茶くらい、サークルの談話室(サロン)で飲んだだろうに」

「上級生ばかりの部屋で、気なんか緩められるか!」

「エルフにしては、殊勝なセリフだね」

「僕にだって、年長者への敬意くらいはある。 土御門師に対しても、な」


 占星術の最初の授業で、担当の土御門師が教えた内容が「魔術の本質は予見と予防」という言葉である。占星術は天体を観測することから始まり、予言術や暦法(1年の暦を作るための方法を学ぶ)なども含まれるけれど、土御門師の魔術に対する姿勢は独自のものだった。

 彼は教師の中では若いながらも、いくつか研究論文も発表し、尊敬するべき魔術師である。


 しかしながら、私は占星術を使い未来を占う際に、きちんと習った計算式を使わず、テイラーから得た情報や観察して考え付いたことを並べるので、答えが当たっていても叱られるのである。げせぬ。


「私も、土御門師の話には感じ入るものはあるよ。 自然の摂理を曲げるのではなく、悪いものから当たらないように離れ、未然に不幸に合うことを防ぐための方法を考える、それが魔術の役割。 ……ちょっと医学的なものの見方に近いかも。 インフルエンザが流行っているから、人混みに行かないとか。 マスクをつけるとか」

「アベノセイメイを流れとする魔術師だったな、陰陽道だったか?」

「私はあんまり詳しくないけどね、日本の魔術師としては名家だろうね。 ただ、歴史的に考えると不遇の時期も長いけど」


 陰陽師は時代の流れに翻弄されている。

 平安時代以降、戦乱の世から近代まで、その時代のリーダーの考えによって、何度もその在り方の変更を余儀なくされてきた。


「我々の世界でもあったが、魔術を排斥するこちらのものの見方は理解できない」


 ファルグリンの世界では、為政者は必ず魔術師を傍らに置いていたようだ。文明的に貧しい国以外は。つまり、彼らの世界にとっての科学者でもあり医学者でもある魔術師の知性は、なくてはならないものだったようだ。

 とはいえ、魔女狩りがなかったわけではない。

 とある国では権力者に与する魔術師以外は、邪魔でしかないと害されることもあったようだ。それはもちろんエルフといった人間以外の種族も含めて。


「現代でも魔女狩りのために人を殺す人はいるみたいだからね。 この間の歴史でちらっと習ったよ、いまだにアフリカでは魔女だと疑われた人が何百人も毎年殺されるって」

「終わらない魔女狩りか。 本物の魔術師が、普通の人間に殺せるはずはないだろうに」

「あの辺りは地域によっては、人を生贄にする黒魔術信仰が残る場所もあるみたいだしね。 それも不信感の理由なのかも」

「そんな低次魔術以下の風習が、残っているのも度し難い。 我々のような魔術師と一緒にするべきではないな。 ……人間の社会と言うのは、本当に愚かの極みだ」

「それだね、まあ、人間は愚かだね」


 特に否定する理由がないので、頷いた。

 エルフの歴史を聞く限り、エルフが賢い生き方ばかりしている気はしないけど。


(愚かな者同士が、そうやってお茶をすすりあいながら批判するのを何百年も続けている結果、魔女狩りが行われているのだな。 興味深い)


