1968年春 エピローグ(1/2)
夕方、広島から呉市内に戻った赤い小型乗用車が信号待ちで止まった。
助手席には小さな女の子が座ってニコニコしている。運転手は眼鏡を掛けたまだ若い30代の女性だった。仕事着らしい長袖の白いブラウス姿が見えた。
「ああん。薩摩さんの技能教養、指導は丁寧でありがたいけど時間が延びるのよねえ。千裕さんとの待ち合わせ時間に間に合うかしら」
運転席の女性はそんな事を言っている。
「おかあたんならだいじょうぶってとうたんはいってたよお」
「そう?そうなら間に合うかなあ。お母さん、安全運転で頑張る」
「おかあたん、おうえんしてるからがんばって」
小さな女の子はケラケラと笑った。
赤い乗用車は市役所庁舎近くで左側のウィンカーを点滅させると路肩にさっと車を寄せてハザードランプを点灯した。
市民課の課長もちょうど帰宅しようと庁舎の通用口から出た所で赤い車が停まるのを見ていた。
財政部の古城くんところの奥さんって、うちに勤めていた尾美さんだったか。
彼女を結婚を機に追い出すように辞めさせたのだったが、その後、広島市内の自動車学校の事務員となり娘さんを授かったかと思いきや今度はまだまだ数少ない女性指導員になって新聞でも取り上げられていた。
彼女の勤務先は女性の運転免許取得実績を売りにしている。また女性指導員の育成や経営者夫妻にちょうど子どもが生まれた事もあってためか女性の職場環境充実のために他のグループ会社従業員向けと合わせて保育園まで作っているらしい。
彼女の事が載った新聞記事では確か卒業検定や技能検定を行う検定員も目指しているとか書かれていたか。そしてああやって実際に車を乗り回している訳だ。
長身の背広姿の男性が赤い車の二人に手を振って駆け寄って行った。
中の女の子が嬉しそうに言っているのが微かに聞こえてきた。
「おとうたん!」
「二人で来てくれたんだね。ありがとう、チセさん、
そういうとその男性は乗用車に乗り込んだ。
尾見さん、いや今は古城さんか、彼女は娘さんと一緒に古城くんを自家用車で迎えに来た訳だな。
彼女が結婚後も働きたいといった事を却下した時の事を思い出し、少し苦いものを感じた彼は考えを振り払うと市営バスで家に帰るべく道を急いだ。
幸せ一杯な赤い乗用車。信号が青になると女の子とお父さん、お母さんの笑い声と共に脇目も振らずに山の方へと帰って行った。
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