第6話 エルフ少年とカフェで試験勉強

 生前は、カフェで試験勉強することになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。


 いや、考えてみれば試験勉強なんて学生時代以来、いや、資格を取るための勉強もしていたか。思い返してみると、社会人になっても勉強漬けだった。

 というか、もう生まれ変わってからずっと勉強させられている。わざわざカフェでしたことはなかったけど。


 意外としてカフェでする勉強も良いものだ、おいしいコーヒーが飲めるし。

 カフェの入り口に、『参考書を広げての利用は、ご遠慮願います』と書いてあったけど気にしない。他にもしている子たちいるし。

 と言うか、ノートパソコン広げてるのはなぜ良いのか、はなはだ疑問である。


 子供の頃は、大人になったら死んでも勉強したくないと思っていたんだけど、死んでもなお勉強している私がいる。残念なんだか恵まれているのかわからないものだ。


「おい、上の空だぞ。 きちんと計算しろ」

「はい、すみません」


 この春限定メニューであるドリンクを飲みながら、私に指示をするエルフの少年。

その名もファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。

 甘党エルフのくせに偉そうである。


「なんだ、その反抗的な目は? 誰に勉強を教えてもらってるのかわかっているのか?」

「偉大なエルフのファルグリン様です」

「……それはさすがに途端に卑屈になり過ぎだろう」


 素直にへりくだったら、むしろファルグリンにドン引きされた。げせぬ。

 私は、試験勉強のためにルームメイトに頭を下げて、カフェに来てまで勉強を見てもらっているのだった。

 と言うか、なんだ「勉強を見てやるから、春メニューをおごれ」って。こっちの社会になじみ過ぎだろう。このエルフ。


「陽介は口先だけは、すぐ卑屈になれるわりに態度は改善せんな」


 ファルグリンは呆れて、私を見た。


「口だけでなら何とでも言えるし、頭なんかいくらでも下げれるのが私の良いところ。 というか、頭を下げるのなんて実質無料」

「それは本当に長所なのか?」

「なんなら土下座して靴だって舐めてやるっ!! ……私にはその覚悟がある」

「もうなんか、お前、気持ち悪い。 ひたすら気持ち悪い」


 赤ん坊になって、おむつを替えてもらう経験をするとプライドとか馬鹿バカしくなる。

 どんなに偉そうにしたって、便尿垂れ流して泣きわめいてるだけの生き物からスタートしてるんだぞ。カッコつけるのなんてアホみたいじゃないか?


