第5話 エルフ少年は授業中つめたい

 生前は、ふたたび子供たちと一緒に机を並べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 というか、そんなことを考えるやつは例外なく変態である。


 今日は使い魔に関する授業だった。

 隣の席に座るのは、いつも通りエルフのファルグリンである。


 さて、魔術師に使い魔は付き物。

 とは言うけれど、生徒が『使い魔』を保有していることは少ない。なぜならそれは、少なからず危険だからだった。

 とはいえ、あれば便利なものである。色々な意味で。


 魔法理論を私たちに教えるベファーナ師は、鋭くも穏やかな魔女だ。

それしか知らない。

 年齢や背格好は彼女の気分で時々変わる。本当の年齢や容姿は、生徒の誰も知らなかった。

 おそらく名前も偽名だろう。実に魔女らしい魔女である。


 今日の彼女は絵本に出てくる魔女、鷲鼻の老婆だった。さすがに作り過ぎな外見じゃないだろうか。ハロウィンじゃあるまいし。


 ベファーナ師は、まず授業の一環として、使い魔を持っている生徒を探し始めた。

自分の使い魔を取り出そうともしない辺り、なかなか狡猾な魔女なんじゃないかと思う。

 魔術師って怖い。


 私がそんなことを考えていると、ベファーナ師は私を指した。


「ミスター・ハツカ。 あなたの使い魔はネズミでしたね? 今、連れていますか?」


 廿日(ハツカ)は今の私の苗字だ、フルネームで廿日陽介である。


「いいえ、ミス・ベファーナ。 私のタイラーは使い魔ではなく、パートナーですよ」


 私は微笑んで、ベファーナ師に言葉を返した。すると、クラスメイトがくすくすと笑う声が聞こえた。いつものことである。

 まともに魔術の使えない出来損ないが、ネズミの使い魔をパートナーと呼ぶ姿は、多くの生徒にとっては滑稽だった。


 私の言葉は、師に反抗するような物言いではあったが、彼女は気を悪くはしなかった。


「使い魔を大切にしているのね、それが貴方の在り方なら大事にするべきよ。 ミスター・ハツカ。 それで、タイラーはここに連れてきていますか?」


 タイラーは私にとって使い魔ではないし、ここに連れてきてもいなかった。

 ネズミの中でも、彼は特に忙しいのである。


「いいえ、ミス・ベファーナ。 タイラーはいつも忙しいので、あまり私のそばにはいないのですよ」


 またクラスメイトの忍ぶ笑い声。

 すると、ベファーナ師の目が鋭く光る。その光の向き先は、忍び笑いをするクラスメイトではなく、あくまで私だった。


「あら、貴方は有能な魔術師ね。 真に有能な魔術師の使い魔はいつだって、忙しいものよ? ミスター・ハツカ?」


 くぎを刺すような物言いだった。

 余計なことをクラスメイトの前で言われたので、危うく私は舌打ちをするところだった。

 しかし、私は逆に力を抜いて肩をすくめてみせた。とっさに機転が利くのは年の考と言うものだろうか。


 いや、美化しすぎた。私は年をとっても、この程度のごまかししかできないので、油断しないで気を付けたほうがいい。


「有能な魔術師は、私の瞳の中に映り、壇上で教鞭をとっていますよ」


 クラスメイトは私の物言いにピンと来ていないような顔をしていた。私はいつだって空気に水を差し、しらけさせるのが得意だった。

 考えてみれば、空気を読んだり、空気に水を差すなんて芸当は、神様にだってできやしないだろう。物理的に不可能なしゃれた慣用句だと思った。

 恥じるよりは、誇りに思うべきだろう。


 ベファーナ師はなにかを諦めるような顔をして、他の生徒に声をかけた。


「では、誰か。 ほかに使い魔と契約している人はおりませんか?」


 すぐに手を挙げる。


「では、わたしが!」


 マリンカは真面目な学生だ。いつだって、教師の期待に応えようとしている。

 なかなかまぶしい学生だった。真似をしようと思っても、私にはできないだろう。


「では、ミス・マリンカ。 壇上にきて」

「はい」


 きりっと姿勢の良い、真面目そうな女の子が歩いていく。

 眼鏡をかけ、乱れなくきちんと三つ編みに結ばれた髪。すこし、鼻の上あたりが荒れている様子ではあるが、可愛らしい見た目と言える。

 年配の親戚によく可愛がられるタイプの可愛らしさ、と言うべきか。


 なぜか、そんな彼女に睨まれた。


「なにか私は彼女に悪いことをしたかな、ファルグリン」


 私がそうファルグリンに尋ねると、関心がなさそうに返答された。


「僕が知るか」


 ファルグリンが冷たい。どうも私の友人は、必ず協調性に欠ける。

 これで、なぜファルグリンと一緒にいるのかと言えば、彼が私の友人の中でもっとも協調性があって、素直な話しやすい人物だからだ。

 他の友人はもっとひどい。少しは私を見習うべきである。


 壇上の上では、誇らしげにマリンカが歌うように呪文を唱え、魔法陣を隠す発光と共に、鷹を出して見せた。

 瞬時に魔力を形作り、魔法陣を作ってみせたのだろう。光は魔法陣を読み解かせないための目くらましだ。相変わらず、優等生である。


 自分だけの魔術の構築内容は基本的に秘匿するべきものだ。手の内がばれてしまえば、技術や知識が盗まれたり対策される危険性がある。特殊な発光により隠すのは、わりとポピュラーな隠し方と言えた。


