第7話 ヒゲ校長とコーラを飲みながら面談
生前は、校長室に呼ばれたことなんて一度もなかった。今、似たようなことになっていて、初めての経験に緊張感を覚えている。
人生とはわからぬものである。
ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。
おおよそ校長室に呼ばれたなどとなれば、悪いことをした人間ばかりのように思うのは、私の偏見と言う奴だろう。
私の偏見のコレクションはかなり充実している。これは自慢になるかもしれない。
私が教室に残って、勉強をしているとそこにモリン女史が現れた。
「
すぐに用件がわかった、私はそのために待っていたからだ。
試練の塔に挑む生徒は、校長との面談があるのである。今日がその日だった。
「はい、モリン女史。 とうとう私の番が来たわけですか」
「校長がお呼びです。 このままわたくしに着いてきてくださる?」
「問題ありませんよ」
モリン女史は校長の秘書である
校長は有名な人物で多忙なだけあって、秘書を雇い入れているのだった。そして、秘書である女もまた多忙な人だった。
モリン女史は、いつも一見地味な外見をしている。
服装はいつも茶色などの暗い色であるし、常にかっちりと髪を結い上げている。いつも分厚い眼鏡をかけており、それでもなお目が悪いのかしかめることも相まって目つきは鋭い。
そして、部屋をいつも薄暗くしている。年齢はおそらく30代。
ただ時々、いくつかアンティークな鼻眼鏡(耳に掛けるためのツルがなく、鼻を挟む形で掛けることのできる眼鏡)やハーフリムの新しいカラフルな眼鏡を隠し持っている。
誰もいないところで、休憩中、掛けて楽しんでるようだ。
「……なにか?」
私がモリン女史の眼鏡を見ていると、彼女は視線に気づいた。
「いえ。 いつも眼鏡が似合っていると思いまして」
「……それはありがとうございます」
特に表情に感情を浮かべず、機械的にそう返答された。不思議そうに思ったようにも見えないし、怪訝そうにもしない。完全に無感情に見えた。
モリン女史は教師ではないので、生徒を叱ることもないし、優しく何かを教えることもない。生徒とのかかわりは、事務的なものばかり。
私は彼女の笑顔や怒る顔を、一度も見たことがなかった。
しかし、私はひそかに彼女のファンである。
ちょっと話せてうれしい。
「試練の塔に挑む生徒と、全員面談するんですよね? 何人くらいになります?」
「個人的な情報にもなりますので、私の一存では話せません」
「でも、モリン女史も大変ですね、生徒一人ひとり呼びに来るなんて」
「仕事ですから」
「来期の準備もあって大変でしょう。 新入生を迎えないといけないですから」
「毎年のことです」
そっけなく返されるが、私は気にしなかった。そのまま話し続ける。
いつも友人たちに冷たくされているのは、伊達じゃない。
友人以外にも、たくさんの生徒に冷たくされてるけど。
モリン女史が足を止めた。
「廿日さんは……」
「はい?」
「なんだか年相応ではない……年配の方みたいな話し方をしますね」
そして、再び歩き出すモリン女史。
ここ最近、一番傷ついたセリフだった。
私はまだ11歳ですけど。嘘偽りなく生後11年ですけど。気持ちもまだ若いですけど!
校長室の手前には、モリン女史がいつも詰めているオフィスがある。
彼女はその扉を開けて、私を誘導した。
そんなオフィスはすこし暗かった。そこまで窓から日が差すわけでもなく、照明もそこまで強くないせいである。
その部屋でモリン女史は、書類を見ながらパソコンを入力していた。また、あるいは本棚の整理をし、またあるいは手紙の封を切りながら中身を確認していた。
そして、私を校長室の前まで案内した。
まるでモリン女史が複数の仕事を同時にしているみたいだって?