 人間は都合の悪いことを忘れているから、偉そうにできる恥知らずな生き物なんだな、と今回の人生で思い知らされたよ。


「なぜ、どことなく遠くを見るような目になる」

「人間にはいろいろあるんだよ」

「……それを言うなら、僕(エルフ)にだって色々あるが」


 不服そうなファルグリン。

 ちなみに、ファルグリンはトップクラスの成績だが勉強はしない。エルフの記憶能力には欠落が存在しえない。そのため復習するという概念があまりない。

 憎たらしいくらい、完璧な種族である。


 私はカフェモカを飲みながら、なんとか頭を活性化させようとする。

 チョコレートとエスプレッソの苦みと甘さが、絶秒な味わいを醸し出している。

 特に私が好ましいのが、この苦みだ。このチョコレート自体が甘すぎず、カカオの苦みがエスプレッソと組み合わせさることでその深みを増している。

 私の特にお気に入りである。


 なお、ファルグリンはコーヒーの苦みよりも、抹茶の方が好きと言う味覚の持ち主なので、コーヒーが売りのカフェに来ても基本的に頼もうとしないやつである。

 個人の好き好きだから、うるさくは言わないがいまいち納得できん。


「ラーメン屋に来て、カレーしか頼まないようなものだと思うんだけどな」

「そういいながらも、陽介。 お前はこの間、ソバ屋でカレーを頼んでいたと思うが」

「ソバ屋のカレーは、出汁が利いててうまいんだよ!」

「僕だって、春限定メニューを飲んでいる。 これは今しか頼めない奴だろう?」

「うぬぬ、一理ある」

「そこは納得するのか」


 今は春限定で桜味のドリンクなどがあるのである。

 外はまだ雪が降る時期なのだが、本州ではもう春メニューが出てもおかしくないのだろう。全国チェーン店にありがちな、北海道での季節感を無視する商品展開。


「そういえば、異世界に桜ってあるの?」

「馬鹿にするな、多少見た目は違うがそれくらいはある。 しかし、僕は実を食べたことはあるんだがな。 さすがに花を食べたことはないな……桜もちとやらもない」

「桜に実とかあるのか」

「たわけ。 サクランボなどと言うじゃないか」


 なるほど、サクランボは桜の実なのか。考えたこともなかった。


「ただあれだよね、異世界に似た植物がある時点でびっくりしない?」

「類似点が多いのは、きっとはるか昔にも繋がってたことがあるんだろう」

「ああ、そうか。 今繋がってるんだもん、過去にそういうことがあったとしてもおかしくないのか」

「研究によれば、いずれ繋がっている門も閉じてしまうらしいからな」

「不思議だなあ」


 にしても、不憫である。

 普通は桜もちを先に食べてるから、桜の味がわかるし楽しめるわけで、春限定メニューを飲んでも、桜味がよくわからないじゃないか。


「しかし、陽介。 異世界とは言うが。 僕からしてみたら、こっちが異世界だからな」

「君も細かいエルフだねえ」

「お前はいい加減な人間だな」

「そう褒めるなよ、照れる」

「その言語への理解力のなさが、ここで勉強をしている原因と思わないか?」


 むしろファルグリンはエルフのくせに、日本語が堪能過ぎるのである。

 エルフは種として、言語能力が高いのでうらやましい限り。なんでも『世界の源たる女神』に『あらゆる言葉を束ねる視点を許されている』とかなんとか。

 ライトノベルで言う、公式チートというものだろうか。ぜひ、クレームを入れたい。


「だいたいお前は特待生なのに、成績があまり良くないのはどういうことなんだ?」

「あー、いや、ねえ? 試験が難しすぎるんだよ」


 二度目の人生だし試験なんて余裕だと思っていたが、その自信は入学までだった。

 出席してるだけで卒業できるならよかったのに、そんなに甘くなかった。

 この学校でしか学べない科目があることを差し引いても、ここの学園の試験は難しい。


「正直、この年齢であの勉強についていけるなんて、まともじゃないよ」

「陽介以外にも、こちらの世界で特に事前の教育も受けていない生徒はいるだろう」

「いるけどさ、みんな必死だと思うよ。 さすがに」


 問題がどれだけ難しいのか。1つ、例を出そう。

 わかりやすく物語でありがちな強力な火の玉をうち出す呪文だ。そう、巨大な怪物(モンスター)にも対抗できるようなそんな規模の破壊力があるものを想定してみよう。


 もちろん、私は使えないけど。

 というか、そんな規模になると個人レベルではまず使えないけど。


 今解いている問題は、おおよそこうだ。


『文章で指定された怪物に的確にダメージを与えることのできる規模の火の玉を計算し、指定された環境と距離において、命中させるための計算を行い、必要なエネルギーと相応する道具や儀式を書き記せ。 なお、事前に資料を参考に使用しても良い』


 まず、そんな怪物に対抗できるほどの破壊力をたたき出せるだけのエネルギーを決める。それには、まず設定された対象をきちんと知らないといけない。

 サイクロプスとか、グリフォンとかそういったものの耐久力をその体の構造と、指定された規模の大きさから考える。この値には計算式と根拠が必要だ。


 次に、そのエネルギーをたたき出せるだすために必要な道具や儀式を考えるわけだけど、これは言わば大砲を打つのに、どれだけの火薬量とどれだけ重さの砲弾があれば、打ち出せるかを考えることになる。