 マリンカの使い魔、純白の鷹のペラフォルンは主を守る騎士であるかのように、彼女の腕の上で美しく佇んだ。

 ああ、いつ見ても見事なものだ。羽を一枚もらえないかと思うほど、見事だった。

 羽を何に使うかは内緒である。


 そういえば私のパートナー、ネズミのタイラーは「いけ好かない奴」とペラフォルンのことを指して言っていた。仲があまり良くないらしい。ネズミと鷹だし仕方ないな。


「あなたの使い魔は、いつも綺麗ね。 ミス・マリンカ」

「ありがとうございます、ベファーナ師」


 魔術師が使役する手下のようなもの……というイメージだが、少し違う。

 いくつかのパターンや方法があるが、単純になんらかの方法で洗脳したり、支配した生物を使うのは使い魔とは言わない。

 使い魔とは、魔術師の一部だ。様々な形態のものがあれば本質はそれだ。


 一方で、役割としての使い魔は、魔術師の仕事を代行するために存在する助手である。

 つまり、知性において、魔術師と同等の判断力、かつ、同質の価値観を有していることが必要とされる。

 そうでなければ、使い魔の判断した内容が、魔術師の利益に反することがありえるからだ。


 とてもわかりやすく言えば、魔術師の同じ知性と価値観で動いてくれるので、宿題を代わりにやってもらっても、特に内容が本人のレベルとかけ離れたりしないという、すごく便利な存在だ。魔術師ってすごい。


「でも、いいのかしら。 貴女の使い魔を教材替わりにさせてもらうのは」

「いいんです、ベファーナ師。 ペラフォルンは我が家のシンボルともいうべきもの。 今さら秘匿することに意味はありません」

「そうね、魔女マリンカのペラフォルンは私も知っているわ」


 マリンカの使う、ペラフォルンは普通の使い魔よりも、より強い意味がある。

 聴いたところによれば、代々継いできた存在で歴史が深い使い魔だ。魔術における歴史と言うのは、その長さが強さの源になる。

 年月をかければかけるほど、魔術は強くなる。彼女の使い魔は、通常のものより強靭で、彼女がより強い魔術を使うときに強力な触媒となりうる。


 名門の魔術師はこういったケースが多い。魔術を引き継ぐことで、子孫の力をどんどん高めていくのだ。こうなると一代で築いた魔術師程度の腕前では、基本的には勝てない。


 戦力比で言うと、私の場合まともな戦闘方法がそもそもないからなあ。

下手すると自転車と戦車くらいの差だ。技量の話をする前に、エンジンも装甲も武装も違う。乗り手の技術でカバーできるレベルじゃない。


 もし将来、魔女マリンカが私の敵になったのなら、まずはなんとかして使い魔と彼女を引き離すだろう。それでも優位に立てる気がしないが。


 まあ、そんな彼女の使い魔は例外として、本来の使い魔は大抵の場合は術者よりは弱い。

 そりゃそうだ、自分の分身なんだから普通は強かったら成立しない。


「この通り、ペラフォルンは例外として。 もし、皆さんが使い魔のもっとも普遍的な取得方法。 『ファミリア』を行使するなら、原則としてこういった使い魔になります」


 ベファーナ師はテキストと、写真などを見本に説明していく。

 例として出されたのは、カラスや猫、フクロウ、そしてカエルとネズミだった。これらは使い魔としてはかなりポピュラーな方に当たる。


 使い魔の作成法の一つ、『ファミリア』は動物を使い魔にするための手法だ。


 さて、使い魔を作成する際に、既にあるなんらかの生物を使用する場合、それを主体として、使い魔に魔術師の身体の一部や魂の一部を掛け合わせる。この場合、魔術師の方が強ければ、魔術師が主体となる。


 では、逆に魔術師の方が弱い場合はどうなるのか?