 タイラーが人類史に皮肉を述べ始めている。無駄に高機能なネズミだ。

 無視して、すこしお茶で口を潤す。


「そういえば、『医学的なものの見方』という繋がりで思い出した。 私は、魔術師に選ばれる前は医者を目指そうと思ってたんだ」

「ほう、お前がか……想像できんな。 なぜ、目指そうと思った?」


 人生2週目だと、医者を目指すのは簡単だと思ったから。

 それはファルグリンには言えなかった、実際簡単にはいかなかったし。

 勉強が思うようにいくなんて、そう人生甘くない。私が今回生まれた環境にもよるところはあるとは思うけど。


 それに今思えば、前世で死んだことを意識してしまい、どうも自分の命すらも軽く見過ぎてしまうところが私にはある。どうせ死んだ身だと思ってしまうのだ。

 そうなると他人の命も、同じように軽く見てしまいがちになりそうで怖い。いや、心の底からそれを怖いと思えない自分がいる。やっぱり私は医者には向いていない。


「……だって、人間って簡単に死んじゃうものなあ」

「そうだな、もしかして医者を目指そうと思ったことを後悔しているのか?」

「だってまあ、ね。 父親も死んでるもの、それも過労死だった」


 たぶん私自身も過労死だ。

 厳密にいえば、過労を原因にした心不全とかになるのかもしれない。


「……それは、なんというか」


 ファルグリンがいたたまれないような、表情を見せた。


「いいよ、気にしなくて。 別に車にはねられる必要もなく、人間って死んじゃうんだよね。 トラックである必要もないし、包丁で刺される必要もない」


 私は特別に記憶を引き継いで、生まれ変わったわけだけど。

 その記憶にいったい何の意味があるのかね、今のところ邪魔にしか感じない。人が悩まなくていいことや、考えなくていいことになぜ苦痛を感じないといけないのか。


「ひょっとしたら何かの罰なのか……?」

「罰だと?」

「いや、独り言だよファルグリン。 偉大なる神様とやらがいちいち、たかが人間ごときに目を掛けるなんて、思い上がりも甚だしい話なんだから。 自意識過剰すぎる」


 この世に神様がいると信じている人はたくさんいるだろうけど、仮にいるとしてそれが自分を見ていると考える人はだいたい自意識過剰だと思うんだよな。

 などと、考えてしまうあたり私はむしろ不遜なのだろうか。

 異世界の方は神様が実際にいて、時折目に見える即物的な加護を与えてくれているようだけど。


 そのせいか、こちらの宗教と異世界の宗教観は仲が悪い。というか、エルフなどの非人間的な種族はだいたいの宗教や文化から排斥されている。

 多くの宗教は数あれど、聖書やら経典に、人間が住む他の世界や異種族は載っていないことが大半なのだから。宗教の力が強い国ほど、多くの場合は異世界からの来訪者に批判的なのだ。

 もちろん、異世界に住まう神が、その世界の住人に直に触れたり、目に見える恩恵を与えているなんて信じたいはずもなく。

 自分たちの神々は、多くの人々にとって目の前に姿を現してくれるわけではないとなると、間接的な否定にも繋がりうる。


 とは言え、日本で異世界人に対する差別がないわけじゃない。

 残念なことに、こちらの世界で彼らの安住と言える土地はほとんどないだろう。こちらの人間同士だってそうなんだから。


(まあ、それを言うのならば、ネズミのことを何とも其方は思っていないだろうな。 ないがしろにされたネズミは其方らを足蹴にする権利がある。 そろそろタオルをよこせ。 余は、風呂から上がる)


 私は返事もせずに、ポケットからハンカチを出し、テイラーに放り投げる。


(もう少し上品に振舞えないのか、育ちが知れるぞ。 余をもっと敬うが良い)


 これも私が両親とうまくいっていないのを分かってて言っているのだから、テイラーの罵倒も容赦がない。遠慮はなくてもいいが、容赦くらいはしてほしい。


「さすがにネズミに言われたくはないよ、君はどうなのさ」

(ネズミはちゃんと育つまで、子育てするぞ。 たまに母親に食われることもあるがな。 まあ、運が悪かったらそういうこともある)

「……運が悪いで片付けたくない死に方を聞いてしまった」

(気にするな、其方もその不徳な生き方では今回も長生きできんだろうし。 ネズミの生き死によりも自分の心配をした方が良いだろう)

「余計なお世話だ」


 私とテイラーが言い合いをしていると、紅茶を飲んでいるファルグリンは何とも言えない表情だった。可哀そうなものを見る目である。


「僕からしてみたら完全に独り言だぞ、陽介。 お前、大丈夫か?」

「そう見えるのはわかってるけど、テイラーと話が通じることくらい知ってるでしょう」

「他の魔術師は使い魔に振り回されたりしない」

「……振り回されていること自体は否定できない」


 テイラーは風呂から上がると、またどこかに消えてしまった。

 脱走の常習犯と使い魔ショップで言われるだけのことはある。どこの隙間を使って移動しているかすらわからないような、俊敏さだった。


「本当に大人しくしてないな、あのネズミ」

「そうだねえ、確かに」

「お前、飼い主だろう。 あれでいいのか?」

「いやあ、テイラーもあれで忙しいからね」


 まだまだ頑張ってもらわないと、ね。

 さて、魔術書の続きでも読むとするかな。


「さて、ファルグリン。 本を読みながらでいいかな、話の続きは」

「それは構わないが、なにを読んでいるんだ?」


 それは、私が戦闘に使える数少ない魔術。

 そして、それは今後の『試練の塔』を攻略する際にも必要になるだろう。あらゆる状況で役に立つ、重要な手札ともいうべき存在。


「……ルーン魔術かな」

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