1960年秋(2/4)

引き戸を開けて中に入った。


「伯父さん、伯母さん。ただいま帰りました。古城さんをお連れしました」


待ちかねていたようにすぐ伯父さんと伯母さんが玄関に出て来て出迎えてくれた。


「ようこそ。仕事帰りに来て頂いてすまんことです」


伯父はそう言って尾見さんに頭を下げた。


「チセさんには聞いてましたが絶景ですね。お月見にお招き頂きありがとうございます」

「まあ、ここではなんですから。粗餐ですが用意しとりますから。お上がり下さい」


伯父はそういうと彼を居間に案内した。

後に続こうとしたうちは伯母さんにつかまると耳打ちされた。


「あんたは今晩のお洒落着しゃれぎを用意しとるんでしょ。さっさと着替えて来なさい」


そう言うと襖がピシャッと閉められた。

廊下に残されたうちは二階の自分の部屋に音を立てない程度に大急ぎで駆け上がった。

そして大慌てで通勤用の服から手伝いなどしやすいけどちょっと御粧おめかしした一張羅いっちょうらのブラウスとカーディガン、スカートに着替えると階下に戻った。

うちが不在の間に伯父さんと古城さんがどんな話をしているかと思うと気が気でなかった。


居間に行くと三人は穏やかに少しお酒を飲みながら何やら話をしていた。


「そうですか。市役所じゃちゃんとしとるんですなあ」


なんて事を伯父さんが言っているけど、これってうちの事だよね。もう。

そんな事を思っていたら伯母さんがうちに気付いた。


「さあ、チセも座って。夕食にしましょ」


うちが古城さんの隣に座ると食事が始まった。

夕食は今朝早起きして伯母さんと一緒に作ったものが並んでいた。

うちが全部作りたかったけど平日だったので日もちのするものを冷製または暖め直して出せるものが主になった。

お刺し身とお吸い物だけは伯父さんと伯母さんにお願いする事になってしまったのは残念だけど。


今日、出したのは胡麻豆腐と野菜の煮物、牛たんの塩釜焼、鯛のお刺し身、茸と鶏肉の炊き込みご飯と鯛の粗で作ったお吸い物だった。

うちが伯母さんに仕込まれた料理の腕の全力を注ぎ込んだ。我ながら美味くできたと思う。

あ、鯛のお刺し身は伯父さんが包丁を振るい、その粗で作ったお吸い物は伯母さんが作ってくれたから除く、と言わなきゃならないのが悔しい。

伯父さんと伯母さんには感謝しかない。


「とても美味しいです。牛たんの塩釜焼なんて初めて食べました。鯛のお刺し身も美味しい」

「そうですやろ。この家では二人とも研究熱心やからわしなんかせいぜい魚を釣ってきたり野菜を作ったりぐらいしかやる事がないのですわ」


そんな伯父さんの釣果が鍛えた腕が今日伯父さん自らお魚屋さんで見繕って腕を振るった鯛のお刺し身に生きています、なんて事を聞きながら考えていた。

古城さんと伯父さん、伯母さんともいい感じで話し込まれていてホッとしていた。

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