1960年春(2/5)

翌朝。市役所に着いたうちは女子更衣室で着替えた。

昨夜の急な残業は別に私でなくたってと思いつつ野暮ったい事務服の袖に腕を通した。

そして気持ちを切り替えると自分の席に向かった。こうみえても課の女子職員ではもう古参なのだ。


向かい側にあった会計課では何事か騒動が起きていた。

そして会計課の主任がこちらに近寄って来て「尾見さん」と言っているのが聞こえた。


「尾見さん。昨日この階で最後に帰ったのはあんたやったな?」

「ええ。そうですけど」

「帰る時、うちの課の島で何か異常はなかったか?」

「いいえ。何も気付きませんでしたけど。電気も常夜灯以外消えてましたし」

「あんた、なんで残っていたんや?」


なんか嫌な絡まれ方してるわと思いながら答えた。


「窓口閉める前に駆け込みで書類持ち込まれたので。課長の指示でその対応してました。本来担当の主任さんが研修でいませんでしたから」

「そうか。何もおかしな事は見なかったんやな?」

「ええ。最後だったといっても7時過ぎには帰りましたけど、なんにも」


えらい険のある聞かれ方をしてちょっと不審に思ったが、その時はそこで釈放された。


席について仕事の準備をしていると隣の1年後輩の横手さんが話しかけてきた。

噂の女王、というか火種がなくても作るタイプの子だが、口以外はそう悪くはない。


「チセ先輩。会計課の騒動って聞いてます?」

「知らないけど、あんた、何か知ってるの?」


引き出しから筆記具など取り出して並べながら聞く。


「なんか会計課の花見の費用を集めて、経理課からも前払い金を受け取っていたそうですけど、そのお金が金庫から消えたと大騒ぎだって」

「ふーん」


鼻を膨らませながら横手さんが言う。


「面白くないです?チセ先輩」

「ない」


速攻で断言。実際この子と違って興味なんかないし。


「そんな事いって、チセ先輩、謎解き得意じゃないですか」

「進んでやった事はないというか、大抵あなたが持ち込んでくるだけじゃない」

「いいじゃないですかあ」

「横手さん、勝手に巻き込まないでね。さ、仕事しなさいよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る