8-4/4

 裏道を切り抜ければ、祭中のこの街の移動も苦ではない。

 運よく駐車できると、俺が何日か前の深夜に登ったあのハイキングコース入口へ到着した。


 着くや否や、勿論だが例の写真が撮られただろう目的地までは登山になる。

「おい……古賀、フミ? 早いわよ、ハァハァ…」

 やはり、アヤカは早くもダウン寸前。

 まだ半分も歩いていない。その額には水玉が幾つも浮かんでいる。


「仕方がない。先に様子を見てくる」

 古賀はすぐさま脚を前へと動かした。

 古河は慣れた足取りですたこらと山を登っていく。


「……えぇ? いいんですか?」

 俺は、アヤカに手を貸すか考えた挙句、見捨てることにした。

 忍びないが、古賀と共に先に悪魔を見つけることが最優先事項だろう。


 しばらく、山道を歩いているいると、血相(けっそう)を変えた男女がやや急ぎながら逆走してきた。


「君たちもあっちには行かないほうがいい。

 変質者が現れたって話だから……」

「……変質者?」

 どうやら、アレにしか見えない悪魔の事を言っている可能性は高い。


「いえいえ、僕たちアレの駆除を頼まれてきたものですから……」

「どういうことですか?」

「いや、まあお祭りで燥いでしまった馬鹿がアホしただけなので……

 本当にご迷惑かけます」

 と、そのまま早走りで二人から去ることにした。


「できるだけ、住民や観光客に事実を知られることは避けてください。

 月刊●ーに乗ったら、ある意味アウトですからね」

 俺は無言で古河とのハイキングを続けた。



 そして、結局のところ長谷寺から付近から銭新井弁天付近まで横断して源氏山公園まで歩いて来てしまっていた。


 到着した公園の源頼朝像の前に異質な黒い物体はすぐに発見できた。

 悪魔を見つけた瞬間、俺たちは気づかれないように木陰に隠れて、その行方を辿る。


 悪魔……はまるで観光客のように、鎧武装(よろいぶそう)の頼朝像を珍しそうに黙々と眺めているのだろうか? まったく微動たりしない。

 悪魔も観光はするのか? その姿は、あの芋虫上の身体以外、人間そのものだ。


「あの、古賀さん? 悪魔ってコイツの事ですね?」

「どう見てもコイツ、間違えないです」


 それはともかく、一度空を仰ぐと未だに空は鮮明(せんめい)な赤に彩られていた。

 古賀も同じ赤色を見ているのか? お互いに魔術が使えない状況、古賀は魔術以外の戦う術など持ち合わせいるかは不明。

 もちろん俺はいずれにしても所持していない。


「……アヤカさんが来るまで待ちますか?」

 それには、古賀も同意すると思ったが……。

「アヤカが来たら、悪魔が殺されてしまいます」

「は?」


 古河は、しかめっ面で変なことを言いやがった。

 たしかにその時、あの眼鏡が不気味に、輝いていみえた。


「現世ではこの悪魔の肉は高く売れます。しかも、見た目からして低級悪魔(ていきゅうあくま)……。

 コイツの名前は知りませんが、単細胞生物ぽい悪魔は自己再生能力に長けている」

「……つまりどういうことだ?」

「コイツを捕獲すれば、高値で売れます」

「待て待て……古賀さん? 捕獲だなんて考えていたら、俺たちパーティー全滅しますぜ?」


 相手が雑魚と分かると、顔色の変わる古賀の欠点を見た……きぶんだった。

 今までの暗雲立ち込めた態度はどこへ?


