第4話 エルフ少年と学生食堂でびっくりランチ

 生前は、またこんなに大盛りでゴハンを食べることになるとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 基本的にある程度の年齢になると、大盛りゴハンが重たく感じるものなのだから、再び若いころの食事量を経験できる人間は、とても珍しいに違いない。


 ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 大盛りゴハンを楽しめるようになったことだけが、私にとって唯一、生まれ変わって良かったことと言えるだろう。

 たいていの場合、一度死んだら死んだままの方が気楽なはずである。


 それはさておき、私はゴハンを食べることが好きである。

 もちろん同席するこの少年もそうだった。


「君は細いのに、よく食べるよねえ。 ファルグリン」


 彼の名はファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。ちなみに本名はもっと長い。私のルームメイトだ。


 私は、使う前の食器を裏側までじっくりと観察したまま、彼に話しかけていた。きちんと汚れがないか、ひとつひとつ確認しないと食事に取り掛かれないたちなのである。

 ファルグリンは慣れたもので、私の変わったその癖には無関心だった。


「お前こそ、いつも机にかじりついているくせによく食べる」

「机をかじっても、腹は膨れないからねえ」

「……お前は、慣用句という言葉を知っているか?」


 ファルグリンは呆れたように、私を見た。

 異世界人のくせに、日本語に詳しい奴である。

 前世はクラスメイトに慣用句を使った会話をすると、通じないことの方が多かった。

 彼との会話は感動を通り越して、同じ日本人に泣けてくる今日この頃。


 それにしても、目の前のエルフの少年はよく食べた。

 メインはザンギ(鶏のから揚げ)にハンバーグ。ゴハンの上には目玉焼き、添えてあるナポリタンにエビフライ……。申し訳程度に乗せてある、野菜。

 学生たちに大人気、びっくりランチである。注文され過ぎて、今さら誰もびっくりしてない。


 私たち二人は、午前中の授業を終えて、学生食堂にて食事をとっていた。なかなかにぎやかで騒がしく、何名も連れだって食事をするグループが大半だった。

 そのなかで、私たちは二人でゴハンを食べている。


 ファルグリンがエルフにありがちな容姿をしているせいで、以前は女子生徒からの視線が気になっていたが、私も慣れたものだ。

 考えてみれば、私を見ている視線なんてほとんどないのだから、気にするだけ損である。


 ふと、私は気になって、エルフの少年に話を掛けた。

 目の前の彼は、おいしそうに大きなハンバーグにかじりついていた。


「きみは、あれだ。 前にエルフにとっての血肉は、植物がそうだみたいな話をしていなかった?」


 その割に、植物の割合が少なくないだろうか。育ち盛りだろうに。


「それがどうした、人間のポンコツな記憶力がまたうつろなのか」

「本当に君は日本語が達者だよね!」

「……お前ごときに褒められてもな」


 本気で憂鬱そうに、言われてしまった。私に褒められるのが恥ともいわんばかりである。

 まあ、植物食の話はいいや。追及すると面倒そうだった。

 お腹をすかせた私はハンバーグより先に、目玉焼きの乗ったライスに手を付けた。ここは醤油をかけるのが正義である。異論は認めない。


 聴いたところによれば、エルフはあまり食事をとらなくても、効率よく動くことも出来る。だが、基本的にはよく食べて生活している。

 理由は簡単な話で、消費するエネルギー量が多いからだ。彼らはもともと狩猟をする民族である。その身体能力も当然ながら高い。

 そして、エルフの使う魔法の力も、結局は彼ら自身の生命力が、力を発揮するために必要なガソリンとなっている。


 そうはいっても、ファルグリンは育ち盛りである。そんな理屈なんて関係ないのだろう。人間である私だってそうなのだから。

 とろけるような半熟卵と醤油の組み合わせは、いつだって私を裏切ることがない。コメの一粒一粒をくるみ、まったりとした深みのある味わいで舌を楽しませる。


 噛み締めたエビフライは香ばしく、サクサクだった。エビの大きさのわりには衣が厚い気もするが、エビフライは衣が美味いのである。


「にしても、午前中の授業はハードだったね」

「白兵戦の訓練なんて、あまり魔術師に必要じゃない気もするがな」


 ファルグリンの言葉はある意味で当然だった。本来の魔術師は研究者であり、戦闘を生業にする兵士ではなかった。

 彼はよほど腹を空かせているのか、ハシが止まらない様子だった。上品ながらもホカホカで湯気の立つコメをかき込むような勢いで食べながら、ナポリタンも器用につまんだ。

 ファルグリンのハシさばきは本当は、日本人なのではないかといつも疑う。


「そうは言っても、同学年には負けなしの癖によく言うよね」

「人間ごときに、僕が負けるはずもない」

「担当のロドキヌス師には、ボコボコにされたけどね」

「あんな化け物に勝てるわけがないだろう!」


 化け物だなんて失礼だな、あの先生、一応種族だけは人間だよ。冴えない眼鏡で身長が170cmでひょろりとした体型のくせに、体重が200kg近くになるような肉体改造を施してるけどね。

