八章
8-1/3:この街を守ること~神話の巨神、アヤカの強さ
八章
ふざけるな……
話せば、山田古書堂からの着信が鳴り響いてからこの物語は始まる。その着信を一発でキャッチした俺はすぐさま雨香李と静香に謝って茅原教会を飛び出した。
そして、最寄り駅の湘南深沢駅から湘南モノレールに乗り込もうと思い、ひとつの問題に引っ掛かる。
――なぜ湘南モノレールは電子マネーが使えんのだ!!
モノレールを見逃した俺は、およそ10分ほどの立ちぼうけを喰らった。
それから古書堂に到着したのは、時計の分針が半分廻ったころであろうか。
「私たちの休日を狙ってくるなんて、頭良いわね……」
そのアヤカの呑気な第一声とは別に古賀はなにやら炬燵の上に茶色いビンやらコップの準備を進めていた。
「己惚れぬなバカ女⁉ 今日は鎌倉祭り前日だ。このドンちゃん騒ぎに合わせてきたんだろう……」
それは……昨日山田店主に頼まれた古賀が説明したことを思い出す。
ある組織が攻めてくるかもしれない――という予測が的中してしまったのか? それはともかく、急な休日出勤に箸が投げたい気分は変わらない。
「一応、何が起きたか説明してもらってもいいですか?」彼らに説明を請求する。
急な呼び出しだ。
いつも以上に分かりやすく、明確な理由が聞きたい。
「それですが……アチラでさせてください。一刻も争う事態の可能性があります」
古河がそう言うも、俺たちは一度炬燵の中に脚を埋めていた。
もう一度、炬燵に並べられた白い液体と茶瓶から飛び出た薬剤に目を通す。
「一応説明するとだ」古河は、目の前の薬剤の説明をした。「まず、睡眠薬を飲んでもらいますが、胃を傷めないために先に牛乳を御願いします」
「起きた後、口が臭くなるから嫌」と、アヤカ。
「あなたの胃が、ボコボコになっても私は構いませんが?」古賀の返答。
話は続いた。
「二人とも飲んだら、いつも通り炬燵に寝てください」
「それで、この薬品は何ですか?」と聞いたのは俺。
「睡眠特化クロロフィル液」とアヤカが即答。
「おそらくですが、この時間では睡眠が上手く取れない恐れがあります。一分程して寝てないようでしたら、この液体を鼻元にツッコみます。ふたりが行ったのを確認してから、すぐに来ますので……アヤカ、頼めますか?」
「い・や・だ」と言ったが、俺もアヤカも炬燵の上の、まずは牛乳を煽った。
まぁどんな事案か想像できたが、あることを確認しなければ気が済まなかった。
「つまり――
「じゃなきゃ、睡眠薬なんて飲みたくないわ」
そのあと、名も知らない睡眠薬を何の疑いもなく俺は服用をした。
*
誰もいないスタッフルームで俺は覚めた。
覚めるや否や……俺は既にただならぬ悪寒を感じていた。それは、さっきから縦揺れのような地響きがこの山田古書堂全体に響き渡っていたからだ。
「あんた、昨日寝てないでしょ?」気づいたときには、アヤカが炬燵の上に膝をついていた。
「いや、昨日はよく寝ましたよ」あんな事件があった次の日だしな。
「なんでって、普通あの薬だけでよく寝れるわね?古河の野郎、仕事終わったらブっ飛ばしてやるわ。アレはレディーにやることでは……」アヤカは不満を漏らす。
「アヤカは準備不足が原因ですよね?」
古河は冷静を装い、いつの間にか俺の後ろに立っていた。
その発言に、アヤカは小高く鼻を鳴らす。
だが、もう一度歪な地響きが部屋中に響き渡ると――古河とアヤカも我に返る。
この建物が脆いせいだろうか。地響きと共に崩れた砂埃のような匂いが嗅覚を占める。まず、外へと向かったのは古賀だった。その後を引かれるように――俺もアヤカも、古賀も古書堂の外へ駆け寄った。
――ズッドォォォォン………
いつもの緑色の世界、北の方角にある大船方面から何か巨大モニュメントが行進をしている。……こいつはヘドロ状のモンスター。確か、某アニメで見た半透明の巨人にも見える。
「こ、これはデイタラボッチか…?」古賀はこのモンスターを唖然と眺める。
「いや、デイタラボッチは実際には半透明ではない。彼らは亜人に近い存在よ……」
アヤカは冷静な表情は破顔していた。
初めて口をへの字に歪ませる彼女の顔を見たかもしれない。
「じゃあ、こいつは」俺はすかさず尋ねる。
「ユミルの化身のひとつ……かもしれないわ」アヤカは説明した。
それを聞いた古賀は、何かに気づいたように小さく声を漏らす。
「ユミル……北欧神話に出てくるあの巨人族の母なのか?」
なんてこった……
今、もしかしたら世界を揺るがす事態にいるのではないか?