「大丈夫。私には策があります」

 そういうと、古賀は手から筒のようなモノを取り出した。

 それには以前にも見覚えがある。古河は何かを念じるように目を閉じるとその形は、刀へと変化した。


「……アンタ、アヤカさんの如意自在なんて使い物になりませんぜ?」

「分かっていますよ。

 だが、あんな敵をやっつけるぐらいならこれで十分のはずです」

 そう言い残した古河は木陰から飛び出して、刀を空高く振りかざした。

 この姿は明治維新の志士のようにも見えたが、どちらかと言えば間違えた方向へ舵を取る落ち武者指向だ。


そして、刀が悪魔を切り裂いた……と思えた。


「なにぃ?」

 やべぇ、死亡フラグだと内心焦りが生まれる。


 魔術師同士の決闘を一度間近で見ているだけあって、一瞬の隙が命を落としかねないことは想像ができる。

 悪魔の触手のようなモノが刃を受け止めていたのだった。


 古河は臨機応変に止められた刃を捻り、その刃で足払いをしたが、堅い悪魔の甲殻はビクともしない。どころが、

「ンギャ」

 自分で蹴っておいて、あまりに硬かったのだろう。古賀から自爆したような嗚咽のような音がした。


 古河は止む負えなく、転がりながら距離を置く。

悪魔だと思えた姿の首が不自然に古河へ向けられていた。


よく見ると、この黒い単細胞に覆われた身体に女の顔のようなモノが付けられている。

 付けられているというのも可笑しな言い回しだが、顔と身体がまるで別物のように存在し、顔は人間、その下は芋虫。しかも、かなり小顔。周りの黒の甲殻と違い、彼女? の幼さを感じさせる。


