第3話 エルフ少年とバレンタインは憂鬱

生前は、バレンタインデーに期待したことなかった気がするけれど、次の人生でも期待できないとは思わなかった。

 人生とはわからぬものである。

 いや、まあ、別に欲しいわけじゃないんだけどね。本当だよ。


「その点、君はたくさんもらっているよね。 ファルグリン?」

「なんだ、うらやましいのか。 くだらん、風習だ」


 完全にモテるからこそ、いえるセリフである。

 持たざる者がそれを言っても、単なる負け惜しみに過ぎない。全然悔しくなんかないんだからね。うそ、本当は困るくらいもらってみたい。せめて二度の人生に一回くらい。


 何の因果か、私は記憶を持ったまま、よく似た異世界に生まれ変わったわけだけど。

前世では学生時代にチョコレートをもらったことは一度もなかった。今もそんな経験はない。生まれ変わったくらいで、モテないやつがモテるようになるなんてあるわけない。


しかして、エルフの少年はそんな心境など理解もできない。彼の名はファルグリン。古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。ちなみに本名はもっと長い。


私が自室で紅茶を飲みながら過ごしていると、紙袋にたくさん荷物を入れたルームメイトである彼がちょうど今、入室してきたのだった。

……その紙袋はデパ地下で手に入る銘柄だった。

とてもファルグリンのものとは思えないので、荷物を抱える彼の様子を見るに見かねた人物が彼に渡したのだろう。

そう、おそらく食堂で働く年配のお姉さまあたりだろうか。彼は年齢に関係なく、女性受けしている。私はそう推理した。

 別にやっかんでいるわけではないけれど、私はからかうように声をかけた。


「バレンタインは初めてかい? ファルグリン」


 彼は意図的に、私の質問を無視した。不機嫌そうだった。


「人間とは理解できんものだな、バレンタインデーとは、な」


 ファルグリンは人間が愚かだと言いたげだった。

 ファルグリンはエルフだけど、年齢は見た目と相応だった。今の私の肉体年齢と同じ、11歳である。まだ、彼は恋愛には興味がなさそうだった。

 女の子の方が早熟なのはエルフも共通らしい。

 私は少し、話題を広げることにする。


「バレンタインね。 海外だとまた違うんだけどね、元はこの国の風習じゃないし」

「そうなのか?」

「ええと、男性から女性への、愛の告白の日だったかな? 性別に関係ないという話も聞いたことあるような」

「……別に、そういった習慣が身近になかったわけではないが。 しかし、わからない。 それがどうして、チョコレートを配る話になる?」

「それはあれですよ、チョコレート業界の陰謀ですよ」

「陰謀?」

「チョコレートを扱っている業界が、告白の時に自社製品を贈るように宣伝したんだよ。 それがそのままブームになっているみたいな。 特にチョコレートそのものには愛を意味する習慣はないね。 聡明な君のために付け足すけど、錬金術の授業でカカオが媚薬として扱われたことがあるという話もあったけど、それとも関係ないね」

「……理解できん」


 ファルグリンは理解することを放棄したようだった。

 世の中、美形と言うのはモテるものだが、その例にエルフはもちろん漏れることはない。

 むしろ人間だと、愛想の一つもないと敬遠されるものだが、エルフはエルフと言うだけでこの国ではモテるのだった。女子の中ではエルフとお付き合い出来るだけでステータスだとかなんとか。