――あの小さな魔物や妖怪たちが比べ物にならないほどに、この目の前にいる巨人は、自身の常識を圧巻させた。
「……もしかして、あいつを倒すのか? どうやって?」俺は口に出した。
「いや、ユミルを殺すことは絶対
ユミルは死と同時に体内から血の洪水を起こす。別の宗派の教えに『ノアの一族』という話があるけど、本当の大洪水の原因はこのユミルだと言われているぐらい。私たちは彼を殺さずに元の世界へ戻す方法が必要……」
体力以外は麒麟児とだけある。アヤカはこの顎に手を組んで考えていたが、その隣――古賀にはやるべきことは決まっていたようだ。
「それは、私だったらなんとかなりそうですね……ユミルの影響が現実に反響する前に、我々で止めましょう」
ガレージの方から車のエンジン音が鳴り響く。
用意周到な古賀は既にワンボックスカーを動かして、道路側へと移動させていた。そして、この車にアヤカは無言で乗り込む。
俺も一緒に向かう流れだと思った。――だが、窓を開けた古賀はひとつの依頼を俺のために準備していた。よくよく考えたら俺がここにいる理由、あの巨人をどうにかするためだけなら彼らだけでどうにかなったのかもしれない。
「林くん?いきなりですが、私たちとは別の仕事を頼みます。そうですね――逆にアナタにしかできないことです」
「俺にしかできないこと?」
その言葉に疑問を感じたが、古河の次の言葉で俺は納得していた。
「いつもの寺社巡り、覚えていますよね?」古河はそう言うと、呪札のようなモノをを俺へ差し伸べた。
「この札は一体?」
「いつの日か、林くんがこの寺社巡りは結界を貼るためじゃないか? という話をしたの覚えていますか?」
俺は頷ずく。
それは、雨香李の家出の件を相談した日のことだった。その日、寺社巡りロードワークのことをオカルト的推論を立てて、古賀にそう面白半分に話したことがあったのだ。
「場所は竜口寺。これは、私の先祖から由緒ある呪札のひとつ――通称:『古河式守護方陣術札』というモノです。おそらく、この呪札がある者に外されたのが、あの巨神が入り込んだ原因です。アヤカ、バイクを貸しますよ?」
アヤカは無言でそれを呈した。
ガレージの奥に存在感の薄い原付バイクが放置されている。アヤカの私物らしいが、鍵は刺さりっぱなしで一度も使用したところを見たことがない。
「分かりました。一応、竜口寺ってあの江ノ島駅前のデカい寺ですよね? んで……あの早口言葉分かんなかったんですけど、この札、張り付けりゃいいんだな?」
古賀はいつものパーフェクトスマイルで頷いた。
「そうです。でないと、またあの巨人があらわれる可能性があります」
「へ……へえ、それはマズいですね」
あのとんでもねぇが、何体も……冗談じゃねぇ。
古賀はその理由を続けた。
「この巨人が侵入してきた原因はおそらく――誰かが、私たちがこの鎌倉市街に張り付けた結界を解いたせいです。
それに、林くんは既にご存知かもしれませんが、理の世界は現実とは結ばれている。――少しの変化なら見通せるかもしれません。ですが、あの巨人の破壊のような大きな変化になると……」
古賀は、それ以上のことを言わなかった。――だが、それでも伝わるぐらい今の状況は理解できる。そう、おそらくは……
「鎌倉が崩壊する……」
「よくできました。こちらも即急に終わらせますので……ひとつだけ」一度、古賀は少しだけ顔を強張らせた。「絶対に死なないでください」
その言葉、古河のことだから、何かの暗視だというのは理解していた。
古賀たちは説明が済むと軽自動車を発車させ、湘南モノレール高架下にある県道134号線を目指し始めた。
とにかく俺もガレージに眠っていた原動付きバイクを路肩へ引きづり出す。
そういや、俺は車も原付免許も持っていない。そもそも、理の世界にはそのような免許は必要ではないのは想像はつくのだが。
鍵を回す――エンジンが起動せず。
舌打ちついでに、足元のレバーのようなキックを何度か蹴り入れる。そして、何度目かに蹴りを入れた時に、イカれたエンジン音が回り始めた。
クラッチを握り、大袈裟に右ハンドルを回してエンジンの調子を整えるとゆっくりクラッチを開いていく。一度ウィーリーしてしまうというほど勢いよく前へと出ると、そのまま古賀の後に続いて湘南モノレール高架下へ向かった。
――ヴォォォォォン…
「ギャァァァァァ」その叫び声と共に街へと飛び出た。
思ったより、バイクのスピードを上手く制御することができたが……。半分が宙に浮いたタイヤをどうにか着地させると頭に血が上った感覚を味わされた。
違和感……。なんで、バイクの運転の仕方を知っているんだっけ?