「……古賀さん、この人の顔は一体?」

「おそらく、悪魔であるのは確かだが、神か人間が生み出しした存在なのかもしれません……。

 悪趣味に人の顔の形を創造したがるのは、そのいずれかですよ」


 古河が説明をしていると、女顔の悪魔は不可解言語の詠唱を開始。

 宙に白く光る魔法陣を創造した。それと同時に地響きが鳴り響く。

 あの巨人の揺れを永遠に繰り返しているようだ。


「まずい。これは『破滅の協奏曲(Konzert des Untergangs)』……」

「どこの言葉だよ? 毎回思うのだが必殺技の名前がよく分からないんだよ?」

「これに当たると、生命の存在すべてが失われます。

 絶対に当たってはいけません」


 古賀は語りながらも、走り、崖のフェンスを飛び越える。ってこの先がかなり勾配のある崖になってたるはず……。

 忠告する暇もなく、古賀はその場から姿を消した。地響きで、落ちた物音さえ分からない。


 そして、いつのまに敵とたったひとりで対峙していた。

 あれ? マジで絶体絶命?と思ったが、ある事を忘れていた。


 何時まで経っても魔法は発動せず、狂った人形のように女顔悪魔は何か呟いては地響きを起こし、詠唱を終えてからはしばらくの間俺と顔を見合っていた。それが何度も続いた。


 ――今日の空は綺麗にも真っ赤に染まっていた……

 そうだね。この街は今、『魔女狩りの業火』が絶賛発動中。


 そして、何度目かの発動はすべて不発に終わり、古賀が崖を登りこの公園に訪れたと同時に反対から、ウチの悪魔(アヤカ)も訪れていた。


 古河は叫ぶ。

「ヤバい……逃げろぉぉぉ!」


 そう叫ぶと、悪魔は触手を体中から千手観音のように創造した。

 アヤカは汗紛れの顔に笑みを浮かべた。それには、感情少なき悪魔もあの殺気を読み取ったのかもしれない。


「……」

「……」


 悪魔もアヤカも一時の沈黙を通した。しかし、悪魔が動いた瞬間だった。

 見えない刃が悪魔を三等分にした。本当に動く隙も暇もない。まるで、残像さえ残さない本当の意味での一瞬というのを間近で見せられた。


 それもそのはずで、彼女事山田アヤカは『対魔術戦闘のスペシャリスト』である。

 あの日、『魔法なんて使えなくても、私は解決できるわ』と言ったのは、彼女のただの強がりではない。

 それなりの努力と知識、それを補うための魔術師が禁忌とした妖怪学までも取り入れた彼女の戦闘スタイルは、魔術無き今、魔力持ち同士では最強だと言えるだろう。

 なんせ、魔法使えないのですから、それでも術(すべ)が使えるアヤカに勝てるはずがないのだ。


 何故か倒したはずなのに、喚起なく古賀の目からは涙が流れていた。


「――埋蔵金がぁぁぁぁぁ」

 この黒い芋虫のような悪魔が切られてから数分後、この街の赤らの空は次第に元の空色へと変わっていった。

 この女顔の悪魔にあの『魔女裁判の業火』のトリガーが埋められていたことが分かったがそれはあとの話だ。

 そして、奇妙なことにアヤカはこの怪物を生命線は切らずに、魔術的トリガーの部位とキメラ合成部分を切り取っていたらしい。


 それら、すべてあとから聞いた話だ。



 とにかく、このミッションはコンプリート

 俺ら三人は倒した悪魔を抱え込み、古書堂へと帰宅するため、行きとは違う佐助方面へと歩いていく。

 既に先ほど通った山道へ戻るより、遥かにこちらから帰宅したほうが山田古書堂へ戻るのは早い。


「そんなことならこちら側から登れば良かったじゃないの?」

 と、アヤカはいつもの愚痴。

 その顔はいつもの生理中のような苛々した顔だ。


「仕方がないでしょう?私だって、このアングルじゃ山道の途中だと考えるのがベターって言うモノですよ?」


「んで、結局コイツはなんですか…」

 は俺。


「分からないが、アヤカはこちらの分野得意ですよね?」

 と、古賀はアヤカへ話を促した。


「私にも分からないわ。もしかしたら――だけど、旧人類と呼ばれる類のモノかも知れないわね」

 それは山での古賀の推測と同じ結果になった。


「確かに、人の姿をした悪魔という点では仰る通りですが。

 何か別のモノにも見えます。

 本当、神の創造物か分かりませんが、早くコレを隠さないと……」

 と古河。


 そりゃ、こちらの世界で生の生首なんて持ち歩いていたら速攻で事情聴取……いや、現行犯逮捕だ。

 それにしても、あやかさんはよくアレを持てるわな……体力が無いからという理由もあるが、普通一般の女性はあの生首を持ちたがらないはず。


「アヤカさんは、よく頭の部分が持てますね」

「ええ……だって、可愛いですもの」

「――え?」

「身動き取れないでされるがままの彼女を見ていると、もうね……私、ああ、もうダメ……」

 アヤカの顔がアへ顔になっている。そういや、彼女はかなりのサディストだ。

 流石に自我によって人間である俺たちに傍若無人な行動はしないが、悪魔にはそれは通じない。生まれを憎むとは、まさにそのことだ。


 悪魔に生まれた時点で、ちょっと可哀想な気もしなくもない。

 ちなみに、切られたからといって、この悪魔は死んだりはしていないのだろうか?

 この後、どのようにアヤカに調理されていくのか気になるところではあるが、あえて聞こうとは聞きたくはなかったが……医大とかでもよく手術の練習や実験で動物を使うように、アヤカが何か良からぬことをしたとしても、黙認するしかないのだろうし……が、ちょっとだけ気になったのは確かだ。


「……アヤカさんはその……この悪魔をどうするつもりですか?」

「ん? ええ、殺しはしないわ?ただでさえ人の顔しているのですもの。

 簡単に処分できないじゃない?」

「それじゃあ、どうするつもりで?」

「そうわね。彼女次第わよ?

 彼女が暴れるようであれば、見捨てるしかない。でも言うことを聞いてくれるのであれば、それなりに対応していくつもりだわ」

 と、言うことになるらしい。


 そういや、如意自在以外にもそういった妖怪を改造したグッツを多々制作している。

 そこの仲間入りをするだろう。



 いろいろ考えながら、古書堂までの勾配を下っていると、電話があった。

 その着信は、『鳳凰彰』という幼馴染からだ。

『もしもし?フミちゃん? アンタどこ行っていたのよ!?』

「んあ、彰か? こんな時に電話してどうした?」

『どうしたもこうしたもないよ? 雨香李ちゃんが、かな~り心配していたよ?

 教会から急に出て行って行方不明だなんて。それで、どこにいるか知らないかって私に電話が来たのよ?』


 そういや、忙しくて見る暇もなかった。

 着信が何件か着ていることを思い出す。


「ああ後で掛けとくよ。心配させたな――」

『うんうん。それと、デートの際の忠告。

 今ね、源氏山公園が立ち入り禁止になっているらしいよ?

 なんか変質者が出たとか内部情報が流れていたから』


「いや、デートなんて大袈裟だ?

 あと、源氏山はもう入っても大丈夫だと思うぞ?」

『え、なんで?』

 あ、口が滑った。

「え? ああ、あそこで変装して歩き回っていたのが俺のバイト先の人なんだよ」

『嘘? あの変な物体の事でしょ?こっちに写真があるのよ?』

「そうそう… んで、ちょっと悪いんだけど、根回し頼めないかな?

 ただ、変装してかくれんぼしていただけなんだよ」

『かくれんぼって……一応、もう大の大人なんだからさ?

 確かに聞いた話だと怪我人もいないし、そこまで大袈裟になった理由も分からないけど……』

「そこは肝に銘じます。

 アイツもかなり反省しているっぽいんだよ? もう、止めて家に帰らせる途中だから、どうか内密に頼む」

 と、演技だとバレないように、嘘を述べた。


 この悪魔を警察に届けるワケにはいかない。

 持っていっても、捕まるのはコチラだし、女顔の悪魔は、NASAかドコかへ送られてしまうのではということを恐れていた。


 女顔だけになった悪魔は清らかに何故かぐっすりと眠っていて……。

 何よりかなり俺自身も悪魔に同情をしていたのかも知れない。


『ん……分かったよ。

 お姉さんに任せなさいな? でも、その代わりひとつ約束があります』

「なんだ?」

『えーとね? フミちゃんがずっとお隣さんでいて欲しい』

「ん……よく分からないけど、了承した」

 この際、職権乱用(しょくけんらんよう)とか、どうでもいいだろう。


『そう?