「仮に皆さんがドラゴンを従えようとして、この方法を使ったとしましょう。 その場合、分け与えた部位は永久に、しかも無駄に失われることになるでしょうね。 それで済めば、運が良い方で、逆に魔術師がドラゴンに従属させられる可能性すらあります」


ほら、やっぱり魔術って怖い。


「おそらく、ペラフォルンも元々はこの方法で取得されたのでしょう。 ただ年季が違いますけれどね」


 ペラフォルンは誇らしげに翼を広げて見せた。『自らこそが歴代の魔女マリンカにふさわしい』と言いたげな自身のある仕草である。


 使い魔は、魔術師の一部と融合しているため、時間と共に魔術師と同等の知恵を兼ね備えていく。人語を解し、個体差はあるが人語を話すことすらできる。また知覚を共有し情報を伝えることも可能だ。。

 最終的には、魔術師の使える魔術を行使できる。

 これらの特性を総合して考えれば、力のない獣も年月を束ねれば、歴代魔女の化身とも言えた。


「こうまで言ってしまうと、使い魔が非常に強く思えるでしょうが。 よく考えてください。 あくまでこれらは人間に扱えるレベルの魔術……魔物には通用しません」


 鍛え上げたからといって、人間は力比べでクマに勝てることはまずないのだ。

 いかに強力な魔術師となったとしても、そこを勘違いしてはいけない。魔術師は単独の魔術で魔物にはかなわない。クマを人間が安全に倒すには、銃を持たねばならないように。

 魔物を魔術師が倒すには、相応の装備や準備が必要なのだ。


 私は強力な魔術師には、なりえないわけだけど。


「ねえ、ファルグリン。 エルフには使い魔っているの?」

「使い魔は、弱い人間のための魔術だ。 僕たちが使うことなどありえない」

「そういうものかね」

「それにアレは己の在り方を歪めるだろう? 自身の魂や体の一部を与えるなんて、ありえないね。 それが爪のひとかけら、髪の毛一本だったとしても」

「ああ、なるほど」


 使い魔は魔術師の一部。自分の一部が、自分じゃない何かになることに一歩近づく。

 そして、使い魔を失うことは、体の一部を失うことと等しくなる。敵の使いようによっては、使い魔は魔術師にとって大きな弱点となる。


 その一方で、魔術師が死ぬとき使い魔は死ぬ。

 使い魔になる生物にとって、その立場はあまりに不平等で理不尽すぎる。


 これをファルグリンは、己の在り方を歪めると言っているんだろう。

 やはり、ファルグリンはエルフだな。その価値観はわからないでもなかった。


「ファルグリンが、私がテイラーと一緒にいることに拒否的なのは。 きっと私の一部が、ネズミになると思ってるからなんだね」

「……別にお前がどうなろうが、知ったことではないがな」


 基本的にはファルグリンは優しいのだ。物事は自然であるべきという考えが根強い。

 人間の魔術師と、エルフは根本的に違うのだろう。


 持たざる者は『あるがまま』でいたくないから、きっと魔術師になるのだ。

 今のままでは嫌だ、と。


 あるいは『知らないまま』でいたくないから、魔術師になるのかな。


 かくあるべき、それが自然だ。

 そう感じて魔術師になるのは、マリンカのように家が代々魔女だったり、ファルグリンのように生まれ持った力が優れている人だけじゃないかな。


 ファルグリンにとって自然なことと、マリンカにとって自然なこと。それはそれぞれ違うけれど、本質的には同じように私には感じるよ。


 マリンカは壇上でいくつかの実演を、使い魔として見せた。

 知覚の共有、過去に魔術師が読んだ文献の情報(データ)を適切な状況で引き出す記憶力、魔術の力を強める能力、魔術師が使える魔術を自ら使う能力、今までの知識から問題を解く力。実演はそれだけでは収まらなかった。


 ペラフォルンと、その連携は見事なもので、魔術師と使い魔にとって必要な役割をそれぞれ果たす実演としては、十分すぎるものだった。芸術的と言ってもいい。


 ペラフォルンはいたずらに主人に手を貸そうとはしない。

 魔術師としての彼女の見解に、より深みを増すようにその視野を広げるような助言を行うのだ。


 矛盾するようだが、使い魔は完璧に同じ価値観だと二流なのだ。

 自分のコピーがもう一人いても、研究ははかどらない。時に違った目線から、物を見る本当の意味での助手としての実力が求められる。

 それが使い魔に求められる最高の機能。魔術師の考えに反しない、適度な範囲内での個性だ。命令を聞くだけなら、人形で構わないのだから。


 マリンカは自らが優れた魔女、その力を十分に秘めた生徒であることを証明してみせると、壇上から席に戻っていった。


 席に戻るまでの間、マリンカは私を見ていた。


 その目は蔑むわけでもなく、見下すわけでもなく、さっき見た使い魔を誇ったり、自慢するような目でもなく。

 どこか挑戦するような目だった。


 私にはそんな目で、私を見ることが理解できなかった。


 残りの時間、私は上の空だった。

 今回の人生で、そんな目で見られたことはなかった、ような気がしたのだ。

 どうしても、私はそれが気になった。


「なあ。 なにか私は彼女に悪いことをしたかな、ファルグリン」


 私がそうファルグリンに尋ねると、やっぱり関心がなさそうに返答された。


「僕が知るか」


 冷たいな、ファルグリンは。

 そうは思うけれど、私に対して一番寛大な態度をとっているのは彼なように思う。

 なぜかは知らないけど、私は人に嫌われるからな。


「ただ、まあ。 強いて言うなら、そういうところだと思うがな」

「え?」


 私は首を傾げた。

 ファルグリンはそれ以上、教えてくれなかった。

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