1960年春(3/5)

昼前、うちはまた会計課の人に会議室に呼ばれた。

横手さんからは「謎解きの話、知られてるんですよ」と言われたけど、十中八九容疑者、犯人として疑われるなあと思いながら行ったら案の定だった。


「昨日、金庫に入れたはずのお金が入った封筒が消えとるんじゃ。あんた、最後に帰ったんやから何か見てるに違いない。思い出してくれや」


会計課の課長とチセの所属していた市民課の係長の二人に執拗に「思い出せないのか」とやられていた。


「あのお、うちが目撃したと何故そう思い込めるんです?」

「はあ?終業前に金庫に入れたのは事務担当の子とうちの主任が確認しとる。当然その後に決まっとる」


うわあ。雑。穴だらけ。それでうちを疑ってるって信じられない。


「うちが帰った時は別に何も異常は見てません。常夜灯以外は全部消えていたし他に人がいるような事もなかった。当直の見回りの人には話を聞いたんですか?」


そういうと会計課長が怒り気味に言った。


「ま、まだだ」


というか聞く気ないでしょ。他の部課に漏れたら問題になりそうだから隠してるわ、この人達。


「今朝、金庫の中にお金の入ってない封筒があったりしてませんか?もしあったんだったら、うちが帰った後で何かあったと疑うのはもっと後でいいと思いますけど」


机がドシンと大きく揺れた。


「なんでそんな封筒があったと分かるんじゃ!やっぱり尾見さんは何か知っとるんじゃろう!」


どうやら予想通り別の封筒があったらしい。


「それをうちに聞かれても困りますけど。考えれば分かる話ですよ」


会計課の課長ってもめ事を威圧して潰すのが得意で出世したんやったねえ。それを他の部署の女子職員にやるのかあと呆れぎみにチセは聞いていた。

そこに会計課係長の古城さんが入ってきた。カミソリ古城というあだ名がある不思議な人で本来財政部の経理の人なんだけど何かあって一時的に会計課に飛ばされてきたらしい。


「遅くなって申し訳ない。……なんだ、隣の課の尾見さんまで呼んだんですか。関係ないだろうのにすまないね、尾見さん」


古城さんは呆れ気味の口調で言った。うちも乗り掛かった船というか濡れ衣は迷惑だった。やっと話が分かりそうな人が来た。そう思ったチセは気になった事を会計課長に確認した。


「金庫から消えたのはお金の入った封筒ですか?」

「そうや。普通の封筒や」

「入れたのは主任さんと事務の子が確認していたと」

「そうや。二人でちゃんと見てしまったと言っとる」

「その二人だったら夕方書類の山を崩してましたけどその事は確認されてますか?お金が入ってない封筒と入れ違ったりしてません?」


どうやら書類崩しの事は聞いてなかったらしい。古城さんが「あっ」と言ったかと思うと足早に会議室を飛び出していった。


「古城係長は何を?」


鈍感な会計課の課長さんがそんな事を言っている。


すぐ古城係長が主任と事務担当の子を連れてきた。そして古城さんは封筒を持っていた。


「ありましたがな。この子ら書類の山を崩した時に封筒が紛れ込んで取り違えたらしい。そもそも封筒にちゃんと中身の内容書いておかないからだろうに。徳田主任、あかんぞ」


会計課の課長と古城係長、そしてやらかした徳田主任と事務担当の子は私に平謝りだった。やれやれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る