 まあ、憤りを感じなくもないけれど。たぶんそれって、きっと男子も変わらないよね。エルフの恋人に対する期待感って。

 私だって、エルフの女性と付き合ってみたいもの。100歳年上だろうが全然かまわない。


 ファルグリンはチョコレートをおっくうそうに机に置いた。私はねぎらいながら、彼にお茶を淹れてあげると少し機嫌が良くなったようだった。


「にしても、お前はそういうことにも詳しいのだな」

「べ、べつにバレンタインデーになんか詳しくないよ。 全然、興味なんかないし」

「ん? あ、ああ。 ……そうか?」


 あまりに貰えないから、否定するために理論武装したくて調べているわけでもないもん。

 ファルグリンはすこし不思議そうにした。


「ところで何をしているんだ、陽介」


 陽介は今の私の名前だった。


「もちろん研究だよ。 ちょうど今実験をしていたところでね」

「……そういえば、お前は特待生だったな」

「今は、ね」


 私は正常に魔術の使えない欠陥品、よく言えば劣等生である。火も出せなければ、何かを凍らせることも、稲妻を走らせることもできない。

しかし、言い換えれば、魔術による戦闘技能はあまり望めない程度で済んでいるともいえる。私はみんなとは違った方法で、常に成果を出し続けねばならなかった。


 ファルグリンは人間に対して差別的ではあるけれど、探求心が旺盛でプライドが高く、それ故に勤勉で努力家でもあった。自分が人間よりも劣っていることが許せないからだ。

 だから、彼はいつも私の研究に興味津々だった。


「ちなみに、今はなにを研究している?」

「言えないよ、ファルグリン。 私の研究は秘匿指定だ」

「それ以外にも研究しているだろう」

「……よくわかるね」

「いつも机の上の、研究の資料がちがうからな」


 彼の言うとおりだった。

 私の一番大切な研究は時間がかかり過ぎた。だけど、成果を出すことを求められている以上、他の研究で補うしかなかった。


「今は記憶の研究をしているよ」

「人の精神を操る研究ならば、禁忌だぞ。 そう言いながら、どこの研究機関でも調べているだろうけどな」

「少し違う。 私の研究はもっとソフトだよ、自分の頭の中を整理したいだけさ。 自分の記憶をコントロールできるようになったら色々と捗るだろう」


 自分がなぜ、この脳には存在しえない記憶を持っているのか。それが私の疑問だ。

 私が持っているのは、いわば死者の記憶なのだから。それもこの世界にはありえない記憶。

 そして、私はこの記憶のせいでろくに魔術が使えないのだと思っている。古い大人の記憶が、子供の脳に柔軟性を与えることが出来ないせいで、発達を阻害してしまって魔術に対応しきれなくなってしまったと思うのだ。


「それと、物の感じ方や捉え方をすこし誘導できるようになりたいね。 将来的には死者の記憶を蘇らせるようになれば、きっと分析できて目標に近づけると思うんだ」

「それのどこがソフトなんだ?」

「他人をどうこうしたいわけじゃないから」


 私は自分が得るはずだった当たり前の権利を欲している。


「そう簡単にできるとは思えないがな」

「自分の精神や肉体の改造は、人間の魔術師の基本だよ。 ファルグリン、君たちエルフと違ってね」


 人間は肉体の強度も、魔術で扱える能力もエルフと比較して劣っている。

 人間にとって魔術とは、人間を超えるためのもの。だけど、エルフにとっては自分たちが扱える本来の力だ。

 そもそも魔術の強さは、生命力の強さに比例するので、不老不死であるエルフとは扱える出力がそもそも違う。それよりも強大なモンスターが扱う魔術には一個人では勝ち目がないのが前提だった。


 だから、魔術師は少しでも人間以上の力を持つために、人間以外の何かを取り入れようとする。例えば、神や天使とか。例えば、悪魔やドラゴンとか。

 もう少し画期的な手段が、古いヒーローものの定番である改造人間的な手段だった。少しソフトだと、訓練や投薬程度で済んだりする。こう言ってしまうと非人道的だけど、文献で調べる限り仙人の修行も似たようなものだ。


「最初はネズミを追いかけまわしているだけの鈍間だと思ったが、話してみると実に魔術師らしいのだから、人間とはわからないものだな」

「魔術師らしい、ね」


 魔術師としては、欠陥なのだが。


「にしても、ネズミを追いかけているとはひどいな。 彼にはれっきとした名前があるんだよ。」

「ああ、一応あれはお前の使い魔か?」

「使い魔じゃない。 テイラーは私のパートナーさ」


 テイラーは使い魔専用のショップで購入したネズミである。一応、学園には使い魔として届けている。彼は少々特別なネズミで、気難しいところがある。

ショップでは脱走の常習犯と、しわくちゃな顔をした店員に言われた。罠を仕掛けても引っかからず、普通の檻だと歯で噛み切ってしまうのだそうだ。

それを聞いて、買うなら彼しかいないと思った。


色々あって彼とはすぐに打ち解けて、今では愛称でテイラーと呼んでいる。


「そのテイラーとやらの姿が見えんのだが?」

「テイラーも忙しいんだよ、何かとね」


 私はそう言って、にやりと笑った。


「でも、君もすぐに忙しくなるよ。 ファルグリン」

「なんだと?」

「君はまだ、今日貰う予定のチョコレートの3分の1も貰っていないからね」


 それを聞いて、ファルグリンは心底うんざりした顔をして見せた。

 私の予言は百発百中との評判だからだ。彼自身もその精度を何度も体験していた。


「お前と言う奴は、占星術の成績も大してよくないくせに」

「占星術の授業は結果が的中するかどうかよりも、それまでの解釈や考え方を重視するからね。 正解が導けても、方程式があってないとならないなんて理解できないね。 それに占いなんて非科学的だし非論理的だよ」

「お前自身が大概、非科学的だし非論理的な人間だと気づけ」


 ファルグリンは冷たくそう言い返してきた。なので、私は話題を戻す。


「相手が人間とはいえね。 女性の気持ちをないがしろにするなんて、紳士的じゃないし余裕がない振る舞いだよ。 プレゼントをもらって、迷惑そうにするとか優雅じゃないと思うね」

「くっ……」

 

 悔しそうに、ファルグリンは紅茶を飲んで黙りこむ。

それを見て、私も黙った。ひとまずファルグリンには、ホワイトデーと言うお返しをする習慣については、このまま黙っておくことにした。これはあくまでルームメイトに心労をかけないためにしていることです。

 特に悪意はない。

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