 昔の魔女裁判であった『魔女は水に浮かぶ』なんてのは、嘘だ。本物は絶対に浮かんでこないし、沈められたところで死なないだろう。


「魔女裁判か、それも人間の愚かさの象徴だな」

「味噌汁のおふじゃあるまいし、ね。 浮かぶ浮かばないで裁くとは意味不明だよ」


 ズズっと音を立てると、ファルグリンに睨まれた。テーブルマナーにうるさい奴である。


 ロドキヌス師は、本物の戦闘魔術師(ウォーデン)だ。

 生徒どころか、教師陣のなかでも勝てる人間はいないかもしれない。戦うことに特化した魔術師は人間を逸脱しているからだ。

 エルフであるファルグリンを、まさに子供扱い出来る人間はあまりいないだろう。


 一方で、ロドキヌス師自身は毎年、学園長に担当を変えるよう希望を出していると、もっぱらの噂だ。白兵戦の授業担当の癖に、初授業の第一声が「破壊の魔術に傾倒する無粋な奴は俺のところに来るな」と言う変わった先生である。

 錬金術の薬学や、魔術理論の担当になることを望んでいるようだけど、残念ながらその希望が叶う兆しはない。


 私はハンバーグは香ばしい方が好きなのだが、食堂のハンバーグはしっとり系だった。しっかりと焼いてある感じがしないのが気に入らないところである。

 でも、ソースはおいしい。ケチャップとソースを混ぜ合わせた味は好きだった。


 まあ、自分が食事に夢中なのはいいのだが、友人が夢中だと水を差したくなるものだ。

 ふと思い出して、ロドキヌス師の口調をまねてみせた。


「毎年、必ずいる。 破壊の魔術を入学前に覚えて、教員に叩きこんでくる奴がな。 先に言っておくぞ、その破壊力がどれだけ巨大だろうが例外なくぶち殺す」


 ファルグリンは恐怖にぶるりと震えた。というか、ファルグリンだけじゃなくて、周囲の学生みんなが私に注目して、青ざめている。

 思った以上に、私の物まねは似ていたらしい。


「そんなに喜ばれるとは思わなかったな」

「誰も喜ばないぞ! 頭おかしいんじゃないか!」


 必死な形相のファルグリンに同調している空気が、食堂で流れた。

 私はその反応に肩をすくめる。


「だって、私はロドキヌス師にぶっ飛ばされたことないもの」


 逆に言うと、ファルグリンは何度もぶっ飛ばされている。

 ファルグリン自身が『毎年、必ずいる。 破壊の魔術を入学前に覚えて、教員に叩きこんでくる奴』だったからだ。


「あ、そのエビフライ。 食べないならくれないかな?」

「誰が! 僕は最後に好きなものをとっておきたいんだ!」

「なんというか、一人っ子にありがちな奴だな」



 ファルグリンは私の言葉を無視した。そんなに怒らなくてもいいだろうに。


 ロドキヌス師に言わせると「破壊の魔術に関心を持ち、修得に至る者は二種類いる」そうだ。一つが「まともな育ちをしなかった者」で、二つ目が「死ぬほど幼稚な精神の持ち主」であるということ。

