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「古賀、君にハンデをやろうと思う」モリスの視線が、先ほどの銃声の先へと向けられた。「この女が言うことも一理ある。廃業寸前魔術師の穢れた女を倒すぐらいじゃハンデにならないかもしれませんが……」

「戦場を知らないボンボンがぁ? 世間を知らないマヌケね」

 モリスはそれ以上の他言は無用と思ったのか、それ以上アヤカの世迷い言には付き合わない。既に古賀の意思など関係なしに、アヤカとモリスのお互いに権幕とした表情は変わることがない。


 アヤカはいつものコートを脱ぎ、スケバン風に長い藍色の柔らかなスカートを風に靡かせた。この手元、彼女が武器として選んだのはいつものデザートイーグルと筒の型取って作成された如意自在。


「古賀、合図を頼めませんか?」境内にモリスの声が響き渡った。

 それ聞いた古河はふたりの間に入り、ルールの確認を取った。

「アヤカ、モリス、分かっていると思うが、あくまでも私たちの仲間であることを忘れなく……。この戦いは殺し合いじゃない。どちらかがギブアップ、または制御不能と私が判断した場合負けになる。……それでいいな」


「いいですよ?」とモリスは返事を返した。

 だが、アヤカは返事をしない。

「アヤカ⁉ 分かってるんですか?」

「ええ、分かってるわよ。ただ……私はアンタを許さない」

 アヤカは

 飽きながらも、古河はコインを空高く投げた。誰もが言わずとも、このコインが地面に落ちた時、勝負が始まるということは知っているようだ。


「林くん、はやく逃げましょう」

 そう、古河は機敏きびんにも本殿の後方へと走り出す。あれ……? コイツはまだ動けんじゃん?

「――え?」

 完全に蚊帳の外にいた俺は、完全な上の空で状態だったワケで――それがマズかった。羽音にも負けそうなほどのコインが落ちる音が鳴り響く時にはもう遅い。


 ――火消婆ひけしばば煙々羅えんえんま……アヤカが何かを呟いた。

 突如となく、旋毛風つむじかぜもやが境内を包み込む。この突風で、俺の身体は古賀がいる木陰までぶっ飛ばされるほどの威力。


「……ま、魔力がないのにどうして?」

 そう、モリスも――そして、俺もアヤカの強さなど微塵も知らなかった。

 この闘い、あまりに勝ち目がないように思われたが、隣に一息ついていた古賀はボヤけるように語り始めた。

「……この勝負、アヤカの勝ちですね」


 開始早々アヤカの銃声が響き渡る。

 同時に遠吠えに近いモリスの鼻声が響き渡る。

「と……飛び道具があったら、詠唱ができないじゃないですか?」

 だが、アヤカは応える。

「だぁれが、?」


 そう、えげつなくも下賎な大人の表情と化したアヤカはまとへと一歩一歩と近づいていきながら、歌うように語り始める。

「モリス家はドルイドの末裔。自然や再生を得意な一族。だけど、弱点は多い。自然を利用した遠距離戦術は得意だけど――その自然は既に封じさせてもらったわ。そして、近距離はまったく雑魚。チビ、カス」

 恰も、アヤカの説明は得意げにだ。

 でも何を封じた? ――それを理解したのは俺が周りの木々を眺めた瞬間だった。アヤカから発生した煙幕から微かにいくつもの赤い光が見えた――いや、これは光ではない。……いくつもの赤い斑点は、拳ほどはあるかもしれない八肢の蜘蛛。まるで蕁麻疹じんましんのようにそれが右往左往に森全体を覆いつくす。

