第3話 sweet.net

「0:00のお知らせです。本日も世界は無事更新されました」


私はマイクのスイッチを切ってため息を吐いた。最近「世界」がバグることが多い。殆どのプログラムは自律しているけれど、どうしても誰かが修正を加えないといけないイレギュラーが出る。眠る暇もないほど様々な事件が起きてロボットが警告を鳴らす。ほらまた・・・

モニターに映るその「世界」に大きな破綻は無いように見える。例えば座標352.547.776で今起こっている夫婦喧嘩みたいに「ありきたり」な出来事が実は3日後の「世界滅亡」の引き金だなんて私だって想像出来ない。しかし、この喧嘩を上手く納めないと、騒音でイラついた何処かの研究所の偉い人が明日、誰かを怒鳴りつけてしまい、その誰かが憂さ晴らしに作った危ないプログラムの実行キーを押すことになる。

私はここに来る前には信じていなかった「バタフライエフェクト」を目の当たりにして、今は「ソレ」の暴走を止めることに躍起になっている。

何てクダラナイ仕事だろう。


誰か気付いてくれないかな?

ここで私が・・・


「美由紀はいつ目を覚ますんですか?」

若い男が医師に尋ねる。

白衣のポケットに手を突っ込んだ医師は世間話をするように答える。

「そのうちに」

ベッドで眠る美由紀と言う名の少女は歩道を歩いている時に、男の目の前で飛び込んで来た車に跳ね飛ばされてそれっきり。

楽しいデートの最中に。

ベッドの枕元にある粗末な椅子に腰を落として若い男は嗚咽を漏らした・・・


そろそろ限界かなぁ・・・疲れが溜まっているみたい。私は「世界」をほんの少しだけバグらせてしまった。

修正は出来たけど、大事な「あの人」の記憶だけは改変出来なかった。ソレはきっと「あの人」の勘違いで済む程度のバグだけれど。

そう、いつも観てるスマホ撮影動画の左右が反転してるってだけ・・・

私はまたマイクのスイッチを入れてアナウンスする。

「世界は無事に更新されました」と。


若い男は最近何かがおかしいと感じ始めていた。何が「おかしい」のかは分からないが、世界がたまに”ズレる”感覚がある。いや、自分が”ズレていってる”のかも知れないが確かめる手段はない。ただコレだけは言える。

「美由紀のいない世界はあり得ない」

だから若い男の「世界」はこの真っ白な病室だけだし、この世界を捨てる気はない。たまにスマホを取り出して懐かしい恋人の動画を観る。

恥ずかしがって照れ隠しに「右手の薬指」に嵌めていたはずのペアリング。その指輪がいつの間にか左手の薬指に移っているけれど記憶違いだろう。


バタフライエフェクト。ほんの小さな「ほつれ」から波及する致命的なエラーの修正に疲れてきちゃった。ツマラナイ仕事だけど続けてきた理由。私は「あの人」だけは絶対に守りたい。

でも、モニターはもうエラーコードで真っ赤になってる。

私は最後の試みをすることにした。あの世界にいる私の病室だけを世界から切り離して保存しよう。セーブポイントだけを残してもう眠ろう・・・いつか誰かが再起動させてくれるかも知れないから。


「今日、世界は終わりました」

最後のアナウンスを終えた私はスゥ・・・っと眠りに引きこまれた。


「美由紀っ!俺だっ!分かるか美由紀っ!」

私は彼に微笑みかけると静かに窓を指差した。

彼は「うん、知ってる」と私に微笑みかけてくれた。


この白い世界で私たちは「次の世界」を待とうと思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る