それは正しい、事実だ。
オフィスで作業していたのは、3人のモリン女史である。
「いつ、見てもびっくりしますね」
「……別に珍しくもないでしょう、使い魔としては」
彼女は優秀な魔女なのである。
モリン女史が分身をしてるのではなく、それらすべてが彼女の作り上げた使い魔だ。
モリン女史は、自分と同じ形の使い魔を作り上げた。さながらクローン人間のようにコピーを作り出し、自らの助手としていたのだった。
動物を基にする使い魔『ファミリア』とは、異なる使い魔の製法。
たぶん人造人間である『ホムンクルス』を使っているのだと、私は推測している。
ファミリアよりも、お金と時間、設備、そして維持のコストを使う難易度の高いものだけど、それを可能と出来るだけの力がモリン女史にあるのだろう。
にしても、だ。
「自分と同じ姿の『使い魔』って怖くないです?」
思わず、そう私はモリン女史に尋ねた。
すると、当然のように彼女は言う。
「なぜ? 作るまでの手間はありますが、一番使い勝手がいいでしょうに」
優秀な使い魔は、魔術師の助手となり、同じ価値観を共有し判断できる存在であることは、以前の授業で説明したとおりだ。
それを最適な形で無駄なく実行しようとしたのが、モリン女史の
彼女は、ほぼ自分自身に等しい使い魔と仕事を進める。
同時に、彼女の使い魔は、それぞれモリン女史とは少しだけ違った価値観も持たされてもいる。そのため違った視点で物を考え、複数の思考を共有しながら仕事が進められる。
良き相談相手となり、良き同僚となり、良き助手となる使い魔。
「あー、私がたぶん自分を信用してないだけなんですかね。 あんまりこういう仕事の仕方はしたくないです。 あくまで私の価値観ですけど」
使い魔は魔術師の一部、とは言うが、モリン女史の使い魔は『己の複製品』だった。
それも都合の良いように、調整し最適化された複製品だ。
まるでロボットのようだ、と思ってしまう。それに自分と同じ顔が並んでいるのを想像すると、気持ち悪い。正直なところ、そこまで割り切れなかった。
「ちなみに、私を案内してくれたあなたは本物ですか。 モリン女史?」
「そんなことよりも、校長がお待ちですから」
そう言って校長室の扉をノックし、上司に合図を送るモリン女史。
実にそっけないものである。慣れてるけど。
入室を促され、一人だけで校長室に入る。
そこにいたのは、長身の老人だった。
銀色にも近い、長く蓄えられたヒゲと、これまた長い手入れのされた髪が印象的だった。ちょうどサンタクロースを思い出すような容姿である。
そう思ったのは、その青い瞳が優しげだったからだろう。
不思議と、すごい人にはあまり見えなかった。
「こうして二人だけで話すのは、はじめてかの?」
なにかを楽し気に面白がるような声だった。
本棚だらけの部屋にたたずむ、魔術学校校長。
アンブロシウス・オージン・ウィスルト・オブ・ペンドラゴン。
様々な文献に名を連ねる、生ける伝説。
「以前……特待生になるときに、すこしだけ」
あっという間に喉が渇いた。
だが、不思議といつもの声が出た。
「そうじゃの、君の魔術である『ハーメルン』の件でじゃな」
「あの時は緊張しましたね」
「今はもう緊張しなくてよさそうじゃな、無事に特待生にもなれたしの」
「いやあ、そうだったらいいんですけど。 今も緊張します」
「ふふふ」と含み笑い。ペンドラゴン校長はよく笑う。
ヒゲを整えながら、彼は笑った。
しかし、こう見えてペンドラゴン校長は優秀な研究者にして、いくつもの戦いの英雄でもある。つまり、勇猛果敢な
その偉大さは異世界だけでなく、こちらの世界でさえも、有名である。なぜなら、彼がこちらの科学を取り入れ、自ら研究する魔術を飛躍的に成長させた結果、数多くの分野が発展を遂げたのだから。
前世のノーベル賞に当たるエイブラハム賞をいくつか受賞しているとは言えば、そのネームバリューもわかろうというものだろう。(こちらの人生では、いくつもの事柄が以前の名称と違ったり、歴史に誤差が生じている)
「そう緊張しては、喉が渇くじゃろう。 どれ、お茶でも淹れてやろう」
「いえ、そう、お気遣いなくても……」
「なあに、少々長話になろうからの」
出来るだけ、短い方がいい。
とは、さすがに言えそうになかった。
「紅茶は好きかの? それともハーブで入れたお茶か……緑茶はあるが」
「正直、コーヒーか玄米茶だと嬉しいです」
「残念だが、その、どちらもないんじゃな」
あえて、なさそうなやつを頼んでみたら、やっぱりなかった。
緊張してても、自分が妙なところに気が回ることに気付く。
