第4話 キャベツ。
「ま~たそんなの、食べてる・・・」
理絵が寝室からキッチンに入ると男が白い皿に乗せた「ソレ」を食べていた。時間は昼を回った頃、理絵の仕事は風俗嬢で、男とは2ヶ月ほど前から同棲している。きっかけは確か・・・酒に酔って男を連れ込んで・・・住むところも無いと言うので「拾った」んだっけ?
冴えない風貌だがそこそこに整った顔立ちの男。歳は30歳辺りだろうか。まだまだ男盛りであろうがそのまま理絵の「情夫」(ヒモ)になった。特に問題のある男では無かった。前に一緒に暮らした男は金遣いが荒く、そして「優しかった」から・・・
理絵はこの男を「当たりの部類」だと思っている。金遣いが荒いどころか、理絵が気にかけて必ず男の財布に3万はあるように補充していたが、その金が「遊び」で減ることは無かった。1万円を使えば、その金額分の食材や、まぁ男の趣味であろう書籍の類が部屋に増えるだけだ。
(欲が無いのだろうか?そんなはずは無いよね)
そう思って意地悪に男のスマホに「追跡アプリ」を入れたこともあったが、見事なまでにこの部屋と近所のスーパーと書店と、あとは近所にある公園に行くだけで1日を潰しているらしい。スマホを持ち歩いているのは確認済みだ。仕事中に急に電話しても男は必ず電話を取ったから。
この男には「変わった癖」がある。今テーブルにある食べ物がそうだ。安い肉とキャベツを炒めて水溶きした小麦粉でまとめて焼いたもの。つまりは「不味いお好み焼きのような何か」だ。
「あのさぁ?冷蔵庫には肉も魚もお酒だってあるじゃん?私の稼ぎでろくなもんしか食えないなんてことは無いでしょぉ?」
男は箸を止めると理絵に「おはよう」と言った後、冷蔵庫にサラダとオレンジジュース、プロテインは自分でやってくれと言った。理絵は出勤前に「重い食事」を摂ることは無い。
ダイニングテーブルの横をすり抜けながら男の小銭入れを見る。またパンパンに膨らんでいる。コレも「変わった癖」だ。クレカは持っているし電子マネーも持っているのに、この男はたまにコンビニで小銭をじゃらじゃら言わせてタバコを買う。100円玉10円玉取り混ぜて。
「何でコンビニでタバコを買う時に小銭を使うの?」
と訊いたことがある。男はポツリと
「自販機でタバコを買うためのタスポが無いから」
と答えた。成人認証カードのことだ。今はその「タスポ」と言うカードが無いと自販機ではタバコが買えない。
しかしそう言う問題だろうか?小銭はキッチンに置いた小さなバケツにでも放り込んでくれれば、まとまった金額になった時に私が銀行に持って行くのに。
理絵はテーブルにサラダの皿を置いて男を見詰めた。
「ねぇ?理由を聞かせてくれないかな?どうしてあんたはそうやってたまに貧乏臭いことをするの?タバコだってわざわざ小銭で買わなくてもいいでしょうに・・・」
男は黙っている。
「別に怒ってるわけじゃないのよ?ただ本当に不思議に思ってるだけなんだけど」
男は少し考えて口を開いた。
「忘れないため」
少し間を置いてから
「憧れてたから」
と付け加えた。理絵はちょっと興味を持った。この男は「昔の話」をしてくれたりしない。多分悲しい思い出しか無いのだろうと思っていた。悲しい思い出なら「忘れればいい」じゃないの。
「何を忘れたくないの?」
「俺さ、数年前に相当金に困ってさ。その時によく食ってたのが”コレ”なんだよな。炭水化物と野菜と肉が最低限食えて安上がりで助かった。今は理絵のおかげでいい暮らしも出来てるけどさ、忘れちゃいけないんだよ、”足るを知る”ってことをさ」
小麦粉とソースの味しかしない「ソレ」にそんな意味があったのね。じゃぁさ、「憧れ」って何かな?
「若い頃だよ、土方がさ?昼休みに自販機でタバコを買ってた。薄汚れたニッカボッカのポケットから小銭を出してさ。凄くカッコいいと思った。その小銭だって汗と引き換えに手に入れたわけじゃん?それにさ、俺の親方もタバコを奢ってくれる時は必ず小銭だったから」
そっかー、あんたはさ、きっと死ぬまで「そう言う人」なんだろうね。
「なぁ、俺からも一つ訊いていいか?」
「なぁに?」
「理絵はさ、化粧する時にコンパクトを使うだろ。部屋にあるドレッサー(鏡台)にはカバーをかけたままで」
「それがどうかした?」
「ドレッサーを使った方が楽じゃないのか?」
「ああ、あの鏡は別の用があって部屋に置いただけだから」
「別の用?」
そう、この商売は笑顔が作れないと勤まらないの。だから私はあの鏡に向かって笑顔の練習をしていたの。
でももう要らなくなっちゃった。
「どうしてだい?」
「あんたがいるから」
私はせいぜい稼いで店を上がったら、この男と「車が無くても不便ではない程度の田舎」で暮らそう。
結婚か・・・そう考えるとこの仕事もさっさと辞めたいかな?
短篇集 四月朔日 祭 @Memorial-Sky
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