目的地である『竜口寺』は、県道304号をひたすら直進した途中、西鎌倉駅で右折した先に建立されている。現実とは違って、ガラ空きな急勾配を走行していると時期に左方からうっすらと江の島が見えてきた。
だがそれとは別に、地響きの原因のあの巨大モニュメントの進行は未だに止めない。
ふと、雨香李と静香のことを思い出した。
あのふたりは、ちゃんと親子に慣れただろうか? この事件が終わったら、雨香李にそこの話を聞きたい。おそらく――雨香李の事だから、静香のことを責めるかもしれない。だけど、そのあとはきっと上手くいくはず……そう信じている。
だが、そんな悠長な考えは一瞬にして取り払われた。
西鎌倉駅を右折してすぐ、ある者の存在により俺は急ブレーキを掛けたのだ。
どうにか踏み留まるが、額に冷たい汗が垂れる。
一番想定したくなかった事態に、俺は思わず口を歪ませていた。
「よう? この前はどうもありがとうございました!」
不気味に笑う鎌男。
一般男性との違いはその一遍変わった黒のローブと、担ぐように持った大鎌。コードネーム死神『死者の魂を運ぶ者(Grim Reaper)』の健二は、この大鎌を肩叩きの代わりに肩に何度もポンポン押し当てる。
彼には、嫌な思い出がある。
ファーストコンタクトは、茅原教会での一見はまだ記憶に新しい。不用意に彼の口調に合わせれば、こちらの気が狂いそうになると考えひとまず無言を貫いた。
そして、返事を返さないでいると、鎌男はさらに喋り続けた。
「今日はひとりで買い物かい?もしかして、この札、『古河式守護方陣術札』を付けようとしてたりして?」
彼は
これはまさしく、俺が古賀から渡されたあの札と同じ呪札――ということは、これを剥がしたのも健二ということか?
そして、健二は誰かが代わりの呪い札を貼りに来るのを待っていたのだろう。んで、俺がバイクに乗ってノコノコ現れたと――俺が蛙だったら、鎌男は蛇ってワケか。
おそらく、簡単には逃げることはできない。そして、彼に一瞬の隙も見せてはいけない。
「お前の目的はなんなんだ?」
「まあ、こんな緊張しないでくれ? 無暗に手を出したくないんだよねぇ?」
もちろん嘘に決まっている。
二度目のアヤカと『理の世界』へと訪れた時、彼は何らかの理由で静香を消そうとしていた。その時も、健二が吐いた根も葉もなさそうな嘘は忘れそうにない。
この呪札、古河式守護方陣術札が穢れた魔力を防ぎ、本来であるならばあの巨大モンスターが鎌倉に訪れるのを防いでいたのであれば……俺がもしも――この計画を失敗するということは、この鎌倉市街はあのようなモンスターがゾワゾワ訪れてしまうということになりかねない。
だが黙っているところで、俺が死神を倒す、又は振り切らない限りこの呪札を貼ることができないのも事実。そして、俺が万が一力比べであの彼に勝てる可能性……アヤカより強いかもしれないあの男に俺が勝てる可能性は0に等しい。となれば……
唯一勝てる作戦は……もう、これはこれしかない!
「……取引をしよう?」それは、嘘。
「え?」
俺はそういいながら、バイクを反対側に向き直した。
そして、何もなかったように平然とバイクを走行させると、彼の視界から逃れるために強くアクセルを切った。
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