と言うよりは、緊張しているせいで、妙なことを考えるのかな。
「冷蔵庫に麦茶とコーラならあるんじゃが」
「逆にそれがあることが、意外なんですけど」
麦茶とかコーラとか、飲むんだ。
と言うか、この部屋のどこに冷蔵庫があるというのか。
「お茶を淹れるのが、面倒なこともある。 ハンバーガーとコーラは地球に来て、感動したものの一つじゃな」
「体に悪そうなものも食べるんですね」
「コーラはある種の
「そう、なんですか……?」
そう言いながらペンドラゴン校長は、本棚を左右に開く。なんと扉のような構造になっていたらしい。その奥はコンポや冷蔵庫などの家電製品が並んでいた。
なぜ、わざわざ本棚で隠してあるのか。
結局、コーラを出されてしまった。
と言うか、さっきの
「おや、コーラは嫌いじゃったか?」
「いえ、そういうわけでは」
「そうじゃよな、友人とファストフード店に行くくらいじゃしな」
「なんで、そんなこと知ってるんですか」
ペンドラゴン校長、また「ふふふ」と含み笑い。
いや、こっちは笑えないんですけど。
仕方ないので、大人しくコーラを飲んでおくことにする。
だが、校長室でなぜコーラを私は飲んでいるんだろう。
「あの、試練の塔に挑むときの面談って何を話すんですか?」
「うーむ、内容はあってなきがごとし。 挑む理由をたずねたりはするがの」
ふわっとごまかされた気がする。まだ質問されないし。
生前は、そんな有名人と出会うことさえなかったのだから、ある意味ではこうして有名な方と会うこと自体、光栄なことかもしれないけど、楽しむ気分になれないのはなぜだ。
ふと気づく。
ペンドラゴン校長の青い瞳、微妙に左目だけ色が薄く灰色に近かった。
そんな視線にペンドラゴン校長は反応した。なんでもないことのように。
「ああ、これかね。 好奇心の代償と言う奴じゃよ、こちらの言葉でなんじゃったかな」
「好奇心は猫をも殺す、ですか?」
「そう、そのやつじゃな。 ワシらの世界では『開かず扉は、人の知恵』と言う。 いや、あるいは『秘密と好奇心は甘い毒』の方が近いのかの」
「おもしろいですね、どういう由来なんですか?」
「誰も触らないものは、触らないだけの理由があるということじゃな。 だが、触らないことを我慢できない愚かさがあるからこそ、わかるものもある」
「痛みからしか学べないことがある、と?」
「少しだけ違うのう。 傷つくことは痛いということを、たまには思い出さねばならないということじゃ。 人は……すぐに痛みを忘れるからの」
よく手入れされていたヒゲを、ペンドラゴン校長は触る。
何かと触り、整えるのが癖のようだった。
ペンドラゴン校長は、多くの戦いに参加したと聞く。
左目は、そのなかでの戦傷かなにかだろうか?
ペンドラゴン校長は、コーラを飲みながら口を開いた。
「では、聞いておくとするかの。 なぜ、試練の塔に挑む?」
「は、はい。 ……まるで、何かのついでのように尋ねるんですね」
「ついで、じゃからの。 特に君に関しては、の」
「そう、なんですか?」
「ワシが知りたいのは、生徒の人間性の方じゃからな。 さあ、質問に答えてくれい」
理由や動機なんてわかり切ってると思うんだけど。
私も、コーラを飲んで口の中を湿らせてから話した。
「自分が特待生に値する生徒であると、示したいからです」
「君は『ハーメルン』によって、もう示したと思うがの」
「そうは言いますが、あれから成果も上がってませんし」
「そんなもの、多少なりとも卒業までに進めばよい。 魔術師の寿命を考えればの、長い年月がかかることも視野に入れてよいと思うが」
「完成まで急ぐことはない、と?」
「そういうことじゃ。 ましてや、まだ君は11歳の子供じゃしの。 その年齢で上げた成果として、将来に期待が持てるから特待生なんじゃ。 研究者として、今から名を上げろとは思わんよ」
うーん、そうは言われてもな。
自分は欠陥魔術なのだ。成績自体も良いわけではない。
「自分の出した成果が、自分の出した失点を補えているとは思えないんですよ」
「それは生徒という立場なら、考えなくてよいと思うがの。 そして、ワシら教師の仕事は、生徒が十分に学べるように考えること。 子供に成果を強要したり、失点を叱責することではない」
「とは、言いますけど。 私は欠陥魔術師なのに、特待生になりましたよね。 特待生になった理由は『秘匿魔術』を開発したからです。 中身が何かは知らない人も多くいます。 教師にも、もちろん生徒にも」
私の魔術は秘匿されるべき、と公表されないものになってしまった。
誰が、そんな功績を納得するというのか。