 うん、じゃあ今日は夜遅いから先にご飯食べて待ってて?』

 と、言った瞬間に電話は途切れた。

「夫婦かよ」

 思わず声に出して、ツッコむ。


 そして、またしばらく歩くと、あのワンボックスカーがハザードを炊いて待っていた。

 自動運転のワケがなく、そこにはぬらりひょん顔の店主が待っていた。

 というか、アヤカが通称『妖怪使い』なんだから、この彼女の祖父がぬらりひょんでもそこまで不思議なことではないだろうって、なんか変なことが思いつくまで今は落ち着いていた。



「おう? パチンコ帰りに連絡があったから、来てみたが。

 思わぬ収穫があったようじゃのう?」

「ああ、アンタがあの球体を守らなかったオカゲで殺されずに済んだよ」

 古河がきつめな一言。


 なんか嫌味っぽい言い方だが、それは事実なのかもしれない。

「のう? まあ、そんなこともあるかのう? まあ……すべてが必然じゃ。

 ワシがアレを守らなかったのも、それでアンタらが魔術なしでコヤツを攻略できたのもただの偶然じゃない」


 そこで思い出す事がある。

 あの空が赤くなる時に、病院の屋上で、主治医である『桜井』と、その隣にいた人物――それはおそらく彼に見えた。

 パチンコに行ったというのは本当なのか?

 そして、深く考えると、あの魔術が発動していたから、俺も、下手したら三人とも助かったのではないかという事実……



 後部座席に無造作に悪魔を詰め終えると、座席が四人で座るには窮屈(きゅうくつ)なほど座席を占めてしまった。

 俺は事が済んで、なんとなく着ているメールを確認すると、思ったより多くのメールが届いていた。


 その最後の一件を見るとそれは、今から数分前のメールで、雨香李が今どこにいるかが記載されていた。


「あ、すみません。アヤカさん」

「ん、どうした?」

「俺、バイト抜けます。というか、ずっと待たせている人がいるんです。

 勝手ながらすみませんね」


 とにかく鎌倉駅へ走るしかないだろうと、考えたが。


「待つのじゃ、フミ? これを持っていくがいい」

 と言ったのは山田店主だ。


 そして、手がトランクのほうへ指された。

 俺は無粋ながらもトランクを開けると、そこには確かに今必要な道具がそこにはあった。


「折り畳み自転車なんて後ろにあったのですね」

「いや、パチンコの景品で当てたモノじゃ?だから、古賀の倅が持っていった車を態々(わざわざ)動かして、自転車を持ち帰ろうとした。

 序に迎えに来たんじゃよ」


 なんか、クズなのか優しいのだかよく分からない人間だ。

 そして、この話が本当ならば、あの屋上で見た人物は一体……


「一応、助かります。でも、なんでパチの景品で自転車なんか買う人初めて見ました」

「ああ、それはのう?この前アヤカのためにバイク買ったんじゃが、怖くて乗れないって言うから……」

「バカ!言うな。爺ちゃん!?」

 なんだ? 爺ちゃんだって!?

 今までにないほど、顔を赤らめるあやかはそれなりに女性らしくはあったが、周りに見られていることに気が付くと、すぐに態度が急変した。


「フミ、あとで古書堂に来なさい? 夜遅くても良いわ。

 今日はパーッて打ち上げがしたい気分なの。どうせなら、アナタの友人も呼んでいいわ?」


 それには古賀はため息交じりに、

「まあ… 思わなかった収入もあるし、良いかもしれませんね」

 と、空を仰ぐ。


 古河はおそらく、何もなければアヤカとどこか出掛けたいというのは察しがついていた。だが、こんなアヤカの態度も悪くはない、と思っていたのかもしれない。


 その顔にはいつもの作った笑みとは違う綻びができていた。

「そうですね。買い物とかはふたりに任せてもいいんですか?」

 なんとなくアヤカと古河に尋ねた。


 アヤカは横目で古賀を見て、目で合図をする。

「仕方がないわね。

 たくさん買っておきますので、必ずいらっしゃいなさい」

「分かりました。そうさせていただきます」

 断ると、俺は自転車をいつもの海の方角へと走らせていった。

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