 あまりにそれが……観るに堪えぬ光景で思わず、胃の流動物が浮き上がる。その後ろ、古河はあるモノを手渡した――目隠しマスク……。

 装着。


絡新婦じょろうぐもから生まれた子供たちです……。私たちの間では『蜘蛛恐怖症アラクノフォビア』と呼んでいるアヤカの……恐ろしい戦術のひとつです」

 それを見た瞬間、彼女が如何に恐ろしい魔術師かを再確認させられた気がした。


 古賀は説明を加えた。

「モリスは、アヤカに対して魔法が使えない魔術師……ぐらいにしかおもっていなかったかもしれません。

 ですけどね、彼女は特別です。あらゆる魔術師の弱点を把握――それに、林くんは既にご存じかもしれませんが、その強さを補うために多くの友人妖怪たちが彼女を守っているのです」

 そして、古河は念を押すように加えた。

「彼女の強さはコードネームであありません。アヤカのあだ名は『対魔術師妖魔使い』――この界隈かいわいでもっとも忌み嫌われている魔術師のひとりです」


 こんな説明とは別に、そう忌み嫌われる理由が他にもありそうな気がするが……。


「この如意自在で、男としての〇〇切られて負けたい? それとも、私のカワイイ友達をもっと紹介して欲しいかしら?」

 なんて、アヤカの愉快そうな声と――モリスも悲鳴が響き渡った。

 決闘は続いていたが……完全に終了したようなもんだった。


 古賀は目隠しをしたままの俺に話し掛ける。

「アヤカは……本当はこっちとは関係ない、向こう側が見えてしまう普通の人間に過ぎません。それを補うために文明の機器や禁忌タブーに近い妖怪たちの力を駆使しています。それは、悪い事じゃない。私たちも見習うべき、ですが―――」

 それ以上、古河は何も言うことはなかった。

 それからしばらく経つと、モリスの悲鳴は消えていた。



「林くん、もう目隠しは大丈夫ですよ?」

 そう、古河に注がれて俺は目隠しマスクを取る。


 殺されてもオカしくない……と考えていたが、アヤカは慈悲深く(いや、それでも並以下だと思うが)モリスの身体は白い絡新婦の極太糸で縛り上げられていた。

 

 アヤカはこのモリスが黙ってからも、何度か蹴り上げていた。

 闘いが終わった瞬間、何かに苛つくように彼女はこの場から離れようとした。

 その先、アヤカの無事を安堵した――俺はすぐさま彼女の愚行の標的になった。


「――――ッチ」

 アヤカの平手――意味も分からず、俺の頬を霞めていた。

 この後、恋人を振った女性のように、スタスタ早足で竜口寺の階段を降っていく。

「は……? なんでやねん」

 思わぬ関西弁と共に古河の表情を眺めると、彼はあのニコッに回復していた。

「あぁ……。アヤカは、林くんの上司でありたかったんです。ですが、今回のモリスのカミングアウトで――ショックを受けているんでしょう」

 まあ、分かりやすく言わなくても、プライドが傷ついたということだろう。

 そんで嫌われる前に、俺を……殴ったというのか? 年上の女性に、んなことを思うのはオカしいかもしれないが、―――「子供こどもかよ》」

 そして、思わず息を漏した。


「林くん、せっかくだからひとつお願いしたいことがあります」古賀の手が、落胆する部下の肩を優しく叩いた。「もしこの先、アヤカの正体を知ったとしても――どうか彼女に失望しないでください。今回のアヤカの嘘や強がりも……そう隠せるモノではない。隠すことが彼女の一番も痛みでもあるはずなんです」

「彼女の……痛みですか」

 アヤカの嘘や強がり、それはモリスがアヤカについて云い掛けたことに関係するのは分かっていた。――『混血』、『穢れた血』。  

 でもなぁ……と思う。アヤカはアヤカさんでしかないのに、それ以上に何が彼女であり示すのか、そんなの俺には――「こんなことはどうでもいいことですよ」



 だって、誰かに嫌われたりするのが怖いのは当たり前のことだ。

 よく見られたいことは当然のことだ。

 そう、誰もがこの感情を抱えて生きているのに――いつの間にか、嫌われていると躊躇するのは自分だったんだから。

 


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