 なお、これらの数字は距離や風向きによって威力が減衰されることも想定する。相手によっては、どれだけ魔術に抵抗して威力を削られるかも考える。


 基本的に魔術が使える場合は、人間よりも怪物(モンスター)の方が有利なので、生半可な魔術では威力が削られるどころか、完全に無効化される。


 また、魔術を打ち出すときには、ほぼあらゆる魔術は程度の差こそあれ、放物線を描くことが多い。簡単に言うと、魔術は重力の影響を受ける。魔術なのに。


 そのため、打ち出す角度や速度も計算しないと当たらなくなる。そこすらも、考えないといけない。


 こんなことを決められた時間内に計算するのは、私からしてみれば無理だ。

 これで問題としては単純な方なんだから、笑えてくる。

 そこまで厳密な数字は要求されないにしても、子供に要求する難易度じゃない。


「ねえ、これ時間内に本当に解けるの?」

「ああ、陽介。 お前は出題者の意図を勘違いしている」

「どういうことさ」

「1発で何とかしようとするから、破たんするんだ。 どれくらいの確率で当たるか、おおよそ分かれば……」

「え、この問題。 山ほど火の玉撃っていいの?」

「駄目とは書いてないだろう。 お前が思いついた中でそれしかないのなら、そうしたらいい」

「ないけどさ! すごいコストかかるじゃん!」

「だから、そういう問題だろう。 そのコストを割り出せ」


 当然すぎてファルグリンは馬鹿につける薬はないと、言わんばかりである。


「与えられた問題に、与えられた時間で出した解答を採点されるだけの話だ。 答えの質が低かったり、無駄が多すぎれば落とされるがな」

「そんな問題、事実上絶対の正解がないようなものじゃないか……」

「魔術師のくせに何を言っている。 そういった問題に取り組むのが、仕事だろうが」


 今の年齢、11歳なんだけど要求しすぎである。

 前世の年齢足したら、もっとあるけどさ。


「この科目は、春までに何とかできる気がしない」

「なら、その科目は来年に賭けるんだな。 極端な話、卒業までに何とかなればいい」

「……ファルグリンが冷たい」


 確かに、授業でも生徒にこんだけ計算させといて、担当のエッシャー師は「この方式だと、ほぼ初弾は当たらない」と断言していた気がする。苦労するだけの科目かよ。


「基本的にあれなんだな。 これは問題だけの話だけど、人間が怪物(モンスター)を倒すのって割に合わないんだな」

「当たり前だ、人間は脆弱だからな。 この問題の想定そのものが非効率なのは否めないが、小さな生存圏を得るために、同族同士で日夜殺しあうのが人間の歴史と言って過言じゃない」

「……よくそっちの世界で滅びなかったな、人間」


 頭痛くなりそう、もっと糖分がないと死んじゃう。

 なんか追加注文しないと死んじゃう、マフィンかドーナツが食べたい。


「ってか、だいたいなんだよ。 そもそも答えが『魔術がだいたい当たらない』って」


 いっそ現代の兵器を使った方が、かなり早いんじゃないかな。誘導ミサイルみたいな。

 魔術も規模によっては、様々な方法で命中率に補正を掛けられるみたいだけど、それはまだ学んでいない。


「でも、一応あれなんでしょう。 空を飛ぶものを自動で迎撃するシステムは異世界にあるんでしょう?」

「ああ、あるな。 その辺りはかなり研究されているな、空を飛ぶことはほぼ無効化できている。 成層圏まで行くと条件が変わるが」


 有名なのは『飛竜落とし』だ。

 地面に描く魔法陣から、多数の砲弾を打ち出して、遥か空を飛ぶワイバーンを自動追尾で撃墜するとかいうわけのわからない魔術である。

 魔術でどうやってるんだよ、そんなの。異世界、天才がゴロゴロいすぎだろ。


「というか、もうさ。 瞬間移動の魔術があるんだから、パッと爆弾みたいのを飛ばして全部消し飛ばせばいいじゃん」

「それも無効化できる」

「……出来るのか」

「と言うより転移魔術は使える条件も厳しいし、妨害が簡単な部類だな」

「ファルグリンってそういうことには異常に詳しいよね」


 魔術って、こう、念じて適当にイメージすれば良かったんじゃないのか!

 何度こう思ったか、わからない。だが、そうじゃないからこそ、私が欠陥魔術師なのだ。


 魔術の引き金はイメージとなるが、多くの魔術の基礎にはそういった計算が必要なのだ。

 計算を簡略化する技法や公式はたくさんあるが、基本としての考え方をまず考えるとなると、すべて膨大な計算が必要になる。

 それらの計算を何かに代替えさせる方法もいくらでもあるが、基礎としてそういった知識がある人物と、ない人物とではその応用力に差が出る。


 そして、魔術の引き金となるイメージにすら、かなり繊細な感覚が必要になる。

 それを学習するには子供の頃からの訓練が必要になる。それでも10歳くらいからきちんと訓練すれば、その感覚を修得するのに間に合うらしい。

 ……残念ながらここに私は当てはまれない。


 生まれ変わりという、最悪の条件が私を苦しめた。

 ほとんど計算が要らないレベルの簡単な魔術にすら、失敗してしまった。不完全な形でしか発動できなかった。だから、私は魔術師として欠陥なのである。


「お前、本当にそれで大丈夫なのか?」

「んー……自分でも自信がないなあ」

「2年生になったら、試練の塔に挑むとか言っているけど、それが出来るとは僕には思えないね」


 ファルグリンは容赦がない、私だって出来るとは思えないのに。

 でも、やるしかないんだから。


「今月中には、学園長とも面談する予定だよ。 挑戦するって言ったら通達が来てさ」

「この学年で挑戦するなんて言う生徒は、そういないからな」

「何人かはいるらしいけどね」

「どうせ馬鹿ばかりだ。 人間はみんな愚かなものだが」

「いつも手厳しいなあ、ファルグリンは。 これがひと段落したら、攻略方法を考えるよ。 必死になれば……そう、必死になればなんとかなるよ、きっと」


 私がそう言うと、とたんにファルグリンは真剣な表情になった。


「本当に? お前、僕がいなくなってもきちんとやれるのか?」

「いなくなるなんて。 今は頼りきりだけど、それこそ卒業するまでにはなんとかするさ」

「そうはいかない」

「え?」


 ファルグリンは一瞬、躊躇った。

 でも、はっきりとこう言った。


「僕は2年生になる頃には、あの部屋にはいないから」

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