 これが真実だとすれば、私の知る限りさまざまな物語の主人公は、みな何かしらの問題を抱えていることになる。


 これを挑発ととらえた生徒たちは、みんなロドキヌス師に戦いを挑んだ。

 結果は推して知るべし、というやつである。


「陽介、ロドキヌス師が怖くないのか? 食堂で物まねなんかしたと言ったら、どんなことをされるか」

「怖がり過ぎだよ、ファルグリン。 私は先生の話には、きちんとした意味を感じるけどね。 頭で考えただけで人を殺せるなんて、それこそ頭がおかしくなりそうだもの」


 人を殺せる魔術を修得するというのは、そういうことである。それは、いつでも引き金を引けば殺せる銃を、頭の中に抱えておくということだ。

 実際、破壊の魔術を覚えた魔術師が、「つい、カッとなって人を殺してしまう」なんて、探せばわりとあること。今までに、なかった事件じゃない。


 時に魔術は、指さすだけで人を病にすることすらできるのだから。

 だからこそ、この世界で魔術師が行う罪は、普通の人間よりも遥かに重い。


「それに、ファルグリン。 君がロドキヌス師とよく模擬戦をすることになるのは、君が優秀だからだよ。 他の生徒じゃ相手にならないからね」

「この件については、何ひとつ嬉しくない」

「わがままだなあ」

「なら、一度くらい代わってみせろ」

「私には、ファルグリンの代わりは務まらないね」


 白兵戦の模擬戦だって何度挑んでも、今までに1度しか勝った試しがないのだ。

 戦いだけじゃなく他のことでも、このルームメイトの足元にしも及ばない。


「代わりが務まらない……ね。 まあ、いい」


 なにか、納得いかなさそうな様子のファルグリン。

 彼は味噌汁を飲み干す。味噌汁もまた、彼が言うところのある種の罪深い飲み物だった。


「そういえば、陽介。 来年から試練の塔に挑むというのは本気か?」

「そうだよ、前から言っているじゃないか」


 『試練の塔』とは、この魔術学院において2年生から挑戦することが許される迷宮である。100階層から成り立ち、様々な多様な環境が用意され、無数の動植物や魔物が放たれている。


 挑戦者はこの塔の頂上を目指し、ひたすら迷宮となった建物を歩き回る。そして、凶悪な魔物と対決し、謎を解き、食料や飲み水、体力の管理をしながらサバイバルすることを強制される。


 力だけではなく、勇気と知恵。苦難を耐え抜く精神力。五感。魔術師に対して求められる、あらゆる能力が試されるのだ。


 ある程度の安全措置は施されていて緊急時には脱出することもできるが、命を落とす危険性もある。この学園が『異世界にあった頃』には、実際に亡くなった生徒もいるそうだ。


 学院に入学する際、生徒および保護者は必ず、契約書に署名することになる。

 死の責任を問わないという、契約書に。

 例え、この塔に挑戦しない者であったとしても。


「なんのために? あんなものに挑戦するなんて、本当に、なんというか意味がないことだ」

「それは私が持たざるものだからだよ」


 私が塔に挑戦を希望しているのは、ひとえに実力に自信があるから。ではなく、実力に自信がないからだ。己の価値を高めざるを得ないからである。


 この挑戦は義務ではない。

 多くの生徒は、この塔に入ることなく卒業していく。

 

「最近、研究があまり捗らないんだ」

「だから? だったら、研究への時間を費やせばいい」

「家族を養うには、私は特待生でいたいんだよ。 万が一、成果が出ないままだと困る」


 私の父親はすでに死んでいる。母だけで幼い弟妹を養うのは、難しい。

 私が魔術師になることで、少なからず補助金は入っているはずだけど、お金が潤沢に足りているなんてこともないわけで。


「愚かな選択だ。 人間はすべからく愚かなものだが、お前は特に愚かだよ。 ろくに戦う力もないだろうに」


 いつもより、強い口調でファルグリンは私に言った。

 だからこそだ。

 私は自分が持たざるものであることを自覚している。魔術師として欠陥品の私は、普通以上に努力していることを示さねばならない。


 魔術を使うことに支障がある魔術師なんて、衣のない鶏肉をザンギと言い張るようなものだ。そんな料理は、ばかばかしくって見てられない。

 おいしいとは思うけど。


「とはいえ、魔術師のための試練なんだ。 戦うことが全てじゃないだろうさ」

「戦うことはすべてじゃないだろうが、試練の中では出来て当たり前のことの一部だろうさ」


 ファルグリンは私の口調をまねて見せながら、ザンギをほうばる。

 揚げたてを一口で食べるとは、なかなか贅沢だ。私なら、かならず一個につき二口だ。


「君の言う通りかもね。 ちなみに、君は挑戦しないのかい? ファルグリン」

「僕が? ふん、ありえないね。 あんな試練なんて時代遅れの遺物だよ、挑む人間の気が知れないね」

「確かに」


 私が同意してみせると、ファルグリンはますます不機嫌になったが、そのまま最後のひとくちを平らげて見せた。エビフライをしっぽごと食べるのは、エルフの作法だろうか。


 私も含めて、お互い食事も終わったので、タイミングを計って立ち上がる。

 にしても、今日のびっくりランチも美味しかったが、放課後には、そろそろ珈琲でも飲みに行きたいものである。ファルグリンは珈琲よりも、甘いものが好きなようだが。


 私も甘いものは大好きけどね、きっとおいしいケーキのある店がいいだろう。

 少し楽しみになった私は、ファルグリンの不機嫌さとは反対に、少し陽気になったのだった。

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