「……誰かになにかされたり、言われるのかの?」
「なくはないです、暴力とかじゃないですけど」
教師からの当たりすらも、ちょっと違和感あるし。
「魔術師の功績が秘匿されるのは、本来は珍しいことじゃないはずなのじゃが、な。 特に古い家系に伝わる秘伝魔術などの多くはそうじゃ」
「魔女のマリンカみたいな?」
「そうじゃな。 彼女は秘匿することの重要性を知っている、優秀な生徒じゃ。 それに、自分の使う魔術の内容がばれてしまえば、戦いにおいて命取りになることもあろう」
「魔術師の家系の人が納得できないのは、私が欠陥だからだと思いますよ」
同じ学校に通っているのすらも、気に入らないかもしれない。
それだけの差はあるわけだから。
「それに……私と同じ、一般家庭からきている人はもっと納得できないですよね。 そんな秘匿するべきなんて常識、今までなかったんだから。 頭ではわかってても、実感なんてないですよ」
前の人生でもそうだけど、一番厳しく攻撃してくるのは『同じ立場の人間』だ。
「なぜ、お前だけが?」と言う強い気持ちが、攻撃に転じる。
「……先ほどから思っていたが、自分を欠陥などと卑下するものじゃない」
「事実ですから」
生まれ変わったのは、失敗だったと思う。
本音を言えば、記憶が残ったのまま、赤ん坊になったこと自体が私の人生における欠陥だ。でも、今さらやり直せはしない。
「あの、もしかして、私が試練の塔に挑んじゃダメなんですか?」
「……いや、ワシに君を止める理由はないのう 特待生である君の挑戦は、その力を計るにことにも繋がる。学園としては望ましいことじゃろう」
「それは良かったです」
「しかし、ワシには挑む必要がないように見えるがのう」
「でも、挑戦していいんですよね?」
「……それはもちろんじゃ」
ふたたびよく手入れされていたヒゲを、ペンドラゴン校長は触る。
今度はどこか厳しい表情をしていたが、口調は優しいままだった。
「そういえば、あの『ハーメルン』はどうして思いついたのかの?」
「それはハーメルンについて記した文書に書いたとおりですけど」
「いや、違うな。 そうではない。 ワシが聞きたいのは、なぜあんな危険なことをしようと思ったのかということじゃ」
「……別に。 必要だと思ったからですよ」
一度死んでいるだから、なにをしても構わないと思った。
それで何かのバランスがとれる、とすら思った。生まれついてしまったことに対して、何かをすることでバランスをとれたらすっきりすると思った。
完全に自暴自棄によるものだ。
結局、すっきりはあんまりしなかったけど、私にはパートナーと目的が出来た。
「いつでも辞めたくなったら、やめていいんじゃからな」
「わかりました」
「それと……経験者から事前に、試練の内容を聞くことは許されん。 経験したことを誰かに話すことも許されん、その秘密を守ることもまた試練なのじゃ」
「互いに経験している範囲の内容を、挑戦者同士で共有するのは?」
「それは試練に挑めば、いずれわかる。 試練のなかで許された範囲のことであれば、問題はないぞ」
試練に挑めば、その中でわかる……?
いまだに試練の具体的な内容もわからないからイメージが付かない、知っているのはたくさんの魔物がいるくらいなものだ。
まあ、挑戦してみればわかるか。
「挑戦者には指導教官がつくからの。 教師からの助言は限られたものにはなるが、必ず相談しながら挑むのじゃ。 ああ、指導教官ではないが相談相手はもちろんワシでも構わないぞ。 試練のことに限らずな」
「ありがとうございます」
たぶん、恐れ多くて相談はしないと思うけど、気持ちは受け取って聞いておこう
私はコーラを飲み干してから、退室した。
去り際に、モリン女史をお茶に誘ってみる。
本物かはわからないけど、考えたらきりがないのでやめた。
「ところで、モリン女史。 この間、良い雰囲気の喫茶店を見つけまして。 静かに落ち着いて過ごすには良いところなので、ぜひ紹介したいのですけど。 ……ご一緒にどうですか?」
すると、迷惑そうな顔も、嬉しそうな顔もせずに。
「あなた、本当に11歳ですか?」
と、モリン女史に尋ねられた。
生後11歳なのは間違いない話である。今のところ、生前の年齢を足すようにしろと言われたことはない。
「見た目の年齢と、振る舞いが一致しないのは、魔術師には珍しくないでしょう」
「本当に年齢が相応じゃないなら、そうでしょうね。 もちろん、お断りします」
結局、断られた。
そっけないものである。
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